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デミテルは今日もダメだった【5】

第五復讐教訓「お酒の一気飲みは絶対にしてはいけません」


真夜中の海岸。冷たい風が吹き抜ける中、一隻の小型船が海に浮いている。小型といっても、ベネツィアから出る定期船の半分ほどの大きさだ。

砂浜には、五人の人影があった。そのうちの二人はほかの三人から離れ、その三人が話し合っているのを眺めていた。二人は待っているのだ。もうすぐ始まるであろう、見知らぬ三人組の大道芸を。


三人のうち、一人でもちゃんとした「悪人」がいれば、「エルウィン達を殺し
てしまおう」という意見が出ただろう。が、ピエロことデミテルは精神的に追い詰められていて、そんな考えは浮かばない。リミィはこれからやることに心からワクワクし
ていたし、フトソンに至っては、デミテルの説明を理解しようと必死でそれどころではなかった。


そして十分後・・・


「・・・という感じだ。よし、いくぞ!」
「ちょっと待つんだな!」

いざ戦場に向かわんとするデミテルとリミィを、フトソンが呼び止めた。

「なんだフトソン?」
「あそこの観客達はデミテルさんのことをピエロと思ってるんだな。」
「・・・それがどうした?」
「デミテルさんは司会進行でありピエロだから・・・もっとこう・・・ハイテ
ンションにいかないといけないんだな。」

デミテルはなんとも言えない気持ち悪い気分になった。ハイテンションなデミ
テル。言葉の組み合わせからおかしく感じる。

「・・・ハイテンションと言うと、具体的にどんな・・・?」
「なんかこう・・・イエーイ!!みたいな。」
 「・・・・・・わかった・・・・頑張ってみよう・・・。」

デミテルは力なく約束した。

そしてデミテル達は、砂浜の舞台という戦場に立った。意を決し、息を吸い込
んだとき、エルウィンが出し抜けに言った。

「ちょっと待ってくれ。あんた達は何て言う大道芸人の集まりなんだ?集まり
に名前ぐらいあるだろ?」

そんなことはさっきの打ち合わせで決めていない。デミテルが当惑していると
、リミィが出し抜けに言った。

「リミィ達はぁ・・・えっとぉ・・・デミ・・・デミ・・・・・・そう!「デ
ミデミ団」!」

デミデミ団!?よりによってデミデミ団!?もうちょっとなんかなかったのか
!?と、デミテルは動揺しているのを悟られないよう、無表情のまま思った。

「デミデミ団・・・?なんでデミデミ団なんだ?」

エルウィンはデミテル自身がしたい質問をした。
リミィは少し頭をひねると、やがてこう答えた。

「え~とぉ・・・・・・団長の名前がデミテ・・・じゃなくて・・・『デミー
』っていうからぁ!」
「そうか。なら当たり前か。頑張ってくれデミーさん。」
「頑張って下さいね!ピエロのデミーさん!」

もう、どうとでも呼んでくれ。

 デミテルは自暴自棄になりそうだった。横で、フトソンが悲しげな顔をしてい
た。彼も全く同じ気持ちになったことがあるからだ。

 確かに、偽名を使うのは賢いかもしれない。エルウィンたちはデミテルの顔を見ても何も反応しなかった。つまり、デミテルの「顔」はとりあえず知らない。だが、デミテルという「名前」は知っているはずだ。おそらくエルウィンはベネツィアの人間だろう。船一つ買える金持ちなど、このあたりではベネツィアに住むものしかいない。そして、自分も一年前までその街に住んでいた。おそらく名前ぐらいは知っているだろう。

一年前に、ある日突然街から去った魔術師。そんな曰く付きの奴だとばれたら、確実にめんどくさいことになる。

そして、デミテルこと、デミー率いるデミデミ団の初舞台の幕が上がった。・・・ハイテンションに。

「では・・・さあ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!この私、ピエロのデミ
ーが率いる、天下のデミデミ団の大道芸が!今!まさに!・・・始まるよおおお
おおぉ!!イエェェェェェェイ!」

真夜中の浜辺に、デミテルの絶叫が響き渡った。ここ一年やっていない素晴ら
しい作り笑顔をしながら。

一瞬、間があった。やがてナンシーが力強く拍手を始めた。エルウィンもナン
シーにうながされ、パチパチと拍手した。フトソンはデミテルのキャラの変わり
ぶりに一瞬びっくりしていたが、すぐにナンシー達に合わせて拍手した。リミィ
もフトソンにつられて笑顔で拍手した。

「それではみなさんに最初に見ていただくのは、この白き魔獣、フトソンの芸
です!」
「えっ?僕なんだな?」

フトソンはさっきの打ち合わせの内容をまるで理解していなかった。デミテ
ルは笑顔のまま一瞬凍り付いたが、すぐにフトソンに耳打ちをした。背が高い為
、爪先立ちをしなければならなかったが。デミテルは一言だけ言った。

「(とにかく自己防衛しろ。)」

そう言うが早いか、リミィを引っつかんでフトソンから距離をとり、ナンシー
達に言った。

「お二人さんも離れてください!けっこう危険なんでね!」

ナンシー達は、素晴らしい笑顔で忠告してきたデミテルに素直に従った。さざ
波の音が聞こえる夜の浜辺で、白い生き物がぽつんと立っていた。

「一体何をする気なんだな・・・?」

不安にかられたフトソンは、デミテルの方を見た。右手の人差し指をくちびる
に当て、何かを呟いている。静かにしろと言っているのだろうか?

いや違う。フトソンはとっさに気付いた。あれは・・・・・・詠唱だ。

「・・・ロックマウンテン!」

デミテルがくちびるに当てていた人差し指を、フトソンにビッと向けた。その
瞬間、フトソンと同じぐらいはあろう岩が、フトソンの上に十数個落ちてきた。

「危ない!」

ナンシーが悲鳴をあげた。エルウィンも息を飲んだ。

 フトソンは空を見上げ、身構えた。彼は全てを理解した。そして・・・

「うらあああああああぁあ!!」

フトソンの連続ジャブが、せまりくる岩を次々と破壊していった。破壊された
岩の残骸が空を舞い、そのまま海に落ちていった。ナンシー達は呆然としながら
、フトソンを眺めていた。

やがて、とどめの超巨大な岩石がフトソンに襲い掛かった。十メートルはあろ
うか。ナンシーはまた悲鳴をあげた。

「うおらあああああああぁあっ!!」

雄々しい雄叫びとともに、フトソンのダブルアッパーが岩石を捉えた。岩石は
恐ろしい破壊音をたてながら、粉々に砕け散った。さっきの比ではない量の残骸
が、海にバシャバシャと落ちていった。

「はあはあ・・・。どんなもんだい!なんだなぁ!」

フトソンは息切れしながら、人差し指を空に突き上げポーズをとった。素晴ら
しく爽やかな笑顔だった。

父ちゃん、母ちゃん、ばあちゃん、妹よ!僕はやったんだな!僕は今、大道芸
界のトップに君臨する為の第一歩を踏み出したんだなぁ!!

そんなことを考え始める始末だった。

やがて、強い拍手が沸き上がった。なかなか好印象だったらしい。

「み、見た!?エルウィン!!あの着ぐるみ着てる人、す、すごいわ・・・!

「ああっ!ナンシー・・・。ただの着ぐるみを着た変なオッサンじゃなかった
んだ・・・!」

デミテル達はフトソンの元に戻っていった。拍手に手を振って対応しているフ
トソンに、デミテルはこそこそと話しかけた。

「(まったくヒヤヒヤさせおって。人の話はちゃんと聞いていろ。)」
「(ごめんなさいなんだな。必死に理解しようとすればするほど、なぜか死ん
だじいちゃんの言葉が頭をよぎり続けちゃって、頭に入らなかったんだな。)」
「(死んだじいちゃんの言葉・・・?どんな言葉だ?)」
「(えっと・・・人の話はちゃんと聞け。)」
「(・・・・・・。)」

デミテルは気分を切り替え、ナンシー達の拍手が止むのを待った。軽く咳ばらいをし
、次の芸を始めた。

「それでは次の芸に移りましょう!お次は打って変わって神秘の技です。空を
翔ける美少女、リミィ!」

「えぇっ!?美少女ぉ!?デ、デミテ・・・じゃな
くて、デミー様にそんなこと言われたの初めてぇ・・・」

リミィは赤面した顔を隠しながら言った。デミテルは今のセリフを考えた自分
自身にイライラした。
デミテルはリミィの真後ろに立ち、彼女の頭の上に手の平をかざした。いかにも
仕掛けがあるように見せる為だ。

「それではいきます・・・ハァッ!」

デミテルの掛け声と同時に、リミィがフワフワと浮いた。ナンシー達は息を飲
んだ。

「さらにさらに!」

デミテルは、かざした手の平を前後左右に移動させた。その動きに合わせて、
リミィが空中を移動する。ナンシーは呆気にとられ、エルウィンは手の平とリミ
ィの頭の間の、何も無い空間を凝視していた。糸で釣っているのではないかとで
も思ったのだろう。

「(これでなんとか・・・)」

もういいだろうとデミテルが思った矢先、調子に乗ったリミィがこんなことを
言い出した。

「もっと速く動けるんだよぉ!」
「なっ!?」

リミィは手の平の動きを無視し、でたらめに浮遊しだした。しかもかなりのス
ピードで。今度はデミテルがリミィの動きに合わせる番だった。リミィはデミテ
ルの周りをブンブン飛んだ。

「うわあああああい♪」
「ちょっ!?まっ!?うおっ!?」

デミテルはリミィのでたらめな動きに合わせようと必死だった。やがて、リミ
ィはデミテルの周りをぐるぐる回りだした。 デミテルもそれに合わせて、手をかざしながらぐるぐる回った。
実際のところ、すでに手の動きはリミィに追い付いていないのだが、ナンシー
達は動きに圧倒されていて気付かない。フトソンは横で呑気に拍手していた。

やがて、デミテルに吐き気が来襲した。リミィはいまだ止まる気配が無い。相
変わらず、デミテルの周りを笑顔でぐるぐる回っている。

「うわああああああい♪」
「・・・・・うえ・・・・・・・・・・・ふんっ!」

デミテルはリミィの頭をひっつかみ、回転を止めた。さすがに限界だった。
リミィはデミテルに襟首をつかまれながら、じたばたしていた。

「ええ~!もっと飛びたぁい!」
「オエ・・・・ど、どうでしたか・・・観客の皆様・・・」

さっきよりさらに強い拍手が沸き上がった。ナンシーは目を輝かせ、エルウィ
ンは少年のような興奮した顔をしていた。それに対して、デミテルはゼエゼエと
息を切らし、やつれていた。
デミテルはリミィを地面に降ろすと、軽く咳ばらいをした。拍手が止んだ。

「え~、では・・・舞台の締めの芸をこの私が・・・」

デミテルはこの時気付いた。目の前の観客達の表情と、自分の置かれた状況に。


ナンシー達の目と表情は、ごちそうを目の前にワクワクしている子供のようだ
った。その目はこう語っている。

 次は何をしてくれるんだろう!最後の芸だから、きっと前の二つをさらに凌駕
したすごいものを見せてくれるはずだ!さあ何が来る!?さあっ!?

デミテルは自ら立てた台本で、自らのハードルを高くしてしまっていたのだ。つま
り、この芸はスベッてはいけない。スベることは許されない。もはや、スベること
は死に価する。そのことに彼は気づいてしまった。

デミテルは笑顔のまま凍り付いた。それと同時に、彼の頭にあった芸のシ
ナリオが、一瞬で全てふきとんでしまった。

「・・・えーと・・・では・・・えー・・・」

デミテルは笑顔のまま、無意識にマントの内ポケットをゴソゴソした。全身冷汗まみれだ。もともとは道具を使った芸ではなかったのだが、内容を全て忘れてしまった為、もう自分が何をしようとしているのかさえわかっていなかった。デミテルはパニックに陥った。

マズイ。一体私は何をしようとしてたんだっけ?歌?ダンス?幽退離脱?ゲッツ?キレてないっすよ?レザースーツでFuuuuuuuuuuッ?欧米か?お前に食わせるタンメンは・・・?

その時、無意識にマントの中をあさっていた手が何かをつかんだ。ひんやりと
した筒状の何か。

もうなんでもいい。これ以上この沈黙状態を続けることはできない。とにかく何
かしなければ。

デミテルはマントからそれをバッと取り出した。それは・・・


リキュールボトル。だった。

またしても沈黙が起きた。ナンシー達は不思議そうにボトルを見つめた。リミ
ィは、台本にないことを始めたデミテルを不思議そうに見つめた。フトソンは元
々理解していなかったので、ただデミテルを眺めていた。

何かしなければ。しかし、この一本のリキュールボトルでなにができる?

デミテルは自分の手にあるリキュールボトルを見下ろした。瓶のラベルにこん
なことが書いてあった。


注意(これは特殊なアルコールが入った薬品です。未成年が飲んでも害が無い
よう作られています。しかし、一気にがぶ飲みするのはおやめ下さい。ウォッカ
を一瓶飲んだのと同じ状態になります。


「・・・・・このリキュールボトルを・・・」
「そのリキュールボトルを?」

ナンシー達はオウム返しに聞き返した。デミテルの冷汗が更に増した。

「・・・一気飲みしまあああああああすぅ!!!」
「えええっ!?」

ナンシー達は驚愕した。さすがにそれはマズイ。

「デ、デミーさん!それはやめたほうが・・・!」
「その通りです!私の故郷のユークリッド村でそれをやった人がいたんです!
村の収穫祭の飲み会で!『酒さえあれば召喚術だって使えるううううう!!』とかわけのわからないこと言って!飲み終わった瞬間、隣にいた自分の彼女に倒れ込んでしまって・・・。その人が運営していた魔術研究所、次の日お休みになってました。だからデミーさん・・・」

二人は止めたが、今のデミテルには無駄だった。彼は精神的に追い詰められ、
周りが見えなくなっていた。

「大丈夫!デミーさんに不可能はなぁい!」

そう言うと、デミテルはボトルの栓をポンッと引き抜いた。

逃げられない。これをやめたら、もう自分にできることはなにもない!大丈夫
!酒は普通の人よりは強い・・・か?ええい!知らん!いざ!

次の瞬間、デミテルは瓶をラッパのようにくわえ、そのままグイッと首を上げ
た。


ぐびぐびぐびぐび・・・


エルウィン達は呆気にとられながら、そのさまを眺めていた。リミィも最初は
びっくりしていたが、やがて手を叩きながら場を盛り上げ始めた。

「イッキ♪イッキ♪ほら、フトソンもぉ!」
「わ、わかったんだな!いっき♪いっき♪」

やがて、デミテルは顔を真っ赤にしながら最後の一滴まで飲み干した。瓶を思
い切り砂浜に叩き付けると、思い切り深呼吸した。そして叫んだ。

「どんなもんじゃああああああ!!」

完全にキャラが崩壊していた。


その時、今までで一番強い拍手が沸き上がった。エルウィンは目が軽く虚ろに
なっているデミテルの手を強く握った。

「あなた達はすごいです!芸のためにここまで体を張れるなんて!疑った僕が
愚かだった・・・。あなた方は正真正銘の大道芸人です!イヤ、もう大道芸人以
外にありえない!」

エルウィンの目はキラキラと輝いていた。いつの間にか敬語になっている。心から感動している証拠だ。


大道芸人以外にありえない。これは喜ぶべき言葉だろうか・・・?私は悪人な
のに。復讐者なのに。私は・・・私は・・・。

デミテルは自分の意識が昏睡し、薄れていくのを感じた。酒が回ってきたのだ。

膝を折り、ゆっくりと砂浜に沈んでいく。意識が飛ぶ最後の瞬間、彼はある事に気付いた。

こいつら殺せばよかったじゃん・・・。


つづく


次回 第六復讐教訓「ありがとうが言える大人になろう」

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