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シール・サモンス~ウィナの秘密~【1】


どこかでピチャッと水の滴る音が聞こえた。乾燥したパサパサという羽音が聞こえ、黒い岩に一体化したコウモリが不気味に鳴いた。盲目の生き物たちがエサを捜し求め、うごめいている。他に音をたてるものはなく、危険という言葉がはびこりついた暗闇と静寂がその洞窟を支配していた。それらは、この洞窟を空虚と思わせる反面、その奥底に巣くう邪悪を感じさせる。
その無機質な世界に今、朱色の光が暗闇を蹴散らして進んできた。盲目の生き物たちはクモのようにザワザワと逃げ惑い、コウモリは光という恐怖に鳴き叫んだ。岩肌が照らされ、その中で数人の男たちのシルエットが巨大グモの群れのように壁を這う。彼らは手にたいまつをかかげ、ぞろぞろと列を成してきた。厳しさと、何かに対する隠しきれない恐怖がすべての顔にうかび、ゾンビの集団のような暗い雰囲気を漂わせている。その中に一人の銀髪の少女がいた。少女は明らかに大きすぎるコートの中に沈んでいた。顔には周りの男たちよりも恐怖がうかんでいる。その震え方といったら、まるで巣に取り残されたヒナのようだった。少女はコートの裾をたぐいよせ、生まれたての子馬のように必死になって男たちについていった。


一向は洞窟の奥へ奥へと進んでいった。果てしなく続く暗闇はたいまつの光をも吸い取ってしまいそうなほど黒かった。途中、真っ白な大コウモリや地下の巨大な湖も見かけたが、男たちはそれに目もくれずにブーツの音を響かせて歩いていった。まるで先に待つもののことしか頭にないかのようだ。
洞窟に入って一時間となるくらいのころ、男たちがようやく足を止めた。そこで行き止まりらしく、先頭の男たちがなにやら話し合いを始めた。
やっと休める。少女は地べたにくずれこんだ。洞窟のゴツゴツした岩のせいで何度もつまずいてしまった。ブーツの先はぼろぼろで何年も使い古したように見える。少女はジンジンする痛みをこらえてブーツを脱いだ。足を見た瞬間、少女は目を丸くした。つめがすべて割れて、血がどくどくと流れていたからだ。少女はコートのすそをひっつかみ、血を止めようとした。血が出ているだろうとは思っていたがまさかこんなにひどいなんて――少女は血がにじみ始めたコートを足からそっとはなした。血はまだ止まらない様子で、少女の足はもともとこの色だといわんばかりに赤く染まっている。さっきと同じ痛みのはずなのに、涙があふれてきた。それには痛みだけではなく、寂しさも混じっていた。周りの男たちが見向きもしてくれないからだ。少女は思った。
なぜ誰も手を貸してくれないの?あたしが見えないの?なぜ怖がっているの?どこへ行くの?なぜ――
そこで少女の思考は閉ざされた。先頭の男の一人が呼んでいる。普通の大きさの声を出したのだろうが、反響して少女の耳には大きく聞こえた。少女は急いで涙をぬぐい、ブーツを履こうとした。だが、割れたつめがひっかかり痛くて履けないでいた。すると、男は少々いらだったように言った。
「来いといったのが聞こえなかったか?」
その声は反響しおどおどしく聞こえて、驚いた少女はびくっと震えた。彼女自身、ブーツが履けないのをいらだたしく思った。何度履こうとしてもつめがひっかかり、はがれてしまいそうになる。少女は男があきれたようにため息をつくのを聞き、観念してブーツを思いきりひっぱりあげた。
バリバリ!
あまりの痛さに少女は「ああっ!」と声をもらした。まるで足の先を歯の鋭くとがっている怪物にがぶりと噛みつかれたような痛さだった。少女は潤む目でもうひとつのブーツをにらむと、キッと口を結び、手を伸ばした。しかし、ついに男はしびれを切らしたようだ。少女の近くにいる男たちに「連れて来い!」とぶっきらぼうに命令したのだ。少女が懸命にブーツを履こうとしているのをおかまいなしに、男たちは少女の脇に手を入れてひっぱりあげた。少女は一、二歩ブーツを履いた足で跳び歩きをしていたが、それからバランスを崩し、半分引きずられるようにして男のほうに連れて行かれた。


少女を呼んだ男は少女と同じように輝く銀髪の持ち主だった。今はたいまつの揺れる光を受けて怪しく光っている。
厳しい顔の男の横へ来ると彼らの見ていたものが見えた。それは岩壁に書かれた白く光る文字だった。たいまつの光がいらないほど、明るく純白な光だった。何で書かれているかは分からなかったが、その文字はサース語のようだ。サース語とは、人が最初に考え出した言葉だ。その円ばかりで書かれた言葉はどんな言葉よりも印象的だ。サース語は魔術師または召喚師しか使わないので、一般人(もちろん少女も)には読めない。だが、この男たちは読めるようだ。だとすると、彼らは魔術師なのだろうか?それとも召喚師なのだろうか?どちらにしろなぜ彼らはここにいるのか。少女には分からなかった。
男が少女を見下して言った。
「コートを脱ぐんだ」
少女は訳が分からずつかの間凍りついた。――コートを脱げだ?なぜ?――
「お前は言葉が分からんのか?今のはサース語でもなければハッシュ語でもないぞ?」
男は音が響くほど思いきり鼻でため息をついた。
「コートを脱げと言ったのだ」
さすがにこれには反応した。少女は言われたとおりにすると、コートを足元へ捨て、上目遣いで男を見た。少女はコートの中にシャツ一枚しか着ていなかった。少女は寒さで震えだした。身を刺す寒さは、周りの暗闇がもっと温度を下げている気がしてならない。
男は満足そうにうなずくと、ごうごうたる態度で少女を連れてきた男たちを交互ににらんだ。すると男たちは、まるでテレパシーを受けたのかのようにコクリとうなずくと、二人そろって少女の肩と腕をつかんで動けなくしてきた。
少女は険悪な顔で二人を見上げた。彼らは今までと違い、冷たい目で少女をしっかり見ている。見逃すまいといわんばかりだ。少女は不思議かられた。
なぜ私を捕まえておく必要があるの?私、逃げないわ。逃げたとしても、この洞窟で出口を見つけられるわけないじゃない。もし……。
そこでハッとした。
 ――この壁の光る文字…男たちの緊張した顔…そして、私の状態――この男たちは何を考えているのか…。
そう思った瞬間、少女は足の先から頭の先まで恐怖に埋まった。顔からサァッと血の気が引くのを感じ、手足が震えだした。目の前に立つ男の顔がすごく怖い。そのせいでか、目の奥が熱くなり目が飛び出そうな気がした。もはや足の痛みはない。気づいたとき、少女は両脇の男たちに反抗していた。腕を力づくで振り、男たちの腕から逃れようとした。だが、男たちはなおもそのがっしりした腕で少女のか細い腕をしっかりつかんでいる。
逃げられるわけがない。ちゃんと分かっている。でも、逃げなくては。
この男たちは必ず私にとんでもないことをするのだろう。
男たちは少女の反抗をものともせず、あいかわらず無表情で少女の脇に立っている。と、いきなり少女の右に立っている男が彼女の腕を銀髪の男へ突き出した。少女は悲鳴を上げながらその腕をぐいぐい引いた。だが男が放してくれるわけもなく、男の指が少女の腕に食い込んでいくばかりだった。
銀髪の男は、指先でそっと少女の腕に触れたかと思うと、突然その二の腕あたりをガシットわしづかみにした。するとなんとそこが火にあぶられているかのように熱くなった。少女はたまらず悲鳴を上げた。当然ながら男は手をはなさない。それどころか薄気味悪い笑みを浮かべているではないか。熱いという感覚はもう痛いどころじゃない。少女の悲鳴がかすれはじめた。もう黒焦げになってしまったのではと思うころ、ようやく男が手を放した。
少女は崩れ落ち、動かない腕を抱きかかえてぽろぽろと涙を流した。だが、驚いたことに痛みはすごい速さでひいていく。少女は涙でぐしょぐしょになった目で大やけどをした腕を見た。大やけどをしたはずの腕は焼け爛れて血が出ているかおろか、赤くもなっていないではないか。今や、骨の髄まで焦がしたような痛みはうそのようにスゥっとひいている。いや、うそだったのだ。
だが、その肌には予想外なものがついていた。みたこともないマークのタトゥーがついていたのだ。サース語でもあるように見えるのだが、とても複雑な模様だ。


両脇の男たちが少女を立ち上がらせた。ふと、少女が目を上げるといつの間にか他の男たちが少女を中心にまるく囲っていた。今から何が始まるのかと少女は恐怖に目を見開き、男たちをキョロキョロと見回した。男たちは皆、興奮した顔で呼吸を荒くし、一心に文字の刻まれた壁をにらんでいる。と、右端の二人が手をつないだ。それを合図に他の男たちも次々に手をつないでいく。そして最後に左端の男たちが手をつなぐと、彼らの背後に水でできたようなシールドがヴォンとうなってできた。少女は驚きの目でそれを凝視した。それは水が薄く張っているもののように見えるが、その中で稲妻が走り、所々で火花を上げている。
彼らは波立つ魔法のシールドと光る壁の中に完全に閉じ込められた。
銀髪の男はシールドが完全であるかチェックした。くるりと振り向いた男の手にはメダルのついた首飾りが握られていた。そしてそれをがたがたと震える少女のほっそりとした首にかけると、鼻が少女の鼻にくっつくぐらい顔を寄せ、「これをはずすなよ」と冷めた声で言った。少女は男の灰色の目の奥に悪意がこめられているのを見た。少女が口をつぐんでいるので、男は顔を上げ少女の両脇の男たちに「しっかり捕まえておけよ」というと石の壁に向かって両手を突き出し、長々と呪文を唱え始めた。


その呪文は少女の聞いたことのない言葉だった。サース語なのだろうか?文字を見たことはあるのだが、聞いたのはこれが初めてだった。よく見れば、少女の首にかかっている金色に輝くメダルとおなじものを他の男たちもつけていた。メダルには、サース語がずらずらと隙間なく刻まれている。これはなんという意味だろうか?このメダルはなんの役に立つのだろうか?そんな疑問が少女の脳裏をかすめたが、今はそんなことよりもこれからどうなるかを考えるべきである。
男が呪文を言い終えた。その呪文は息を吸う暇がなかったのか、男は肩で息をしている。男が呪文を言い終えてから少し遅れて壁に変化が現れた。刻まれた文字がさらに光りだしたのだ。周りが真っ白になり始める。純白な光は、極め付けに二度、目がくらむほど明るく光ると、ゆっくりと消えていった。と、次の瞬間、壁が崩れ始めた。少女は崩れた岩が転がってくるのではと、後ずさりをしようとしたが、両脇の男たちは一歩も動かない。岩がぶつかってくる!と少女はあせったが、そんな心配は不要だった。崩れたはずの岩は、ガラガラと転がってくるのではなく、ドサドサとその場につもったのだ。
ドサドサ?少女は不思議に思って、岩の山に目を凝らした。たいまつのゆらゆらした光に岩山は動いて見えた。いや、本当に動いている!文字の刻まれた岩壁は光を失った瞬間にこの洞窟に巣くう盲目の虫たちに変わったのだ。その虫たちはササッとその場から暗闇へと去っていった。
虫の壁がなくなると、そこに大きな穴がぽっかりと開いていた。彼らはそこをじっと見つめた。少女は、はらわたがえぐられるような恐怖を感じながらも、好奇心にかられその穴から目が離せなかった。風が吹いているわけでもないのにその穴からはコォォと音がしている。何から発せられる音なのだろうか。彼らはその暗黒をじっと見つめた。光など知らないその暗黒の闇に何が潜んでいるのだろうか。
次の瞬間、その穴の入り口のすぐ近くに二つの真っ赤なギョロ目が現れた!いきなりの出現に少女は悲鳴を上げ、男たちは不意をつかれてうらがえった声で呪文を唱え始めた。真っ赤な目はぐるりと男たちを見回すと、少女を見据えた。少女はずっと悲鳴を上げていた。パニックにおちいり、握っていたブーツを落としてしまった。目の端に銀髪の男の姿が映った。その男はまったく冷静に呪文を唱えている。しかも顔には不気味な笑みが浮かんでいるではないか。真っ赤な目はゆっくりと細くなったかと思うと、カッと大きくなってすごい速さで穴を出て少女を襲った。その一瞬だけ、少女はやつの体を見た。黒い霧のようなはっきりとしない体。そこで少女の頭の中はやつの体のように真っ黒になった。

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