« 消える日まで | メイン | 記憶喪失(?)【1】 »

デミテルは今日もダメだった【59】

「はいっ!ここで突然、アーチェちゃんから問題ですっ!!」

「この二つのサンドイッチのうち、あたしが作ったのはどっ」
「右。」
「うわすっごい!なんでわかったのクラース!?」
「そうだな。とりあえずミントは鳥肉を生きたままパンで挟んだりしない。」
「ピィイッ!ピィイイイッ!?」

フクロウっぽいモンスター、ラプターは二枚の食パンに挟まれながら泣き叫んでいた。酷い。


第五十九復讐教訓「つらいことは酒飲んで忘れろ あとでまた思い出すけど」


十二星座の塔は十二階建て。では無い。実は六階建てである。十二星座の塔という名前でありながら、半分しかないのだ。まぎらわしいことこの上ない。おかげで、前話で十階があるとか書いてしまった。ごめんなさい。

「そんなの、地の文じゃなくてあとがきであやまんなさいよ………」
「何をぶつくさ言っている。」
「別に。逆にアンタ何やってんのよ。」
「見てわからんか。ハッピーサマーウエディングの準備だ。」
「……………。」

長机を並べ、レースのついたテーブルクロスをひき、壁に折り紙で作った花を壁に両面テープで貼っつけながら、デミテルは真顔で言った。

ジャミルはデミテルの顔面に折り紙の束を物凄い力で叩き付けた。

「見てわかるかぁぁあ!!何をやっとんのよアンタは!?まずハッピーサマーウエディングってアンタ、まだ夏じゃねーから!語呂良いからって適当に言ってんじゃねーよ!!大体結婚式折り紙で飾り付けるやつがあるか!?完全に小学校のお楽しみ会でしょうが!?不景気だからってどんだけ節約!?」

「そぉもそも!アンタこんなところで何やってんのよ!?オアシスで集合って話じゃなかったんかい!?なんでこんなとこであんな女とイチャイ…いや、んなことアタシはどうでもいいんだけど!つまり…」
「いや………というか」

デミテルは両面テープを持ちながら、目をパチクリさせた。

「貴様、なんでそれを知っている。というか、なんで貴様がこんなところにいるんだ。いつぞやの美人局(つつもたせ)女。」
「え?あ…」


そーいや、コイツ、アタシの人型がこれって知らないんだったわね……

今言おうかしら………いや、今言ったところで………


「はぁ………ルナたん…」
(キモッ!!)


全っ然ギャフンて言わないわよねこれ…軽くあしらわれて終わりだわ………


ジャミルは、ニヨニヨしながらルナに想いを馳せる、なんとも気持ち悪いデミテルを見ていた。

「はあ……我が愛しのルナたん……」
(たんをやめろ)
「今は何をしているのか…今頃彼女も私のことを想い、私と同じく身を悶えているにちがいない。」
(そうね。アンタの存在に戦慄を覚えて悶えてるかもね。)

「ああ…あの美しい黒い髪……はかない瞳………」
「…。」
「あの汚れなき無垢な肌…あああルナた」
「ちょい待てコラあ!?」
「ぶぼら!?」

静観していたジャミルは、突然デミテルの頭をひっぱたいた。

「汚れなき無垢な肌って何よそれ!?え!?違うわよね!?普通に腕とか顔のことよね!?」
「いや。全身余すところ無く全てだが。」

何かがキレた音がした。ジャミルはわなわな唇を震わせていた。

「…じゃあ何?アンタは何?自分で集合場所とか決めといて、敵を分散させる為に別れようとか言って、一人の方が楽だとか言って単独行動して、実は仲間の目が無くなったのをいいことに、女遊びしたかっただけだったんだ。」
「馬鹿が!遊びなどでは無い!」

デミテルは目をキッと光らせた。そして言い切った。

「『遊び』ではなく『本気』だあああ馬鹿がああああっ!!」
「お前がバカだああぁっ!!」
「よくわかったなあああ!恋する者は皆、ばかになるのだあああ!」
「恋する前からBAKAだろうがああああ!!恋する前どころか生前から馬鹿だアンタはあああ!!」
「あっ!今貴様同じ『馬鹿』を二回使ったな!!貴様の負けだあああ!!」
「しまったああああ抜かったあああああっ!?」

いつの間にか始まっていた謎のゲームに敗北し、ジャミルは床に膝をつき、手をついた。

「くそお!油断したぁ!?」
「貴様の負けだ!!罰ゲームとしてバイキンマンのモノマネをしながら腹筋しろ!!」
「ハードル高すぎだろ!?」
「貴様なら出来る!その悪魔のような尻尾はその為にあるんだろうが!?」
「アタシも知らないけどこの為では無いと思う。そう信じたい。」

そういいながらも、ジャミルは、床に寝て、頭の後ろに腕を組んだ。

「はっ、はっ、はっ……はーひふーへほー…」
「…。」
「…。」
「いい大人が何をやっとるんだ。」
「アンタがやれって言ったんでしょうがあああ!?」
「ホントにいい大人が二人してなにやってんだよ。」

ひどく高いテンションで騒ぎまくる痛々しい大人二人を距離をとって観察していたアルテミスが、真顔で言った。デミテルは目を見開いた。

「何だ貴様は?」
「前もって言っとくけど、虫じゃな…」
「わかった。ショウジョウ蝿だな。」
「そんな具体的な間違えられ方したの初めてだよ!?」
「そいつショウジョウ蝿じゃないわよ。シスコン蝿よ。」
「だから誰が蝿だァ!?」
「シスコンも否定しろよ。」

いつの間にか自分も大人達同様叫んでることに気付いて、アルテミスはばつが悪そうに咳ばらいをした。

「まったくもう……ていうか、この部屋は何?もしかしてホントに僕とルナお姉ちゃんのパーティーを…」
「見てわからんか。ハッピーサマーウエディングの準備だ。」
「だから今サマーじゃねーっつってんだろうが。いい加減諦めなさいよ。」
「サマー…といえばやはりアイスだな。」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。夏と言えばかき氷でしょうよ。」
「どっちも馬鹿だよ。夏といえばスイカだろ。」
「よし。では三人の意見をうまく折半して、今日のオヤツはスイカバーで行」
「まてまてまて何の話だ。」

話が右斜め八十度ぐらいカーブした為、ジャミルは話のハンドルを押し戻した。

「で、ウエディングって誰の結婚式?303号室のダークメイジ族?あいつら漬け物臭いんだよ。」
「常にピクルスストーン常備しとるような種族だからな。なんで漬け物石持ちながら戦闘するんだあいつら。そもそもゲームのアイテムに漬け物石って…そいつらじゃなく、ルナぴーと私だ。」
「ルナぴー!?また呼称変わってる!?」

ジャミルの幻滅顔をよそに、アルテミスはハッハッと笑った。

「変な事言うなぁアンタ。ルナお姉ちゃんがお前みたいなどこの馬の骨だかボーンナイトの骨だか知らない奴と子作りするわけないだろ。するなら僕だろ普通。」
「不安になるのはわかる。だが安心しろショウジョウバエ。貴様のお姉ちゃんは私が責任を持って幸せにしてやる。これからは私の事はデミテルお義兄さんと呼ぶがいい。それが普通だ。」
「悪いんだけど二人とも言ってる事が一ミクロンも普通じゃないわよ。光年レベルで普通からかけ離れてるわよ。」

空気が変わってきた。アルテミスは心の無い笑顔でケラケラしていたし、デミテルは余裕な笑顔をしていたが、間から見ているジャミルには、

ガンを飛ばし合ってるようにしか見えなかった。

「お前にルナお姉ちゃんを幸せにできるわけないだろうがナメてんのか?僕が何千年あの人といると思ってんだ?ルナお姉ちゃんを一番理解してるのは僕なんだから。僕以外の誰がルナお姉ちゃんを幸せに出来るってんだい。」
「何年いようがガキはガキだこのクソガキが。貴様のようなチンチクリンにルナちんを幸せに出来る世の中なら、世界は何の努力も助けも無く半永久的に幸せになれるわ。エルレイン様もリアラも英雄もいらんわ。」
「お前がいらないよこの赤青信号頭。」
「黙れガキ。ハエアースで仕留めるぞ。大人しく私をお義兄さんと呼べええええ!!」
「誰が呼ぶもんかあああ!!いっそ僕をお義兄様と呼ぶがいいっ!」
「うるせえ。」
「ぐあぶ!?」

ジャミルは、デミテルが飾りを付けるのに使っていた画鋲をデミテルの脳天に叩きつけた。

「いったあ!?何で私だけ!?」
「そいつに刺したら顔面に穴開くでしょうが。つーか結婚結婚て、アンタ自分の仲間どうする気よ。復讐の旅は?」
「復讐だと?そんなものどうでもいいわ。」

額から画鋲を抜きながら、デミテルは事もなげに言った。

「復讐、争いなど、醜いものの何者でもない。」

デミテルは、折り紙で飾られた窓に歩み寄った。爽やかな風が、デミテルの髪を揺らした。その表情は気持ち悪い程に清々しく輝いている。額から血を垂らしながら。

「そう彼女が教えてくれた…そう。私は間違っていたのだ。『許す心』を持つ事が大事なのだ。」

「争いは何も生まない……過去に囚われた復讐など虚しいだけ。遂げた所で意味など無い。ルナは教えてくれた。私はもう復讐の旅などどうでもいい。私のすることはそんなことではない。大事なものを護ることだ。」

デミテルの目がうっすらと輝いた。金色の、鮮やかな、月のような目だった。

「私の大事な人はルナ。彼女だ。私はここで彼女を護る。彼女を愛す。私には彼女しかいない…彼女より大事なものは無い……」

「彼女以外のものは……どーでもいい………」

うっとりとした、しかしどこか狂気じみた声だった。ふと何かに気付いて、デミテルは後ろを振り返った。

「というか貴様、一体どうして私の復讐の旅について知っとるん………あれ。」

振り向くと、女は消えていた。ショウジョウバエもいなかった。


なんだ……変な女だな……妙に馴れ馴れしかったし……というか、初見の時とキャラ違いすぎじゃなかったか?

どことなくあのやかましいインコに似ていた気がするが…

……やかましいインコって誰だっけ?というか、私は誰と旅をしていたんだっけ……どーでもいいか………

私に必要なのはルナだけだ……過去などいい………ルナさえ………ルナ………ル?


けむくさい?そう悟った矢先、塔がグラグラ揺れた。次に瓦礫が崩れた音。悲鳴。

――――――――。


「おい。」
「…。」
「おい。」
「…。」
「おいインコ。」
「誰がインコだ!?うっさいわね!今インコじゃねーし!!」

カッカッと音を立てながら廊下を歩いていたジャミルは、後ろからついてきていたアルテミスに怒鳴った。アルテミスは空中でひっくり返った。

「うるさいのはそっちだ!お前どこ行こうとしてんだよ。あの信号頭の話の途中で。」
「聞く価値が無いから消えたまでよ。」

ジャミルは冷たく言って、アルテミスに背を向けた。

「あいつはここで幸せに過ごすみたいだから、ほっとけばいいわ。あいつはもう使い道にならない。」

「アタシのダオス城に帰るという目的には使えない。どうやらルナの力はダオス様の洗脳以上のようだし……ま、人型に戻った今のアタシなら簡単に帰れるし。ホントにいらないわ……」

「そうよ…戻った以上、あいつに付き合う必要は無い……あいつ自身も復讐なんてどうでもいいってんなら、なおさら………デカブツ達が路頭に迷おうが知ったこっちゃないし………」


……知ったこっちゃない?知ったこっちゃないって……

そんなわけないじゃない……


ジャミルは唇を噛んだ。確かに、平和主義者となり偽善を語るデミテルに苛立ちを覚えたのは、確固たる事実だったが、それ以上にもっと爪を突きつけたい、怒りと悍ましさを感じていた。それを口にする程彼女はプライドが低い女ではなかったが。

「どーでもいいけどさぁ。」

アルテミスはチラリと後ろを見ながら、ため息混じりに言った。

「今までもルナ姉ちゃんの姿を偶然見た人間が、姉ちゃんに惚れた奴は結構いたけど、あの男は変だよ。異常だ。」
「へっ?」

ジャミルはキョトンとして振り向いた。

「異常って……他の奴もああなるんじゃないの?」
「人によるけどあそこまで、結婚しようだ、ルナぴーだルナたんだ。そんなことは普通言わないよ。もっと自然に好きになるはずだ。姉ちゃんの光を見ても。もしああなる確率が高まる原因があるとすれば、それは……」

タタタタタッ

ジャミル達の横を、デミテルが走り抜けた。二人を目をパチクリさせた。

「え…え?ちょっとぉ!!何してんのよ!!」
「貴様らも早く逃げた方がいいぞー。」

走りながら、後方のジャミル達にデミテルは振り向き、叫んだ。

「蛙に踏まれるぞー。」
「は?なにわけわからんこ…」
「うわあああ!?」

アルテミスが何かにびっくり仰天して、デミテルのあとを追った。ジャミルは目を細めた。

「なんなのよ………何?まさかホントに人間を下敷きに出来るデカさの蛙が後ろから来ているとでも………」

ジャミルはくるりと後ろを向いた。自分が今しがた言った通りの光景が、少し向こうに見えた。

でっかい、真っ赤な蛙が、廊下を狭そうに、自らの体で天井を削りながら、爆進してきていた。その形相といったら悍ましいのなんの、トラやライオンもビビり倒すに違いない、野獣の蛙だった。それがよだれを垂らし、跳ぶ度に前足で床を吹き飛ばしながらジャンピングしてくるのだから、恐いったら無い。

「うわあ。どうしよう。」
「ゲロオオオオッ!!」
「こっちくんなああああ!!」

「ちょっとデミテルぅ!?何よアレェ!?」

ジャミルは疾走するデミテルと並んで飛びながら叫んだ。後ろでモンスター達が蛙を止めようと頑張っていたが、踏まれるか食われていた。

「知らん。」
「知らんって、どう見てもアンタ狙ってんだろうが!?正直に言いなさい!あの親蛙の子供を食ったわね!!早く吐き出して土下座してこい!!」
「んなどこぞの白饅頭みたいなこと誰がやるかあ!!」
「しらばっくれんな!子蛙を練乳かけて食ったんだろ!?」
「どんだけチャレンジャーなんだよ私は!?」


ん?白饅頭?白饅頭って誰…


カッと後ろが光った。見れば、大蛙の口から巨大な真っ赤な渦が、狭い廊下全てを包み込みながら、こちらに迫って来ている。

「炎吐いたたあああ?!」
「あんなことして『口内炎』になんないのかな!?」
「『口内炎』の『炎』はそういう『炎』じゃねーよショウジョウバエェっ!!」
「水ぶくれにはならんのか?」
「アンタも真面目に何を心配しとんだあぁ!?あぁあ!?焼き鳥になるぅう?!って鳥じゃねーんだった今!!」
「貴様は何を言っとるん…」

壮行している内に、デミテル達は火に呑まれた。そのまま、廊下は火の海になった。

「………他愛もないでござるな。」

火に照らされる蛙の背後で、声が聞こえる。


……標的の始末は終わった。

だが、本場はこれからよ……

月の精霊の首……貰い受ける。


――――。


塔の最上階。六階。
金色に光る、フワフワと浮かんだ三日月の乗り物に、ルナは腰掛けていた。目を閉じ、階下の騒ぎを、じっと聞いていた。巨大な足音がこちらに来るのが、彼女にはわかった。

ガタリと、ルナの背後から石が外れる音がした。

「ああ…死ぬかと思った。」

アルテミスは煤まみれの顔で溜め息をつくと、辺りを見回した。どうやら、蛙より早く、隠し通路を通ってきた自分達の方が先についたらしい。

「危うく消し炭だったわ……アンタよくあのタイミングで『フレアマント』なんて出せたわね。つーか狭い……」
「マントじゃない。私のこの赤い半袖シャツは『フレアマント』と同じ材質なんだよ…よくあの一瞬で脱げたものだ私も……狭いな…早く出ろ美人局………はっ!?ルナ!!」

デミテルは狭い穴から(ジャミルを蹴りながら)急いで這い出た。そして、後ろからルナの右手の平をギュッと握った。

「もう気付いているやもしれんが、ルナ。あのニンジャの奴が来た。狙いは私とキミだ。逃げるぞ。地平線の彼方まで。」
「どこまで行く気だ!?」

穴から出て立ち上がり、服を払っていたジャミルが、信じられんという顔で叫んだ。

「つーかアンタ、『知らん』とか言っといておもっきし知ってるじゃねーか!!」
「蛙を出した奴は知っている。召還術なのかなんなのか元は知らんがな。だがあの蛙は初対面だ。お互い名前も相識らん間柄だ。んなことより逃げ…」
「戦わないのですか?」
「え?」

デミテルは小さく、反射的に呟いた。毅然としした声で、真っすぐな目を向けながら、ルナがそう言ったからだ。


…戦……う?


「何を…」
「あなたは先程、下の階で彼を止めようと、説得しようとしていましたね。彼は応じましたか。」
「い、いや……」


何を言ってる?


「ならば、致し方ありません。このままでは塔の住人達に迷惑です。私が倒……いえ、」

ルナは、言葉を切った。

「やむえないならば、殺します。」

階下が揺れる振動がした。


ル、ルナが好戦的…?い、いや、ならば私も合わせて……


「言葉だけではどうにもできないことがある。」

ルナは笑った。笑って、デミテルを見た。

デミテルは、たじろいだ。

「口で何か言う暇があったら行動で示せ。思いは口にしないと伝わらないと言うが、デカイ問題程口にしても伝わらない。口がダメなら行動で示せ。」

「戦争やめさせたければ、直接行って体張って止めてこい。確かそうでしたよね。」
「え?」
「デミテルさんがそう言ったんですよ。」
「あ、ああいや………」

デミテルはルナの目を見る事が出来なかった。先程までその美しい瞳を、永久に覗いていたかったはずなのに。

デミテルはルナが怖かった。彼女が、自分の何かを壊すような気がした。
それを察したように、ルナは優しく、彼の両手を握った。

「デミテルさん。」
「……。」
「あなたは、私のことを好きなんかになっていません。」
「な…」


何を言ってる……私はキミが好きだ……好きだ好きだ好きだ好きだ


「それは、私の光に…」
「ち、違う!断じて違う!私は貴様の月の光に惑わされたわけではないぞ!私は本気でキサマが……」
「それも違うんです。」

「は?」と、デミテルは小さく息を漏らした。ルナは自分の足元をじっと見つめて、続けた。表情は、見えなかった。

彼女は、スッと息を吸った。

「貴方が私に好意を持ったきっかけは、もちろん、私の光のせいです。」

「でも、ここまで病的に好意を持った人はいません。いや、それに限りなく近い人間は確かにいましたが、」

「逆なんです。デミテルさん。私の光で、あなたのように極端に好意を示す人間程、私に好意を持っていない。デミテルさん。」

「あなたは、『過去』から逃げようとしてますね。無意識に。でも、故意に。」

自分の心臓だけが奈落に突き落とされるような気持ち悪い感覚が、デミテルを貫いた。全ての答えが、今の一言で貫かれたのを、彼は感じた。何だ?何を言ってるんだルナ?

ルナは続ける。表情は見えない。

「月の光で私に持つ好意が強い人間程、忘れたい程つらい『過去』があるんです。どうしてだと思いますか?」

「月に魅せられて狂っていた方が、楽だからです。つらいことを忘れられるから。月だけを見ていればいいから。」

「デミテルさん、今すぐに、昔のこと思い出せま」
「嫌だ。」

勝手に、デミテルの口から声が漏れた。怯えた声だ。

「嫌だ。断る。『過去』のことなど思い出す必要は無い。私に必要なのは『今』だ。『今』目の前にいるキミだ!」

「それ以外はいらない!思い出す必要などないっ!私は『今』目の前のキミが……貴様が……貴様さえいれば…」
「逃げないでください!」

さらに塔が揺れた。下の爆発音のせいかもしれないし、もしかしたら今のルナの、数千年は出していなかった大声のせいかもしれない。デミテルは震えた。
そのあとも震え続けた。

「あなたが……あなたが何かから逃げているのは見たくありません……例えそれが、あなたにとって死にたくなるような『過去』でも………」

ルナは、今度はとても弱々しい声で、続けた。

「『戦うこと』を教えてくれたあなたが………逃げてるのを見たら……私…私が…」

「私が戦えないんです……」

消え入るような声が、デミテルの耳に入って、いつまでも漂い響いた。ルナは俯いたまま、デミテルの手から手を離すと、背を向けて、下の階へと歩き出した。

「デミテルさん。」

出る前に、ルナは最後に言った。

「あなたにとって『過去』が、99%、忘れたい程つらいことだったとしても、必ず、忘れたくないことが1%、必ずあるはずです。それを忘れないで…………」

昔のことなど全て忘れて、目の前の楽しいものだけ見て生きていけたら、どれほどよいだろう。だが、そんなことは不可能なはずなのだ。

だが、それが出来かけていた。美しい月の光だけを、それだけを見て生きていく。それが、私には出来かけていた。そのことに、私は無意識に気付き、だが、故意に実行しようとした。

『月』だけを…『今』だけを見ていければ…『過去』など捨てて………

「そうだ。貴様は逃げた。アレから。」

夫婦が、死んでいる。私によって。世界で一番私を愛してくれた夫婦だ。
町が、砕けている。私の力で。私が、世界で一番愛していた町だ。
女が、死んでいる。私の足元で。私が、世界で一番愛していた人だ。

「全部お前が壊したんだろう?この事実、『過去』から逃げられたら、たいそういいだろうな。」

「でも、貴様は逃げられないんだ。デミテル。月だけを見て生きたとしても。忘れてるだけだ。『過去』からは逃げられない。」

「さあ。どうする。デミテル。」

復讐に生きるということは

『過去』を引きずって生きるということだ。

どうする…どうするんだ……


デミテルの瞳に、全ての『過去』が、川に光るように写り込んでいた。

血に染まった手。潰れた人間。恐怖におののく顔。顔。顔。
鼻をつく火の匂い。人が焼ける匂い。匂い。匂い。

彼女の死体。死体死体死体死体死体。


これら全て…忘れて生きていけたらば………


―――あなたにとって『過去』が、99%、忘れたい程つらいことだったとしても、必ず、
忘れたくないことが1%、必ずあるはずです。それを……忘れないで……―――

父親
雨の日のベネツィア
屋敷
スカーレット
アーチェ・クライン
アーガス・A・マーキンタイア………

彼女の笑顔

『…いいもん…だって…だって…………
………………デミテル様が助けに来てくれるもぉん!』
リミィ………

『殺人犯だろうがなんだろが………アンタは護るんだな…』
フトソン……

『あなたは助ける人間に値する人です。』
リリス・エルロン………


ジャミル…………

…………。

…別に何もないな。あの鳥には。
『待てやコラ。』


『過去』を全て捨てたらば…

こいつらも捨てるということだ………

このたった1%の……悪くない記憶…………

この1%を惜しめば……99%のつらい記憶もついてくる…………その覚悟があるのか?この私に?

「さあ。どうする。デミテル。」


―――――。

「やはり、予測通り。」

「この狭い塔の中では、主は全力を出せまい。出せば、塔ごと自分も消し飛ばしかねんからな。」
「…。」

最上階の一つ下の階は、火の海だった。床一面にメラメラと火が走り、揺れていた。

巨大なガマ蛙が、ルナを見下ろしていた。その巨大な頭の上に、赤黒い覆面をしたニンジャが立っていた。

ルナは息を切らして、服もあちこち焼け焦げていた。ニンジャは腕組みをしていじらしく笑った。

「月の精霊ルナ……貴様を討ち取ったとあれば、拙者の名は里に残ろう………」

「放て児来也ァ!!」

ガマが大口を開けて息を吸い込んだ。ルナは身構えた。


強力なレーザーを撃てば塔が崩れかねない…けれど、弱いレーザーではあの蛙には効かない!あれはモンスターなんだろうか?

せっかく……戦う覚悟が出来たのに……

私は……私には…


ガマの口から、巨大な灼熱の炎が放たれ、部屋全てを包むように広がっていく。


……いや。

いっそ私がここで消えれば……誰も私を元に争いをしなくなる……私の『力』を求めて争うことも………何も………

「『戦う覚悟』は出来たようだが。」

ルナの前をカツカツと足音を起てて、誰かが立った。

「『戦い方』はあまり知らんようだな。やれやれだ。」

「ストーム!!」

燃え広がっていた火が、突如ガマの方へどっと押し返された。床を走っていた火
でさえも、突如起きた突風が、全てガマの方に向かわせていった。

ガマは全身に火を浴びたが、ケロっとしていた。ニンジャはフッと笑った。

「……存外。まさかまだ生きていようとは。」

「拙者の本来の仕事は主の抹殺………依頼はしかと遂行せねば。」
「私を殺す?無駄だな。何故ならば私は。」


デミテルは、ニヤリッと笑った。

青い、強い、本来の眼だった。

「人生が99%つらくとも逃げない強き悪人!デミテルだからな!!首が治った私にかかれば貴様など、二秒足らずで原型とどめられんレベルまで爆殺してくれるわァァァァァァ!!今のうちにアヒラック保険に入ってこいィィィ!!猫とアヒルに力を合わされて幸せを招きネコドッグされるが良いわぁ!!」
「ドッグじゃなくてダックでござる。」


つづく

あとがき
ホントはね、もう受験近いから書いてる場合じゃないんだけどね。知ったこっちゃねーや♪

>打ち切られたのかと思ってビクビクしてましたよw
しぶとく生きております。まだ死ねないぜ!


>次回はいつごろなんて書き込んでいただけると狂って喜びます
すんませんテイルズさん。ホントに毎回いつになるかわかんないです。不定期掲載です。グダグダです。

>声当てしたらURLを貼りますね(笑)
そんなことしてくれたらめっちゃうれしいですよ。やばいですよ。でも、こんなあほんだらデミテルの声なんてやってくれる人いるのかなぁ?(笑)

コメント

あ、ども。私です

今、学校をサボりひたすらに最初から読み直しています。

受験が終わって暇になることを心から願っています(笑)

あの時を思い出して更に質問です。リド=キャスパールは何をしていますか?

コメントする