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デミテルは今日もダメだった【34】

第三十四復讐教訓「人生をかけた決断は 何の前触れもなくやってくる」

「・・・では主も出会ったというのか?その変わった髪の色をした男に?」
「おう。俺と怒涛のダジャレ対決を繰り広げたんだ。今思い起こしても、あれ
はいい闘いだった・・・」

何もない、真っ白な空間。そこがどこなのか、名前があるのか。それすら定ま
っていない場所。ただわかっているのは

精霊が人と契約した時、彼ら精霊が待機をする場所ということだけだ。

ここを契約者の心の中だと定義する者もいる。心清い人間ほど、契約すればこ
こは白に近い世界になる。が、汚れた心を持つ者ほど、陰険な黒い世界に変わる
のだ、と。

そんな不安定な空間の真ん中で、四人の精霊がたむろっている。もっとも、一
人は完全に人の姿とは掛け離れていたが。

水の精霊ウンディーネは大剣片手に、首の裏をボリボリ掻きながら言った。

「そうか・・・主のところにも来たか・・・」
「僕らのところにも来たらしいんだヌ~ン。」

何かニョロニョロとした棒が数本束になったものが、口を開いた。こんななり
だが、これでも四大元素、土を司る立派な精霊だ。

ノームはひたすらに体をニョロニョロさせながら続けた。

「僕はその時お昼寝してたから気付かなかったんだけど、僕の部下達が他の大
陸のモンスターに襲われた時、身を挺して助けてくれたらしいヌ~ン♪カッコ
イイヌ~ン♪」
「そうか・・・かくゆうワシも、結果的に助けられたというかなんというか・
・・」
「なんだオイ?また人間に恋でもしたか?」
「んなわけあるかぁ!!」
「ぶふっ!?」

ウンディーネの鉄拳がイフリートの顔面にクリーンヒットした。彼女はハァハ
ァと息を荒げ、顔を真っ赤にさせた。

「あ、あんな男にそんな感情を持つわけあるか愚民がぁ!?人の顔容赦なく砂
浜に叩きつけるは、説経臭いことばかり吐くは・・・!」
「ひ、人の顔容赦なく殴るお前はどうなんだよ・・・」
「なるへそ~♪これがいわゆるツンデレなんだヌ~ン・・・♪」
「はぁ!?何を言っとるんじゃこのニョロニョロがぁ!?ワシに首を跳ねられるかムー〇ンの世界に帰るかどっちだぁコラぁ!?えぇコラぁ!?」

顔も耳のてっぺんも茹でたタコの如く真っ赤にし、大剣を危なっかしく振り回
しながら、ウンディーネは凄みをきかせた。軽く涙目である。

ノームは自分がムー〇ンの世界の住人でないことをちゃんと訂正しようと口を
開いたが、途中で踏み止まった。どういうわけか、この会話に参加しようとしな
い人間が目に入ったからだ。

精霊の中でただ一人、下をうつむき黙り込んでいたシルフに、ノームは優しく
問いかけた。

「シルフ一体どうしたんだァ~?何かあったのかァ~?」
「・・・・・・あの。」

真っ白な真下を見下ろしていた少女は、ゆっくりと閉じた口を開いた。

「皆さんが出会ったその男は・・・その・・・青い髪の中に赤い髪が埋もれた
ような、そういう髪の色だったんですか?」
「・・・そうじゃ。」
「あんな変わった髪した奴、長年生きてきたが見たことねぇからな。間違えね
ぇよ。」
「僕も部下にそう聞いたんだヌ~ン。」
「・・・・・・。」


青い髪に赤い髪・・・それって・・・


シルフは覚えていた。今から約十数年前、一人の少女がローンバレーに訪れ、断崖
絶壁の花を取ろうとし、見事に落ちたこと。そしてそれを必死に助けようとした
、一人の少年がいたことを。その少年はまさにその髪だった。

そして、このことも知っていた。最近、モンスターの群勢によって滅ぼされた
最寄の町。そのモンスターを率いていた男が

その髪の子であったことを。


「あの・・・」
「なんじゃシルフ?ずいぶんとテンションが低いの?」
「皆さんが・・・皆さんが出会ったその人は・・・どんな人でしたか?」
「どんな人・・・?そうじゃの・・・」

少しずつ頬の赤みを引かせながら、ウンディーネは宙を見上げて少しばかり思
考した。イフリートも同じように顎を触りながら思考していた。

やがて、ウンディーネはゆっくりと口を開いた。

「悪人か善人かと言われると・・・・・・善人・・・じゃが、
確か奴は『復讐』が旅の目的だとも言っとったし・・・」
「俺も奴とはダジャレ勝負しただけだが、まぁどっちらかと言やぁ、かなり捻
くれた性格というか・・・自分の仲間にかなり上から目線で罵ってたし・・・」
「・・・じゃが・・・」
「けどよ・・・」

次の瞬間、二人は全く同じ言葉を、完璧なタイミングで言ってのけた。本当に
一寸の狂いもなく、ハモるように。


「「綺麗な・・・・・・綺麗な目をしていた・・・」」


「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・ウンディーネさんなんでちょっと頬赤いんですか?」
「へ!?」
「おいおい・・・やっぱり人間に恋し・・・」
「だからするわけがあるか愚民がぁぁぁぁ!?」
「ギャアアアア!?アイストーネードは勘弁してくれぇ!消されるぅ!迅速に
消火されるぅぅぅ!?」


精霊達がこんな会話をしていることなど露知らず、時の英雄達はモーリア坑道
へと足を踏み入れて行った。入口のすぐ横の、隠しエレベーターに気付きもせず。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・あれ。なんだこれは。何もかも真っ黒だ。

床も、空も、自分も。何も見えない、真っ暗な場所で、私は大の字になり倒れ
ている。

ここはどこだ。自分はどこだ。フトソン達はどこにいった。

私を・・・一人にするな・・・しないでくれ・・・

・・・おや?

誰かがすすり泣く声がする。とても悲しい、それでいてどこかかわいらしくも
聞こえる、そんな声。

ふと、視線の先に誰かがいることに気付く。ずいぶんと遠く、顔も判別できな
いほど遠くの人影が、目を両手でこすりつけながら泣いている。


・・・・・・様?

お嬢・・・様?


行かねば。私が行かねば。あの娘を泣かしたのは誰だ。断じて許さん。

リアお嬢様は私が護る。

上も下も解らぬままに、私は何とか立ち上がる。そして、駆け出す。彼女の元
に向かう為。美しい、長い、茶色の髪をした君を追う為に。

何故だ。走れば走るほど何故か距離が開いていく。遠退いていくのに、何故泣
き声が大きくなるんだ?大体、マッハーフエルフの私が走って何故追いつけな・
・・

・・・あれ?

ずっと彼女を見ているうち、私は気付く。もう一人、もう一人誰かが彼女の後
ろにいる。重なるように立っていたから気がつかなかった。

何をしている。そこにいる男は誰だ。貴様がお嬢様を泣かしたのか?断じて許
さん・・・

男は黒いマントを羽織い、両肩にシルバーの肩当てをつけ、腕は半袖。それで
いて青い髪をし、その中に赤い髪が埋もれ・・・

ちょっと待て。

そこに・・・リアと一緒にいるお前は・・・お前は・・・


私・・・?


また一段と距離が広がる。走っても走っても、私の体は彼女から遠退いていく

やめろ。

私は気付く。遥か向こうに立つ私が、ゆっくりと、手の平を、

リアの首に巻き付けていく。

やめろ。その娘に手を出すな。
私は知っている。その絡ませた手の平が何をしようとしているのかを。かつて、自分がまったく同じことを彼女にしてしまったから。

やめろ。やめてくれ。頼むから・・・

 その娘の・・・その娘から離れるんだ私・・・その娘の・・・その娘の・・・

 私の大事な人の首を・・・締め上げるなぁぁぁぁ・・・


やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!


「起きろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!デミテル様ぁぁぁぁ!!」
「ぎゃあああああ!?」

突如としてデミテルの耳の鼓膜が、一人の幼女の絶叫によって最大レベルまで
振動した。否、振動のあまり破れかけた。

デミテルは耳の穴に思い切り指を突っ込みながら、弾けるように立ち上がった。

「み・・・耳が・・・耳がぁああぁ・・・」
「わぁい♪デミテル様が起き・・・」
「黙れクソガキぃ!」
「キャア!?」

楽しげにこちらを見上げて来るリミィの笑顔に若干の殺意を覚えた為、デミテ
ルは彼女の頭に渾身のヘッドバットをかましていた。

「痛ぁい・・・ひどいよデミテル様ぁ・・・」
「やかましいわこのチビ!危うく私の鼓膜が破れるところだったわ!エリクシ
ールじゃ鼓膜は再生しないんだよこの馬鹿!」

 耳の穴をグイグイかっぽじり、少々涙目になりながらデミテルは怒鳴った。リ
ミィはヘッドバットをくらった頭を、同じく涙目になりながらさすっていた。

デミテルは周りをゆっくりと見渡した。どうやら坑道内ではあるようだ。だが
、松明の灯はあるものの、薄暗く、寝起きであるせいかよく見えなかった。

デミテルはイライラと歯ぎしりした。

 「あのジジイ、ルナの指輪の部屋まで連れていってやるとか言っていたが、こ
こがそうなのか?宝物庫にしては普通の部屋に見えるが・・・」
「ねえデミテル様ぁ?なんでさっきウンウン唸ってたのぉ?」

涙目を腕でゴシゴシ擦りながら、リミィが尋ねた。その言葉で、一瞬忘れかけ
た夢の内容がデミテルの脳内で一気に強制再生された。

デミテルは一瞬目を見開いたが、即座に我に戻ると、頭をくしゃくしゃと掻い
た。そしてめんどくさそうに言った。

「別に・・・たいした理由は・・・無い・・・」
「嫌な夢でも見たのぉ?」
「だから・・・たいしたことじゃ・・・」
「ねぇどんな夢ぇ?リミィ知りた・・・」
「・・・うるさい。」

 デミテルは視線をリミィから逸らした。あまりさっきの事は思い出したくはな
い。

 しかし、リミィも負けじと食い下がる。

 「ねぇね教えてよぉ。」
 「・・・黙れ。」
「・・・デミテル様のいじわ・・・」
「・・・頼むから。」

突然、デミテルがリミィの頭に手をポンと置いた。

リミィは虚をつかれた。てっきりまた、デミテルに頭をバシンと叩かれると思
っていたのだ。だが、頭に乗ったデミテルの手は優しく、そして

なんだか悲しかった。

「本当に・・・」

デミテルは目を逸らしたまま。その目がどうなっているか、リミィからは見え
なかった。

「本当になんでもない夢だ・・・だから聞くな。頼む・・・」
「・・・・・・・・・。」

リミィはデミテルを見上げたまま、頭に乗った彼の大きな手を、そのかわいら
しい小さな両手で握った。

震えていた。それにどこか汗ばんでいる。冷や汗のようだ。

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・わかった。もうリミィ聞かない。」
「・・・そうか。」

ここで、リミィにとって信じ固い事が起きた。デミテルは手をリミィの頭に乗
せたまま、

 撫でた。それはそれは、優しく、まるで

自分の子供を撫でる、親のように、優しく。

リミィは頬を赤く染まらせていたが、正直嬉しいのかなんだかよくわからなか
った。いつもなら跳ね回って喜びに浸る彼女も今日は別だった。

何故かとても・・・苦しかった。

「・・・さて。フトソンの馬鹿はどこに行ったんだか・・・そういえばジャミルもおらんな・・・」

 デミテルは何事も無かったかのように、歩みを進めようとした。が、すぐに何
かに顔をぶつけた。

デミテルは目を細めた。暗くてよく見えないが、よく見ると

石版。デミテルの身長程はある長い石版が一枚、そこから生えてきたように立
っていた。

「うわぁ♪なんだろコレぇ?」

リミィもデミテル同様先程の事が無かったかのようにしながら、石版にフワフ
ワと近付いた。

何かが彫り込まれている。文字のようだ。

「・・・・・・・・・。」
「・・・何と書いてあるんだリミィ?」
「・・・わかんなぁい。知らない言葉ばっかしぃ・・・」
「どれどれ・・・」

デミテルは顔を石版に近づかせた。暗いが、うっすら文字が彼の瞳に映り込ん
だ。

「・・・・・・・・・。」
「ねぇ読めるデミテル様ぁ?」
「・・・・・・・・・・・。」
「ねぇってばぁ・・・」
「それは普通の人間には読めんて。」
「何ィ!?ちょっと待て!まだ読めないと決まったわけではない!待ってろ!
今奇跡を起こして・・・」
「イヤ・・・無理じゃて。」
「諦めたらそこで試合終了なんだよジジイ。人生は常にポジティブに生きるこ
とによって未来への希望が・・・・・・」

ここでデミテルは気付いた。今自分はどこのジジイに話しかけているんだ?

石版しか見ていなかったデミテルは、背後に立つ老人の気配に今の今まで気が
つかなかった。

彼はバッとその場で振り向いた。

途端、部屋が明るさを増した。部屋は、それほど広くはない長方形の部屋で、
あるのは数本の松明、石版、そして、

一枚の、渦巻き状の扉のみ。以前、灼熱の洞窟でフトソンが叩き壊したものと
同じものだ。

デミテルは目の前の、白い長い髭を蓄え、黒い服を着込み、まるでシャボン玉
のような光球にに入ってフワフワ浮く老人と目を合わせた。その背後、リミィが
石版をいじっている。

「ねえデミテル様ぁ?記念にお名前彫っちゃダメかなぁ?」
「お前は修学旅行生か・・・」

デミテルはリミィの言葉を素っ気なくあしらった。が、目は老人と合わし続け
たままである。

老人の目は細い。だが、その中にあるどこか鋭い眼光が、自分の中の全てを覗
いているように、デミテルは感じられた。

老人は、ニコリと笑った。

「よぉ来たのぉデミテル。ここが宝物庫・・・の前にある部屋じゃ。そこの渦
巻き型の扉の奥に、おそらく主が捜すものはあるじゃろうて・・・・・・わしの
名前ちゃんと覚えとる?」
「・・・・・・・・・。」

デミテルは眉を潜めた。確か、ここに飛ばされる直前に、この老人は自分の名
を名乗っていた。

確か・・・・・・マク・・・マク・・・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・マ〇ドナルド。」
「って誰じゃそれ・・・?明らかにどこぞのファーストフード店の店名じゃろ
がい!?」
「リミィねぇ、ビックマック好きぃ♪」
「私はビックマックは嫌いだ・・・顎が疲れる。大体、最近のハンバーガー業
界はやれビックマックだ、やれメガマックだ・・・とにかくでかくすれば売れる
と思ったら大間違いなんだよ。量より質という言葉を知らんのかまったく・・・
あ。」

 ここでデミテルは、今の現状における致命的な事実に気がついた。


 フトソンもジャミルもいないのにこんなことやっても・・・ツッコミがおらん
・・・


「覚えの悪い奴らじゃのぉ・・・よいか。わしの名はマクスウ・・・」
「いや。もう貴様の名前ははどうでもいいから我々のツッコミ要員はどこにい
るか早く吐け。」

デミテルは焦りながら言った。このままだと、ボケというボケがツッコミをされ
ず、飽和して世界が崩壊しかねない。

マクスウェルは不服そうに眉を潜めた。

「お主ら自己紹介ぐらいさせてくれても・・・」
「イヤイヤ。もういいから。貴様は今日からマクドナルドという名前に改名し
ろ。そっちの方が子供に覚えてもらい易いぞ。」
「分子の精霊マクドナルドってどんなマクドナルドじゃ!?明らかに召喚する
気が失せるじゃろうが!?」
「じゃあ短縮してドナルド。」
「もはやマクですらないじゃろうが!?っていうか『じゃあ』って何じゃい!?お前世の中に何人のドナルドが今この時を生きていると・・・」


ドンドンドン!!


けたたましい音がどこからか突然響いた。デミテル達はびっくりして、音が響
く方を振り向いた。

どうやら渦巻き状の扉の奥から、誰かがドンドンと拳を振り上げているらしい
。しかもとてつもない力らしく、坑道全体がそれで揺れているように感じられた。

デミテルは察しがすぐについた。こんな、頭の悪い力任せなことをしようとす
る奴は、そう多くはなかろう。

「・・・どうやらフトソンの馬鹿はあの中らしいな。おそらくジャミルも・・
・」
「大変だぁ!早くしないとジャミンコがフトソンに食べられちゃうよぉ!?」
「・・・ああ。そうだな。」

デミテルは否定するのがめんどくさかった為、適当に相槌を打った。さすがに
あの大食漢も、こんなタイミングでは食べたりはしない・・・


・・・・・・・・・はず。多分。おそらく。きっと。運が良ければ。

デミテルは扉から、分子の精霊に視線を戻した。すでにマクスウェルは穏やか
な笑顔を取り戻しており、まるでかわいい孫でも見守るようにこちらを見ていた。

デミテルはマクスウェルを睨み付けた。

「フトソンどもはあの中、契約の指輪とやらもあの中か・・・・・・分子の精
霊だったか。あの扉を開けてもらおうか?貴様だぞ。我々を宝物庫まで連れてい
くと言ったのは。」

 ここでデミテルはニヤリとほくそ笑んだ。


 契約の指輪。もしそれを手に入れ、クレスどもがここにやって来るまで待てば
、その指輪をネタに奴らを踊らせることが可能・・・

ただ奴らを叩きのめすだけではつまらん。この私を侮辱した罪の重さを思い知
らせる為に、肉体的にも精神的にも追い込んでくれる・・・

 問題はこのジジイだ・・・フトソンの拳ですら突き破れない硬度を持つ扉。鍵
穴もないようだから、リミィのピッキングも通用せん。

 どうせ、かなりめんどくさい条件を提示してくるに違いない。それがRPGの
セオリーであり、同時に・・・


「いいじゃろ。開けちゃる。」
「・・・・・・へ?」
「開けてやると言っとるんじゃ。貴様が望めば今すぐにでも開けてやる。」
「わぁい♪ありがとマクドナルドおじいちゃん♪」
「・・・いや・・・マクドナルドはやめて欲しいんですけど・・・」

冷や汗をかくマクスウェルを、リミィは完全無視で賞賛した。

デミテルは予想外だった。ならば何故、フトソン達を別の部屋に分けたのだ?

「オイ貴様・・・」
「何じゃらほい。」
「本当に・・・本当に今すぐ開けてくれるのか?何の代償も無く?」
「何度も言わすんじゃないぞい。主が望みさえすれば開けてやる。そう言っと
るんじゃい・・・」
「・・・・・・・・・。」


何だそれは・・・このジジイ何がしたかったんだ・・・何の障害もなく問題が
解決してしまうぞ・・・物語としてそれはどうなん・・・


「んで?なんなんじゃい?」
「ん?何がだ?」

その時、老人の目の色がより深くなった、ようにデミテルには見えた。さっき
までよりさらに心の奥底を覗かれている変な気がした。

老人はより一層目を細め、そして、問いた。

「主は・・・

何故あの扉を開きたい?」
 「・・・何?」
 「主が扉を開きたい理由じゃよ。その理由を明確に示してくれれば、いくらで
も開けてやろうぞ。ただし・・・」
「ただし?」
「開きたい理由は・・・・・・一つに絞ることじゃ。理由が二つ以上ならば、
その扉は開けぬ。」
「えぇ!?じゃああの部屋から出していいのは、フトソン達か指輪かどちらかだけなのぉ!?」

リミィは心配そうに尋ねた。すると、マクスウェルはニコリとした。

「うんにゃ。開きさえすれば、後は好きにせい。指輪だろうと主らの仲間だろ
うと、他の宝物だろうと、好きに持っていくがよいわ。」
「なんだぁ♪じゃあどっちを選んでもどっちも出せるねぇ♪よかったねデミテ
ル様ぁ♪」

リミィはマクスウェルの言葉に安心し、デミテルの顔を楽しげに見上げた。

 ところが、デミテルの顔は何故か曇っていた。ジッと下を見つめ、冷汗をかき
、唇をギュッと結び、まるで断崖絶壁の先に追い詰められたような表情。

リミィは首を傾げた。

「デミテル様どうしたのぉ?」
「・・・・・・・・・。」

デミテルは答えない。その切羽詰まった表情を、マクスウェルは淡々と見てい
た。そして言った。

「どうしたんじゃ?何を迷っておる?どちらを選ぼうとも結果を同じなんじゃ
から。何を迷う必要がある?」
「・・・・・・・・・。」
「指輪を選ぼうと、仲間を選ぼうと、主はどちらも手に入れることが出来る。
何故迷うんじゃ?」

・・・・・・・・・。

そうだ・・・その通りだ・・・どちらを選ぼうとも・・・

結果は一緒。私はあの部屋から指輪もフトソン達も出すことができる。なのに
・・・

何だ。何なんだこの気持ち悪い感じは。

こんなもの、コインの裏表で決めても問題ないはずだ。結果は同じなのだから

だが・・・

もし・・・私が・・・

私が・・・

指輪を望むとしたら。


指輪があれば、それをネタに復讐が出来る。人質を取ったようなものだ。クレ
スどもを踊らし、奴らをいたぶることが出来る。奴らはこの指輪が欲しいのだか
ら。

私の最優先第一目的は復讐だ。その為に私は旅をしてきた。なによりも復讐を
優先すべき。当然だ。

それに、前々から何度も自分に言い聞かせてきただろう。私は悪人だ。人々を
恐怖のどん底に叩き落とす、目的の為なら手段を選ばない。それが悪人の本分。

真の悪人なら・・・悪者ならば・・・

目的の為に自分の仲間を切り捨てる。こんな行動当たり前だろう。

・・・・・・

・・・フトソンとジャミルを切り捨てる。

・・・・・・

私にとって・・・

アイツらは・・・

復讐よりも・・・

馬鹿を言うな。復讐の方が大切に決まっているだろう。己の目的の為に部下を
犠牲にする。それが出来てこそ・・・

それが出来なくば・・・その覚悟がなければ・・・

それに・・・

言えるわけがないだろう・・・

『指輪よりも仲間が大事。』そんな台詞・・・

そんな台詞を吐いていいのは、物語の主人公だけだ。それこそ、クレス=アル
ベインどものような、正義感に溢れた・・・

RPGの主人公。私じゃない。私は正義のヒーローじゃない。

私は・・・


私は・・・


「主は自分が何者かわかっておるか?」

汗ばんだ手を握りしめて沈黙するデミテルの顔を見つめながら、マクスウェル
は言った。

彼のその目は、どこかしら光を放っている。

「人は光と闇、両方をその身に纏う。どれほどの正義を持つ勇者であろうと、
残虐非道を尽くす魔王であろうと、必ずその二つがあって『人』は確立される。

 それは目には見えぬ。それは行動で示され、それが光か否かは第三者が決める
こと。主は・・・

 時に人の命を殺め、時に人の命を救っておる。ここまで両極端な光と闇を示す
『人』・・・真に珍しい。」
「・・・・・・・・・!」

デミテルはハッとして目を見開いた。


 このジジイ、私の心を読んでいる。私が過去におこなった殺劇を、そして私の
今までの行動を知っている。


「言っておくが、心を読むなんて高尚な所業、いくらわしでもできぬよ。」

『デミテルの心を読んだかのように』、マクスウェルは言った。

「わしは分子の精霊。故に、この世の万物全ての分子に通じておる。分子を通
じて全てが見える。わしは、ただ主の脳みそを通じて記憶と思考を読んだけの話
。脳も所詮、分子で構成された代物じゃからの・・・さて。」

ふと、マクスウェルが杖を構えた。次の瞬間、デミテルの眼前に現れたかと思
うと、彼の鼻先に杖を突き付けた。

「ここで主ははっきりとさせることじゃ。真にクレス=アルベインとやらに復
讐をしたいというなら、主は心を限りなく闇に浸さねばなるまい。故、お主が先
に優先すべきは指輪じゃ。仲間の命ではない。じゃが主が・・・

・・・主にとって、仲間の命が『復讐よりも優先すべき大事な何か』ならば・・
・・・・貴様が選ぶべき選択肢は必然的に定まっておる。じゃが、そんな生半可
な覚悟なら、もう復讐なぞ求めぬことじゃ。『復讐』とは万物、全てを投げうち
、何よりも優先せねばならぬ覚悟が必要。『復讐』よりも大事なものがある人間には・・・」

マクスウェルの一言一言が、デミテルの胸をえぐり取っていくようだった。

「『復讐』なぞできまいて。そんなものより、その『復讐よりも優先すべき大事な
何か』を護ることに精を出すことじゃな。」
「・・・・・・・・・。」

デミテルは黙り込んだあと、自分の左胸を手で搾り取るかのように掴んだ。まる
で、自らの心に絡み付いた鎖を握りしめるような。

今まで自分がしてきたことの記憶が、彼の脳裏を次々と過ぎった。


・・・ある時は駆け落ちしたバカップルを助け

・・・ある時は財布を無くしたブラコン女の財布を探し

・・・ある時は小人と筋肉ダルマのモンスター同士のテリトリー争いに介入し
助け・・・

・・・ある時はイカのギャングに襲われる赤髪の幼女を助け・・・

・・・またある時は、死を願った水の精霊に説教をして・・・

何だ。何なんだ。私は何がしたい。善行を行えば、己に染み付いた血塗られた
記憶を澄ますことができるとでも、心の奥底で思っていたのか。

否。私は悪人だ。悪人なんだ!中途半端な正義など捨てて・・・
捨てて・・・

捨てて・・・

・・・・・・・・・・・・


・・・・・・!


デミテルは何かを決した。顔をキッと引き締めると、俯かせていた顔をあげ、
眼前のマクスウェルの顔を睨んだ。

そして

「私が・・・


 私が望むのは・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・デミテルさん今頃、一体どっちを選んでるんだなぁ・・・?」
「・・・どっちだっていいわよアタシは。どっち選んだってアタシ達はこっか
ら出られるんだし。」

モーリア坑道地下十階、宝物庫。オレンジ色のうずまき扉にもたれて座りなが
ら、フトソン達は淡々と会話をしていた。

彼らの前には、数十個もの宝箱がそれはそれはキレイに並べられている。

箱は何個か開いていた。ジャミルは『全部頂戴しちゃえばいいじゃないの』と
フトソンに提言したが、彼は拒否した。なんでも・・・


昔死んだじいちゃんが言ってたんだな。こういう状況で欲張ってお宝を残らず
持っていこうとする奴は大低酷い目に遭って死ぬ。それがアメリカ映画の基本ス
タンスだ、って♪


この小説は別にアメリカ映画とは縁もゆかりもないのだが、フトソンは何故か
その意志を曲げないのであった。

フトソンは自分の真後ろの扉を振り返った。彼の右ストレートでも壊れない頑
丈な扉が、向こう側の音を完全に遮断している。

「やっぱり指輪って言うんだな・・・?」
「そりゃそうでしょーよ。アイツの目的は復讐なんだから。それとも何よ?『
私は指輪よりも仲間の方が大切だ!』とでもアイツに言ってもらいたいの?」
「ん・・・」

フトソンはくちびるをグッと噛み締めた。ジャミルは、フンと鼻を鳴らした。
扉にもたれ掛かって座るインコの姿は、妙に滑稽だ。

「百パーセントそれは無いわね。そりゃ、アイツが正義を重んじる勇者様とか
だったら話は別だけど。アイツは立場上、勇者の敵に当たるわけなんだから。悪
人がそんな選択していいわけないでしょ・・・」
「・・・ジャミルはいいんだな?」
「なにがよ?」
「デミテルさんが、僕たちの命より指輪を優先して、それで助かっても?」
「む・・・・・・」


別に・・・あんな男に大事にされたって嬉しかないわよ・・・余計なお世話よ
・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・でももし・・・

『復讐よりもお前の命の方が大切だ』とか、面合わして言われたりとかしたら
・・・・・・


「・・・ジャミルなんで急にちょっとにやけてるんだな?」
「はぃ!?ち、違うわよ!にやけてなんかいないわよバカ!妄想なんてしてな
・・・」
「・・・何妄想してたんだな。」
「バ・・・だから・・・違・・・」


あああああもう!!アタシ最近こんなことばっかじゃないのよぉ!どれもこれ
もみんなアイのせいツよ!!

アイツが・・・

あの甘党バカが・・・

あのロリコン甘党マッハーフエルフのバカのせいでぇぇぇぇぇぇ・・・


ガラガラガラ


背後で、何かがガラガラと動く音がした。ジャミル達はビックリして飛びのき
、背後を振り向いた。

うずまき状の扉が開いていた。そして、扉の向こうにある人影は・・・

フワフワと、地面スレスレを浮かぶリミィ。その少し上を同じく浮かぶマクス
ウェル。そして・・・・・・

・・・体中ボロボロで、血まみれの状態で倒れる、一人のハーフエルフの男だ
った。

長い沈黙が起きた。フトソンは状況が飲み込めず、ジャミルは完全に目が点に
なっている。

デミテルは俯せでグッタリと倒れていた。頭部から滲んだ血が
彼の青い髪をより赤く染めている。黒いマントは一部裂けていた。

やがて、ようやくフトソンが第一声を発した。その声は予想に反し

マクスウェルに向けられた。怒りの感情を乗せて。

「なんで・・・なんでデミテルさんがこんなことなってんだなぁ!?アンタ言
ったんだな!『わしはあの男で遊びたいだけじゃ。危害は加えん』て!なのに何
で・・・」
「その男は・・・選択をしなかったわ・・・フトソンよ・・・」
「え?」

この時、フトソンはあることに気付いた。デミテルに気がいっていて、そのこ
とに気付かなかったのだ。

マクスウェルもデミテルに負けず劣らずボロボロであった。帽子は縦に裂け、
額から血を流し、杖の先の丸石はひびが入っている。髭も血で赤く染まっていた

マクスウェルは息も絶え絶えに、言った。

「まさかのぅ・・・このわしを・・・四大精霊を束ねるこのわしを、たった一
人で相手をし、なおかつ消滅一歩手前まで追い込もうとは・・・わしが負けを認
めた瞬間、こ奴もガックリと倒れたが。」
「え・・・な、何よそれ?戦ったの?アンタデミテルと戦っ・・・・・・え?
だって、契約だって出来ないのに・・・」


ジャミルはわけがわからない。マクスウェルは戦うつもりはなかったはずだ。
デミテルも、そんなことしなくてもマクスウェルが提示した質問をどちらか選べ
ばいいだけの話で、戦うメリットなどまったく・・・

マクスウェルは、息を整えると、血に染まったしわまみれの頬を引き上げた。
何故か、とても嬉しそうだ。

「こ奴は・・・先ほどこう言いおったよ。」

よく聞けジジイ。貴様は私が指輪を選べば立派な悪人。仲間を選べば悪人ではな
い。そう言いたいんだろうが・・・

・・・愚問だな。『真』の悪人なら・・・悪人ならば・・・・・・

両方だ。私はどちらも取る。片方だけなど望まん。私は指輪も・・・

あのバカ達も必要なのだ。この要求が通らんならば・・・

 力づくでいくまでよ!これぞ『真』の悪だぁぁぁぁ!!


「そう言いおって・・・このわし相手にタイマンで勝負を仕掛けてきおったわ
。ずいぶんと肝が座った悪人じゃよ。」
「・・・バッカみたい。」

ジャミルはフワフワと羽ばたきながら、悪態をついた。そしてそのまま飛び、
デミテルの頭に乗っかった。血生臭い匂いが彼女の鼻をついた。

ジャミルはデミテルの頭を見下ろした。ハッハッと弱々しい、息遣いが聞こえ
る。どうやら気絶はしていないようだった。

「アンタねぇ・・・普通の悪者はねぇ!!仲間や部下よりまず自分の目的を優
先すべきでしょーが!!それが悪者のセオリーでしょうが!!世の中にはこびる
勧善懲悪の物語を見なさいよアンタはぁ!!」
「・・・・・・や・・・かましい・・・・・・わ・・・」

デミテルは顔を地面に埋めたまま、息も絶え絶えで反応した。どんな顔をして
いるかは見えなかった。

「私は・・・・・・ただ己の欲望のままに動いただけよ・・・こ、これぞ真の
悪・・・・・・」
「・・・・・・だぁかぁらぁ・・・!」

ジャミルは急に言葉に詰まった。声が喉に締め付けられてしまい、出なくなっ
ている。


あぁもう・・・なんで・・・

なんでこんなバカの為に・・・
ちょっと・・・泣きそうになってんのよアタシはぁぁぁ・・・・・・


「・・・デミテルさん?」
「なんだ・・・フトソン?」
「デミテルさんさっき『己の欲望のままに動いた』って言ったけど、それって
・・・」

その時、デミテルの体が浮き上がった。フトソンがぐったりとしたデミテルの
体を抱えたからだ。

フトソンは、デミテルの顔を楽しげに覗きながら、こう言った。

「・・・それって言い方変えると、『自分に正直に動いた』って言ってるよう
なものなんだな♪悪人のセリフに聞こえないんだな♪」
「や・・・やかましぃ・・・」

デミテルは顔を赤くし、少々声を小さくしながら呟いた。

「んじゃデミテルさん。奥の部屋行って指輪・・・」
「・・・あら?ちょっと小娘何やってんのよ。どうしてさっきから動かない・
・・」

ずっと下を俯き、じっとし続けるリミィにジャミルは尋ねた。

リミィは答えない。彼等に背を向けたままだ。

背中がガタガタと震えている。


おかしいわね・・・大体、デミテルがこんな状態になってんのに駆け寄りもし
ないなんて・・・


ジャミルがまたリミィに声をかけようとした時だ。その部屋を、一つのアナウ
ンス音が響き渡った。

 感情を感じない機械音。おそらく、これもドワーフ族が作った仕掛けなのだろ
う。

『四大精霊が指定場所に正確に設置されました。マクスウェルは、人間達の前
に姿を現し、宝物庫への手引きをするようにしてください。ドワーフ宝物庫管理
委員会より。』

「・・・・・・・・・え。」
「え。」
「え?」
「ほっほ。どうやら誰か、四大精霊を手に入れて、なおかつここまで来た冒険
者が出たようじゃのぉ♪どんな奴らじゃろ?」


まさか


現在、デミテルパーティーとクレスパーティーとの距離、壁を通り越して

約、五メートル。

つづく

あとがき
テストが終わって携帯が戻ってきました。まだ結果出てないけど、悪くない・・・はず・・・うん。大丈夫だよ自分を信じろ。

多分、今までのようにずっと一週間おきに投稿するというのは今年からできないと思います。今までテスト週間中も関係無しで書いてたんですが、この一年で成績が・・・下が・・・うわあああああああああああ・・・・

☆第二回  デミテルに聞け!☆


Q  男鼠さんの質問
デミテル様はアーチェに結婚しようといわれたときなんと思ったのでしょうか?


「・・・・・・・・・・・・・。」
「ほらデミテルさん。質問されてるんだから答えるんだな。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「デミテルさ・・・」
「ナンニモ、オモッテナイ。」
「何で急にカタカナ表記なんだな?」
「やかましいぃぃぃぃぃぃぃわぁ!!そんな事答えられるかぁぁぁぁぁぁ!!」


A  ナンニモ、オモッテナイ(自称)
・・・多分、この先いずれ書かれると思います。


「・・・ってちょっと。これじゃ質問コーナーとして成り立たないじゃない!?しょうがないわねぇ・・・・・・・じゃあ特別に、このジャミル様の人型の時のスリーサイズを公開・・・」
「鳥肉の食べる部位の大きさなど知ってどうするんだ。」
「ねぇねぇ?ジャミンコの手羽先部分の大きさはぁ?」
「部位じゃねぇぇ!!スリーサイ・・・・ってもう終わっちゃったじゃないのよぉぉ!?」

次回 第三十五復讐教訓「何か壊した時はとりあえず木工用ボンド」

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