WILD SPIRITS【1】
ども、こんにちは。司と言います。
この度、以前から書き溜めていた小説をここの投稿小説に投稿してみました。
色々、書きたいことを書いていたら、やたらグダグダと長いものになってしまっていますが……。
(読まれる方々及び管理人様、申し訳ありません;;;)
では、一応初回ということでメインの登場人物と少しばかり説明を……。
月村四季
舞台となる街「月夜市」の某所で探偵事務所を営む若者。
皮肉屋な面もあるが、根はお人よし。銃の名手。
出生には謎が多い。実年齢不明(自称26歳)
椿 猫明(チュン・マオメイ)
四季に懐いている中国人の少女。純粋無垢を絵に描いたような性格。
常人離れした超絶的な身体能力を持つ天真爛漫アニマル少女。
日本に来て日が浅いので日本語は苦手。16歳。
吉崎渚
月夜市警察署に務める女性警察官。階級は警視。26歳。
四季の幼馴染。いわゆるエリート組であり、若くして組織犯罪捜査課の課長を務める。
意外なことに実家は神社。妹は四季の探偵事務所でお手伝いとして働く「吉崎遥」。
これ以上書くと長くなるので続きは次回に回します;;;
では、本編の方、どうぞ!
プロローグ
ヒトには、大切なものが必要だ。
そして、その大切なものを守ることが、一人前の男の証。
昔、何処かの誰かがそんな青臭い台詞を吐いていた。
いまどき、テレビのヒーローでも吐かないようなそんな台詞。
それが、その時の自分にはとてもカッコよくて、眩しく思えた。
自分の腕にはそんな力があるとは、とても思えなくて。
……今も、時々ふと思う。
自分は、その大切なものをこの腕に抱えて、日々を生きることが出来ているのか、と。
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三月十四日
暖かな陽光がきらきらと街に差し、冬の間に積もり積もった雪がその暖気に少しずつ解かされ始めた頃。
季節は春、場所はとある街の路地裏の袋小路。今ここで、とある一つの長かった戦いにピリオドが打たれようとしていた。
「へっへっへ……。よーやく追い詰めた……。ここが年貢の納め時だぜぇ、クソ猫……」
「フカーーーッッ!!」
繁華街の裏路地で繰り広げられる決戦。
その土俵に立ち、互いを睨み合う二つの雄。
片や赤い上品そうな首輪を着けたスリムな黒猫、片や黒のジャケットを羽織ったグレーの髪の若い男。
どちらも、その身なりは土泥にまみれひどい有様である。
両者は互いに憔悴しきった様子ながらも未だ折れぬ闘志の瞳を以って、その場に火花を散らしていた。
男、私立探偵「月村四季」は、その精悍な顔付きに疲労困憊とした表情を浮かべながらも、キッと黒猫を睨みつけ、それまでの経緯を淡々と語り始めた。
「思い起こせば一ヶ月前……、お前のご主人からお前の探索を頼まれたのがそもそもの始まりだ。
………長かった、ここまで来るのは。
全く、お前ときたら追いかける先々でその都度行方を眩ませやがって……尻尾も掴ませないとはまさにこの事。敵ながらアッパレだった。
だがしかぁし!!! 今日という今日こそは追い詰めた!
これこそ! お前用の餌を撒いて罠も仕掛け、三日三晩もの間路地裏のごみ箱の中で寝ずに張り込んでた甲斐が有ったってもんだ」
四季の語りは進むにつれ段々と熱を帯び、最終的には心からの叫びになっていた。
その叫びに、「お前、そんな事してたのか……」と、そこらへんの突っ込みはさておき、彼はそう言って勝利を確信したかのように不敵な笑みを漏らすと黒猫相手に高らかに言い放つ。
「お前との長かった追いかけっこも今日で最後だっ! 観念しやが……ん?」
しかし突然彼は、不意に何かに気が付いたようにかぶりを上げた。
どこかから何か声が聞こえた気がする。
────(し…………し、き……)
それはどこか途切れ途切れ、というか一部一部が微かに耳に届くような声だった。
だがしかしその声は、少しずつ、段々とはっきりとした物になり、彼が上から迫る「何者」かに気が付いたのはその時だった。
黒い影が……こちらへ向かって落ちてくる。だが逆光のおかげでそれが何なのかはよく分からない。
(……? なんだ?)
四季が目を細めて、自分の真上、光の中のそれが何なのか認識するのに刹那。
その次の瞬間、彼は驚きに目を見開き素っ頓狂な声を上げていた。
「ん……。………ああぁっ!?」
「し……き……四季、四季! 見つけた!」
その声は、若い女性のものだった。
四季が反射的に見上げた中空には亜麻色の長い髪をはためかせながらこちらへ向かってダイブしてくる可愛らしい少女の姿があったのだった……。
世の中には、不思議な事もあるものだ。その日彼は、空から女の子が降ってくるという珍事に見舞われた。いや、厳密にいえば本当に空から舞い降りてきた訳ではないのだが。
そんなこんなで時と場所は一時間後、市内某所の小さな探偵事務所へと移る。
~一時間後 月夜市内某所 「月村私立探偵事務所」~
ひどい目にあった……と四季は思った。
今自分は、知人から「飼い猫」を探して欲しいという頼みを受けている。
実際のところ探偵という職業柄、そういう地味な依頼は慣れていた。だからその頼みも依頼の一つとして引き受けたのだった。
……それが、今から一ヶ月ほど前の話。一応注釈をつけさせて貰うと肝心の猫はまだ捕まっていない。
今まで、幾度と無く追跡と捕獲を試みた。だが、毎回毎回するりと逃げられてしまい、その後の行方に関しても中々尻尾を掴ませてくれない。
ほんと、猫ということを鑑みたうえでも史上まれに見る神出鬼没ぶりである。
……だが、今日は違った。
一週間の下調べと周到に張り巡らされた罠(トラップ)の数々、そして三日間のゴミ箱生活(張り込んでいた)のお陰でやっと、やっとターゲットを袋小路へと追いと込むことに成功したのだ。
だというのに……今日に限って、本当に思わぬところから邪魔が入るとは……。
まさか、突然自分の頭上から少女が一人自分に向かって落下してくるとは、ノストラダムスだってそう簡単に予知出来まい。いや、出来てたまるか。
それからもう一つ。
今日はなんてツイてないのだろう、とも四季は思う。
なぜなら、その少女は自分向けてまっすぐ落ちてきて、突然の出来事に思考の追いつかない自分はそれを避けることもままならず、そのまま二人は大激突、その結果自分がその少女の下敷きになるのはとても理に適ったことである。
実際、そのお陰で怪我もした。だがそれはこの際置いておく。
今重要なのはそれじゃない。……いや、本当は文句の一つも言ってやりたいところなのだが、今大切なのは、そこじゃないのだ……。
「………マオ」
四季は腕を組み、タバコを咥えムスっとした表情のまま、テーブルを挟んで向かいに座っている少女の名を呼んだ。先ほど、四季の真上から落下してきた例の少女である。
「俺の言いたいことはわかるな」
見れば四季の顔と手には何枚も絆創膏が貼られ、その据わった目つきから彼の心情は読み取れる。
今にもこめかみに怒りマークが浮き上がりそうな表情である。
「ゴメン、なさい……四季」
四季に「マオ」と呼ばれたその少女は「シュン……」と縮こまるように俯きながら、沈んだ表情でそう呟いた。
「俺だってなぁ……こんなこと、怒鳴りつけたくないがなぁ……」
四季はテーブル上の水の入ったガラスコップを手に掴みながらわなわなと呟いた。心なしか、その声もコップを握る手も怒りに震えている。
「あっれほど……あれほど、ビルの間を飛び越えて移動するなって、言ったな? 散々。 『ショートカット♪』とかいってビル上から下に飛び降りるのも危ないから禁止だとも言った。なのにお前ってやつはっ……!!」
この少女、「マオ」とは四季やその周りの人物が彼女を呼ぶときのニックネームであり、本名は「椿 猫明(チュン・マオメイ)」という。
可愛らしく、純粋無垢という言葉がその人柄を表すような少女だった。
だがこの娘、外見こそうら若く可憐な東亜系の美少女なのだが、その身体能力は常人のそれを遥かに凌ぐものを持ち、物心つく前から戦闘術をその身に叩き込まれた生粋の兵士であり、かつてとある組織で「月光の黒猫」と呼ばれた元・凄腕の戦闘屋である。
一般の人々が聞けば冗談としか捉えようのない四季の話も、彼女に当てはめれば造作も無いことなのだった。
と、彼女に関する詳しい説明は後の機会にまわすことにするが、今回の騒動、マオ自身に悪気があってやったことではない。
そんな事は彼女とその人柄を知る者なら誰でもそう思うはず……なのだが、よほど今回の件、頭に来る事でもあったのかその間も四季の説教はまだ続いていた。
「しかも! しかも、やっっとの思いであの黒猫追い詰めたところに……。アイツの逃げ足の速さはお前も知ってるだろう、お前に下敷きにされてノびてるうちにぃ……まんまと逃げられちまったじゃねーかっ!!」
剣幕に任せ、四季はテーブルに拳を叩きつけた、その衝撃でコップの中の水がパチャパチャと波立つ。マオはその音に身をビクッと震わせ、さらに縮こまってしまった。
四季が一番頭にキテいたこと=「ターゲット(黒猫)をまんまと取り逃がしてしまったこと」であり、その原因=「マオ」という図式が四季の中では見事に出来上がっていた。
今回の計画のために相当の時間と労力を割いた四季としてはどうにもやるせないらしい。
その心中、分からないではないが、傍目から見ている限りは少女一人相手にいささか大人気なくも見える。
「大体、そもそもお前は………」
と、四季がさらにまくし立てようとしたその時……。
「いーい加減に……しな、さいっ!!!」
突然、背後から若い女性の声がして、その次の瞬間 スッカーン!! という小気味のいい音とともに、四季の頭に金属製のお盆の面が真上から炸裂した。
その突然の衝撃に四季は成す術なく崩れ落ちる。
「んがっはぁ……!!」
その衝撃とそれによってズキズキと痛み出す頭に、四季は確信した。
「今日は厄日だ……」と。
「もう……。女の子相手に大人気ないんだから……」
そう言って四季を殴り倒した女性はその凶器を片手に、もう片方の手は腰にあて、机に突っ伏す彼を見ながら一つ溜息を吐いた。
彼女の名は「吉崎渚」
四季の幼馴染で、若くして警視の階級バッジをその左胸に光らせる敏腕女性刑事であり、例の黒猫の飼い主すなわち今回の「黒猫捜索」の依頼主でもある。
四季にとっては、現時点であまり逆らいたくない人ランキングの上位に位置する強者だった。
「な、渚さん……。ちょっと、やり過ぎ……。四季、うごかない」
マオが少しうろたえながら、渚にそう言ったが、渚は気にも留めずさらっと答える。
「いいのよ、マオちゃん。このくらい厳しくしなきゃ、四季君なんてすぐ忘れちゃうんだから」
渚は、そう言うともう一度、突っ伏した四季の後頭部をそこに巻かれた包帯の上から、空いた方の手でコツンと軽く小突いた。
四季はその刺激に短く悲鳴を上げてから、ゆっくりと顔を上げ、渚を睨みつける。
「…………渚、おまえ人の傷口クリーンヒットでドツキやがって……。
もうちょっとケガ人労わったらどうだ……?」
四季の言葉の端々には少なからず恨みの念が感じ取れる。
「あら、そう? 私が見てた限りじゃ、随分と元気そうだったけど。マオちゃんいじめるくらいには」
しかし渚はそんな物意にも介さず飄々と言い返していた。
(コノヤロ……)
一瞬、言い返そうかと四季は思ったが、これでも彼女は大切なクライアント。
ただでさえ仕事が滞っているのだ。反論するだけ分が悪い。
「…………」
少しの間、沈黙が続く。四季は少しだけ何かを考えるような表情をしてから、少し恥ずかしそうに頭をガシガシと掻いて呟いた。
「……わかったよ。すまないマオ。俺も、少々気が立ってたみたいだ。少しばかり言い過ぎた……。許してくれるか?」
まぁ、自分でも少し意地になっていたかもしれない。そう思い、四季は素直に頭を下げる。
もともと、マオが嫌いなわけじゃない。
むしろ、マオは四季によく懐いており、四季も普段マオにはそれなりに好意を持って接していた。だからこそ、考え直してみれば、謝るべきだと思ったのだ。
「え、あ、そんな……四季わるくない、私のほうがわるい。四季のいいつけ破って、お仕事のジャマ、しちゃったから……」
マオは四季のその言葉を聞くとオロオロとしつつも依然申し訳なさそうに呟いて、また俯いてしまう。
四季はそれを見て、「ふぅ……」と一つ溜息を吐くと、微笑みながらこう言った。
「もういいよ。いいから、いい加減顔上げろ。このままじゃ俺……お前泣かした悪者みたいじゃねーか」
マオは、そう言われるとゆっくりと顔を上げ、四季の顔を見つめる。
その顔は今にも泣き出しそうな幼子のような表情をしている。
四季は、顔を上げたマオのその少し潤んだ瞳を見つめながら言葉を続けた。
「どうせ、今まで何度も逃げられてんだ、また逃げられたから何だ。もう一回探し出して今度こそ捕まえればいい」
そう言うと、四季はマオの頭に手を伸ばし、その少しクセのある柔らかい髪をクシャリと撫でてやった。
「代わりに……これからの猫探し手伝ってくれればいいから、な?」
「…………うん。私、四季のお手伝い、する!」
そう言うと、言うが早いかマオは四季に抱きついくる。
マオのその表情は、さっきまでの沈んだものとは打って変わって、花の様に明るい笑顔だった。
彼女は良くも悪くもとても純粋で、無邪気で……。
それこそが、彼女の本質であり、人を惹きつけるものなのかもしれない。
そんなことを考えていると、四季の口元にも自然と笑みが浮かんでいた。
それを端から見ているのは二人の女性。片方は先ほど四季に一喝入れた渚である。
「ふふ……、二人とも相変わらず仲がいいんだか悪いんだか。でも、仲直りできたみたいで良かった。ね、渚お姉ちゃん?」
そう言って渚に笑顔で話しかけているのは彼女の妹で、四季のもう一人の幼馴染の「吉崎遥」だった。
遥は四季の営む探偵事務所で事務兼お茶入れ係として働くしっかり者。四季の傷の手当てをしたのも彼女である。
「そうね。でも……、あんな風にすぐ仲直りするんなら、ケンカなんて最初からしないで欲しいわよ」
当の渚はこの微笑ましい光景の中、額に手を当てて、また溜息を吐いていた。こう見えて、意外と気苦労が絶えないのだ。
「あ……そうだ、渚」
そこで、四季が何かを思い出したように渚を呼んだ。
「ん? あぁ、あの子(黒猫)の事なら気にしなくていいわよ。手のかかる仕事だと思ったから、四季君に頼んだんだから」
渚は「気にするな」と返したが、四季の反応はすぐには返ってこない。何か、少し考え込んでいるような顔だ。どうやら、言いたいことは他にあるらしい。
「ん……あぁ、まぁ、それもあるんだが……。お前、何か……それとは別の用事があって来たんじゃないのか」
四季は声のトーンを幾分か低くして、言葉を続ける。
「たとえば『掃除』の依頼……とかな」
四季はそう言うと、渚の方を振り返った。
その表情は先ほどとは違い峻険で、その眼差しは鋭かった。それを聞いた渚も同様に表情を強張らせる。
「……あら、相変わらず勘がいいのね」
「……そうでもねーよ。ただ、ちょっと引っかかっただけだ。
吉崎警視ともあろう人がお忙しいだろうに、平日の真昼間からこんな所に来てるなんて、何かあるだろうとは思ってた。その表情(カオ)からすると……図星か?」
「ふふふ……相変わらず、四季君には勝てないわ」
渚はまた一つ溜息をついてそう言うと両手のひらを上げ、ひらひらと振り『降参』とでも言うように笑った。
「ここに、月夜市警察、組織犯罪捜査課を代表して依頼をします。『掃除人』……『月夜の銀(しろ)猫(ねこ)』さんにね」
「……やれやれ。こっちとしてはこの和やかなムードで締めたかったんだが、そうもいかないみたいだな」
その張り詰めた空気の中、誰もが息を飲むその場で一人、四季だけは、口元に不敵な笑みを浮かべていた……。