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黒百合に願う【2】

黒百合に願う  忍び寄る黒い影

作  神条




翌日。

さらさらと流れる水の音で目が覚めた。

 すず 「・・・ここは?

見慣れた景色、そこは頭領屋敷の寝室だった。



気絶してから記憶が無い。

微かに曼珠沙華の手応えはあったが、それ以来どうなったのかは分からない。

 すず 「痛っ・・・!

起き上がろうとしたが足に激痛が走りそれを妨げた。

足首を触ってみると包帯が巻いてあることに気が付いた。

 すず 「・・・情けない・・・。

足の激痛が劣等感を大きくし、脱力した。

ごろっと寝転び、再び布団へ入る。



一方、その日の筆記授業も終わり、乱蔵は頭領の間へ戻っていた。

 乱蔵 「ふむ・・・。

一振りの刀を見る。

刃の先端部分が少しひしゃげている。黒百合だ。

ひしゃげは変異の魔獣への攻撃時によるのである。

乱蔵は、ふと思い出す。

 乱蔵 「銅蔵・・・おきよ・・・ もしお前達が生きていたら、すずはどう変わっていただろうか。

いくら忍者として育てたと言っても、実の娘のように可愛がって来た一人の孫。

やはり孫が傷つくのは祖父として耐え難い。

そんなとき、つい思い出してしまう。

すずの両親のことを。

そして。

 乱蔵 「・・・あの若者達なら、すずに何を言ってくれるのだろうか。

すずの心を大きく変えさせた、英雄達のことを。


トントン。

そのとき襖を叩く音がした。

乱蔵は黒百合を箱に収め、答えた。

 乱蔵 「構わん、入るが良い。

スッと襖が開く、入ってきたのは佐助だった。

 乱蔵 「佐助か、どうであった。

 佐助 「御命令通り再度森の巡回をしたところ、昨日仕留めた獣の死骸が消えておりました。

 乱蔵 「まだ生きていた、ということか。

 佐助 「他の者は現在も巡回中、私も再び彼等に合流し対象を発見次第始末します。

 乱蔵 「うむ、だが十分に気をつけろ。黒百合の一撃をも跳ね返す相手だ。

 佐助 「はっ、お任せを。

言い終えると佐助は出て行ったが、乱蔵は心配していた。



里東方の森。

 仁八 「重蔵、我々だけで奴を仕留められるか?

 重蔵 「お前らしくもない、不安は技の錆だぞ。

 仁八 「だがあの皮膚の強度はただものではない。

 重蔵 「なぁに、隙さえ見せなければ大丈夫だ。

 仁八 「・・・。

落ち葉を踏む音や風で葉が擦れ合う音に二人の会話が混じる。

森は昨日に比べてざわめいていた。

 仁八 「すずも不憫だな。

 重蔵 「あぁ全くだ、物心がつく前から剣を握らされ、技を仕込まれ・・・。

 仁八 「その技で両親を切ることになるとはな。

 重蔵 「無情の忍者とは言え、厳し過ぎる現実だ。

 仁八 「それに次期頭領という現実も、我々が支えなければ彼女は崩れるかもしれない。

 重蔵 「下手に感情を持つことは、忍者を名乗る者にとっては危険だからな。

 仁八 「そのことに本人は気付いているだろうか。

 重蔵 「仁・・・!

 仁八 「ん!

二人はある右曲がりの傾斜道に差し掛かった。

曲がったすぐのところで音がしている。

ムシャムシャムシャ。

荒い息遣いで何かを貪るような音。

二人は道を外して、木の上から様子を見ることにした。

 重蔵 「あやつ・・・。

音の正体はやはりあの獣だった。

森のグリズリーの肉を喰いちぎっている。

 仁八 「重蔵、やはりここは退くべきだ。まともに対峙して技が通じる相手ではない。

 重蔵 「やむを得んな。自信が無いわけではないが、やはり二人では少々危険か。

 魔獣 「グルル・・・。

獣が二人に気が付いた。

 仁八 「残念だが、お前を始末するのはもう少しばかり後になりそうだ。

 重蔵 「仁、行くぞ。

バッと枝をその場を去った。

 魔獣 「グルルル・・・。

獣もまた森の深い方へと去って行った。



夜。

 乱蔵 「小助が見たのは西、仁八と重蔵が見たのは東。なぜ村に入って来ないのだ。

 すず 「本能で人を襲うことは無いのでしょうか。

 乱蔵 「かもしれんが、詳しくは分からん。

 すず 「何にせよ野放しにするには危険です、明日私も・・・!

 乱蔵 「すずよ、お前は今どういう状態か分かっておるはずじゃ。

 すず 「・・・。

 乱蔵 「お前の無念は分かるが、下手に出れば返り討ちになるぞ。

改めてすずは自分の不甲斐なさを悔やむ。

そのとき外の風が止み、すずの脳裏に一筋の閃光のようなものが走った。

 すず 「はっ・・・!?

 乱蔵 「感じたか、すず!紛れもない、魔の手の殺気を。

乱蔵は立ち上がり廊下出て叫んだ。

 乱蔵 「小助!重蔵!手分けして村中の灯籠に火をつけよ!他は屋敷前に集合せよ!

しばらくすると外から警報笛が鳴り出す。



 重蔵 「あの殺気の正体は・・・。

パチパチと灯籠に投げ込まれた松明が燃えている。

 斎蔵 「いたぞ!万屋の上だ!


その瞬間、村中の忍者達が万屋の屋根の上を見上げた。

 佐助 「貴様!何者だ!

そこには黒い人影が立っていた。

人影はクククと微笑すると、マントらしき者を翻して去って行った。

 仁八 「奴は一体何者なのだ・・・。



夜が明けた。

何者かの襲来により村中はざわついていた。

不安で頭領屋敷を尋ねて来る者もいた。

 乱蔵 「しばらくは警戒態勢だ、奴はいずれまたここへ来るだろう。

 小助 「次は攻撃して来るでしょうか?

 乱蔵 「してくる、と考えて警戒するのだ。もしかしたらあの獣を連れて来るかもしれん。

 佐助 「では警戒範囲を村から拡大しない方が良いのでは。

 乱蔵 「そうじゃな、隙を突かれて村が襲われてはいかんからな。

皆が話し合っている隅で、すずもこっそり武装していた。

足の傷は完治していないものの、痛みは両足で立てる程度に消えかけていた。

刀は黒百合に代わって血桜を持っている。

 乱蔵 「村を囲むように見張りを置き、この屋敷には佐助と斎蔵を待機させる。


会議が終わると、頭領屋敷からぞろぞろと忍者達が出て行った。

まるで戦が始まるかのように。



続く。

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