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デミテルは今日もダメだった【35】

力づくでいくまでよ!これぞ『真』の悪だぁぁぁ!!


そう叫んで。そう叫びながらその人は、分子の精霊に立ち向かった。

しかし次の瞬間。精霊の放った魔術が発動し、風が、その人の体を切り刻んだ。

鮮血が散った。私の頬に血が飛んできた。

途端、私の世界が真っ暗になった。何も見えない。いや、私自身が、目の前の
光景を視界に入れるのを、頑なに拒否しているのだ。

死んじゃイヤだ。そんなのイヤだ。お願い。アナタだけは死なないで。私を置
いていかないで。

私は前にも似た光景を見たの。私の大事な人の体から血が噴き、そして

動かなくなってしまった。その時とまったく同じ光景が展開されている。

大事な人から血が噴いている。じゃあこのままこの人は・・・

死なないで。私が世界で一番大好きな人。私が世界で一番愛してる人。

死なないで・・・・・・・・・・・・・・死んじゃやだぁ・・・・・・


デミ・・・テル・・・様ぁ・・・


第三十五復讐教訓「困った時はとりあえず木工用ボンド」


「・・・いい加減目ぇ覚ませこの役立たずがぁ!?」
「あいたぁ!?」

とある男が放った一発のデコピンが、リミィを夢の世界から強制帰還させた。
彼女は目をパチクリさせながら、声がした方を見上げた。

デミテルだ。顔には無数の切り傷。額からは血が流れ、赤い髪が以前より増え
ているように見える程真っ赤だった。

リミィは座り込んだデミテルの膝に、抱き抱えられるようにされていた。デミ
テルの背後には、うずまき状の扉が背もたれ代わりになっている。

ここは、宝物庫の中らしい。

デミテルはフゥとため息をついた。

「まったく・・・立ったまま気絶などしおって・・・冷や汗まみれだわ、全身
ガタガタ震えて寒そうだわ・・・おかげで、『全身で温めてあげるといいんだな
♪』とかほざくフトソンに言われて、仕方なく貴様を抱き抱えて暖をとってや・
・・」
「うわぁぁぁぁん!!」
「!?」

突如、リミィが泣きながらデミテルの首にしがみついた。むせび泣くというほ
どではなかったものの、それでもデミテルは軽い睡魔に襲われた。

リミィはしゃくりあげながら、声も絶え絶えに、デミテルの胸に顔を埋めて泣
いた。

「よ・・・よかったぁ・・・デ、デミテル様生き、生きてったぁぁ・・・!」
「な・・・この私が死ぬとでも思ってたのか?私を誰だと思っ・・・」
「だって血ぃいっぱい出てたもぉん!!」

リミィがさらに強く首を絞めてきたため、デミテルは息苦しくなった。実際の
ところ、現在も彼の体はボロボロで、アップルグミを三、四個食べただけなのだ。

 ゲーム的に言うと、HPの数値の色は赤いままである。

「は、離せバカ・・・」
「ぜったい!ぜったいリミィより早く死んじゃやだよぉ!!ぜったいだよぉ!」
「わ・・・わかったから・・・離せぇ・・・」
「すんませーん。そこの幼女と戯れている危ない大人、こっち向くんだなー。」

ものすごく嫌な言葉で、フトソンが呼びかけて来た。足元には数個の宝箱が転
がっている。

フトソンは指で、一本の指輪をつまみ、高く掲げた。

「これは違うんだなー?」
「違う。それはただの指輪だ・・・というか誰が危ない大人だぁ!?貴様が言
うから仕方なしにだな・・・!」
「と言いつつ、目が覚めたのにリミィを抱き抱えたままなのは、やはりロリコ
・・・」
「誰がロリータコンプレックスだぁぁ!違うと何回言えば・・・!」
「アンタら無駄話はいいから指輪探しなさいよ指輪・・・早くしないとクレス
ども来ちゃうじゃないの・・・」

宝箱をクチバシと器用に開けながら、ジャミルがため息混じりに言った。

「クレスどもがここに入ってくる前に契約の指輪見つけて、それを餌にあんな
ことこんなことして復讐すんのがアンタの目的でしょ。いつまでも幼女と戯れて
己の欲望を満たしてんじゃな・・・」
「だぁから違うと言っとるだろがぁ!?一体いつから私のキャラはロリータコ
ンプレックスが定着したんだぁ!?責任者出てこいぃぃ!」
「デミテル様ぁ・・・」
「お前もいつまでしがみついとるんだ!?いい加減離れ・・・」
「お願いだから・・・」

その時、リミィの小さな手が、デミテルの服の襟をギュッと掴んだ。

「お願いだから・・・お願いだからリミィより早く死なないでね・・・お願い
だから・・・」
「・・・・・・!」

この時デミテルは気付いた。またしてもリミィの体が小刻みに震えている。何
かに怯えるかのように。


 コイツ・・・確か精霊の洞窟で私をひっぱたいた時もこんな感じだったな・・・

 ・・・・・・・・・。


 自分の胸に顔を埋めた少女の姿を見下ろしていたデミテルは、やがて

めんどくさそうに、仕方なさそうに、しょうがなさそうな仕草をしながら

片手でリミィをより強く抱きしめてやった。視線をどこかしらに逸らして。

そして、小さく、こう呟いた。

「・・・・・・今回だけ特別だ。感謝しろ役立たず・・・」
 「・・・・・・・・・・・・うん。」


 ・・・・・・あれ?これ・・・もしかして・・・


そんな時に、フトソンが一つの宝箱を開けた。中にあったのは

今までに見たことのないような、

月のように黄色く輝く宝石がついた指輪であった。


あったんだなぁぁぁぁぁ!!見つけたんだなぁぁぁぁ!!絶対コレ契約の指輪
なんだなぁぁぁぁ!!死んだじいちゃんが言ってたのとおんなじなんだなぁぁぁ
ぁ!!

うわどうしよう。何かめっちゃ嬉しいんだな。どーしよコレ。

普通にデミテルさんに教える?イヤイヤイヤ。どうせならもっとこうドラマチ
ックに。『イ○ディー・ジョーンズ』の映画で宝見つけたのと同じぐらいの演出
をしてほしいんだな。てかもうBGMをその映画から頂戴して使って・・・あれ?僕
何かよくわかんないこと言ってんだな?落ち着け!落ち着くんだな僕!フトソン!!

・・・そうだ。とりあえずジャミルにはこっそり教えてあげ・・・


興奮で爆発しそうな胸を抑えながら、フトソンは自分の真後ろで宝箱を開けて
いたジャミルに教えようとした。

だが、姿がない。見れば、ジャミルはデミテルの方に飛んでいっていて、宝箱
の開封という職務を放棄していた。

ピーピー喚きながら。

「ちょっと!ホントに一体いつまで戯れてんのよこのロリコン!もう十分でし
ょ!?小娘もアタシ達と一緒に指輪探しなさい!」
「やだぁ。もっとデミテル様とこうしてるぅ。」
「もう気ぃ付いたんでしょ!?体の震えも止まったんでしょ!?だったらそれ
以上くっついてる必要は・・・」
「・・・もしかしてジャミンコ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヤキモチ妬いてるのぉ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・!!?」

リミィの言葉が、ジャミルの胸を思い切り貫いた音が、フトソンには聞こえた
ような気がした。

ジャミルは全身を真っ赤に紅潮させ、なおかつ湯気がシュウシュウと立ってい
る・・・・・・ように見える。

「バ・・・違・・・このアタシが・・・アタシが・・・・・・ヤキモチなんざ
・・・・・・ましてや・・・コ、コイツ相手に・・・す、す、するわけが・・・

「わかったぁ!ジャミンコもリミィみたいにデミテル様にギュッとして欲し」
「んなわけあるかぁぁぁぁぁ!!断じてあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!うわぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」
「痛い痛い!?なんで私をつつくんだ!?痛い痛い!?め、目つつくのはやめ
ろぉ!ぎゃああ!?眼球がぁぁ!?」


・・・・・・とても教えられそうにないんだな・・・・・・ツンデレ隊長め・・・

こうなったら僕がこの指輪を空高く掲げ、威風堂々とデミテルさんに見せつけ
、そして僕がいかに有能なのかを見せつけ、ひれ伏させ・・・あれ?何か脱線し
てるんだなコレ?まぁいいんだな・・・

・・・いざ!


フトソンは意を決した。次の瞬間、その太い指で指輪をつまみ上げ、高く掲げ
、そして

「デミテルさぁぁぁぁん!ついに契約の指輪を見つけたん」

ボキ

鈍い、イヤな音がした。

「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

誰も、何も喋らない。ただ黙然と、フトソンがつまみ掲げた指輪を見上げてい
た。フトソンも含めて。

年代物だからなのかなんなのか。はたまた、フトソンの握力が必要以上に強か
ったからなのか、真実は闇の中だ。だが、とりあえず今起きていることを客観的
かつ第三者の目から見れば、わかることは一つ。

 フトソンの指の間で、契約の指輪は真っ二つに折れていた。

「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・ねえデミテルさん?」
「なんだ?」
「あの・・・」
「だから何だ?」
「・・・・・・・・・


・・・木工用ボンドあ」
「それで問題が万事解決するとでも思っとるのかぁぁぁぁ!?」
「げっふあ!?」

次の瞬間、デミテルの飛び膝蹴りがフトソンの顔面に直撃した。フトソンは奇
声をあげながら後ろに吹っ飛んでいった。

「何やってんだオイ?お前一体何やってるんだオイ?私が全身ボロボロになっ
て、戦って、努力して、切望して・・・・・・それでやっと手に入れたものをお
前・・・コレ・・・てか木工用ボンドってなんだぁぁ!?小学校の図画工作じゃ
ねーんだよぉぉぉ!?ドワーフの技術の結晶がそんなもので修復仕切れるわけね
ーだろぉぉぉ!?ドワーフなめるなぁぁぁぁ!!」

デミテルは倒れたフトソンの後頭部をげしげし蹴りながら罵った。とても怪我
人には見えない何ともスピーディーなキックだった。

 リミィは奮怒するデミテルの胴体にしがみつき、何とかなだめようと試みた。

「デ、デミテル様落ち着いてよぉ!リミィこれ、ほら、木工用ボンドはないけ
ど、代わりにこれ使おうよぉ!」

と言ってリミィが取り出したのは・・・

一本の細長い、歯磨き粉風チューブ式容器。中心には元気なレイアウトで縦に
六文字・・・


せんたくのり


「『せんたくのり』で何をどう解決しろというんだこのアホンダラぁぁぁぁ!?これはシワシワにシワが寄った衣服をパリっと見せるためにあるんだよぉぉ!!アイテムの修復は担当しとらんわぁぁぁぁ!!」

デミテルは目を凶器的にぎらつかせながら、せんたくのりを思い切り地面に叩
きつけてしまった。
ジャミルも何とかなだめようと必死だった。デミテルの頭回りをグルグル旋回
しながら叫ぶ。

「落ち着きなさいよデミテル!ほら!アタシこれなら持ってるわよ!」

と言って出てきたのは


プラモデル用接着剤タ○ヤセメント(流し込みタイプ)。


「契約の指輪がプラスチックで構成されてるわけねーだろぉぉぉ!?もしそう
なら溶接してくっつけるわぁ!つーかお前の身体のどこにそんなもん収納するス
ペースがあるんだぁ!?なんでそんなもの常備しとるんだぁ!?」
「その手の接着剤はシンナー臭いから密室で使っちゃダメなんだな。ここ思い切
り密室なんだな。」
 「あぁそうね。換気よくしないと気分悪くなるのよねコレ。」
「なんでお前らプラモデラー同士の会話を展開させてる・・・」

ガチャガチャ


その時、オレンジ色の扉がガチャガチャと音を起てた。デミテルの顔色がサー
と青くなった。

デミテル達から、扉を隔てて三メートルのところ。そこでは、今まさに時の英
雄達が宝物庫の扉を開けんとしていた。

だが

「なぁ・・・クレス・・・」
「なんですかクラースさん。」
「扉を・・・早く開けようか・・・マクスウェルとも契約できたことだし・・・」
「じゃあクラースさん開けてください。扉の真ん中を触れば自然に開くように
したってマクスウェルが言ってましたよ。」
「そうだな・・・ではミント頼む。」
「お断りします。」
「・・・なぁアーチェ」
「や。」
「・・・・・・・・・。」

クレス達はただ、オレンジ色の扉の中心をただ見つめていた。見つめるだけで、動こうとしない。その見つめている先に触れれば、念願の宝物庫に入れるというのに、何故か見ているだけだ。

その視線の先には


大量の練乳が塗りたくられている。甘い香りを漂わせ、ヒタヒタと液が地面に
落ちる音がする。

クラースはピクピクと眉を潜めた。誰かにこの状況を説明して欲しいものだ。

「・・・一体どこの誰がこの古代の遺跡の最奥部の扉に練乳を塗りたくったん
だ?」
「わかりませんよクラースさん。練乳っぽいスライムかもしれません。」
「いやいやクレス。完全に練乳だよコレは。」
「わかりませんよクラースさん。練乳っぽい樹液的な何かかも知れませんよ?」
「いやいやミント。どう言ったってコレ完璧練乳だよ。というか『樹液的な何
か』って何だ。」
「わかんないよクラース!樹液っぽい練乳かも知れな・・・」
「それ結局樹液じゃなくて練乳だろうが!?というか何で扉から樹液なんだ!?あえて言うなら『扉液』だろコレ!もういい!私がやるからちょっと布貸してくれ布!ゴミになってもいいようなヤツ!」

クラースはミントから裁縫で余った白い布切れを受け取ると、壁と手の間に挟
み込むようにし、そして

グイっと押した。途端、渦を巻くように扉が開いていった。

中は、英雄達が今まで見た坑道内とは似て非なる作りだった。地下だというの
に、崖先のような作りになっていて、崖の先は巨大なホールのようだ。

そして、一面には大量の宝箱が敷き詰められている。

「うわぁ・・・宝がいっぱい・・・」

アーチェは軽く口を半開きにしながら呟いた。

しかしまた、これとは別のことも同時に考えた。


なんだろコレ・・・何か変・・・

何で・・・半開きの箱とかあるんだろ・・・それに、綺麗に箱が並んでる列の
ところと、微妙にズレてる列のとこがある・・・

誰か・・・先に入ったのかな?

「とにかく、片っ端から開けるぞ。」

宝箱に歩み寄りながら、クラースが言った。

英雄達は、箱を無差別に開け始めた。


・・・その英雄達から距離わずかニメートル。その、崖のようなところから少
し降りたところの、いわゆる崖の側面部。そこに背をつけ、ゴツゴツした岩肌に
張り付くように

デミテル達はいた。彼らの頭の上から、時の英雄達の生声が聞こえてくる。

デミテルはゴクリと生唾を飲むと、まず右肩にジャミルが乗っているかを確認
、次に左肩にリミィが乗っかっているのを確認にし、ハアッとため息をついた。

「・・・危ない危ない・・・」
「ちょっと・・・なんで隠れるのよ?今こそ復讐の・・・」
「お前なぁ・・・既に壊した指輪でどうやって奴らを踊らすんだ?え?こんな
ものアレだぞ。銀行強盗が死体を人質にしたようなものだろーが。何の躊躇もな
く警察は銀行に突入してくるわ。」
「何よアンタ・・・正々堂々と勝負して勝つ自信ないわけ?」
「え・・・」

デミテルは冷や汗をかくと、視線をどこかしらに逸らした。

「いや・・・その・・・アレ・・・じ、自信があるとかそういう問題ではない!大体、私のこの傷ついた体で奴ら全員相手にするのは・・・」
「フトソンにお任せすればぁ?」
「それじゃ私の復讐にならない・・・アレ?フトソン?そういえばあの馬鹿は
どこいった・・・?」

デミテルは左右を見渡した。フトソンの姿は影も形もない。

ここで、デミテルはふと思う。今自分達は崖の側面にいる。側面である以上、
足場は狭い。なおかつ、体をピッタリと崖の側面に張り付けていないと立ってい
られない。

フトソンがここに隠れるのは、体の横幅から不可能だ。

では、彼はどこに身を隠したか?

「クラースさんちょっと。」
「なんだクレス?指輪あったか?」
「いえ・・・見てくださいコレ。この宝箱だけ

 変な白い石像が手に持ってますよ。これじゃないですかね?」

「・・・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」
「ねぇデミテル様ぁ?白い石像ってフトソンのことかなぁ♪」

 楽しげに話すリミィと完全に対極の感情を持ちながら、デミテルとジャミルは
まったく同じ事を考えていた。


最悪だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?


ヤバイ・・・マジでヤバイんだな・・・どうすりゃいいんだな僕・・・デミテ
ルさぁぁぁぁん!?


フトソンは、契約の指輪が入った青い光沢を放つ宝箱を両手で持ち、まるでバ
レンタインデーに女の子が男の子にチョコレートをあげるようなポーズで、垂直
に、真っすぐ、背筋正しく立っていた。

視線は常に斜め上弦四十五度を向き、目はなるべく死んだ魚のような腐り果て
た白目状態になるよう心掛け、口は半開きにし、完全なる無機物になろうと尽力
していた。近くで見れば、冷や汗だらけなのだが。

彼は隠れるタイミングを完全に逃していた。デミテル達が崖下にそろそろと隠
れる中、『あれ?これ、せんたくのりで直るんじゃね?』と一瞬思い、指輪に試
行錯誤していたからだ。

フトソンは迫るクレス達の視線を全身から浴びながら後悔した。

せっかく嫌がるデミテルさんを説き伏せて練乳を扉に塗ったくり、この人達が
部屋に入ってくるタイミングがわかるようにしたのに・・・これじゃ意味ないん
だなぁぁぁぁ!!


クラースは、後悔の念に襲われる着ぐるみ男を見上げていた。

「これ・・・石像か?」
「石像ですよ。まったく動きませんし。目もほら、死んだ魚みたいですし。仮
にモンスターだとしても、完全に死んでますよ。色々な意味で。」
「・・・そーだな。石像じゃないにしてもコレは死んでるな。色々な意味で。」


色々な意味ってどういう意味なんだな!?どういう意味で死んでるように見え
るんだな僕!?


「ではこの手に持ってる宝箱を取るか。」
「気を付けて下さいクラースさん。箱を取ったら石像が反応してトラップが発
動するかも知れませんよ。」
「大丈夫だクレス。だって仮にこれが完全なる石像だとしても、死んでるから
な。もう根本的な意味合いで死んでるからトラップも死んでるだろ。」
「そうですねクラースさん。モンスターだろうが石像だろうが、死んでるから
大丈夫ですね。もう手遅れって感じで・・・」


・・・スイマセン。アンタらの会話、聞けば聞く程生きる希望を見失いそうな
んだな・・・


フトソンは極力表に出ないよう、心の中でちょっと泣いた。

クレスは恐る恐る、フトソンの宝箱に手を伸ばした。少しずつ、慎重に。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 クレスが箱を手に取った時だ。アーチェが彼の背中から脅かす為の声をあげた
のは。

「えい!」
「うわー!?」
「ギャァァァァァァァァァスイマセンンンンン!?」
 「へ!?」

アーチェは虚を突かれて目をパチクリさせた。ビックリするのはクレスのみの
予定だったのだが・・・


今・・・

今確実に石像が『スイマセンンンンン!?』って謝ったような・・・


「ねぇミント?今この石像叫んだよね?」
「何言ってるんですかアーチェさん?叫んだのはクレスさんですよ。今ご自分
で脅かしたじゃないですか?」

ミントは事もなさ気に言った。どうやら、彼女が見ていたのはクレスのみで、
石像をまったく視界に入れていなかった為、『スイマセンンンンン!?』もクレ
スが言ったものだと思っているようだった。

「いやでもさ・・・今確実にこの白いの叫・・・」
「あれ?この指輪・・・」

アーチェの言葉を遮るように、クレスが呟いた。見れば、一本の指輪を指でつ
まみ上げている。

 しかし・・・

「この指輪・・・壊れかけてる・・・・・・

・・・・・・それに・・・

・・・せんたくのりまみれでベッタベタです。」
「・・・なんだって?何まみれだって?」
 「白いベタベタのせんたくのりが指輪全体を意味も無くコーティングしてます。」

壊れかけの指輪は、先程までのフトソンの努力のおかげでのりにまみれまくっ
ていた。特に、指輪の割れた断面部分に多量に塗られている。否、もはや指輪が
のりに埋まっているようにさえ見える。

「・・・何故古代の遺跡の最奥部の部屋の宝がせんたくのりまみれなんだ。な
んでよりによってせんたくのりなんだ。」
「もしかして・・・古代のドワーフが壊れた指輪を直そうとして・・・」
「イヤイヤ。何故せんたくのりで接合を試みたんだドワーフは?もっと何かあ
るだろ・・・修復方法・・・」
「でももしそうだとしたら・・・この指輪、この状態で使用出来るということ
何でしょうか?」

ミントは杖で指輪をつんつんつつきながら首を傾げた。クラースは首をフリフ
リと横に振った。

「こんな指輪使えてたまるか・・・仮に使えたとしてもこんなニュルニュルし
た指輪個人的に使いたくない。こんなもの指にはめてルナに契約を申し込んでい
る自分の姿は、想像するだけで痛々しい。」
「だいじょぶだよクラース。今のそのファッションと刺青だけで十分イタイっ
て♪三十路にもなって・・・」

楽しげに言うアーチェを、クラースは睨み付けた。その一方でフトソンは緊張
で今にも精神が瓦解寸前である。白目が段々、紫色っぽい感じに変色を開始して
いる。

「これは刺青ではなくペイント!!それに私はまだ二十九だ!まだ三十路じゃない!まだピカピカの二十代だぁぁ!」
「そんなことは正直どうでもいいので、どうしましょうか?」

ミントの発言により、クラースの言葉は完全に一掃された。クラースは眉をピ
クピクとさせたあと、やがて、ため息混じりで言った。

「私の力ではどうにもできん・・・」
「一度アルヴァニスタに戻って、ルーングロムさんに相談しましょうか?」
「それしかないか・・・このせんたくのり拭ってもいいか?」
「なるべくそのままにしといた方が・・・」
「じゃあクレス。お前が指輪持ってろ。」
「いえいえ。クラースさんが持つべきです。どーぞ。」
「いやいらな・・・オイ!こっちに指輪向けるな!のりがつくだろのりが!」
「・・・・・・・・・。」

クレスがクラースに指輪を押し付けようとしているなか、アーチェは一人、フ
トソンを見上げていた。彼女は目を細めた。


なんか・・・微妙に小刻みに震えてるよーな・・・

・・・ ん?


この時、アーチェは気付いた。白い石像の突き出た手の、右の手の平に

何か変わった色合いの糸状のものがのっている。

 アーチェは、恐る恐る人差し指を突き出すと、その手の平に近づけた。

指先が触れる。汗ばんだ感じがするのは気のせいなのか。

そしてアーチェは、その糸状のものを指でつまみあげると、眼前まで運んだ。

それは髪の毛だった。だが、妙な色の配分だ。下半分が真紅の赤、上半分が深
い青。


なんでこんなとこに髪の毛・・・?しかもこんな変な色の配分した髪の人って
・・・

アタシ・・・

 ・・・世界で一人だけなら知ってる・・・


「おいアーチェ。行くぞ。」

髪の毛に魅入っていたアーチェの肩を、ポンっとクラースが叩いた。アーチェ
はおもむろに髪の毛をポケットに突っ込むと、部屋を出ていく仲間達を追ってい
った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「・・・帰った?あの人達帰ったんだな?・・・・・・やったぁぁぁぁぁぁ!!僕はついに勝利・・・」
「って何に勝利したのよこのダァホ!!」
「ギャース!?」

フトソンが喜びの万歳を清々しくやり切った瞬間、ジャミルの鉤爪が彼の後頭
部に深々と刺さった。

「血がぁ!?血がぁ!?」
「なんでわざわざ指輪を箱ん中に戻したのよこの馬鹿!どうせなら見つからな
いよう口の中入れとくとか・・・」
「せんたくのりを口の中入れとくのはいくら僕でもイヤなんだな!」
「それ以前にせんたくのりで指輪直そうとしてんじゃないわよ!直るわけない
でしょ!?」
「じゃあもし木工用ボンドなら・・・」
「それでも直らんわぁ!!一体どんだけ木工用ボンドに執着してんのよアンタは!?このモーリア坑道の話で三話分も消費しといてこのオチって・・・・・・ちょっとデミテル!アンタも何か言え・・・」

ジャミルは怒り心頭しながら振り向き様に叫んだ。

が、デミテルはこちらを見てもいない。肩にリミィを乗せ、そのボロボロの体
で、足元に落ちている何かを見ていた。

やがて、彼はしゃがみ込むと、その何かを摘み上げた。それは、
長い、綺麗な、

一本のピンクの髪の毛。だった。

デミテルは体を震わせた。それは寒かったわけでもなく、貧乏揺すりをしたわ
けでもない。

恐怖だった。


何故・・・

何故私は気付かなかった・・・否。何故忘れていた?

アーチェ=クライン。あの日。私がクレス=アルベインどもと初めて対峙した
日。自らをリアと偽った女。

何故。何故だ。何故・・・

私はあの女がアーチェ=クラインだと何故気付かなかったのだ?彼女のことは
昔から知っていたはずなのに・・・それどころか・・・


デミテルは思い出していた。ずいぶん前、真夜中のベネツィアの浜辺で、ハー
ピィ族の代表から貰い受けた報告書を読んだ時。

アーチェ=クラインの項を読んだ時。その時自分がおもったことは・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


アーチェ=クライン
出身地 ローンヴァレイ
年齢 十七歳
特徴 魔術を使うピンクの髪をしたハーフエルフ。性格は元気はつらつ。殺人的
料理を作ることで地元のモンスター達に恐れられている。何匹のモンスターが犠
牲になったことやら・・・
                 
 『リアのフリをしていたピンクの髪の女。ふざけたことを。私を馬鹿にしたこいつの罪は重い・・・。』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は・・・

私は・・・

 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「して?確保は出来なかったのか?ルーングロムよ。」

アルヴァニスタ城。その美しい白き城塞の、三階。そこにある、広く、美しい
彩色の絨毯が敷き詰められた間。

 高そうな壷。そして壁に掲げられた、巨大なアルヴァニスタ国旗。最奥にある
二対の椅子。そこに座るはアルヴァニスタ王と女王。それにひざまづき頭を下げ
る宮廷魔術師。

謁見の間は、少々いい空気ではなかった。

宮廷魔術師ルーングロムは、ゆっくりと、丁寧に申し上げた。

「目前まで追い詰めたのですが、まんまと逃げられてしまい、誠に申し訳あり
ません。しかしながら、手配書は無事作成出来ましたので、捕まるのは時間の問
題かと。」
「ふむ・・・お主でも捕まえられなかったとは驚きよの・・・」

アルヴァニスタ王は知っていた。この有能な魔術師は、正義を心から愛し、悪
を心から憎む男。

大量殺人をした男を目前まで、追い詰め、そして逃げられる。相当な憎しみが
その男に対して募っているであろう。

「・・・してルーングロムよ。」
「はい。」
「その男は・・・・・・デミテルという男は、いかなる者であったか?」
「・・・・・・・・・。」

ここで、アルヴァニスタ王は目を丸くした。

 笑っている。あの、悪を徹底的に許さないこの男が、フッと笑ったのだ。

やがて、ルーングロムは、ゆっくりと申し上げた。

「・・・非常に・・・


・・・おもしろい男でしたよ。憎い程に。」

つづく

次回第三十六復讐教訓「中学二年の男子生徒に告ぐ いちいち保健体育の授業で騒がないように」

コメント

小説、楽しく読ませていただきました!
これからも頑張って下さい!

小説、楽しく読ませていただきました!
これからも頑張って下さい!

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