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デミテルは今日もダメだった【28】

第二十八復讐教訓「人間は温かい」


「・・・開くのにずいぶんと時間がかかったな・・・」
「ちょっと・・・部屋が汚かったもので。あの、何かご用で?」
「実はすぐそこの広場の兵士が殺戮者にやられてしまったみたいなんだが・・・・・・この家に隠れてはいないだろうな?」
「な、何を根拠に・・・」
「いや・・・」

 小雨に包まれた街、ベネツィア。いつもなら活気に満ち溢れているこの街も、
今日は静かだ。聞こえるのは、雨が屋根をうつ音と、兵士達が世話しなく街を駆
け回る足音と、鎧が軋む音。

 そんな状態の街の一つの小さな家に、一人の兵士が尋ね入った。つい先程、す
ぐそこの噴水広場で五十数人の兵士がやられているのを見つけたからだ。

兵士は、家から一歩離れてあるものを指差した。

「あそこ・・・あの窓から変な白い着ぐるみの足みたいのが飛び出てて・・・
なんかものすごい怪しいというかなんというか・・・とゆーかアレはなんだ?」
「アレは・・・アレですよほら・・・・・・アンティークです。この家の。」
 「下半身が窓から飛び出たアンティークってどんなアンティークだ?顔の形
したアンティークならまだわかるが・・・」
「さ、最近流行りなんですよアレ。あえて体下半分を外に出すことで、男のた
くましさとロマンを前面に押し出した、全く新しい形の装飾品なんです・・・」
「流行りってアンタ・・・こんな装飾してる家ここ以外ない・・・ってちょっ
と待て。」

ハーフエルフ姉弟の姉の制止を振り切り、兵士は家に入り込んだ。先程、一瞬おかしなものが目に入ったからだ。

それは・・・

「・・・おい。」
「なんですか?」
「なんで窓からあんな変な首が出ているんだ?」

兵士が指差した先には、白い、なんだかぽけーっとした謎の生き物の生首が窓
から出ていた。どうやら外にある下半身と直結しているようだ。

 額に一本毛が生えたそれは、目をつぶってじっとしている。

 「ありゃなんだ?なんで窓にあんなんが・・・」
 「あ・・・ああいうアンティークなんです・・・テーマは『下半身と上半身の
調和』です・・・」
 「テーマって・・・君が作ったの?」
 「そうだよ!う、家の姉ちゃん芸術家なんだよ!」

 椅子に座りコーヒーを飲みながら、ハーフエルフの弟はしどろもどろに言って
のけた。

「芸術家・・・?芸術家のわりにはそれっぽい道具がないな・・・」
「ね・・・姉ちゃんは基本アレ・・・・・・・・・・・・・・・全部素手でや
ってるから・・・」
 「素手で!?素手でこんな装飾品作ったの!?」
 「そうだよ!姉ちゃん見かけによらずものすごい腕力あるんだ!もう鎧脱ぐと
すごいよ!若干引いちゃうくらいに筋肉が鍛えられて・・・」
「そ、そうなんですよ~・・・」

と、笑顔で言いながらも、姉は弟の足を兵士に見えないように思い切り踏み付
けてやった。

「イタぁ・・・!」
 「あの~、というわけでそろそろお帰りになっては・・・」

ヘックシュ

どこからか、かわいらしいクシャミが聞こえて、兵士は目をパチクリさせ、姉
弟は顔を真っ青にし、白い着ぐるみのアンティークは全身から冷や汗をダラダラ
流していた。兵士は窓に背中を見せている為気がつかない。

 「なんか・・・今聞こえ・・・」
「す、すいません!う、うちの弟最近風邪気味で・・・さ、最近インフルエン
ザ流行ってて怖いですよねぇ~・・・」
「イヤイヤ・・・今のはその子からは聞こえなかったっていうか、今五月だか
らインフルエンザは・・・」

 そう言いながら兵士はゆっくりと、クシャミが聞こえた方に歩みを寄せた。二
つきれいに並んだベッドの方へ・・・


「・・・この馬鹿が!なんでこんな時に・・・」
「だってここ埃いっぱいあるんだもぉん・・・」

ベッドの下に横になり、互いの顔をくっつけた状態で声を限りなく小さくしな
がら、デミテルとリミィは言った。リミィは鼻水が出た鼻を腕でゴシゴシと拭い
た。

デミテルは光が漏れ出るベッドと床の隙間から、兵士の足が近づいてくるのを
見た。自分の心拍数が上昇していくのが手に取るようにわかる。


マズイ・・・来るな・・・こっちに来るな・・・・・・マズイマズイマズイ・
・・来るな来るな・・ちょっと・・・・


 「デミテル様ぁ・・・」
「リミィ・・・今喋るな・・・」
 「あのぉ・・・」
 「喋るなって・・・」
 「・・・しん・・・」
「は?」
 「写真・・・落としちゃったぁ・・・」

リミィは寝そべったまま、兵士の足の左に落ちている紙切れを指差した。

写真。デミテルが復讐の旅に出た時リミィに奪われた、デミテルとスカーレッ
ト一家が写った写真だ。

デミテルはゴクリと生唾を飲んだ。もし兵士が足元にあるアレに気付き、写っ
ている男の子の髪の色に気付いたら・・・

・・・いや待て。アレは白黒写真だ。ならば、髪の色はわからないはず・・・

「リミィ写真取ってくるぅ!」
「まて!ストップだストップ!」

腕をベッドの下から突き出し、写真を取ろうとしたリミィの腕を、デミテルは
引っつかんだ。

「アレは兵士が帰ってから取ればいい。仮に兵士がアレに気付いても・・・」

デミテルはチラリと写真の方を見た。写真は裏向きになっていて、ぱっと見た
だの紙切れにしか見えない。


アレは元々捨てる予定だったものだ・・・・・・兵士に持ってかれようが何さ
れようがほうっておけば・・・

・・・・・・・・・。

考えて見れば・・・

あの一枚しかないんだよな・・・・・・・・・リアが・・・

スカーレット家が写った写真は・・・

私が彼らと共に過ごした証は・・・


「おかしいな・・・確かにこの辺からクシャミが・・・」

兵士は足音の紙と、ベッドの下のコソコソ声に気付かないまま、ベッド周辺を
見回していた。当然、ハーフエルフの姉弟は気が気ではない。フトソンに至って
は身動きが取れない上、小雨がずっと下半身に当たり続けている為全身が凍え始
めている。

「ねぇデミテル様ぁ・・・?」
「・・・今度はなんだ・・・?」

 デミテルは写真を見つめながら、無愛想に言った。リミィは、今度は写真とは
逆側、兵士の足の右側を指差した。

「あそこぉ・・・飴玉落ちてるぅ・・・」
「あぁそう・・・・・・ってえぇ?」

『飴玉』という言葉を聞いた途端、デミテルの視線が一気に右に傾いた。見れ
ば、白い包みに入った一口大の飴が床に転がっていた。

デミテルはハッとして、懐をゴソゴソと漁った。すると、


マントの中の飴玉が一個二個三個四個五個六個七個八個九個・・・・・・・・
・・・・一個足りないぃっ!?


デミテルは気付いた。あの飴玉は自分が身を屈めてここに隠れる折りに、落と
してしまった代物だと・・・

「ってデミテル様何してるのぉ!?」
「なにって・・・飴の回収に決まってるだろ・・・」

当然のことのように言いながらベッドから手を出そうとするデミテルに、リミ
ィは焦った。


「ダメだよぉ!ばれちゃうよぉ!」
「馬鹿か貴様は!?兵士にアレを踏まれたどうするんだ!?粉々だぞ粉々!?
そんなことはこの糖分の貴公子、デミテルが死んでも許さん・・・」
「今まで誰ひとりとしてデミテル様のこと糖分の貴公子なんて呼んだ人いない
よぉ!?」

珍しくツッコミに回るリミィの言葉を無視し、糖分の貴公子デミテルはベッド
から手を出してしまった。


もう少し・・・

もう少しで届・・・


ぶぎゅ

やっぱり気のせいか・・・?


そう開き直り、今度こそ家から立ち去ろうと思った兵士だったが、足を動かし
た途端、自分の右足が何か柔らかいものを踏んでいることに気がついた。

一瞬、人形か何かかと兵士は思った。だが足元に見えるそれは、どう見ても生
きた人間の手。しかもそれは、ベッドの下からニョキっと飛び出ていた。

デミテルは悲鳴をあげたいのを必死に耐えていた。なにしろ、鎧を着込んだ兵
士が踏んでいるのだ。痛くないわけがない。

その何とも言えない情景にハーフエルフ姉弟は『やっちまった』という顔でそ
の様を見ていた。白いアンティークことフトソンは、白目で真っ青となっている

「・・・これ・・・」
「いや・・・あの・・・」
「まさか・・・・・・」
「ちょ・・・違・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さてはデミテ・・・」
「息子ですぅ!!」

姉が出まかせに叫んだ言葉に、殺戮者の名を叫ぼうとした兵士と、弟は目をパチ
クリさせた。彼らもそうだが、その言葉を言った本人さえもビックリしている。

「そ・・・その踏んでる腕は・・・・・・わ、私の息子のなんですぅ・・・・
・・・・・」

姉は目を天井に泳がせながら、なんとかこの状況を打破しようと頭の中で試行
錯誤した。

その結果

「その・・・家の息子はですね・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・引きこもりなんです・・・」
「・・・・・・・。」

ものすごいことを言い出す姉に兵士は沈黙した。

「・・・引きこもりって・・・・・・部屋に引きこもるならまだしも・・・ベッドの
下に引きこもる引きこもりっなに!?どんだけ閉鎖的な引きこもり!?」
「も、もう五年以上その中にみの虫なんですよぉ~・・・顔もまともに見て
ないんですよねぇ~五年間・・・」

とんでもない嘘をついている。姉は自分でそれがわかっていた。まず、自分の
この若さで引きこもりの子供がいるってどんな親だよ、って話である。

こうなると、弟も話を合わせないわけにもいかない。

「そ、そうなんですよ兵士さん!うちの姉去年まで結婚してたんですけど、離婚
しちゃって!パ、ぱっと見若く見えるけど結構おばさんなんですようちの姉!そ
、そんでもって僕は・・・ええと・・・・・・・・・親戚のおじさんに当たるん
だよね僕・・・」

弟は自分で説明を始めておいて自分で迷走した。

 この若さで親戚のおじさん。さながら、サ〇エさんのカ〇オとタ〇ちゃんの関
係なわけだ。

さて、こうなるとさらに困るのはデミテルであった。以前は大道芸人になりき
ったが、今回は引きこもりの息子である。

デミテルはゆっくりと深呼吸した。

「あ・・・あのぉ・・・足どけてくれますぅ・・・?」
「え?あ!すまない・・・・・・君ホントに引きこもり・・・」
「・・・・・・もう外出るのたるいんすよ~・・・」

デミテルは思いきり、今までにないほど虚無感のあるグダグタな言葉使いを始
めた。

「一体何が楽しくて人間働かないといけないんスかねぇ?職場の人間関係がめ
んどくさいのなんのってぇ・・・・・・アレなんスよ。これ僕の持論なんですけ
どぉ・・・・・・働いたら負けだと思ってる?みたいな?」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」


・・・おい!?何か反応しろ!?無茶苦茶恥ずかしいんだぞコレ!?


デミテルはベッドの下の暗がりの中、顔を真っ赤にした。

その時ふと、目の前に写った光景にデミテルの心臓が一気に縮み上がった。

リミィが、ベッドの下から這い出ようとしている。否、既に上半身が外に出て
いる。


踏んじゃダメ・・・踏んじゃダメぇ・・・


リミィは周りが全く見えていなかった。何故なら、兵士の足が今にもデミテル
の写真を踏んでしまいそうな位置にあったからだ。

デミテルは何とか引き戻そうとリミィの足を掴み、引っ張った。どう考えても
、引きこもりの息子が住むベッドの下から幼女が出てきたら百パーセントわけが
わからない状況になってしまう。

そんなデミテルの思いも虚しく、リミィはほふく前進を進める。

あとちょっと・・・あとちょっとで届く・・・

あれは・・・リミィの宝物だもん・・・・・・デミテル様の・・・・・・写真
・・・


ふと、彼女は上から視線を感じた。もう指先が写真に届くというところで、リ
ミィは上を見上げた。

鎧を着込んだ兵士が、こちらを見下ろしている。目をパチクリさせながら。


突如、リミィに稲妻が走った。目の前の情景が消え失せ、全く別の情景が、記
憶が、一気にフラッシュバックした。

その子だけでも・・・

ベッドの下に隠れて・・・
 絶対に外に出てはダメ・・・

一緒だ。あの時と一緒。

あの時も私は我慢仕切れなくなって

ベッドの下から這い出て・・・
そして・・・

見上げたら・・・

鎧を着た人がいて・・・

すぐ横には・・・

血だらけの・・・

血だらけの・・・

お・・・か・・・さん


お・・・と・・・さん

・・・・・・・・・・・・。

や・・・いや・・・


 「・・・・・・・・・!」

  デミテルは今までにない何かをリミィから感じた。さっきからずっと掴んでい
たリミィの足がガタガタと震え、そして冷たくなるのを感じたからだ。

 デミテルは以前にも同じことを感じたことがあった。それは、精霊の洞窟で彼女がデミテルの頬を思い切り引っ叩いたときと同じ・・・

冷たくなったのは体温だけではない。顔こそ見えないが、彼女の全てが固く、
冷たくなっていくのを、デミテルは足を掴む手の平と、そして、

心で感じとった。

「リミ・・・!?」
「あ・・・・・・や・・・」

声も震え切っている。恐怖と、哀しみと、そしてまたさらに重ねるように恐怖
が降り懸かる。そんな声だ。


咄嗟だった。今ここでベッドの下から体を出せば、確実に兵士にばれる。どう
考えても自殺行為なのは百も承知だ。

しかし、次の瞬間にデミテルは飛び出していた。

彼には何故かわかった。鳴咽を聞いたわけでもない。泣き出す理由もわからない。

だが、

彼にはわかった。次の瞬間に、目の前の震える少女が泣き叫ぶのを。

「リミィ待・・・」
「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!」

今までデミテルが聞いたことのないような大号泣が、ベネツィアの街を一瞬襲
った。一瞬で済んだのは、『ウワ』の時点でデミテルがリミィの背後から思い切
り彼女の口を塞いだからだ。残りの『ァァァァ・・・』は、この家の中にだけ響
き渡った。

だが、この一瞬の『ウワ』で、街の八割の人間が眠るか、ウトウトするか、思
い切り転倒して頭をどこかにぶつけたそうだ。

至近距離で直撃を受けた兵士はたまったものではない。一瞬で目が白目を剥き
、よだれを垂らしながら真後ろに倒れてしまった。

ハーフエルフ姉弟もあまりの大声に思わず耳を塞いだ。だが、やがて瞼が半月
を描き、ついには完全に閉じてその場に座り込んでしまった。

ちなみにフトソンは、『ウワ』の『ウ』を言う0.2秒前には既に眠っていた。

一番至近距離にいたデミテルはまだ起きていた。さすがに三度目となる
と体に免疫ができるのか、はたまた彼の精神力が強いからなのか定かではない。

だが、彼は既に虫の息だった。リミィを後ろから羽交い締めにしたまま、今に
も意識が飛び兼ねている。

「リ・・・ミィ・・・・・・落ち・・・着け・・・・・・・・・泣き止・・・」
「ウワァァァァァァッ!!ヤァァァァァァァァァ!!」

リミィの目はどこにも全く焦点が合っていなかった。ただ断末魔の叫びの如く
泣きながら、体をジタバタと動かしたいのをデミテルに抑えられている。

 完全に自我が飛んでいた。


これは・・・むせび泣きなどというレベルではない・・・・・・

これは・・・・・・泣き狂っている・・・!!


一瞬、デミテルの意識が飛び、また戻った。と思えばまた飛び、そしてまた戻
った。意識が拘泥し、いつ眠ってもおかしくない。

デミテルは彼女の声に負けないような大声を張り上げて叫んだ。

「おぃぃぃぃ!!落ち着けリミィィィィィィ!!私だ!!デミテ・・・・・」
「ウワァァァァァァァァァァァァァ!!ヤァァァァァァァァァ!!」

だが、デミテルがどんなに叫んでも、リミィは全く聞く耳を持たない。イヤ、
自分の悲鳴で掻き消してしまっているのだ。

デミテルの意識が一瞬また飛んだ。彼のリミィの口にかかった手が少しばかり
ズレた時、余計に悲鳴が大きくなった。


クソ・・・なぜ急にこんな・・・・・・こんなにも哀しい悲鳴を・・・・・・

安心・・・させねば・・・さもなくば街の人間全員が・・・というか私も・・・

しかし声が・・・コイツの耳に私の声が届・・・・・・か・・・・・・・・・・・・な・・・・・・・・・

声が・・・・・・・・・・・・・・・届かぬ・・・・・・なら・・・・・・・・・・・・ばぁ・・・


デミテルが睡魔と、そして自分のむせび泣きに苦労していることなど気づかず、リミィはただひたすらに悲鳴をあげていた。

『泣いている』などといった、生易しい表現では済まない。『狂い喚いている』という表現が合っているように感じられた。それほど、彼女はパニックに陥って頭の中が混乱仕切っていた。


や・・・や・・・

いや・・・


怖い・・・
 怖い・・・
怖い・・・
怖い・・・

怖いこわいコワイ怖いこわいコワイ怖いこわいコワイ怖いこわいコワイ怖いこ
わいコワイ怖いこわいコワイ怖いこわいコワイ怖いこわいコワイ怖いこわいコワイ


怖い
 こわい
 コワイ


 KO・・・WA・・・

ガシ

・・・・・・?


急に温かくなった。全身を貫くような、冷たい記憶のフラッシュバックが突然
止まり、彼女の世界は一瞬止まった。


なんだろぉ・・・

すっごく温かくて・・・

すっごく大きくて・・・

 すっごく優しい・・・


「・・・・・・やっと・・・・・・・泣きやんだか・・・」


デミテルは思い切り大欠伸しながら、とぎれとぎれだった意識を徐々に回復さ
せていた。リミィの狂ったような悲鳴がピタリと止まったからだ。

デミテルは何とも恥ずかしそうな、苦い顔をしていた。リミィを、胸に思い切り
抱きしめた状態で。

声が届かんならば体温で落ち着かせるというのは・・・どうやらうまくいった
ようだ・・・

だが・・・


ああ・・・フトソンのバカが眠っていてくれてよかった・・・また『ロリコン
なんだな♪』とか鼻で笑いながら言われるところだったわ・・・まったく・・・


・・・私はロリコンじゃないぞ・・・断じて・・・


 そう・・・断じて・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・多分。


  デミテルはちょこっと自信がなくなった。


 とにかくフトソンを起こさねば・・・そこのハーフエルフ姉弟は放っておこう・・・このまま眠らしておこう・・・


 この兵士は・・・


 すぐ眼前で爆睡する兵士を見た時、彼の脳みそに妙案が浮かんだ。

 かなり危険だが、この街から脱出する方法を、彼は考えついたのだった。

 それから十分後。

「なんだったんだ・・・さっきの悲鳴は・・・」

カモメが飛び交うベネツィア港。アルヴァニスタ王国の大型船が停泊する防波
堤に、宮廷魔術師ルーングロムは大あくびをしながら立っていた。港には、
彼以外の人影はない。


全身を貫くような甲高い少女の悲鳴と、同時に体を駆け抜けていった、強烈な
睡魔。まったく相対の位置にあるこの二つが同時に・・・一体どういう
こと・・・


ガチャっガチャっガチャ・・・


原因はわからぬが、とにかくこの街の人間のほとんだが眠りこけたに違いない。精神力が強い人間を除いてだが。


ガチャっガチャっガチャ・・・

まさか・・・これがデミテルの・・・奴の何かの念密に構成された策で・・・


「あのぉ・・・」

ルーングロムが様々な憶測を巡らしていた時、背後から声がした。急いで振り
向くと、一人の兵士がこちらを見ていた。兵士は風邪なのか、白いマスクをつけ
、なおかつ兜を深く被っていた。

「む。どうした?」
「はい・・・実は・・・」

そういうと兵士は、体を横にスライドさせた。すると、そこには一人の男が立
っていた。

 そいつは白い着ぐるみを着て、何とものほほんとした、憎めない顔だった。だ
が、気分が悪いらしく、下に顔をうつむかせていた。おまけに両腕には縄が締め
られている。

そして、その大きな頭の上には、長い、水色の髪をした少女が、スヤスヤと眠
っていた。目には、少々涙が残っている。

「・・・なんだコイツは?」
 「デミテルの部下のようです。先程まで奴を我が隊が追っていたのですが、逃
げられ、この者達だけ何とか捕まえたところでして・・・」
「ほう・・・」

ルーングロムは顎を撫でながら、白い着ぐるみを着た男の顔をジッと見つめた
。男は目線を下に反らし続けている。

兵士はさらに続けた。鎧が少々大きいらしく、ガバガバしていた。

「恐らくデミテルの情報を何か知っていると思われます。つきましては、船内
にて取り調べを・・・」
「・・・・・・」

ルーングロムは未だ着ぐるみ男を睨み続けている。男も未だうつむき続けてい
た。

 やがて、ようやく視線を兵士に向けたルーングロムは、こう言った。

「わかった。取り調べは私があとで行う。それまで船の牢に閉じ込めておけ・
・・・・・」
「了解しました。」

兵士は敬礼すると、着ぐるみ男の腕を掴み、アルヴァニスタの国旗が風で瞬く
船に向かって歩き出した。

兵士は着ぐるみ男をグイグイ引っ張りながら、ある程度ルーングロムから離れ
ると、後ろをそっと見た。

ルーングロムは街の方を見ており、こちらに背中を見せている。
それを確認した兵士は、そっと着ぐるみ男の耳元まで背伸びし、囁いた。

「計画通りだ。このまま中に行くぞ。」
 「・・・デミテルさんなんか臭い・・・過齢臭的なものが・・・」
「しょうがないだろ!前着てた奴がどう見てもメタボリックな親父だったんだ
から!・・・にしても、そこにいるクソガキはスヤスヤ寝おってからに・・・」
「泣き疲れちゃったみたいなんだな・・・一体なんであんなに泣いたんだな・
・・?」
「この街を出たら聞くとしよう・・・まったく・・・まぁいい。とにかく作戦
どおり、このまま船に入って次に・・・」
「おい!ちょっと待て!」

背後から呼び掛ける声がして、鎧姿のデミテルはフトソンと共にビクリとした
。一気に胸の心拍数が急上昇するのが手にとるようにわかる。

デミテルはなるべく兜を深く被って髪が見えないようにしながら振り向いた。

「な、なんでこざいましょう?」
「イヤ・・・たいしたことではないが・・・」

ルーングロムはデミテルの目をじっと見つめながら言った。その探るような目
に負けぬよう、デミテルは必死に目線を合わせ続けた。

今目線をずらせば、確実に怪しまれる。

「一つ聞くが・・・」
「はい・・・・・・」
「お前・・・・・・・・・『アルヴァニスタ軍三大宣誓訓』は言えるか?」
「アルヴァニ・・・え?」

聞いたことがない単語に、デミテルは思わず目をパチクリさせた。ルーングロ
ムは眉を潜めた。

「我が国の軍に入軍した際、最初に覚える基本の軍訓だ。我が軍の兵士なら全
員言えるはず・・・・・・どうした?言えないのか?」
「い・・・・・・あ・・・・・・」


ぐ、軍訓だと・・・?まずい。そんなものがあるとは・・・


デミテルはゴクリと生唾を飲んだ。もしこのまま言えねば、確実に怪しまれる。


こうなれば・・・

破れかぶれよ・・・!


デミテルは思い切り深呼吸をすると、目を閉じ、やがてカッと目を見開いてが
むしゃらに叫んだ。

「アルヴァニスタ三大宣誓訓
その一ぃ!遠足は帰るまでが遠足です!
その二ぃ!おやつは三百円まで!
その三・・・えぇと・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この筋肉ダルマは焼いて食べるね!」
「・・・・・・・・・。」


  最悪だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!私は何を言ってるんだぁあぁぁぁぁぁぁ!?
というか最後のやつは何だ!?なんか以前誰かが言ってたような気が・・・!?

 デミテルは心の奥底で後悔と恐怖の怨嗟に巻き込まれながら絶叫した。


誰も、何も言わない。ルーングロムはジッとデミテルを見据えたまま。デミテ
ルは冷や汗をダラダラと流し、フトソンは『この男はやっぱバカだ』という顔をして、うなだれていた。

やがて、ルーングロムはゆっくりと口を開いた。デミテルは緊張で死にそうである。

「・・・・・・おい・・・」
「あの・・・ちょっと間違えちゃったかもしれません・・・」
「お前・・・」
「いやアレですよ!ちょっと実家の家訓が混ざってしまったかもしれな・・・」
「ちゃんと言えるじゃないか。」
「・・・え?」

デミテルとフトソンは目をパチクリさせた。ルーングロムは険しい顔付きから
、優しい笑顔に切り替えた。

「一文字のずれもなく言えている。たいしたものだ。よし。もう中に入ってい
いぞ。」
「え・・・あ・・・はい。」

ルーングロムがゆっくりとデミテル達に背中を向けた瞬間、デミテルとフトソ
ンはグイっと違いに肩を組み合った。

「デ、デミテルさんすごいんだな!一文字の狂いもなく言ってのけたんだな!
アンタただのバカじゃなかったんだな!!」
「か、完全なるアドリブだったんだが・・・」
「まさに奇跡なんだな!もしかしてデミテルさんエスパーなんだな!?」
「私はニュータイプか・・・・・・・・・とにもかくにも上手くいった。早く船に入るぞ・・・」

デミテルはなるべく『兵士と捕虜』という関係に見えるよう、後ろからフトソ
ンの背中を蹴り飛ばしながら船へと向かった。

彼らが船のタラップに足を踏み入れた時。背後から声がした。

「一ついいことを教えてやろう。」


ザクっ


何かが、何かに刺さった音がした。デミテルは船のトラップに片足を乗せたま
ま、動きをピタリと止めた。

 その音に気付いたフトソンは、ゆっくりと後ろを振り向いた。

音の主はすぐわかった。なぜなら

彼が、デミテルが、背中に何本もの氷の針を突き刺して、うつぶせに倒れたからだ。口から生暖かい血を吐き出し、ゆっくりと。

 倒れた時、彼が被った兜とマスクが取れ、兜は海にバシャンと音を立てて落ちた。中
に隠れていたジャミルは慌てて雨粒降り注ぐ空に飛び上がった。

ルーングロムは指先から出る冷気の煙をフッと吹くと、こう言ってほくそ笑ん
だ。悪魔のような、残虐な笑みを。

「アルヴァニスタ軍三大宣誓訓なんてものは元々存在しない。答えようとした時
点で・・・・・・・・・・・・・・・貴様の負けだ。殺戮者。」

つづく

あとがき
来週(これを投稿したのは十二月二十二日の土曜日)は諸事情によりおそらく投稿できません。よろしくお願いいたします。

次回でベネツィアでのお話は終わりです。

次回第二十九復讐教訓 「『正義』は『悪』の裏返し」

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