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デミテルは今日もダメだった【11】

第十一復讐教訓「月夜の夜は色々ある」

綺麗な二つの満月が真夜中の空を照らしている。テセアラとシルヴァラントだ
。その妖艶な月光は地表のすべてを妖しく照らす。

だが、それは地表限定の話。この地下牢にその光は届かない。

「・・・あ~あ。つまんないなぁ~・・・」

アルヴァニスタ城地下牢。ここについ先程、数人の男女が連行された。いずれ
誰もが知ることになる、時の英雄達だ。

 アーチェ=クラインは松明に照らされた壁を眺めながら、退屈極まりない時間
を仲間達と共に過ごしていた。

「つまんないし~、ベッド固くて眠れないし~・・・あーもぅ!誰のせいでこ
んなことなったわけ!?」
「ええい!うるさい!そんなにつまらないなら寝ればいいだろうが!?」

骨と皮だけでできたようなベッドから跳び起きながら、クラースが叫んだ。帽
子は脱いでいた。

「大人しく寝ようよアーチェ。きっとクラースさんの言う通り、明日にはレア
ード王子が元に戻ったことに気付いて、僕たちを解放してくれる。明日にはでら
れるさ。」

ギシギシとベッドを軋ませながら、クレスは横になったまま諭すように言った
。アーチェは少し考えたあと、ニタリと笑った。

「わかったわよクレス。じゃあ・・・おんなじベッドで寝よっか♪」
「え・・・!?なっ・・・!?」

クレスの顔の血行が一気に良くなるのが、暗がりでも目に見えてわかった。

「ねっ?いいでしょクレスぅ♪」
「えっ・・・いや・・・でも・・・あの・・・それは・・・」
「ダメですぅ!!」

突然、クレスの横にあるベッドの、虫喰いだらけの毛布がガバリとめくり上が
った。ミントである。ゼエゼエと息を切らしていた。

「ミ、ミント!?起きてたのかい!?てっきり寝たのかと・・・」
「・・・いえ、あの、寝てはいたんですけど・・・・・・と、とにかく!一緒
に寝るなんてダメです!とにかくダメです!なんか・・・そのアレ・・・とにか
くなんかダメなんです!」

ミントは顔を引きつらしながら全力で反対した。アーチェはまたしてもニタリ
と笑った。

「わかった。わかったわよミント・・・ホントに素直じゃないんだからぁ♪」

アーチェの、すべてを見透かしたような発言にミントは真っ赤になりながら黙
りこくってしまった。クレスはまったくなにも理解できていなかった。

「??・・・一体何が素直じゃないんだ・・・?」
「・・・若いっていいねぇ・・・」

クラースは穴だらけの毛布に再び丸まりながら、ボソリと呟いた。その背中は
なぜか少し淋しかった。

「あ~あ、ひまだなぁ・・・あ♪そうだ♪」

アーチェは何を思い立ったか、突然、牢の角っこの壁までヒョコヒョコと移動
し、落ちていた壁の破片を拾った。

「何をする気だいアーチェ?」

クレスはベッドから立ち上がりながら尋ねた。見れば、アーチェが拾った破片
で壁をゴリゴリ削っていた。

「ん?あのね、次ここに誰かが入れられた時に、その人が退屈しないようにし
てあげようと思って♪」

アーチェは何か文章を壁に彫りながら、陽気に答えた。クレスはただ笑顔で返
すしかなかった。

「さて・・・僕はどうしようかな・・・なんか目が覚めちゃった・・・」

クレスはベッドから離れ、意味もなく鉄格子に歩み寄った。


その時、誰かが「う~ん」と背伸びをする声がした。どうやら隣の牢で誰かが目を
覚ましたらしい。ここに来たときから地下牢は暗かったため、横の牢に誰がいた
のかクレスは知らなかった。

やがて、隣でペタペタと鉄格子に歩み寄る音がした。不思議な足音だ。クレス
は横の牢に誰がいるのか覗こうとしたが、首が鉄格子の隙間から出ず、無理な相
談だった。やがて、独り言が聞こえてきた。

「・・・僕は無実なんだな・・・ひどいんだな・・・」
「あの~?あなた無実なんですか?」

クレスは唐突に、壁越しに尋ねてみた。

「え・・・?そこに誰かいるんだな!?」

自分を尋ねる声が突然聞こえ、フトソンはびっくりした。彼は、クレス達がこ
こに来た時眠っていたため、先程目が覚めるまで隣に人が入ったことに気がつか
なかったのだ。フトソンは怖ず怖ずと壁に向かって答えてみた。

「そうなんだな・・・僕、見た目が怪しいっていうだけで捕まったんだな・
・・ひどいんだな・・・」
「えっ!?見た目だけで!?ひどいですね・・・」
「ホントそうなんだな。世の中間違ってるんだな・・・ひどいと言えば、僕の
雇い主もひどいんだな!」
「雇い・・・主?」

クレスは首を傾げた。フトソンのボルテージがだんだん上がってきた。

「そうなんだな!僕、ある人に雇われてるんだけど、そいつがまた頭が悪いん
だな!まず第一に、僕を雇った事自体が何かの手違いだったらしいんだな!おま
けに甘いものばっか食べて不健康なんだな!自分のことクールな奴とか思ってる
けど、気取ってるだけなんだな!精神的に追い詰められると何しだすかわかんな
い奴なんだな!そもそもこの小説の作者は『雇い主=ツッコミ』『僕=ボケ』
でいく予定だったのに、なんかどっちつかずになっちゃってるんだな!!・・・
っていうか、人が行方不明になってるってのに、こんな時間になっても捜しに来ない
なんて・・・」

話の内容が、最初の愚痴話から、だんだん悲観的になっていった。

「・・・きっと僕がいなくなった事なんて気にも留めずに、今頃宿で気持ち良
く寝てるに違いないんだな・・・」
「そ、そんなことないですよ!きっと今も夜の街を駆けずり回って捜してます
よ!」

クレスは必死に慰めた。壁越しから悲観的な空気を感じ取ったからだ。

「そうかなぁ・・・」
「そうですよ!きっとすぐにでも迎えに来ますよ!」
「・・・でもそいつ・・・・・・『ロリコン』なんだな・・・」
「ええっ!?」

まさかの言葉にクレスは一瞬言葉を失った。

「ロ、ロリコンなんですか・・・?あなたの雇い主さん・・・?」
「本人は気付いてないだろうけど、アレは絶対ロリコンなんだな。でなきゃ、
幼女と一緒に旅なんてしないんだな。」
「お、おもしろいですね・・・あなたの雇い主さん。もっと話聞かせてくれま
すか?」

クレスは興味を持った。甘党で、クールを語り、実は錯乱しやすく、ボケとツ
ッコミが混同し、そんでもってロリコン。そんな人間の話、なかなか聞けない。

「・・・そんなに聞きたいんだな?」

フトソンは壁に向かって確認した。クレスも同じく壁に向かって答えた。

「はい。僕もひまなので。」
「わかったんだな。えっとじゃあ・・・その馬鹿な雇い主が大道芸をした時の
話なんだけど・・・」

それから丸々二時間、二人は馬鹿な雇い主の話で盛り上がったのであった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コンコンコン

夜十時過ぎ。扉をノックする音が、少年・デミテルの部屋に響き渡った。デミテル
は目を覚ましてはいたが、正直起きたくなかった。今日は屋敷の廊下の掃除、ラ
ンブレイの研究の手伝いと、とにかく疲れていたのだ。

デミテルの部屋は、二階の一番東側の部屋だった。かつては誰にも使われてい
ない、ホコリだらけの部屋だったが、今はいくらか改善され、人が寝泊まりでき
る程の清潔さを保っている。

コンコンコン

ノックは絶え間無く響きつづけた。デミテルは己に喝を入れ、ベッドをギシギ
シ軋ませながら立ち上がった。

部屋はかなり簡素だった。正四角形の部屋に窓が一つ。その窓際にベッドが一
つあり、小さい机が置かれただけ。だが、デミテルにとっては今までにない住み
処だった。

デミテルは白い、少々黄ばんだパジャマを引きずりながら、ドアに向かった。
ドアノブに手を掛け、ドアを開く。すると、薄暗い廊下をバックに、一人の長い
茶色い髪をした少女がこちらを見上げていた。

「どうしたんですか?リアお嬢様?」

デミテルは片目を擦りながら、眠たそうに尋ねた。リアはしどろもどろしなが
らも、問いに答えた。

「あのね・・・私の部屋から変な音がするの・・・『ヒューヒュー』って・・・」
「それは窓の隙間風と、お嬢様の恐怖心が作り出した幻聴です。では。」

デミテルはドアを閉じようとした。が、リアはドアが閉まり切る前に、足をド
アと壁の間に突っ込み、それを阻止した。

「なっ・・・!?お嬢様は訪問販売のセールスマンですか!?」
「そんな素っ気ないこと言わないでぇ!もっとすごい何かだったらどうするの
ぉ!?幽霊とか幽霊とか幽霊とか・・・」
「・・・もうこの際、幽霊と友達になっちゃえばいいんじゃないですか?」
「幽霊とお友達・・・?・・・・・・そんなのやだ。だってお風呂とかおトイ
レとか覗かれちゃう・・・それに・・・」
「(本気で考えてるよ・・・・・・っていうか、こんな夜中に廊下を歩いてく
る勇気があるのなら・・・)」

デミテルは頭をボリボリ掻きながら、リアが真面目に考えている姿を見下ろし
ていた。

「・・・わかりましたよ。見に行けばいいんでしょ。見に行けば。」

デミテルはほとんどめんどくさそうに言った。うつむいて、幽霊と友達になる
とどういうメリット、デメリットがあるか考えていたリアは、顔を上げた。顔が
パアッと輝いていくのが、デミテルの目に映った。


デミテル達は屋敷の二階の一番西側の部屋、すなわち、デミテルの部屋の対に
位置する部屋へと向かった。デミテルは片手にランタンを、腰にリアをしがみつ
かせながら、暗い廊下を進んでいく。窓からは淡い月の光が差し込んでいた。

「・・・ところで、なんで僕なんですか?お父さん・・・師匠に頼めばいいの
に・・・」

ツカツカと廊下を歩きながら、デミテルは淡々と尋ねた。リアはデミテルの腰
から、顔を見上げながら答えた。

「だって・・・迷惑かなって・・・」
「それは百パーセントないです。むしろ、構ってほしくてウズウズしてますよ
師匠は・・・というか、僕に頼むのは迷惑だと思わなかったんですね・・・」

デミテルは最後にボソッと付け加えた。リアは申し訳なさそうだった。


そう。ホントは師匠は構ってほしくてたまらないんだ。今日だって・・・

※昼間の地下研究室にて

『・・・なあ、デミテル・・・』
『なんですか師匠?』
『リアとは・・・どんな感じかね・・・』
『はい。大分打ち解けてますよ。最初は警戒心剥き出しでしたが、一週間も接
すれば・・・』
『・・・いいなぁ。』
『え?』
『普通、あの年頃の娘はお父さんに甘えてくるもんだ。『パパ~♪』って感じ
で。なのに、うちの娘ときたら、全く甘えてこない・・・』
『そ、それは・・・きっと気を遣ってるんですよ・・・』
『気を遣う!?自分の親に気を遣うってか!?うちの娘は!?あの歳で!?そ
んなことやってたら、あの子はすぐに大きくなってしまう!そしていずれは、『
お父さんキモ~い』とか平気で言う娘になってしまう!その時私はどうすればい
い!?ええっ!?普通のお父さんならば『あいつも小さい頃は、「私、将来はお
父さんのお嫁さんになる~」とか言ってたのに・・・あの頃はかわいかったなぁ
・・・』的な思い出で心の傷を癒やせるが・・・無い!このままだと私にそうい
う思い出が生まれない!どうすれば・・・私はその時どうすればあぁぁぁぁっ!
!?』
 『ちょっ・・・落ち着・・・落ち着いてください師匠おぉぉぉぉっ!!』


・・・あれは完全な親バカだな。と、デミテルは回想しながら正直思った。

やがて、デミテル達はリアの部屋に到着した。変哲の無い木製のドアは完全に
閉まっていた。

デミテルは耳を澄ませた。確かに、『ヒューヒュー』という、隙間風が通るよ
うな音が響いていた。リアはより強くデミテルの腰にしがみついた。

「・・・どう考えても風の音ですね・・・」

デミテルは的確に判断した。リアはムッとした。

「・・・もし風の音じゃなくて、『何か』がいたら?」
 「もし風の音じゃなくて、『何か』がいたら?そうですね・・・」

 デミテルは後頭部をボリボリかきながらしばし考え、こう言った。

 「・・・みんな喰われちゃうんじゃないですか?その『何か』に?」
「・・・・・・!!」

リアは目を丸くした。デミテルはその反応を見てほくそ笑んでいた。

「冗談ですよ・・・よいしょっと・・・」

デミテルはドアノブに手を伸ばし、ゆっくりと戸を押した。


リアの部屋は、デミテルの部屋と同じ広さだった。だが、内装の壁紙は、薄く
、鮮やかな黄色で統一されていた。

かわいらしい勉強机、ピンクのレースが掛かったピアノ。背の高い本棚には色
とりどりの本が引き締めあっている。本の背表紙が少し破れているモノがあり、
何度も読み返したことが伺える。

そして、窓があった。かわいらしいレース付きのカーテンが被う、両開きの窓
が。その窓の下には、少し小さめのベッドが置かれている。

デミテルは窓に近づき、窓の下にあるベッドの前で立ち止まった。顔にどこか
、細長い風が当たるのを肌で感じた。

「やはり隙間風ですね。この屋敷はあちこち痛んでますから、ちゃんと閉めて
も隙間が出来るみたいです。」

デミテルは事も無さ気に言い切った。こうしている今も、窓から『ヒューヒュ
ー』という音が鳴っている。

「じゃあ僕はこれで・・・」

デミテルは踵を返し、部屋を出ようとした・・・が、小さい手がその足を止
めた。

リアが、デミテルのパジャマの裾を握っていた。デミテルは無表情のままリア
を見下ろした。

「・・・なんですか?」
「・・・コワイ。」
「・・・大丈夫ですよ。ただの風の音です。」
「・・・それでもコワイ。」
「・・・イヤ、ホント大丈夫ですから・・・」
「ヤダ、コワイ、サミシイ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・どうして欲しいんですか?」

デミテルはかなり間を置いた後、静かに尋ねた。すると、リアはうつむきなが
らモジモジと答えた。

「あの・・・その・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
 
 「・・・一緒に寝て・・・。」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


・・・あぁ・・・・・・めんどくさい・・・。


これがデミテルの本音だった。いくらなんでもそこまで面倒を見る気にはなれ無
い。

しかし、それとは別の思いも少年の中には過ぎっていた。


今までこの娘が誰かに頼み事なんてしたことがあっただろうか?まだ出会って
一週間だが、そんなところは見たことが無い。


 食事が終わったときは、使用人である僕が食器を片付け始めるよりさきに、自
分で食器を片付けてしまう。自分の服が洗濯され乾いた時は、母親が部屋に持っ
ていくより前に自分の部屋に持っていき、自分で畳んで自分で洋服棚に入れてい
る。とにかく自分の事は自分でやる子供。

『手が掛からない子供』と言えば聞こえがいいが、それは『他人に助けを求め
ることができない子供』である事に繋がる・・・・・・と、思う。


そんな子供が、今自分を頼って来ている。自分は今・・・

 信頼されている・・・?

三年間、一人で生きてきたデミテルにとって、それは今までにないことであり
、嬉しいこと相違無かった。


「・・・わかりました。」

リアは予想外の回答に、思わず顔を上げた。デミテルは鼻先をポリポリとかい
た。

「それで気が済むならいいですよ。一緒に寝ましょう。・・・ただし・・・」
「・・・?ただし・・・?」
「約束してくれますか?これからはなんでも自分でやろうとはせず、たまには
他人に甘えてみてください。師匠や、奥様・・・そして、友達にも・・・」
 「・・・私、友達なんて・・・」
「あなたは、他人になるべく迷惑や心配をかけさせないように生きたい。そう
でしょう?他人に迷惑をかけさせない究極の方法は、誰とも関わらないこと。確
かに、そうすれば誰にも迷惑をかけさせないで済む。」

 ここで、少年はひと呼吸置くと、リアと同じ目線までしゃがんだ。部屋に聞こ
えるのは、『ヒューヒュー』と言う風が抜ける音だけ。

 「でも、それじゃダメなんです。それでは友達なんて一生できない。人に甘え
ること。頼ること。やり過ぎてはいけないけれど、それが全く出来ない人間には
、人は寄ってこない。甘えあえる者、頼みあえる者。それが、あなたの友達です。」

リアは、ただただ目の前のデミテルを見つめていた。

彼女は、今まで怒られたり、説教を浴びたことが滅多に無かった。自分の事は
自分でやり、人に迷惑や心配をさせないように生きる。そうすれば、お母さんに
もお父さんにも褒められるし、近所のおばさんにも『しっかりした子だねぇ』と
褒められる。

だが、この少年はそれではいけないと言う。人に頼るべきだと言う。今までの
自分の生き方を否定されたのだ。

リアにとってそれはとても悔しく、そして・・・


 なぜかちょっぴり嬉しかった。


「・・・うん。わかった。」

リアはひっそりと約束した。デミテルはその小さい頭を優しく撫でた。

ちなみに、この時デミテルが考えていたことは・・・


 ・・・我ながらなんてクサイ台詞吐いてるんだろう・・・

『甘えあえる者、頼みあえる者。それが、あなたの友達です』・・・

・・・もし、こんなこと言う友達いたら、引くよなぁ・・・


それから十分後、デミテルとリアは同じベッドの中にいた。

リアは既に眠りに落ちている。デミテルを抱き枕か何かと思っているらしく、
首に腕をからませ、首に抱き着・・・・・・イヤ、首を締め上げていた。

デミテルは首に掛かる重りと戦いながら、一人思考をしていた。その瞳には、
黄色い壁紙の天井が映る。


ほんの一週間前まで、家なき子だった自分に、今は家がある。帰
るところがある。

・・・自分を頼りにしてくれる人間がいる。

こんな幸せいつまでも続かないんじゃないか?ある日突然崩れてしまうんじゃ
ないか?不安ばかりが頭に浮かぶ。

 ・・・もし、崩れてしまったら・・・僕はまた・・・


「・・・痛っ!」

デミテルの思考は終わりを告げた。リアがデミテルの右耳たぶに噛み付いたの
だ。

「痛っ!ちょ・・・痛た!ちょ、ちょっと!ちょっ・・・・・・イタァ!!」

・・・・・・・・・・・・

次の瞬間、デミテルは目覚めた。視界にあった黄色い天井は白く代わり、寝て
いたベッドも子供用から大人用になっている。窓から朝日が差し込み、眠気マナコ
のデミテルの鼻を刺激した。


また嫌な夢を見てしまった・・・


デミテルは立ち上がろうと力んだ。が、なぜか立てない。

 なんと、まだ首に重みがかかったままなのだ。

 デミテルは驚いて、急いで自分の首を見下ろした。

首には夢と同じく、一人の少女がしがみついていた。ただし、髪の色は茶色で
はなく水色だったが。

「・・・このクソガキ・・・」

デミテルは小さく呟くと、ぐっすり眠るリミィの頭をひっぱたこうとした・
・・が、すんでのところで手を止めた。彼は横になったまま、ベッドの片隅に置
いていた金縁の懐中時計を手に取った。

針が、今の時を示している。


五時十八分


さすがに起こすにはまだ早いか・・・

デミテルは首に絡み付いているリミィの腕を慎重にふりほどいていった。眠れ
る少女はとても穏やかな寝息をたてている。

デミテルは顔を洗いに洗面所に向かった。さすがは都会の宿屋と言うべきなの
か、白いタイルの壁が清潔感を漂わせている。


昔、屋敷の洗面所にゴキブリが出たっけ。リアが大騒ぎして、揚げ句の果てに
私がアイスニードルで仕留める羽目になったな・・・


今となってはどうでもいいことなのに。忘れてしまいたいのに。日記も写真も
、なにもかも捨てたのに(一枚を除くが)。

記憶が・・・思い出が消えてくれない。

これからも、ずっとこうなのだろうか。思い出したくもないことを夢に見続け
る。思い出したくもないことを・・・

・・・イヤ。本当は。本当は思い出したいのかも知れない。心のどこかで、そ
れを願っている自分がいる。情けない話だ。

私は自分で崩したのだ。


自分の場所を。
自分を頼ってくれる人を。
自分の“帰るところ”を。


忘れられないならそれもよかろう。この胸に仕舞い続ければいい。

私はあそこで十一年過ごした。それは紛れも無い事実。記憶から消すには、あ
まりに内容が深すぎる。


・・・十一年?イヤ、違う。正確には約十年だ。ランブレイ夫妻を殺したのは
一年前だし、それより更に前の半年前にはベネツィアに引っ越している。よく、
宿屋の奴らと麻雀したものだ。

・・・そういえばジャンパイって何で出来てるんだっけ?確か真っ白な象牙・
・・

 ・・・ん?真っ白?真っ白と言えば・・・?


・・・・・・・・・・・・・。


・・・あぁあっ!?

恐ろしい話だが、デミテルは本当に忘れていたのだ。あの、真っ白い、倒すと
ジャンパイの材料を落とすモンスターを。

デミテルは急いで顔を洗うと、ドタドタと洗面所を出ていった。やがて、ぐっ
すりと夢の中にいたリミィをたたき起こす声が宿に響き渡った。


デミテルは気付かなかった。急いで顔を洗っていた為に、そのことに気付かな
かったのだ。

洗面所の鏡に映るはずの、ダオスへの忠誠の証が居なくなっていることに。


つづく


あとがき
あとがきを書いていて思います。この小説読んでくれている人は果たしているのかと。

今まで二人の方がこの小説にコメントを下さいました。それだけでうれしい限りです。

ということは、今のところこの小説を読んだ人間は二人だけということなのでしょうか?

もしも、今この瞬間にこの小説を読んでいて、なおかつ一度もコメントしていない方がおりましたら・・・


・・・・・・・・・おっとっと!危ない危ない!危うく読者の方々にコメントを頼んでしまうところでした。それはダメですよね。読者様の自由でございます。そんなずうずうしいこと頼むわけにはいきません。


・・・・でも、書いてくれたらうれしいなぁ・・・・・・・・・・・・・・・・なんて・・・

・・・・・・・このバカバカしい文章を読んでくれていらっしゃる人自体いるのだろうか・・・・・


次回  第十二復讐教訓「焼鳥はタレ味が好きです でも塩味のほうがもっと好きです」

コメント

はい、いますよここに!
過去にもコメントしましたが、山繭です。
実は新しい話が出ていないか、
一日一度は必ずチェックしてます、ふふふ。
辛抱のない人間です。

以前にもデミテルが過去を夢に見たことがありました。
大抵はリミィの念が混じって
途中からヘンテコになってしまうのが決まりでしたが、
今度は最後までかなり現実的でした。
今回の夢は首絞めも含めて全部過去の事実だったのでしょうか?
…と疑問に思いますが、そこを明確に解説されたらきっと味気ないですよね。
訊かないでおきます。

そういえば牛乳アイスで当たりが出ました。
十本集めると何かあるようです。

二回もコメントしてすみません。山繭です。
改めて読み返してみて…
「今回の夢は耳パクの直前までが過去の事実だったのでしょうか?」
に訂正します。
でも、答えはやはり訊かずにおきます。
失礼しました。

私も、早く更新しないかなと、毎日チェックしている人間の一人です。
共感することも多いんですけど、たまに感動してしまう作者さんのストーリーに釘付けになってしまったのはいつの事やら。
これをみてると、自分でも小説が書けるんじゃないかなと思います。
次の更新日を楽しみにしています。

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