デミテルは今日もダメだった【55】
第五十五復讐教訓「物事に理由のない行動はない」
空が白み始めていた。青白い空から月が隠れ始めて、陽光が差し込もうとしている。
そんな中で、一本のサボテンが、砂漠の真ん中にチョコンと立っていて、
その頭に、ヒスイ色のインコが一匹、不機嫌そうな空気を醸しながらとまっていた。
ジャミンコである。
「遅い。」
「遅すぎる。」
ジャミルはイライラと一人ブツブツ呟いた。彼女は誰かを待っているようだ。
「あの白饅頭のデカブツ馬鹿………戻って来たら精神的に八つ裂きにしてやるわ………………」
※一時間前
『ジャミル。僕はこれから食料を調達してくるんだな。こんなにお腹減ってちゃ集合場所のオアシスまで持たないんだな。』
『………今、何時だと思ってんのよアンタ。』
『いっぱい走ったからお腹空いたんだな。』
『なんでアタシをわざわざ置いてくのよ。』
『今にも僕の自我が空腹で崩壊して、インコの踊り食いを始めかねない精神状態だからなんだな。それでもいいなら…』
『喜んで待たせてもらうわ。』
…………って話になって、気が付きゃ一時間。一体何やってんのよ。
大体こんな砂漠で食料探すなんざ無理があるでしょうが!!ああホント馬鹿だわアイツ!そしてそのツッコミを怠ったアタシも馬鹿だった!!
アイツ待つのやめて行っちゃおうかしら?どうせ向かうところは一緒だし………
ついにはそんなことを考え始めたその時、どこかで何かの鳴き声が聞こえた。途端、ジャミルはビクリとして縮こまった。
ああ…やっぱしダメだわ………こんなチンケな体じゃ、どこの誰に踊り食いをされるかわかったもんじゃない……一人で動くのはやっぱ危険よねぇ………はぁ。いつになったらアタシ、あの悩殺的ボディに立ち戻る事が出来………
ずいぶん昔に見た、水面に顔を覗かす元の自分の姿を思い出して、ジャミルは悲しくなった。
戻ったら最初に何しようかしら……とりあえずあのデミテルの奴を何かでギャフンと言わせてやらなきゃ………………それにしても、なんかとまりづらいわねこのサボテン。一応針はクチバシで抜いたんだけど……なんかもちょっと硬い方が止まりやすい………
そのとまりづらい感覚が、ずっとデミテルの硬い肩のショルダーにとまっていた
せいであることに、ふとジャミルは気付いた。彼女は急に何か寂しくなってしまい、深い溜め息をついた。
ホント馬鹿よねアイツ…何が、人を分けて敵の戦力分断よ……
兵士どもの目的はあくまでアンタなんだから……八割がた自分のところに行くに
決まってるのに…どうせわかっててやったんでしょうけど
ホント馬鹿…自分の巻いた種は自分で刈るってか?まったく。死んでなきゃいいけど…………
って。なんでこのジャミル様があんな奴の心配を
「ねぇ見て。インコよ。」
「あらホント。おいしそ。」
「へっ。」
突然、真上から何かが降り懸かって来た。ジャミルはびっくりしてその場から飛び上がった。
見れば、緑色の毛並みの鳥人が二匹、こちらを物欲しそうに見下ろしている。ディーラである。ジャミルは絶望的気分になった。
「ねぇアンジェリーナ。あの鳥どうやって頂く?」
「そうねカーリー。親子丼がいいわぁん。」
「いやいやちょっとアンタ達。カーリーとアンジェリーナって名前で親子丼は無いで………」
ジャミルはいつもの癖でつっこもうとしたが、鋭い鈎爪のついた足が四本つかみ掛かって来た為、そんなこと言ってる場合でないことに気付き、全力で逃亡を開始した。
「いやぁぁあっ!?こっちくんなぁああっ!?」
「カーリー。粋がいいわよあのインコ。親子丼やめてケンタッキーチキンにしましょ。」
「ケンタッキーチキンはケンタッキーで買えェェ!!家でケンタッキーチキン作ったらそれ、ただのチキンでしょうが!?ン!?でも味はケンタッキーチキンなんだから家で作ってもケンタッキーチキンはケンタッキーチキ………いやでも、ケンタッキーの外で作ったんだからやっぱしどんな味にしてもケンタッキーチキンじゃない?………ってどーでもいいわぁ!!」
―――――――――。
ジャミルが弱肉強食の恐怖に襲われた頃。
デミテルは三人のイーヴルロードと対峙していた。
『リミィの馬鹿さ加減が移ったに違いない』と、後にデミテルは思う。でなくば、こんなアホなことはしなかったと。そんな言い訳を、彼は自分自信に百万回は言い聞かせる。
だが、どれほど言い訳をしても彼が、すぐ水辺の脇で自分を見つめている、見知らぬ女性を、何の見返りも無く助けようとしたのは事実だった。どんなに言い訳をしようとも
かつて、自分の目の前で雇い主の子供が誘拐される光景が眼前に過ぎったのも事実だった。
今のデミテルは、人がさらわれる光景を見るのは、少々気分が悪かった。
デミテルは自分を囲む三体のイーヴルロードを見渡した。
敵はダオスガード三体……私一人で………
「デミテルとか言ったな!俺達ダオスガードを敵に回したこと、後悔するぜ!」
デミテルに顔面を鞭で叩き飛ばされたイーヴルロードは、顔を赤くして叫んだ。正確には、元が黒い肌の為、赤いんだかなんだかよくわからない色に変色している。
「俺達はダオスガード…ダオス様にもっとも近い存在であり…最強のボディガード……またの名を…………」
「『ダオス親衛隊』!!」
………なんか昔のアイドルファンの集まりみたいだな………
三人のイーヴルロードが一斉に懐に手を突っ込んだ。デミテルは何が飛び出るのかと、警戒して身構えた。
かっこよく三人が突き出したのは
カードだった。
「ダオス親衛隊会員No.18、ヤンボウ!!」
「同じくダオス親衛隊会員No.12、マンボウ!!」
「そして俺様がダオス親衛隊のシリアルナンバー、No.2………」
「テンキヨホウ!!三人合わせて!!」
ヤンボウ……マンボウ………
テン……キヨホウ…………
デミテルは自分に言い聞かせた。つっこんだら負けだと。
「行くぜ!正義の味方気取りさんよ!」
「っ!!」
三人の姿が消えた。と思った矢先、一筋の黒い曲線がデミテルの胸を弾き飛ばした。
続いて、右頬にヒットした。デミテルは血へどをペッと吐くと腕で体を庇ったが、鞭の嵐が、デミテルを囲み乱れ飛び、対応仕切れない。
「ぐっ…」
「おらおらどうしたぁ!?俺達を目で捉える事もできねぇのかよ!?」
「チッ………」
デミテルは目を細めて周囲を見渡した。だが、黒い影が飛び回っているのを確認するのが精一杯で、とても捉え切れない。
くそ…やはり元のステータスに差がありすぎるか……
だが!
デミテルは鉄の味が染みる唇を噛み締めながら、体をしゃがみ込んで、視線を下げた。攻撃は絶え間無く続いていて、防御する腕の皮膚が悲鳴を上げている。
デミテルの視線の先には、オアシスの水面が絶え間無く跳ねていた。
奴らとて空が飛べるわけではあるまい…地に足をつけている……
ならば……ぐぉっ……
防御していた腕が生暖かい血を噴いた。デミテルは痛みで顔をしかめ、悲鳴すら上げそうになったが、なんとか耐え抜いた。
馬鹿にした声が、宙を飛び交いながらデミテルの耳に届いた。
「くっはは!!ほらぁ!!早くなんとかしねえと、全身の皮膚がそんな風に裂けちま」
「アイストーネード!!」
デミテルが必死に悲鳴を耐え、痛む腕で守った口は、冷気の渦を巻き起こす詠唱を詠んだ。しかし、酷く小さい。あくまで冷気の渦で、氷がまったく発生していない。
「ははっ!ばーか!そんな弱々しいのじゃ…」
「ぎゃああ!?」
「!?」
仲間の悲鳴が聞こえて、No.2、テンキヨホウは飛び回るのをやめて地面に着地した。見れば
仲間二人が凍り付いた水面に足を突っ込み、動きを封じられている。
「なっ!?」
「サンダーブレード!!」
テンキヨホウが仲間二人に気を取られてるうちに、デミテルは一気に泳唱した。
鋭い雷がオアシスの真ん中に垂直に落ちた。途端、弾けるような炸裂音とと共に、張り付いた氷が弾け飛び、ヤンボウとマンボウごとオアシスの外まで吹き飛ばした。
「貴様ら相手に長期戦は出来んからな……一撃で決めさせてもらったぞ…」
デミテルは血が滴る額を腕で拭いながら、ゼェゼェと息をあげながら言った。テンキヨホウはザッと後ろにのけ反った。
「次は貴様…」
「誰を一撃で決めたって言ったぁ!?」
「っ!!」
オレンジ色の無数の小さい光が空から降り注いだ。デミテルは急いで走って逃げたが、
多過ぎる。怪我をした右腕に一つ、左足に光が触れ、小さく爆発した。デミテルは渇いた地面に滑り込んだ。
痛がる暇もなかった。顔を上げたデミテルの前に、軽く黒い煙をあげるイーヴルロードが降り立ち、デミテルの喉を掴み上げた。
「ヤンボウの奴は伸びちまったがよぉ、この会員No.12のマンボウ様をやるには電力がたりねーぜぃ!!どーだぃ?マンボウ様のヘルジェム攻撃はよぅ!?」
マンボウは振りかぶると、デミテルをヤシの木に叩き付けた。デミテルは右手を抑えながら立ち上がった。
チッ…普通に食らわせても一撃じゃ倒せんと思ったから水を通じて感電させたのに……タフな奴だ………
だが、全く効いてないわけではない…
デミテルの思った通りだった。イーヴルロードの足元は若干よろついていたし、額と、クラッシュした鋭い氷によってズタズタになった足から流れ出る血は、デミテルの腕の血より遥かに多い。
「中々のサンダーブレードだったぜハーフエルフさんよぅ…んだが」
「魔術は威力がありゃいいってもんじゃねぇ!!」
イーヴルロードは右腕を前に突き出した。途端何かを早口に呟いた。
デミテルは瞬間的に横に飛びのいた。その瞬間、氷の針が背のヤシの木に突き刺さった。
それで終わりではなかった。デミテルが気付いた時には、ファイアボール、アイスニードル、ストーンブラストがほぼ三つ一斉に飛んできたのだ。デミテルはイーヴルロード達に対して水平に距離をとって走りながら、下級魔術の連続攻撃を避けていった。
馬鹿な…一瞬にしてこれだけ出すなっとぉ!?
避け切って安心していたデミテルは、足元から飛び出したグレイブに対応仕切れなかった。岩の槍がデミテルも腹を突き、宙に弾き飛ばした。
「このマンボウ様はなぁ!!泳唱の早さで負けたことがねーんでぃ!!早口言葉も超得意ってわけよ!!」
「さらにミスティシンボルで泳唱時間は半分っ!!弱い術も早撃ちすりゃあ上級呪文に匹敵するってわけでぃ!!」
「さぁさっ!!ジワジワなぶり殺してやんよ!!」
マンボウが叫んですぐ、宙に浮くデミテルを小さい雷が三本一気に彼を貫いた。ライトニングだ。
デミテルは瞬間的に体を光らすと、煙を上げながら地面に顔から落下した。
息継ぐ間もなく次の攻撃が降り注ぐ。伸びている時間は無い。デミテルはそれがわかっていた。痺れる体を無理矢理奮い立たし、顔を上げると、思った通りの光景が迫ってきていた。
ファイアボール十一発、ストーンブラスト無数、アイスニード………数えてる暇があるか馬鹿!!
デミテルは姿勢を低くすると、低姿勢で攻撃の真下を走り抜け、マンボウに向かって全速力で接近した。
奴に近づければどうにか…それならば…一度も試したことはないが……
これでどうだ!?
「へっ!接近戦に持ち込んで術を使わせねぇってかぃ!?無駄無駄無駄ぁ!!身体能力の差はさっきの鞭の嵐でわかってんだろぃ!?」
マンボウは鞭を構えると、ニヤリと笑って、前進するデミテルに鞭を走らせた。その鞭の早さは、先程までの鞭の嵐の時より遥かに早かったのだが。
「これを避け切れるもんなら避け」
「………ッ!!」
「え?」
デミテルが何かを呟いたのが、マンボウにはわかったが、次に起きた事については彼は全く理解出来なかった。
デミテルが消えたのだ。
「馬、馬鹿な!?」
「違うマンボウ!上だ!!」
「なに!?」
マンボウは首を上げた。見れば、遥か上空にデミテルの姿があり、こちらを見下ろしている。
「ど、どうやってあんなとこまっで一瞬で行きやがった!?」
「けっ!なんでもいいさ!!どっちにしろ空中じゃ攻撃は避けれねぇぜぃ!!」
マンボウは数秒に一気に泳唱の文を読み上げた。数え切れない数のアイスニードルが垂直にロケットのようにデミテルに向かって飛んだ。その早さもまたロケット並みであった。
そしてデミテルはその三倍はあろう早さでマンボウの後ろにタンッと着陸した。
「えっ?」
「トラクタービーム!!」
乳白色の鈍い光の陣が、デミテルを中心に辺りに広がった。
だが、それはすぐに広がるのをやめ、またデミテルの足元に集束したのだ。集束した光はとても強く輝いていた。ついに光は、デミテルの靴の真裏まで集まった。
「テメまさかトラクタービームで!?」
「飛べッ!!」
デミテルは弾丸のように弾け飛んだ。肩のショルダーを突き出すようにしていたデミテルは、マンボウの背中に強烈なショルダータックルを叩きこんだ。
斜め上四十五度上空を、デミテルはマンボウと共に突き進んだ。そしてそのまま、
直線上にあったヤシの木に突っ込んだ。デミテルとヤシの間にいたマンボウは、顔面と
「はぅあっ!?」
「あ、悪い。」
股間を木に叩きつけられた。
ズルズルと、マンボウはデミテルを背に負いながら、木をつたって落ちていった。
「ま゛、ざが………」
上の顔も下の顔も酷いことになりながら、マンボウは息絶え絶えに言った。
「ド…ドラグダービームの……推進力で…飛ぶなんて……」
「…トラクタービームは光陣の上の物体を浮遊させる術だ。」
デミテルはマンボウから降りると、痛む足をさすりながら言った。
「…陣の範囲を狭めれば、浮遊させる力は集束して高まる。また、必ずしも『地面』にしかこの陣を引けんとは決まって無いからな。空中にも張れる。」
「やり方はな…陣を逆さまに、自分の頭の上に作り、両手を上げて陣に手の平を付ける。手の平サイズまで集束させて、『浮遊』させれば……」
「一気に下に降下するわけだ。」
「……んな゛使い方ずる゛奴……デメ゛ェ゛がばじめ゛でだろ゛う゛よ゛……」
「ふん。」
デミテルはふっと微笑んだ。
「魔術は威力があればいいってもんじゃない、と言ったのはどこのどいつだ。」
「ちっ……………」
マンボウはぐったりと、気を失った。デミテルはハァっとため息をついた。
「よし…あとは……」
「開け漆黒の門。」
「!!」
おぞけが走った。デミテルは急いで最後の一人のイーヴルロードを捜した。
そして見つけた。こちらに背を向け、両手を上げて、
宙に、真っ黒い歪みを発生させている。デミテルは目を見開いた。
「まさか…」
「いでよ!!」
「魔界最強の魔獣!!」
「サモンデーモン!!」
大地が震えた。明るくなってきていた空が暗転し、気味悪い色に染まった。
まるでそこに薄い膜があったかのように、空間が裂けた。灰色の筋肉隆々の巨腕が、真っ黒い空間の穴から這い出てきた。
サモンデーモン。まさに悪魔を絵に描いたような顔だった。羊と頭蓋骨を足したような、とにかくおぞましい巨大な顔だ。現れた全身灰色の巨大なその化け物の上半身が、デミテルの瞳の中に映った。
「テメェごときに俺様が本気を出すたぁよ。だが、コイツで終わりだ。」
後ずさるデミテルを見て、イーヴルロードはニタリと笑った。その後ろで、デーモンが咆哮を上げた。それだけで大気が震え、オアシスの水面が波打った。
「テメェとマンボウがやり合ってる間に、時間をかけて召喚したこのデーモン。」
「名前は『デーモン・コ・グーレ伯爵』閣下!!」
どの辺がコグレ?とデミテルはつっこみたかったが、人様の名前にイチャモンつけるのは失礼な気がしたのでそれはやめた。そんな事を言ってる場合ではないのだ。
「コイツはデーモン族でも超一流と名高い戦士…さぁ………」
「閣下ぁ!!捻り潰して下さいまし!!」
デーモンの緑色のギョロギョロとした瞳が、デミテルを捉えた。
いかんっ!小暮がこっちを!!いや、コ・グーレがこっちを!!
次の瞬間、とてつもない衝撃波がデミテルを宙に吹き飛ばした。
攻撃はなお続く。衝撃波で大地が割れ、地面の塊がデミテル目掛けてふっ飛んで来た。
このままでは潰される。デミテルは空中で痛む足を抑えた。
頼むから耐えろよ………
デミテルは出血する左足の膝を折りたたむように曲げ、足の裏を上に向けた。そして詠唱した。
「トラクタービーム!!」
デミテルの左足裏が光った。途端、後ろ向きに吹っ飛ばされていたデミテルは一気に右下に空中転換した。地面の塊が、彼の光った足にギリギリ掠るのを、デミテルは感じた。
デミテルは思い切り右足で地面に着地し、顔をしかめた。着地する時に掛かるGが半端じゃないのだ。元々この男の体はそれほど鍛えられてはいない。
デミテルは顔を上げた。未だ続く衝撃波が、大地を吹き飛ばしてくる。デミテルはどこか身を守る場所は無いかと、デーモンに距離を開けつつ走り出した。
デミテルは少しずつ水場から離れていった。横殴りの雨のように飛んでくる巨岩を紙一重で避けながら。一発当たれば即死だ。
デミテルは泣きそうだった。
あああああッ!!死ぬぅ!!ゲームだったら当たってもダメージが数字で出るだけだろうが、現実的にこんなもん一発当たったら一撃でおだぶつだろうが!!挽き肉になるわぁ!!
「どうしたぁ!?逃げることしかできねぇかチキンがぁ!?」
「鳥肉じゃなくて挽き肉だッ!!」
「馬鹿野郎!鳥肉の挽き肉はタンパク少ないんだぞ!?」
よくわからない口喧嘩の戦いも繰り広げながら、デミテルは一つの大きな岩影に飛び込んだ。ここに最初に来た時自分が背もたれにして寝た岩だ。
デミテルはゼェゼェ息を切らして、盾にしている岩を背に、眉間を人差し指で抑えながら、冷静を保とうとした。
落ち着け…
サモンデーモンは最初出現した位置から移動は出来ん…よって、この距離なら、この岩が衝撃波で吹き飛ぶことはおそらく…
そう考えた次の瞬間、岩が若干ズルズル動いたのをデミテルは背中で感じた。おまけに、飛んでくる地面の塊が当たる音もする。これでは吹き飛ぶ前に壊れる。
デミテルはピクピクと眉を潜めた。甘い憶測はまったく当てにならないと、デミテルは悟った。
どうする……私の魔術もそろそろ限界が近い……昨晩の上級呪文の疲労がまだ全
快してはいない……
中級術があと二、三回が限度か……
奴のデーモンに対抗するにはやはり…
しかし…アレをやるのは…どうにも気が進まん……
……………。
「キャア!?」
「っ!!」
デミテルは岩影から顔を出した。黒髪の女が、今にも飛んでくる地面の塊に潰されそうになっている。
しまった!!完全に忘れてた!!
デミテルは瞬時に鞭を構えて、鞭を飛ばした。間一髪、鞭は女の腕にシュルシュルと巻き付き、彼女を一気に吊り上げた。次の瞬間、女性がいた場所に地面の塊がぶつかり、粉々にクラッシュした。
釣り上げた女性を、デミテルは体で受け止めたが、バランスを崩して、思い切り尻餅を着いた。
「ありがとうございます。」
デミテルからどきながら、女性がお礼をした。デミテルはフンと鼻を鳴らした。
「貴様に死なれたら私の戦いの理由が失くなるだろうが…まったく」
デミテルは黒いマントの懐から白い布切れを引っ張り抜くと、出血する自分の左足にギュッと縛りつけた。
ふと、デミテルの動きが止まった。しばらく無言で考えた後、
デミテルは黒いマントを脱いで、女性の手に押し付けた。女性はキョトンとした。
「これは…」
「着ろ。いつまで裸なんだまったく…」
デミテルはボリボリと頭を掻くと、顔を赤らめた。しかし、女性はマントを不思議そうに見つめるだけで、着ようとしなかった。
「何故着るのですか?」
「何故って…普通着るだろうが!?露出狂か貴様ぁ!?全年齢ゲームで露出狂のキャラなんぞ聞いたことないぞ!?」
「あ………」
女性は何かに気付いたらしく、マントを羽織った。そして、何かブツブツ呟いた。
「そうか…私は人型だから……」
「………というか、全裸の上にマントじゃそれこそ………」
「?」
「いや!なんでもない!ええい!なんだこの変な会話は!?」
デミテルが声を荒げた時、盾の岩にひびがビキビキと入った。そろそろ持たないらしい。
デミテルは無言で岩の陰から出ようとした。しかし、女性の手が、デミテルの右手を掴んだ。
「なんだ?」
「どうしてですか?」
女性の、月のように輝く瞳に、デミテルは自分の姿を見た。
「どうしてあなたは見ず知らずの…」
「どうして見ず知らずの貴様を助けようとしてるか?か?私にもようわからんわまったく。」
デミテルはイライラと言った。遠くでテンキヨホウが何か挑発するのが聞こえた気がしたが、盾の岩に地面が砕ける音でよくわからなかった。
「あのむせび泣きモンスターの性分が移ってしまったのか…まったく……」
デミテルは本当によくわからなかった。自分が戦う理由が。
道理の無い考え。バジリスク。美しい輝く美女。リミィの性分。誘拐される光景。色んなものが頭を過ぎった。だが、どれも明確な理由にはどこか遠く、決定打に欠ける。
私がこんなことをする理由はなんだ?決定的なワケは?
………いや、違う。そんなはずは無い。コレが理由のわけが無いだろう…………だって私は悪人で…………
……………認めんぞ。そして、絶対誰にも言わん。絶対に。
ただ
純粋に
『困ってる人を助けたかったから』などッ!!死んでも認めるかァ!!
デミテルは本能のままに岩陰から飛び出すと、得意顔のテンキヨホウを睨み付けた。テンキヨホウはニヤリと笑った。
「へっ!死ぬ覚悟は出来たか正義のヒーロー?」
「やかましいィィィィっ!!」
デミテルは吠えるように叫び上げた。その剣幕といったら物凄い迫力で、テンキヨホウはいきなりのことで腰を抜かした。デーモンですら、衝撃波を出すのをやめてしまった。浮き上がっていた地面の塊が地面にドシドシと落ちた。デミテルはワナワナと震えていた。
「何が正義のヒーローだ!!私はなぁ…私は本来こんなキャラじゃないんだよ!!こんな、見ず知らずの奴を無償の正義感で助けようと戦う、絵に描いたような少年漫画の主人公じゃ無いんだ!!断じて違う!そんなわけがない!!」
「いや、あの…」
「そんな役はクレス=アルベインに任せればいいんだよ!!そうとも!こんな目に遭うのはあいつらで十分だろうが!?なのになんで私がこんなことせねばならんのだ!?ええ!?おかしいだろうが!?」
「いや、クレスって誰…」
「決めたぁ!!私は決めたぞぉ!!」
デミテルは手の平を眼前にパチンと合わせた。そして叫んだ。
「私は!今から!貴様を!!」
「暇つぶしの為に叩き殺す!!」
「…。」
「フハハ!!どうだぁ!?超悪人ぽいだろう!?参ったかァ!?そうとも!これこそ私らしい!!そうだ!これでいい!!」
「…………。」
自慢げに大笑いするハーフエルフに、テンキヨホウは色々な意味でついてこれず、ただただ呆然としていた。
何がなんだかさっぱりわからない…………
「聞け!!暗黒の王!!」
デミテルが合わせた手の平を地に叩きつけ、叫んだ。テンキヨホウは目を丸くした。
「な!?お前まさか…」
「我、ここに願う!闇の手、今こそ我に貸したまえ!!」
「光を根絶やし、無を愛し、闇に生きること今こそここに誓う!証に我が魂黒く染めることいとわぬ!」
デミテルの前の空間が、黒く歪んだ。
「開け漆黒の門!!」
「いでよ!魔界最強の魔獣!!」
「サモンデーモン!!」
歪んだ空間に、蜘蛛の巣のようなひびがはいり、粉々に砕けて、
灰色の化け物が姿を現した。大きさはテンキヨホウのものより若干小さかったが、それでも巨大だ。テンキヨホウは呆気に取られた。
「お、お前何故…」
「…どうして私がこれを使うのをずっと渋っていたか教えてやろうか。」
「それはな………」
デミテルは、怪我をしていない右足を大地に叩きつけ、叫んだ。
「詠唱文が!!ダサいんだよォォォ!!」
テンキヨホウは口をあんぐり開けた。
「なぁっ!?テメェそれは魔界じゃ禁句なんだぞ!!この文は魔界の王が三日三晩必死に頭捻らせて推敲した……」
「やかましい!なんなんだこの中二丸出しの文章は!!魂黒く染めることいとわんて、別に唱えたところで何もならんだろうが!?初めて唱えた時凄く不安だったろうが!?」
「それっぽいだろうが!!」
「知るかぁぁ!!」
デミテルは指でテンキヨホウをビッとさした。それに呼応するように、デミテルのサモンデーモンが咆哮を上げた。それに答えるように、テンキヨホウのデーモンも吠えた。イーヴルロードはデミテル達を睨み付けた。
「けっ!そんなちいせぇデーモンに俺様のデーモンが負けるかぁ!!やれぇ閣下ぁ!」
再び衝撃波が巻き起こった。またしても地面の塊が飛来してきたが、デミテルは一歩も引かない。その前で、デミテルのデーモンが同じく衝撃波を出した。
飛んでいた塊が、二体の間でピッタリと止まり、空中で少しずつ小さくなり始めた。二つの衝撃波におし潰されて、削れている。テンキヨホウは、自分のデーモンの力が弱まっていることに気付いた。長い時間衝撃波を出させ過ぎて疲労したのだ。
「チィ!何してやがる!それでも伯爵クラスかぁ!!潰せぇ!」
は口で追い立てたが、限界だった。二体のデーモンは均等に力を
ぶつけ続け、そして
最後の痛々しい咆哮と共に、灰色染みた煙を巻き起こした。同時に、デーモン達
は消えていった。テンキヨホウは歯軋りした。
「ちっ…力を使いすぎてこちらにいられなくなったか。」
テンキヨホウはフンと鼻を鳴らした。
「まぁいい。俺様はノーダメージ。だが奴は体中にダメージがある。」
「俺様の中級術裁きを見せてや」
「うらぁああっ!!」
「!?」
雄叫びが聞こえた。と思った矢先、
蔓延する煙の中を、デミテルが弾丸の如く突っ切って飛び出してきた。イーヴルロードが「あっ」と言った時にはもう遅く、
次の瞬間、彼の顔面にデミテルの右膝がめり込んでいた。遥か後方で、靴の裏の形をした乳
白色の光がパッと消えた。
デミテルは膝を曲げて、タンッと地に着地した。同時にその後ろで、最後のイーヴルロードが大の字に倒れた。
…はあ。
デミテルはグッと背を伸ばしながら立ち上がり、疲れたようにため息をついた。そして、デーモンが倒れたため戻った、青々しい、雲ひとつない空を見上げた。そして思った。
…散々、色々と考えたが……
…散々、自分に色々言い聞かせたが………
やはり…どんなに自分に言い訳しても……
『あなたは本当にいい人だ…あなたの後ろにいる彼らも…あなたたちの“目”がそう言ってるんです』
『リミィと目があって……しばらくしたあと………デミテル様笑って、こう言ってくれた…『目が覚めて良かった』って…ああ、この人はいい人なんだ。怖いけど、本当は優しいんだって…だから…』
やっぱり善人なのかなぁ…私は…………
つづく
おもうがままにあとがき
もういくつ寝るとー、高校三年生ー。
この小説が始まってあと一ヶ月ちょっとで二年になります。早いものです。二年もやっていまだに過去編て…
始めた時は高一でした。怖いものなんて何もありませんでした。
でも、もう高三です。高三というとアレが来ますね…受験ですね……うわぁ逃げ出したい…
たぶん、今まで以上に更新が滞るかもしれませんが、これからもこのアホな小説をよろしくお願いします…
よろしくしてくださる方の人生はバラ色デス。スーパーに行って『ホームランヨーグルト』を買いに青空へ飛び出せば、もれなく『二塁打』のマークが当たるはずです。自分は当たりました。だからきっと………ごめんなさい嘘です。
コメント
お久しぶりです。
高3ですか、大変そうですね。
自分は今度高2なのですが、一つ上の先輩も嘆いてます。
どうかお体に気をつけて頑張ってください。
ですが更新が遅れてしまうのは寂しいですね・・・
Posted by: dying man | 2009年03月25日 07:05