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デミテルは今日もダメだった【27】

第二十七復讐教訓「能ある鷹は爪を隠す」

「さて問題だ。」
「何よ。」
「この状況を打破する方法は?」
「・・・あったら教えて欲しいわ・・・」

雨が降っていた。雨と言っても、かろうじて肌で感じ取れる程度の小雨。そん
な雨が、出会いの街ベネツィアを覆っている。

その街に噴水があるのをご存知だろうか?街の北東にある広場に置かれた噴水
。そこにたまった水が小雨で跳ねている。

この広場に人はあまりこない。せいぜい散歩しにくる年寄りがいるくらいだ。

だが、今日の噴水広場は賑やかだ。なぜなら、五十人程の兵士が武器を構え、
噴水に向かって叫んでいるのだから。

「おい!いい加減出てこい!その噴水の後ろに隠れているのはわかっているん
だ!逃げ場もない!おとなしく投降しろぉ!」

「そんなこと言われても・・・」

噴水の裏に座り込み、頭越しに兵士の叫びを聞きながら、フトソンは言った。

「そう言われておとなしく出るバカはいないんだな・・・」
「・・・・・・まったくだ・・・・・・げほ!ごほ!」

同じく噴水を背中に座りながら、デミテルは言った。膝の上には、リミィがち
ょこんと座っている。

「デミテル様大丈夫ぅ?」
「ふん・・・この程度でくたばる程野暮ではないわ・・・」

そう言いながら、彼は自分の左肩を抑えた。

肩からは血がドロドロと滲み出ていた。元々デミテルのマントには金属性のシ
ョルダーが付いていたが、血はそのショルダーの下から出ていた。

ついさっき、一人の魔術師が放ったアイスニードルが一本刺さったのだ。

「・・・んで?どうすんのよ?こんな逃げ場のない場所逃げ込んで・・・少し
でも体を、盾代わりにしてる噴水から出したら、矢が一斉に飛んでくるわよ・・
・」
「・・・貴様の閉所恐怖症のせいだろうが・・・こんなところに追いやられた
原因は・・・」
「う・・・・・・」

デミテルの右肩に足を止めながら、ジャミルは口ごもった。確かに原因は自分
だ。

「それにしても・・・」

ファイアボールを何発かかすめて、少し煤を被ってしまった自分の被り物をパ
ッパッと叩きながら、フトソンは言った。兵士達の気配がさっきよりも近づいて
きている。

「僕たち街の外目指してたのに・・・移動すれば移動するほど港側に追いやら
れてる気が・・・」
「・・・そういう風に道を塞いだんだ。」

デミテルは胸ポケットをゴソゴソすると、やがてバタークッキーを一枚取り出
し、ボリボリとかじった。

「奴らを・・・兵士共を上手く利用し、指揮している奴がいる・・・そいつは
私が選ぶであろう道を瞬時に予測し、道を阻み、上手い具合に我々を港側に誘導
している・・・確実に有能な奴・・・・・・エルフかもしれん・・・」

そう言って、指についたクッキーの粉をマントで払うと、彼はまた懐に手を伸
ばした。

気配がまた一段と近付いてくる。背中にある噴水からジョボジョボと出る水の
柱が、ひどく生々しく聞こえ始めていた。

 「・・・とにもかくにも、このままじっとしていてはただ捕まるだけだ・・・」
「どうするのデミテル様ぁ?」

リミィはデミテルの膝に乗ったまま心配そうに言った。彼女の右頬は、ここに
逃げ込む直前に飛んできた矢がかすり、切り傷ができていた。

「いいかお前ら・・・」

やがて、デミテルは懐から金の懐中時計を取り出し、蓋をカチャリと開け、時
間を見た。そして、フッと笑った。今まで見せたことのない、何か、まるで獣のような笑みだった。

 時は、午後二時五十八分。


「敵は約五十・・・剣、槍、戦斧、弓、魔術と武器は様々・・・もし仮にここ
でフトソンが殴りに走っても全身に矢がぶっ刺さってくたばるしかないだろう・
・・よって接近戦をするのは賢くない・・・ならば・・・」

デミテルは時計の蓋を閉め、懐に戻すと、またニヤリと笑って、なおかつ冷や汗を
垂らしながらこう言った。

「・・・・・・私一人で全員片付ける・・・」
「な・・・!?」

あまりにも無謀な策にフトソン達は驚愕した。

「ば・・・馬鹿じゃないのアンタ!?いくら魔術使えるからってあの数の敵・
・・」
「そんなのダメなんだな!せめて僕も一緒に・・・」
「デミテル様死んだらやだぁ!!」
 「・・・知ってるかお前ら?この噴水広場にまつわるバカバカしい逸話を?」

半泣き顔でしがみついてくるリミィの手を払いのけながら、デミテルはあっけ
らかんと言った。

兵士達の気配はさらに近づいた。兵士達の息遣いさえも耳でわかる程の距離。

「なんでも・・・一日の内三回しかないあるタイミングで・・・この噴水の前
でカップルがキスをすると・・・永遠に結ばれるんだそうだ・・・だからここで
結婚式をあげる奴が多い・・・アホらしい話よ・・・」
「・・・あるタイミングって・・・あ!?」

フトソンは驚愕した。なんとデミテルがその場に立ち上がり、噴水の陰から体
を出したのだ。

何の前触れもなく立って姿を出したので、兵士達もビックリしたが、急いで我
に帰り武器を構えた。デミテルは彼らに背を向けたままだ。

「お・・・おい!投降する気になったか!?う、動くなよ・・・」
「・・・そのあるタイミングとは・・・」

一番前に出ていた兵士は気付いた。自分達と殺戮者を隔てている噴水の水の柱
が、少し小さくなったことに。

「それは・・・午前十時、午後三時、午後六時・・・つまり・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・今だ!!」


ずしゃあああああっ!!


五、六メートルはあろうかという水しぶきが、デミテルと兵士達の間に立ち塞
がった。水の柱が何本も吹き上げ、一本の巨大な柱となっている。

地元の人間ではない兵士達はあまりにも突然の事態に取り乱した。

「う、うわぁ!?」
「お、お前ら落ち着かんか!ただの噴水だ・・・」
「《天空の風よ、降りたりて龍とならん》・・・」

兵士達がうろたえている間に、デミテルは人差し指を唇に当て、今までにない
程早口で詠唱した。

「・・・サイクロン!!」
「!?」

突如、目の前の水の柱が分散した。噴水の上に巨大な風が巻き起こったからだ。

兵士達は、雨水で少し濁った水を全身に被ってしまった。

「ぶへ!汚ね!」
「ぎゃあー!!なんか目に入ったぁ!?」
「俺は鼻に水入ったぁ!?めっちゃツーンってするぅっ!!小学校のプールの
授業・・・」
「げほ、ごほ!落ち着かんかお前ら・・・・・・あっ!?」

角が付いた兜を被った軍曹は、デミテルが横サイドに走り出すのを見た。

「くそ!弓隊!奴を射ぬけぇ!」

デミテルは無表情で走っていた。やがて、風を切り裂き、こちらに走ってくる
何本もの矢を見た。


なんだろう・・・か?この感覚は・・・

「な・・・」

噴水に隠れたまま、次々と襲い掛かる矢を紙一重で避けていくデミテルにフト
ソンは驚愕した。

「デ、デミテルさんてあんなすごい反射神経・・・」
「うわぁ!デミテル様カッコイイ!!」
「・・・・・・・・・。」

はしゃぐリミィの頭に乗っかったまま、ジャミルは無言でデミテルを睨み付け
ていた。


やがて、デミテルが広場のベンチの陰にさっと滑り込んだ。そのベンチに矢が
何本も刺さっていく。

「おいどうした!?なんでたかだか一人に一本も当たらんのだ!?お前らそれ
でも弓隊!?」
「そ、そんなことを言われても・・・」
「槍隊行けぇ!奴に詠唱の時間を与えるなぁ!」

困惑する弓隊をよそに、軍曹は叫んだ。十数人もの槍を持った男達が、殺戮者
目指し駆け出した。

しかしなぜ・・・


突っ込んでいく槍隊の背中を見ながら、軍曹は疑問を持った。


何故奴はさっき我々に直接術を放たなかったのだ・・・・・・何故わざわざあ
んなめくらましの為に・・・直接やれば何人も風で切り刻めたはずなのに・・・


「チッ・・・」

ベンチの陰に隠れ、出血している左肩を抑えながら、デミテルは考えていた。
槍隊が迫る中で。

彼は肩を抑えていた右手を離すと、自分の顔の前に持っていった。

指先にドロドロとした、赤い血が付いている。同時に、どこか鉄臭い匂いが鼻
を覆った。


血・・・

血・・・

血・・・


この匂い・・・鉄臭い匂い・・・・・・以前いつ嗅いだんだったか・・・・・

『だ、誰か助けてくれぇ!!』
『チクショウ!なんでこんなたくさんのモンスターが街に・・・・・・ぎゃああああ!!』
『・・・・・・あ、アイツだ!あそこにいる奴がモンスターを指揮して・・・・・・アレって・・・』
『あれは・・・あの青と赤い髪は・・・デミテ・・・』

・・・あの時町を覆った匂い・・・・・・

町の人間が流したの匂い・・・・・・

イヤ・・・


 私が・・・『流させた』血の匂い・・・


「いけぇぇぇっ!!奴を引っ捕らえろぉ!!」

デミテルが隠れているベンチに向かって槍隊が駆けていく。同時に様々な金属
音が響く。


この音も・・・声も・・・


懐から鞭を取り出し、ビッと伸ばしながら、デミテルは思い出す。


『アイツだ!あの男を殺せぇぇぇぇ!!』


ハーメルの人々が剣を、マトックを、ツルハシを、鎌を、包丁を。様々な武器を持ち
、私に向かって殺意むきだしで駆けてくる。

私をその姿を見て・・・

ニヤリと笑い・・・

・・・・・・木っ端みじんにしたんだ・・・その人間達の体を・・・

デミテルは兵士達に背を向けたままゆっくりと立ち上がり、鞭を構え、そして
振り向いた。

弓隊達の動きがピタリと止まった。というのも、足が動かなくなった。

兵士達はただただ、デミテルの目を見ていた。イヤ、目を離すことができなく
なっていた。彼の目が鋭く、血走り、まるで獲物を睨む蛇のようだったからだ。


 あの目は・・・


 睨まれた蛙のようになった兵士達は、彼の目を見てまったく同じことを考えて
いた。


 あの目は・・・・・・・・・殺す事を楽しむ目だ

敵は約五十・・・・・・

目の前にいる槍隊が十数名・・・

十人も殺れば『行き届く』はず・・・

 ・・・殺す


しゅる

一人の兵士の右足に、鞭が絡み付いた。そして、

「っ!!」
「うわっ!?」


 ズガシャアアアン!


デミテルはそのまま背を向け、一本背負いの要領で兵士を鞭で投げ飛ばしてしまっ
た。そのまま建物の壁に叩きつけられた兵士は、頭から血をドロドロと垂らしな
がら、 地面にどちゃっと嫌な音を起てて落ちた。

「な、何してる!は、早くそいつを・・・」
「らあああっ!!」
「げえっ!?」

槍隊は驚愕した。なんと、壁に叩きつけた兵士を鞭で巻き付けたまま、まるで
鎖鉄球のようにしてこちらに飛ばしてくるではないか。


「・・・なんだか・・・」

襲い掛かる兵士達を次々と鞭に巻き付いた兵士で殴り飛ばすデミテルを見な
がら、フトソンはゾクリと背筋を凍らした。

「すごいけど・・・デミテルさんすごいけど・・・・・・なんだか別人みたい
なんだな・・・」
「なぁに言ってんのよ。アレがアイツの本性よ・・・」

フワフワと浮かぶリミィの頭に乗りながら、ジャミルはさらりと言った。

「能ある鷹は爪隠すっつうでしょ?アレがアイツの真の・・・」
「違うよぉ。」

ただ淡々と、今度はデミテルがファイアボールを躊躇なく兵士の溝に撃ち込む
姿を見ながらリミィは言った。

「アレは・・・デミテル様だよ・・・・・・デミテル様だけど・・・でも・・
・・・・・・・デミテル様じゃない・・・」
「・・・よくわかってるじゃない小娘・・・」

この中で、このメンバーの中でたった一人、ジャミルは見えていた。まるで悪
魔のような形相で次々と兵士達を地面、壁、ベンチに叩きつけるデミテルの顔。
そして・・・

その彼の背後にある死神の姿が。


極限の状況で・・・

自分が意識してなどいない、操られていた記憶がぶり返ったか・・・

今あの男の頭の中にあることは一つ。ただ一つ・・・

全てはダオス様の為に・・・!


無数の矢。火の玉。氷の針。それら全てを次々と鞭に巻き付いた兵士で払いのけていくデミテルの姿に、軍曹は悪寒と恐怖を覚えた。

「どうした?何をボーっと突っ立っている?」

鞭に絡み付いた兵士を足蹴に、デミテルはニヤリと笑った。まわりに、地べた
に血まみれではいつくばる者、顔面にファイアボールを撃ち込まれて悶える者。
まるで地獄絵図だ。

 その目は氷よりも冷たく冷え切り、なおかつ心から殺戮を楽しんでいる目だ。
今までの、青い、不器用な温かさがあった目など、かけらもない。

軍曹はようやくわかった。初め、たった一人の男が、女子供も関係なく皆殺し
し、町一つ滅ぼしたなど信じられなかった。

だが、今ならわかる。この男は、町どころか、世界一つを灰にすることもいと
わない男だ。

この男は殺戮を楽しんでいる。

「・・・・・・もう二十人程潰したか・・・」

殺戮者はボソリと呟いた。同時に、その蛇のような瞳で残り三十人の兵を見渡
した。

誰も、何もしない。逃げもしない。殺戮者の目がそれを許さないのだ。


殺せ
殺せ
殺せ


全てはダオス様の為に・・・!

耳元で四六時中囁く、『殺せ』という声。この声の主は自分の意志なのか、何
なのか。デミテルはわからない。

だが、懐かしい感覚だった。あの日、クレス=アルベイン達にやられて以来忘
れていた感覚。

「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・!」

殺戮者が唇に指を当て、ボソボソと呟き始める。その詠唱の言葉を一人の魔術
師が微かに聞き取った時、彼らはことの重大性に気付いた。

「ぜ、全員散るんだ早く!!」
「お、おいどうし・・・」

その時、軍曹も気付いた。殺戮者の指先が、ビリビリと光っている。


・・・ビリビリ・・・?電気か・・・?

・・・まさか


兵士達の体は先程の目くらましの噴水でベタベタであった。おまけに、小雨で
地面が濡れている。

 この街は地面の上をコンクリートで補装している。つまり、雨水は地面に吸収
されず、常に広場を水がコーティングしているのだ。

もしここで落雷など起きれば・・・


・・・否。殺戮者は今、まさに、それを起こさんとしていた。


デミテルの唇の動きが止まった。それはすなわち詠唱が終わりを告げたという
ことだ。

パニックを起こし、右往左往する兵士達。その姿を見て、デミテルは、おぞましく、陰
湿な笑顔を見せた。

全員・・・


デミテルは指先を兵士の群集の中心部分に向けた。


残らず・・・

死に絶えろ・・・!

ダオス様の為に!!


「・・・サンダーブレー・・・」

どうして

声がする。懐かしい、優しい声が。

どうしてこんなことするの・・・

・・・・・・デミテルさん・・・


一瞬、何かの記憶が彼の脳裏を駆けていった。茶色い、長い髪をした美しい少
女・・・

いかん・・・

術を放つ直前、彼は我に返った。冷たい、氷のような目が温もりある青へと変
わる。

威力を・・・抑えねば・・・

死んでしまう・・・!

「・・・サンダーブレードォ!!」
 「っ!?」

一瞬、兵達の頭上がキラリと光った。次の瞬間、一本の雷が垂直に落下し、一
気に蜘蛛の巣状に広がった。

雷は初め中心にいる弓兵を襲い、その足から一気に雨水を伝って三十数名に感
電した。

次々に武器を落とす兵士。体をおかしな方向に曲げる弓兵。沸き上がる悲鳴。
そして吹き上げる・・・

・・・フトソンの雄叫び。

「ギャアアアっ!?」
「・・・あ。」
「あ。」
「うわぁい♪フトソンがピカピカ光ってるぅ♪クリスマスのイルミネーション
みたぁい♪」

体が浮いている為何の被害も受けない少女は楽しげに言った。が、先棒の噴水
の水を少々被っている上、足が濡れた地面についている為、思い切り巻き添えをくらったフトソンは、もはや悲鳴もなく感電し続けていた。

「ちょっとデカブツ。爆発なんてしないでよ。もしされたらアタシ達吹っ飛び
ながら『やな感じー!』って叫ばないといけなくなるじゃない。」
「その時はリミィが『ソーナンスゥ!』って言う♪」

もはや他人事扱いで眺めている彼女らをよそに、フトソンはちょっと泣きなが
ら感電していた。

やがて、ようやくほとばしる電気が止まった。デミテルは兵士達が次々と倒れ
ていくのをハァハァと息を荒げながら眺めていた。

デミテルは急に力が抜け、がっくりと膝を着いた。まるで、体を先程まで他人
に預けていたようだ。

デミテルはふと周りを見回した。その途端、今度は全身を恐怖が駆け抜けてい
った。

人。人。人。鞭で何の躊躇もなく地面や建物の壁に叩きつけられた槍兵
達が、頭から痛々しい血を流し、ある人は肘や膝の関節が不気味な向きに曲が
ってしまっている。

デミテルは徐々に息が収まっていったが、頭の中は混乱していた。


何故だ?何故恐怖を感じる?これは私がやったことだ。私の意志でやったこと
だ。なのに・・・


何故こんなに胸が苦しいんだ・・・


「デミテル様大丈夫ぅ!?」

ジャミルを頭に乗せながら、黒焦げで突っ立つフトソンそっちのけでリミィがフ
ワフワと飛んで来た。

 デミテルは反応しなかった。頭の中がこんがらがり、わけがわからなくなって
いる。


さっきまでの私はなんだ?アレが私が?私は

 私は・・・

 本当の私は・・・

 「おぃぃぃっ!!こっちだぁ!」

遠くから大声がした。見れば、遥か遠くから数十人の兵が駆けてくる。

「うわぁ!?また来たよぉ!?」
「ちょっとデミテル!とっとと立ちなさい!逃げるわよ!!」

ジャミルはデミテルの肩に飛び乗り叫んだが、デミテルは反応しない。

「ちょっと!いつまでボーっと・・・」
「デミテル様ぁ・・・」

リミィはデミテルの耳元にフワフワと近寄ると、一言、囁くようにこう言った。

「・・・早くしないとぉ・・・・・・・・・お菓子盗られちゃうよぉ・・・・
・・」
「んだとコラァァァァァァァァァ!?」

突如雷の如く復活したデミテルは、リミィの頭を引っつかんだ。

「だぁれのお菓子を盗ると言った貴様ぁ・・・・・・私の糖分に手を出すなぁ
!!」
「うわぁい♪復活した♪」
「完全に人心把握されてるわね・・・」

そう呟き呆れながらも、ジャミルは見た。リミィの言葉でデミテルの背中から
またしても死神が姿を潜めたのを。


なんでコイツの洗脳が不安定なのか・・・なんとなく理由がわかった気がする
わ・・・


「ジャミル?何をにやけている?」
「は!?だ、誰もにやけてなんかいないわよ!!」
「鳥が嬉しそうな顔をするな。吐き気をもよおす。」
「この・・・」
「アンタらいつまで話してんだな!?兵士こっち来るんだな!?」

必死な声がして、デミテル達は後を振り向いた。見れば、全身真っ黒焦げにな
ったフトソンが気絶した兵士を飛び越えてくる。

フトソンはてっきり、デミテルの第一声は『電撃くらわして悪かった』という謝
罪表明だと信じていた。が、彼の第一声は・・・・・・

「なんだ。まだ生きていたのか。」
 「・・・・・・・・・。」

フトソンは本気でデミテルを殴り飛ばしてやりたくなったが、なんとか思い止
まった。

「というか我々は今まで何を・・・!」

この時デミテルは思い出した。先程まで自分が何について思い悩んでいたのか。

「私は・・・」
「おいみんなぁ!こっちだぁ!」

遠くからまた声がした。少しずつ近寄る兵士達の足音に、リミィは慌てた。

「うわぁどうしよぉ!?また来ちゃうよぉ!?」
「ちょっとデミテル!悩むのはあとでいいからこの状況を打破する方法を考え
なさい!」
「え?」
「そうなんだなデミテルさん!アンタがしっかりしてくんないと・・・」


い、いかん・・・そうだ・・・今はそんなことよりも逃げる事を・・・


デミテルは広場を見回した。ここから出る道は三つあるが、一つは兵士共が入
ってくる。東側の道は港に直進。もう一つの道は・・・

ダメだ。もう一つの西の道は、裏路地に入るための小道がない。広い方の道を
ずっと走っていてはいずれ追い付かれて・・・

・・・ん?


西側への道に入る為の曲がり角を見ていたデミテルは気付いた。ちょうど曲が
るところにある、一軒の民家の窓・・・


開いている。人一人やっとくぐれそうな大きさしかない窓だが、確かに、少し
だけ開いている。

兵士達の足音が近づいてくる。もはやデミテルに悩む必要などなかった。

「え?デミテルって・・・あの!?」
「そうなんだって・・・びっくりしたわよ・・・」

噴水広場の隣、そこにある民家に、二人の姉弟が住んでいる。ハーフエルフの
姉弟が。

 黒いポニーテールと鎧姿の姉は、弟が作った濃い口のコーヒーを飲みながらた
め息をついていた。

 彼女が肘をつくテーブルには、色とりどりの魔術書が何冊か乱雑に置かれてい
た。

 彼らはこれらを売っては生計を立てている。と言っても最近買っていったのは
クレス御一行ぐらいだが。

「今日友達のセイラと『赤い彗星』でご飯食べに言ったら教えてくれたのよ・・
・まさかあの人がねぇ・・・お姉ちゃんショックよホント・・・」
「姉ちゃんあの人に告白したことあるもんね・・・」
「ぶっ!?」

弟がキッチンでお湯を沸かしながら言った一言に、姉は思わずコーヒーをブッ
と吹いてしまった

「げほごほ・・・あ、アンタなんで知って・・・」
「姉ちゃんの友達のセイラさんが教えてくれた。」
「アイツったら・・・」
「フラれた時ショックで写真とか燃やしちゃったんだよね?もし残ってたら謝
礼貰えたのに・・・」
「・・・・・・。」

姉は鎧にかかったコーヒーを布巾で拭き取りながら、静かにこう言った。

「私今でも信じられないのよ・・・・・・あの人があんな惨劇を起こした犯人
だなんて・・・」
「僕も・・・」

ヤカンのお湯が湧き、自分のコーヒーカップに湯を注ぎながら、弟は静かに言
った。

「僕も信じられないんだ・・・あの人ちょっと神経質で短気な性格してたけど
・・・でも・・・内は結構優しい人で・・・」
「すいませーん。」

弟がテーブルに向かおうとキッチンに背を向けた時、背後から声がした。少年
はゆっくりと振り向いた。

キッチンについている、換気用の窓。人の頭一つ分しかないその窓から、頭が
一つ出ていた。

デミテルはゆっくりと、体を家の中に入れていった。

「いや・・・すまないが少しばかりかくまってくれ・・・いや、怪しい人では
ないぞ?断じて。ただの通りすがりの・・・」

床に着地しながら、デミテルはこの後の言葉に詰まった。

「あの・・・あのアレ・・・・・・・・・・・・ただの通りすがりの大道芸人
だ・・・」
「デミテル様ぁ!!髪の毛窓に挟まったぁ!痛いよぉ!」
「馬鹿お前・・・・・・ほら!力づくで通れ!髪の一本や二本抜けたところで
大して変わらん!」
「やだぁ!髪は女の命だもぉん!」
「いくつの女だお前は!?」

そう言いながら、デミテルは思い切りリミィの頭をグイグイと引っ張った。そ
の様子を、姉弟達は黙って淡々と見ていた。

やがて、ブチッという音と共にリミィが家に入れた拍子に、水色の長い髪が数
本抜けた。

「うわぁん!!」
「お、おい泣くなよ!泣いたら一貫の終わり・・・」
「あのデミテルさん?」

ウルウル目で半泣き状態のリミィをなだめていたデミテルだったが、窓に思い
切り挟まって身動きが取れなくなったフトソンに彼は呆れた。

「これ・・・窓小さすぎなんだな・・・胴体が挟まって進まない・・・進まな
いっていうか戻れない・・・」
「ちょっと!後がつっかえてんだから早くしなさいよ!」
「早くったって・・・痛い痛い!背中つついたら痛いんだな!」
 「ったくしょうがない・・・・・・お前らはそのままでいろ。体を動かすな。そういう家のアンティークだと思わせれば・・・」
「イヤイヤイヤ!これ仮に頭が外出てるならまだいいけど、これ下半身が外出
てるんだな!窓から下半身が飛び出たアンティークってどんなアンティークなん
だな!?しかも何故にインコとセット!?」


コンコンコン


フトソンがどうにかして窓から這い出ようと体をねじっていた時、家の扉をノ
ックする音が聞こえ、全員の動きがピタリと止まった。デミテルはゴクリと生唾
を飲んだ。

「・・・そこの女。」
「え?あ?はい!?」

状況が唐突過ぎて飲み込め切れていない姉に、デミテルは尋ねた。

「どこか・・・隠れられるところはないか?」
「え?えーと・・・」
「・・・姉ちゃん。ベッドの下は?」

ハーフエルフの弟は、すぐ横の二つ並べて置かれた、白いシーツに包まれるベ
ッドを指差した。

その時、玄関から男の声がした。少々オッサン臭い感じのする声だ。

「アルヴァニスタの者だが。少し聞きたい事がある・・・安心しろ。俺は殺戮
者じゃない。」


いや・・・殺戮者家の中にいるんですけど・・・


そう姉弟が思った矢先、デミテルが姉の手をガシっと掴んだ。姉は色んな意味で
ドキマギした。

「んな・・・!?」
「頼む・・・我々はベッドの下に隠れるから、兵士にはいないと言ってくれ。
頼む。言う通りにしてくれれば危害は加えん・・・」

デミテルは本気で焦っていた。さっきまでの戦いで身体、精神共に疲弊し、魔
術も正直言ってまだ放てるか疑問だ。

一方、姉は本気で困っていた。この男が殺人鬼であることは確定済みだし、仮
にかくまったとして、本当に危害を加えないか疑問だ。

普通ならば、断るところだろう。だが・・・


 ・・・というかこの人・・・

私のこと覚えてないのね・・・


 「道という道を塞いだ・・・奴らに街を出る術ははっきり言ってないが・・・」

 港から街を眺める男は一人呟いた。港には彼以外人はいない。兵士という兵士
を街に放ったからだ。いるのは、カモメやカニぐらいだ。


 私が奴なら・・・私がデミテルなら・・・・・・

 この方法を使うが・・・・・・奴はそこまで頭を使う奴だろうか・・・

 そう呟きながらルーングロムは懐をゴソゴソ漁った。そして

 ・・・チョコレートサンドロールパンを取り出し、モグモグ頬張った。


 ちなみに彼の座右の銘は

 糖分取っときゃ森羅万象上手くいく。何事も。


つづく

Tauyukise<「たぶん、GBAと、PSと、PSPと、SFCでは少しずつ設定がずれていると思うので、そこはごまかしながら、読者をなっとくさせるしょうせつにしてください。」
尽力いたします・・・ちなみにSFC版のデミテルは、モンスターのヘルマスターが色違いになっただけというグラフィックだそうです。見ただけで悪役ってわかりますよね・・・


男鼠<「ところで兵士があんなに方言訛りだったのか誰も突っ込まないことに吃驚しました」これは読者様に突っ込んでもらうためにあえて・・・・・・
なんてのは嘘で、単純に突っ込ませるの忘れてました。

 
 今回内容がちょっとグロテスクな表現が多かった気がします。気分が悪くなったらごめんなさい。

 
次回 第二十八復讐教訓「人間は温かい」

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