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黒十字【7】


第六章・綺麗な薔薇にはハイパーマシンガン300乱射

雪が強まる中、ジューダスとハロルドは山頂に見える小屋へと足を速める。
「ク…キュウン!」
小屋がはっきり見えてくると、ジューダスの腕の中にいた仔犬が鳴き声をあげて
もがいた。
今までおとなしくしていたためにジューダスは不意をつかれ、仔犬は腕の中から
すり抜けて地面に降り、左の後足を引きずりながらも走り出す。
「リオ!」
ジューダスは小屋へと駆けていく仔犬を追おうとするが、ハロルドが止める。
「だーいじょうぶよ、あれくらいの距離なら足に負担はかからないし、モンス
ターも見当たらないし。やっとお家に帰れるから興奮してるんじゃない?今は手
を出さないほうがいいみたいよ。」
ハロルドはリオを眺めて呑気に言う。
「だが…」
ジューダスは未練がましくハロルドを睨みつける。
「あんた、あの子によっぽど情が入っちゃったみたいねー。」
鋭い目を受けて、ハロルドは呆れ顔で洩らす。
「…行くぞ。」
更に足を動かす速度を上げ、二人は残りわずかの道を進んでいく。
「あら、否定しないのね。」
片割れが、ぽつりと言葉を落として。

「やっと到着、ね。あんた歩くの速すぎ。」
息を荒らげて文句を飛ばしているハロルドにはお構いなしに、ジューダスは小屋
の前で佇んでいるリオに目を向ける。
礼儀正しく腰を下ろし、二人を待っていたようだ。
小屋を大体見回してみると、特別な造りは見当たらない何の変哲もない小屋であ
る。白雲の尾根にある、休憩として立ち寄り一晩過ごした山小屋とほとんど変わ
りなかった。
―――酒場・薔薇の香り―――
小屋に立てかけてある看板には、リオの首輪に刻まれている文字と同じ文字が馳
せている。
まだ昼だというのに、扉には『営業中』と書かれている木札がぶら下がってい
る。
リオの促すような瞳に気づき、ジューダスはその扉を静かに開いた…
「いらっしゃいま…」
明るい声が聞こえたが、その言葉は最後まで続かずに途切れる。
「ボンッ!」
景気のいい爆音と共に、すさまじい量の煙が小屋中に満ちた。
「っ…!なんだこれは。」
咽ながらもジューダスは剣を鞘に納めたまま振るって煙を払う。
数分が経ち煙が薄くなると、茶髪で服にエプロンをかけている女性と、その傍ら
にいる成熟した銀狼が目に入ってきた。
「んー、まだ3時間弱しか経ってないのに…精神レベルが最高潮になって薬が無
効化されたってことかしらね。」
ハロルドは煙にたじろぐ様子はなく、冷静に解析した言葉を述べる。
「…お前の仕業か。」
「やっぱこれぐらい派手なほうが変身☆ってカンジするっしょ?あんたで実験し
たときは何か物足りなかったから改良してみたのよ。」
悪びれる様子もなく、けろりと爆音と煙の開発者は弁明してみせた。
「ああ、やっぱりリオだったのね。」
ジューダスが次の言葉を発するより先に、女性の安堵した声が聞こえた。
二人の視線が注がれ、女性は慌てて頭を下げる。
「リオをここまで連れてきてくださり、ありがとうございます!外は吹雪いてい
るようですし、どうぞゆっくりとしていってください。」
と礼を言い、二人に席を勧めた。
「はい、お言葉に甘えて。」
今度はハロルドがジューダスよりも早く言葉を放った。

中へ入ってみると外から見たよりは広く、まず酒場ではよく見かけるカウンター
が目に入り、暖炉には明るい炎が燃え、テーブルも3つ置かれている。隅には小
さく仕切られた部屋が1つあり、タンスやベッド、鏡台が置かれ、ここにだけ生
活感が溢れている。おそらくこの女性の私室として使っている部屋だろう。
女性はリオの手当てを素早く済ませ、カウンターの中で鍋を火にかけている。
リオは家に帰って主人と再会することができてすっかり落ち着いたのか、暖炉の
そばに伏せてくつろいでいる。
「私はローズ、この酒場を営んでいるの。」
中から湯気をあげているマグカップ2つと大きな器を盆にのせて、ローズと名乗
る女性が戻ってきた。
女性も先ほどに比べて表情が落ち着き、口調も解れている。
「私はハロルド。」
「…ジューダスだ。」
ローズは二人の名前を確認すると、ふわりと包むような笑顔を浮かべた。
「リオはこの店の番犬で、お客様の送り迎えをするボディーガードもやってくれ
てるの。」
器をリオの前に置き、マグカップは二人の前に置くとローズもテーブルに着き、
手を前で組んで話し始めた。
「ああ、だから山の下の森まで来てたのね。」
口を挟んだハロルドに微笑み、ローズは言葉を繋げる。
「ええ、リオはしっかり者だから、いつもハイデルベルグまで案内してくれるそ
うよ。お客様を無事に街まで送り届けたはいいけど、帰り道でトラブルがあった
みたいね。」
ローズはリオを見やって言う。
「猟師が仕掛けたっぽい罠に足をとられてたのよ。」
「あら…そうだったの。だから戻ってこれなかったのね。あなた達が気づいてく
れなかったらどうなっていたか…本当にありがとう。」
感謝の眼差しと礼の言葉が再び二人に向けられる。
「礼を言われる覚えはない。非常食に捕まえた狼が不味くて食べられそうにない
とわかり、邪魔になったから此処に放り投げただけだ。この山は通り道にすぎな
い。」
ローズは苦笑し、ハロルドは俯いて噴き出すのを堪えている。
「…一つ、聞いてもいいか。」
ジューダスが再び口を開けたので、ローズは少し驚いた様子を見せながらも言葉
を返す。
「ええ、どうぞ。」
「どうしてこんな山の頂上に店を開いたんだ?」
その質問を聞くと、ローズはどう答えようかと少し悩んでいたようだが、いたず
らっぽく微笑って言った。
「隠れた名店っていうのをやってみたかったの。」
頓狂な答えにジューダスは瞬いた。隠れ過ぎにも程があるだろう。
「グゥ…グルル。」
ちょうどそのときリオが立ち上がり、小屋の出入り口のほうへとゆっくり向かっ
ていく。
「あら、外に出たいみたいね。暖炉にあたりすぎて身体が火照ったのかしら。久
しぶりに私に会ったから照れちゃってるのかも。吹雪の音も止んだし、大丈夫そ
うね。」
ローズはそう言ってから思い出したように付け足した。
「リオに付き合ってあげてくれない?」
ハロルドがジューダスを小突いて促す。
「あんたが行ってやんなさいよ。私はあの子に嫌われちゃってるみたいだから、
二人で水入らず語り合ってきなさい。」
ローズが意外そうな口ぶりで反応する。
「そうなの?リオは無愛想だけど人見知りはしない子なのに…」
「なんでかしらね~。こんなに魅力たっぷりのレディーなのに。」
お前がいきなり注射針を刺すからだろう、とジューダスは強く思いながらも黙っ
て小屋のドアを開けた。
「それにしても、ジューダスの言い訳は面白いわね。」
非常食、という言葉を思い出して控えめながらもハロルドは腹を抱えて笑い声を
あげる。
「根は良い人なんですよね、きっと。」
慈愛に満ちた笑顔でローズは呟く。
「でも、表面がアレじゃあね~。」
ハロルドにつられ、ローズも思わず笑い声を洩らしてしまった。

小屋から出てみると、空はもう何も降らせていなかった。
「グルゥ…」
声の主を見下ろしてみると、小屋に来るまで抱えていた仔犬とはまるで違う、銀
色の狼。
身体も、声も、牙も一瞬のうちに変わる者もいれば
18年の歳月を経ても、変わり映えのない者もいる。
「グゥ…ン。」
ぼんやりと物思いにふけっていたが、ふと自分を見つめている瞳に気づく。
祈るような、どうか届いてほしいと願う瞳。
言葉などという軽薄な表現にできるはずのない、深くて純粋な思いを感じとっ
た。
それはマスターの精神に直接響く、ソーディアンの声にどこか似ていた。
そうか…18年前と変わったものが一つだけある。それは――――
「ウォン!」
リオが満足げに吠えると、小屋のほうへと顔をむけた。
「…もういいのか?」

小屋に戻ると、ハロルドが緑色に輝く石をルーペで観察したり感触を確かめたり
している。
「この輝き、粒子、質感…やっぱ緑晶石!?」
ハロルドが驚きと歓喜の入り混じった声をあげる。
「あら、知ってるの?」
「前に文献で読んだことがあるのよ。8つそれぞれに属性エネルギーが込められ
ている石、としか説明が書いてなくって詳しいことは知らないんだけど…まさか
本物にご対面できちゃうなんてっ!」
ハロルドは目を輝かせて舞い踊っている。
「それはこの店を守ってくれているお守りなの。」
ローズは深い笑みをうかべて石を見つめていたが、一人と一頭の気配に気づき声
をかける。
「あ、ジューダス君ありがとね。」
「ハロルド、行くぞ。」
「ちょっと待って!もっと緑晶石を調べ尽くさないと気が済まないわ!!」
「…付き合いきれんな。」
ジューダスは溜息まじりに小屋から立ち去ろうとドアノブに手をかけた。
「ちょっと待って、ジューダス君!」
ローズにひきとめられ、手を離して向き直る。
「…何だ。」
ローズは小さな声で問いかけた。
「あなた…ミルク、好き?」
その言葉を聞いた途端、ジューダスはローズに背を向ける。
仮面の中の頬が、ほんのりと赤く染まる。
しばらく黙りこんでいたが、仮面が僅かに上下に動いたのをローズは見逃さな
かった。
「よかった。」
柔らかな笑顔を讃え、ローズは一言そう言った。
「ハロルド、先に行っている。」
「ちょっと待ちなさいよぉ!あぁ、この中に何が凝縮されてるのか気になるぅ
~。ま、とりあえず基本データは採取できたし…っと。ごちそう様!」
ハロルドが慌ててジューダスを追いかける。
「また、いつでも来ていいからね。ジューダス君、ハロルドちゃん!」
「ウォンウォン!」
ローズは手を振り、リオと一緒に二人を見送った。
ジューダスは一度だけ振り返り、ローズの笑顔を見上げた。


*あとがき*
こんにちは☆踊って騒いでジャジャンYeah!なアーサーです(≧▽≦
今回書く量少ないだろうな~とか思いつつ、最長っぽいですねぇ、コレ(笑
なり2のママさん、ローズのご登場ですね!
何でローズを出したかというと、ローズ好き!ローズラブ!ローズばんざい!と
かそういう思い入れがあるわけではなく、なり2のキャラ(ポルポル親方とかエ
レインお嬢とか)って影薄いからもっと活躍させようと思いまして、何となく
ローズを選びました(ぉ
せっかく酒場なんだからハロルドにお酒飲ませちゃおうかな~っと思ったのです
がちょっと理由があって素面のまんまです。
今回のタイトルめっさ気に入ってます!ハロルドのセンスで付けてみました♪
では、次章でまたお会いしましょ~。
ハロルドちゃん…思いっきり15歳未満だと思われちょるな(笑

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