デミテルは今日もダメだった【23】
第二十三復讐教訓「人の恋路に首突っ込むのって 意味もなくなぜか楽しい」
蝉が鳴いていた。まるで街をまるごと覆っているのではないかとさえ思う程の
蝉達の大合唱が、夏を呼び覚ましていくようであった。
そしてデミテルはいた。道具屋『RAM』のカウンター前にうっすらと汗をかき
垂らしながら、少年の姿で。
恰好はかなり薄着で、どこにでもいる少年のラフな恰好だった。
彼の服は全て自腹だった。ランブレイから衣食住以外の一月の一定賃金(とい
うよりお小遣いに近い)を上手にやりくりし、自分の為に、計画して使用してい
る。少しずつではあるが、あっけらかんとした彼の部屋も少しずつ色がつき始め
ている。
今日デミテルがここを訪れた理由は、まず第一に買い物だ。ランブレイに頼ま
れたビーカー、スカーレット夫人に頼まれたまな板、柳刃包丁。
そして、リアに頼まれた・・・
「メモ帳をください・・・・・その・・・・花柄の・・・」
デミテルはかなりこっ恥ずかしそうにしながら、カウンターに座る店員に頼ん
だ。
今日の店員はまたしてもリチャード=A=マッキンタイアではなかった。あい
かわらず少ない身長を椅子で補いながらカウンターに座る、黒髪の子供・・・
「・・・それって・・・」
デミテルにピンクの花柄のメモ帳を手渡しながら、アーガス=A=マッキンタ
イア少年は恐る恐る尋ねた。
「そのメモ帳って・・・もしかしてリアちゃんが使うの・・・?」
「・・・僕が使うと思いますか?」
デミテルは無表情のまま、どこかイラッとしながら答えた。財布を取り出そう
とした時、アーガスがデミテルの手からメモ帳を引ったくった。
「こ、これちょっとホコリついてるから、倉庫行って新品のやつ持ってくる!」
デミテルが止めるのも聞かず、アーガスは椅子から飛び降りるのと同時に、カ
ウンターのすぐ横にある裏口から外に出ていってしまった。どうやら倉庫は裏庭
にあるらしい。
デミテルはその後ろ姿をチラリと見たあと・・・・・・ニヤリとほくそ笑んだ。
わかりやすい奴だなぁ・・・
五分後、新品のメモ帳片手に戻って来た少年に、デミテルは言った。
「実はリアお嬢様が風邪を引いてしまって・・・」
ドンガラガッシャァァァァァァァァァァンッ!!
デミテルの言葉を聞いた瞬間、アーガスは文房具が並んだ商品棚をひっ
くり返してしまった。
羽ペンやらインク壷やらが床に散乱した。
「風邪ぇ!?リアちゃんが風邪ぇ!?え!?鼻風邪!?それとも喉の風邪!?
はたまた頭の風邪!?待っててぇ!!今倉庫から風邪薬・・・イヤ点滴を・・・
」
「薬は切れてないからいらないです!というか倉庫になぜ点滴が!?」
外に飛び出そうとするアーガスの手を握りながら、デミテルは急ぐように
言った。
アーガスは顎の下をボリボリと掻きむしりながら気を落ち着かせていたが、全
身から冷や汗が溢れ出ていた。
デミテルはこの反応が面白くてたまらない。
彼は腕組みをし、目線を窓の方にやり、もったいぶりながら言った。
「薬は切れてはいないんですがねぇ・・・やはりこういうのは友達によるお見
舞いこそ最大の万能薬だと思うんですよねぇ・・・しかし風邪を引いて寝込んだ
のは昨日・・・つまり土曜日の教会の定休日・・・お嬢様が寝込んでいるのを知
る同年代の子はまだ一人もいないわけで・・・イヤ」
次の瞬間、デミテルはカウンター越しにヌッと顔をアーガスに詰め寄らせた。
アーガスはビクリとして、危うく椅子から落ちそうになった。
「ここに一人だけ・・・お嬢様の病態を知る同年代の子供が・・・」
「え!?」
アーガスは首をブンブン横に振りながら拒否を示した。
「だ、ダメだよ!僕なんかにお見舞いに行けって!?そ、そんなのダメ絶対!
!僕あの子の友達でもなんでもないし、話したこともないし、僕なんかが行った
って・・・僕が誰なのかさえあっちは知らないだろうし・・・その・・・」
「なら僕がお嬢様に君を紹介しましょうか?」
「え?」
次の瞬間、デミテルはカウンター越しにアーガスの首を腕でグイッと引き込む
ようにし、肩越しに頭をくっつけあった。
「いいかいアーガス君?今お嬢様には男の子の友達は一人もいない。君がお嬢
様の初めての男友達になれるかもしれない。そしてその勢いで・・・」
今の今まで丁寧なキャラクターを保っていたデミテルは、今まさに真の自分を
開放していた。
元々やんちゃなことは大好きなのだ。
「その勢いで・・・・・・お嬢様の初めての初恋の相手とかに・・・」
「ええぇえっ!?」
アーガスは顔を真っ赤にしながら絶叫した。デミテルの耳元だったため、キー
ンとした感じがデミテルを襲った。
「え・・・ちょ・・・」
「とりあえず友達から初めてみましょうか?アーガス君?」
「・・・どうして・・・」
アーガスは恐る恐るデミテルに尋ねてみた。
外から聞こえる蝉の声がまた一段とやかましく感じられる。
デミテルは楽しげに言った。
「お嬢様に友達ができたりするのは、僕にとって・・・使用人にとっての幸せ
なんですよ。なにより恋人ができたりしたらなおいい。まぁ、まだ七歳ですけど・・
・使用人が雇い主の幸せを願うのがおかしいですか?」
デミテルの言葉は当たり前のように聞こえたが、その言葉には裏があった。
目の前にいる道具屋の子供、アーガス君はお嬢様に百パーセント惚れている・
・・
こんなにも面白いことはない・・・!
彼は、デミテルはただ単純に、面白そうだから、暇つぶしになりそうだからこ
の話を切り出したのだった。
デミテルは改めて説いた。
「僕が全面協力しますから。ね?恋っていうのは止まってたら死んでも動き出し
たりしない。自ら動くことで初めて動き出すんですよ。」
「で・・・でも・・・」
アーガスはデミテルと顔を隣り合わせながらも、ジッと下をうつむいていた。
「僕なんかが・・・僕なんかをリアちゃんが振り向いてくれる訳な・・・」
「バッキャロオオオオオ!!」
「がは!?」
突如として、デミテル渾身の右アッパーカットがアーガスの顎にクリーンヒッ
トした。黒髪の少年は宙を舞い、そのままデミテルの背後に落下、顔面からホコ
リでズルズルの床に突撃した。
七歳の子供相手にとんでもない行為であるが、やった少年も十歳の子供で
ある。
「いっつぁ!?一体何するんですか!?がぺ!口ん中にホコリが・・・」
「貴様は女というものが・・・恋というものがまるで何もわかってない。女は
・・・恋は振り向いてくれるのを待つんじゃない・・・振り向かせるのが真の恋
だぁ!!」
そんなことを握りこぶし片手に見下ろしながら言ってくるのであった。
ちなみにそんな偉そうなことを言っても、彼自身は恋愛経験はゼロである。
ましてや、とても十歳のものとは言えない台詞である。
アーガスはジッと床を見つめた。果たして自分に、街の子供の中でも飛びっ切
り地味で目立たない自分に、好きな女の子を振り向かせることなどできるのだろ
うか・・・?
ふと少年の脳裏に、長い、茶色い髪をした少女の笑顔が浮かんだ。
約三カ月前に引っ越してきたその女の子は、ちっとも笑わない女の子だった。友
達もいない。作ろうともしない。人と繋がることを避けているように見えた。
その時からその娘とは隣の席だった。その時はちっとも気になんてしなかった
のに・・・
ある日突然、その娘は少しずつ笑顔を見せるようになった。他の女の子達とも
少しずつ溶け込んでいった。
今ではとびっきりの笑顔を見せる女の子にその娘は変わった。『使用人さんが
友達の作り方を教えてくれた』って友達に話してるを聞いたことあるけど・・・
・・・その使用人さんは、きっと今目の前に立つ、変わった髪の色をしたお兄
ちゃんのことだ・・・そんな人が、僕の恋に全面協力しようと言ってくれている
・・・
・・・こんなに心強い味方は他にいない!
アーガスは意を決した。恋心をいくら胸に仕舞っておいたところで、何も変わ
りはしないし、進みもしない。この思いを彼女に、
愛しのリアちゃんにぶつけてみようと・・・!
「・・・わかったよ、使用人のお兄ちゃん・・・」
アーガスはゆっくりと立ち上がった。その堂々とした立ち上がりは、店にいる
全ての者に威圧感を与えたという(店にいるのはデミテルただ一人だったが)。
「僕・・・僕リアちゃんの・・・」
「お嬢様の?」
デミテルはおもしろくてたまらなかった。理屈はわからないが、人の恋路に関
与するのがなんだかとっても愉快に感じられる。
デミテルはアーガスの決意表明とも取れる言葉の最後を待った。
アーガスはグッと息を飲んだ。そして
「僕・・・リアちゃんと・・・」
「リアちゃんと!?」
「リアちゃんと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・子供作るぅ!!」
「・・・・・・・・。」
あまりにも内容がストレート過ぎた為(というか七歳が語る台詞ではない)、若干引いてしまって何も言えないデミテルであった。
「でっかいなぁ・・・」
三階建ての、赤い屋根をした館。スカーレット邸の正面玄関の前にデミテルは
いた。
屋敷の前には美しい花々が咲き乱れる、小綺麗にされた花壇が並べられていた
。全てスカーレット夫人の趣味によるものだ。デミテルもよく手入れを任されて
いる(水をかけすぎて腐らせてしまったものも多々あるが)。
玄関は両開きの、ヒノキでできた木製の立派な扉だった。引き手には、金色を
した真鍮性のものが使われている。
パッと見かなりお金持ちの家に見えるが、そうではない。単純に家や庭が広い
方が色々なジャンルの実験や研究ができるという、ただそれだけの理由でスカー
レット夫妻はこの屋敷を買ったのだ。買った当初は庭は草がボウボウだったし、
中は埃まみれひび割れだらけ。おかげでかなり安く買えたらしい。
「ホントのところ・・・」
真鍮性の扉に鍵を挿して回し、引き手に手をかけながらデミテルは言った。
「僕がここの使用人にならなかったら、きっと今も荒れ放題だったよ。あの夫
婦は基本、研究と娘のことしか頭にな・・・」
ボキ。
鈍い、イヤな音がした。デミテルが取っ手を引っ張った途端、取っ手が折れた
のだ。
デミテルとアーガスはしばらく取っ手を見つめていたが、やがて無言で足元に
置いた。軽く冷や汗をかきながら。
「・・・まぁ・・・」
屋敷を囲む柵に手をかけながら、デミテルは冷静を保ちながら言った。
「あとで修理すれば済むこと・・・」
バキ!
三秒後、デミテルはその場に倒れていた。柵に用いられた材木が腐っていたら
しく、心地よい音をたてながら折れた柵と共に倒れてしまったからだ。
「・・・中も広いなぁ・・・。」
屋敷の中をデミテルについて歩きながら、アーガスは呟いた。デミテルは先程
地面にぶつけてできたタンコブをさすっていた。
少し涙目になりながらも、デミテルは振り向き様に注意を呼び掛けた。
「実を言うと床もちょっと腐ってるところがあ・・・」
ズボ。
今日のデミテルはとことんツイていなかった。振り向いた瞬間に腐った床に当
たり、穴があいた床にそのまま体の半分以下が沈んでしまった。
デミテルは殺意を覚え始めていた。誰に対しての殺意なのかよくわからないが
(というより八つ当たりに近い)、とにかくこの何とも言えない気持ちを誰かに
ぶつけたかった。
「ねぇ・・・」
「なに?使用人のお兄ちゃん?」
「・・・そういえば僕の名前言ってなかったっけ・・・」
穴から何とかはい上がりながら、デミテルは言った。
「僕の名前はデミ・・・」
「きゃああ!」
突如黄色い悲鳴が響き渡った。見れば、廊下の先からスカーレット夫人が息を
切らしながら走ってくる。
「ど、どうしました奥様!?」
「はぁはぁ・・・」
スカーレット夫人はしばらく息を切らしていたが、やがてとぎれとぎれにこう
言った。
「・・・二階に・・・」
「二階に?」
「二階に・・・」
「二階に!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ナメクジがいるわ!」
「・・・・・・・・・。」
あまりのしょうもなさに、デミテルは言葉を失った。
「に、二階のトイレの洗面台のところにいたわ!早くお塩をまいてきて!」
「・・・自分で・・・やれば・・・」
「こういう時の使用人でしょ!?・・・あら?そちらの子は?」
『こういう時のってどういう時のだよ』とツッコミを入れようとしたデミテル
をよそに、スカーレット夫人はアーガスに問い掛けた。アーガスはモジモジして
答えない。
デミテルはツッコミよりもこの子の紹介を先にすべきだと思った。
「奥様。この子は道具屋のリチャードさんの家の子で・・・・・・お嬢様の『お
友達』のアーガス君です。今日はお嬢様のお見舞いに来て下さったようで・・・」
自分はまだリアちゃんの友達になれてはいない。そうアーガスが訂正しようと
すると、デミテルはスカーレット夫人にばれないようニヤリと笑い合図した。
スカーレット夫人は嬉しそうに微笑んだ。
「あの子男の子のお友達も作ったのね!?嬉しいわ♪」
「えと・・・はい・・・」
「あらあら。かしこまっちゃって。後でリアの部屋にお菓子を持って行ってあ
げるわ。あ。あの子にはまだお菓子はダメね。病人には果物がいいわ♪」
スカーレット夫人はいつになく嬉しさを顔と言葉に出していた。
「リアの部屋は二階の一番西側の突き当たりにあるから、さきに行ってあげて
。デミテル。部屋にお菓子を運んでいって♪」
「・・・ナメクジはほっといてもよろしいのでしょうか?」
「ナメクジは後で私が始末しとくわ。」
だったら最初からそうすりゃいいんじゃ・・・
ガクガクと緊張しながら二階への階段を昇っていくアーガスを尻目に、デミテ
ルは思った。
「どうやったの?」
「え?」
アーガスが見えなくなった時、スカーレット夫人が唐突に尋ねた。
「どうやったって・・・何をですか?」
「・・・リアのこと。」
「お嬢様の?」
スカーレット夫人の笑顔が、少し形を変えた。さっきまでの喜びに満ちた笑顔
ではなく、もっと何か、どこかしら憂いを漂わせる笑顔。
「あのリアが・・・引っ込み思案で、他人と接触するのをあんなに避けていた
リアが、誕生日パーティーに友達を呼んだり、遊んだり、風邪を引いた時お見舞
いに来てくれるような男の子と友達になったり・・・・・・貴方がこの家に来て
から変わったのよリアは。私とランブレイがどんなに言っても心を開かなかった
リアを・・・一体どうやったの?」
「僕は何もやっていません。」
台所に足を向けながら、デミテルは事もなさ気に言った。
「僕は・・・約束をしただけです。お嬢様と。」
ふと思った。何故あの子には・・・リアには友達ができたのだろう?
デミテルは台所でリンゴを切り分けながら考えていた。
ネリー=スカーレット夫人は言った。『貴方が来てから変わったのよリアは』と。
僕がお嬢様を変えたのだろうか?僕のおかげであの子に友達を作る勇気を持て
たのだろうか?
そんなことが僕に出来る力があるのなら
何故僕には
友達ができなかったのだろう?
ふと、ランブレイにであった雨の日のことが頭を過ぎった。その時、こんなこ
とを少し思っていたのを思い出した。
こんな変な髪の色してなきゃ、友達できたかなぁ?
違う。
デミテルは突然気付いた。友達ができなかったのは、髪の色のせいじゃない。
確かに、僕の頭を指差し、笑う奴はいた。この青い髪に埋もれた赤い髪を指差
して。
僕は笑われるのが嫌だった。だから僕は周りの人間を避けた。人と関係を築く
のを拒否した。そうすれば、笑われることは少なくなると思って。
だから友達ができなかった。作ることを拒否していた。僕は
人との間に壁を築いてしまっていた。
彼女と、リアと同じだ。彼女は人に迷惑や心配をかけさせるのが嫌で、人と交
流を避けていた。僕と同じで壁を作っていた。
自分が傷つかないように。周りが傷つかないように。そのかわりに僕らは友達
ができなかった。
でも彼女は、リアは変われた。人と自分の間にある壁を取り除くことができた
。だから今、彼女には友達がいる。
・・・まだ間に合うだろうか?
クッキーの菓子とリンゴ、そして麦茶が入った容器を花柄のトレイに乗せ、階段を昇
りながら、彼は思った。
僕にも・・・友達を作れるだろうか?今からでも・・・できるだろうか?
デミテルは思い出していた。あの、リアと約束をした日にした、我ながらかな
りクサイ説教を。
『人に甘えること。頼ること。やり過ぎてはいけないけれど、それが全く出来ない人間には、人は寄ってこない。甘えあえる者、頼みあえる者。それが、あなたの友達です。』
・・・アレは、リアに言ったんじゃない。アレは・・・
自分自身に言いたかった言葉。そして
僕自身が誰かに言って欲しかった言葉だった。
今からでも変われるだろうか・・・
お嬢様のように・・・
「・・・で?ずっとここに座って待ってたんですか?」
デミテルは屋敷二階の一番西側の部屋、すなわちリアの部屋の前にいた。デミ
テルはてっきりアーガスは部屋に入ってると思っていたが・・・
アーガスは、部屋の扉に背でもたれながら座っていた。
「入って待っていればよかったのに・・・」
「だ、だって・・・緊張するし・・・それにあっちは僕のことなんて誰かわか
んないだろうから、変質者に思われるかも・・・」
「六、七歳の変質者なんて聞いたことないですよ・・・」
その時、部屋からう~んという、何かしら声がした。おそらくリアが目を覚ま
して背伸びでもしたのだろう。
アーガスは壁に耳をピタリとくっつけ・・・ハァハァと息を荒げた。
「リ、リアちゃんの・・・こ、声だぁ・・・・・・」
「・・・・・・・・。」
やっぱり変質者かもしれない・・・
息を荒げ、軽く脂汗をかきながら聞き耳を立てる七歳の少年を見下ろしながら、デ
ミテルは思った。
デミテルはハァッとため息を尽いたあと、咳ばらいをし、呼び掛けるように言
った。
「お嬢様ぁ?果物お持ちしましたぁ。開けてもよろしいで・・・」
ズンドラガッシャァァァァン!!
突如部屋から爆撃音のような音がして、二人はビクリとした。
次に、かなり焦った声がした。
「ま、待ってデミテルさん!今・・・ちょ・・・片付け・・・あ・・・あぁど
うしよう・・・」
何かをドタドタと片付けている音を聞きながら、アーガスはボソリと呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・萌え・・・」
「・・・なんか言った?」
「え!?な、なんでもないよ!?デミ兄ちゃん!」
連れてこなかった方がよかったかもしれない・・・
かなり挙動不振な動きをしながら否定するアーガスを見下ろしながら、デミテ
ルは後悔した。
「・・・ていうか、デミ兄ちゃんてなんですか?」
「え?だってさっき下の階で『僕の名前はデミ』って・・・」
「イヤイヤ。アレは話が途中で折れたから・・・」
「あ、あのぉ!もう片付いたから入っていいですよぉ!」
リアの声でアーガスは一気に硬直状態に陥った。ガクガクと口を開け閉めして
いる。
「ぼ、ぼぼぼ僕入っていいんですよね!?りりりり、リアちゃんの部屋に入っ
ていいんですよね!?」
「・・・うん。僕のあとについてきて・・・」
デミテルは正直アーガスを入れたくなくなっていたが、今さら追い返すわけにもい
かない。
デミテルは片手でバランスよく陶器性のトレイを持ちながら、ドアノブに手を
かけた。
「・・・・・・・・。」
「・・・どうしたのデミ兄ちゃん?」
「・・・え?いや・・・なんでも・・・」
気のせいかな・・・何か・・・刺すような視線が・・・それこそ殺意に近い、
鋭い、鋭利な視線がしたような・・・やっぱり気のせいか。
デミテルは一人納得すると、ギィっと扉を開いた。
部屋は依然入った時と変わらず、かわいらしい感じがした。部屋一面は黄色い
壁紙が貼られている。
リアはベッドに横になっていた。軽く頬が赤くなっている。熱のせいだろう。
デミテルは部屋を見回した。すると、少しだけ開いたままの洋服箪笥があった。
あそこに何か隠したか・・・まぁ、詮索はしないけど・・・
デミテルはベッドのすぐ横の勉強机にトレイを置いた。リアはほてった顔でこ
ちらを見上げていた。
「デミテルさんあの・・・」
「風邪引いてるんですから変に動き回らないで下さい。部屋の片付けも僕の仕
事なんですから。」
「ご、ごめんなさい・・・」
リアはフトンを顔の辺りまでグイっと引き寄せ、こっ恥ずかしいそうに顔を隠
した。デミテルはクスリと笑った。
「ところでお嬢様。今日はお嬢様のためにお見舞いに来てくれ・・・」
と言った瞬間、デミテルは部屋から逃げ出そうとしたアーガスの手をガシっと掴んだ。
デミテルはリアに聞こえないようにコソコソと言った。
「ここまで来といて逃げる気か!?」
「だ、だって・・・」
「人がせっかくここまで誘導してあげたんだからそれなりの関係を築いて!」
「それなりの関係ってどれなりの関係!?」
「・・・アーガス君?」
リアがベッドの上からひっそりと言った。アーガスは信じられないという目で
リアを見た。
「アーガス君だよね?確か教会で隣の席の・・・・え?お見舞いに来てくれた
の・・・?」
僕のことを知っているぅぅぅぅぅっ!?
一度として話したことないのに、友達でもないのに!僕のことを知ってくれて
いる!!
こんなに・・・嬉しいことは・・・ない・・・
アーガスはこのまま人生に終止符を打つのではないかと思われる程の喜びに浸
っていた。
本人から見ればそれはそれでいいのだが、周りの人間から見れば少々気持ちが
悪い絵である。いきなり目の前で涙ぐまれたら当然であった。
デミテルは無言でアーガスの足を踏み付けてやった。
「いぃっ!?」
「ではアーガス君。お嬢様。二人でどうぞごゆっくり。あ。果物ありますので。食べさせてあげてくださいアーガス君。」
「え?」
「二人きりの方がいいでしょ?頑張ってフレンドリーな関係を築くんだ。ラブリーな
関係はそのあとです。」
デミテルはそう言うと、そそくさと部屋を出ていった。取り残されたアーガス
はゴクリと生唾を呑んだ。
どうしよ・・・何か話さなければ・・・どうする?どうするんだアーガス=A
=マッキンタイアぁ!?
「ね?」
「え!?あ!?うん!?なに!?」
長い沈黙に痺れを切らしたのか、リアが尋ねるように問いかけて来た。アーガ
スは緊張から背筋をビシッと伸ばしてしまった。
「アーガス君・・・前に私に消毒液くれたよね?」
「え?」
「デミテルさんが言ったの。道具屋に買い物に行ったらなんかモジモジした気
持ち悪い奴が私に贈り物をくれたって・・・アレ使ったら擦りむいたところの治
りがすごく早くなったの。ありがとう。」
「ど、どういたまして・・・あの・・・」
話というものは始めるのは大変だが、一度始めると逆に止まらなくなる。
アーガスは今のやり取りで緊張が取れたのか、咳を切ったように自分の話を
始めた。自分のことを、愛おしい彼女に知ってほしい一心で。
デミテルは部屋の戸に耳を擦り付けながら二人の話を聞いていたが、アーガス
が咳を切ったように話始めたのを聞いて安心したか、そっと耳を離した。
「これでもう大丈夫だろ・・・頑張ってフレンドリーな関係を築きなよ・・
・」
デミテルは静かに部屋の前から立ち去った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・デミテル・・・
」
「うわぁぁぁぁおっ!?師匠ぉ!?」
デミテルが廊下の角を曲がった瞬間、彼の足元にランブレイ=スカーレットが
体操座りでこちらを見上げていた。
デミテルはランブレイがかもしだすあまりにも重い空気に、思わずのけ反った
。
ランブレイはとにかく暗かった。恐ろしい程陰険な目でこちらを見ている。
デミテルはなるべく小声で語りかけた。
「し、師匠・・・こんなとこ座ってどうされたんですか・・・?」
「・・・れだ?」
「は?」
「リアの部屋に入っていた奴は・・・どこのドイツの軍人さんだ?」
「何意味不明なこと言ってんですか。彼はお嬢様の男友達・・・」
「男友達だとおっぁっうぁぁぁぁ!?」
言うが早いか、ランブレイは雷のごとく立ち上がり、リアの部屋まで突進した。
関一髪。デミテルはすんでのところでランブレイの服の裾を引っつかみ、止め
切った。
「ちょっと!何してんですか!?」
「馬鹿者ぉ!最近の若者は乱れてるということを知らんのかぁ!?リアに何か
あったらどうするんだぁ!?えぇおい!?」
「六、七歳の男女がどんな乱れを起こすっていうんですか!?心配にも程があ
りますって!」
「リアに・・・リアに男の友達・・・」
うちひしがれて床に沈んでいく師匠を見下ろしながら、デミテルは思った。
これは・・・お嬢様に結婚はないな・・・そしてさっきの刺すような視線はこ
の人が発したやつだな・・・
「なんだろうなこの気持ち・・・娘が・・・娘が遠くに行ってしまう感覚だ・
・・」
「そんな大袈裟な・・・」
「こうやって子供は親から離れていってしまうんだろうな・・・ふふ・・・め
げないぞお父さんは・・・」
「イヤだから・・・ただ友達がお見舞いに来ただけ・・・」
「リアが初めて私を『お父さん』と呼んでくれたのはいつだったか・・・あの
時ぁもう・・・」
「・・・・・・。」
過去の思い出へと逃亡していく師匠を、デミテルは淡々と見下ろしていた。
「・・・あぁそうだデミテル・・・」
「・・・なんですか?」
「洗面所にナメクジがいたから塩をまいておいてくれ・・・」
「・・・・・自分で・・・・・やれば・・・・」
「こういう時のための使用人だろうが。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「デミテル様ぁ・・・こんなとこで寝たら風邪引くよぉ・・・」
深夜十一時。真夜中の大海原を横切る船の食堂に、デミテルはテーブルに突っ
伏して眠っていた。テーブルには大量の空の酒瓶が置かれている。
テーブル向かいの椅子には、ジャニズが同じようにして眠っていた。二人は先
程まで酒を飲み交わしながら年金問題について討論していたのだが、どちらもダ
ウンしてしまった。
「リミィ、もうほっとくんだな。そのまんま眠らしとけばいいんだな。」
寝室への階段を降りながら、フトソンは欠伸混じりで言った。リミィはデミテ
ルを揺らして起こすのをやめた。
「デミテル様ぁ・・・おやすみなさぁい・・・」
デミテルから離れ、階段に向かいながら、リミィは思った。
デミテル様・・・スッゴク幸せそうに寝てるなぁ・・・
デミテルは顔をテーブルの上に横にして置いたまま、眠り続けている。とても
安らかな顔で。
とても幸せな思い出を夢の中で貪り続けながら。
彼の夢の夜はまだ続くようだ。
つづく
あとがき
自分は小説を大抵寝る前に書いています。ですが、書いているうちに眠気に襲われます。
瞬間的に眠ってはハッと起きています。文章を書きながら眠ってしまうため、文章がグチャグチャになったりします。
たとえば、今回のお話の中のランブレイのセリフが
「リアの部屋に入っていた奴は・・・どこのドイツの軍人さんだ?」
意味わからないですよねコレ。本当は「どこのどいつだ?」って普通に言わせるつもりが、
気がついたらこんな文章になってました。でもなんかおもしろかったんでそのままにしました。ごめんなさい。
こんな風に、いつも不安定に書いております。
次回 第二十四復讐教訓「娘を大事にするお父さんは 大抵その娘に煙たがれている」
コメント
おはよう、こんにちは、こんばんは。
おはようとも、こんばんわともいえない時間帯に起きて小説を読み、感想をかいているtauyukiseです。
最後まで寝ながらでも書いて、それを読み直しているんだと思って、すごく感心しています。
師匠はどれだけ親バカで、どれだけ大げさなんですか?それとも、もともとこういうキャラ付けなんでしょうか。まぁ、今回もとても面白かったです。 回想(デミテルの過去)の話も本編とは違った味で楽しめてとてもよかったです。
では、今回も楽しいひと時をプレゼンツしてくれてどうもありがとうございます。また今週も
更新日を楽しみに待っています。ではまた。
Posted by: tauyukise | 2007年11月18日 04:25