« Tales of Locus【1】 | メイン | テイルズオブジアビス ~魔界戦記~【1】 »

デミテルは今日もダメだった【29】

第二十九復讐教訓「『正義』は『悪』の裏返し」

雨粒が冷たい。最初は肌で感じるか感じないかぐらいの、弱いものだった。だが
、少しずつ、確実に雨足は強くなっていた。

デミテルは港の冷たいコンクリートの上に横たわっていた。背中には八本もの
アイスニードルが背中に突き刺さり、毒々しい真っ赤な血を滴らせている。

 その姿を、無表情で眺める男がいる。宮廷魔術師ルーングロムだ。その動かな
い頬からは、雨水が滴り落ちている。

フトソンは急いで、目の前に横たわるデミテルの顔の前にしゃがみ込んだ。同
時に、上空を旋回していたジャミルがヒュルリとフトソンの肩に乗った。

「ど、どうするんだな・・・デ、デミテルさんが・・・・・・」
「落ち着きなさいよデカブツ・・・死んだわけじゃないでしょうに・・・ほら。ちょっと動いてる・・・」

オロオロとするフトソンに向かって、ジャミルが冷静に言った。その声で、フ
トソンの頭でスヤスヤと眠っていた少女が目を覚ました。

「ん・・・・・・フトソンジャミンコおはよぉ・・・今日の朝ごはんは卵かけ
ご飯がいい・・・」
「んなこと言ってる場合じゃないんだなリミィ!あと卵かけご飯はコレステロールが高いんだな!卵は基本一日一個のペースじゃないと高血圧に・・・」
「じゃあお昼は焼鳥ぃ♪」
「お肉ばっかり取るのもと体によくない・・・」
「貴様ら・・・人がこんな目にあってるのに何お昼ご飯の相談をしとるんだ・
・・!」

体を震わせ、口と背中から血を滴り落としながら、デミテルがフラフラと立ち
上がった。足元がおぼつかなく、すぐフトソンに支えともらったが。

「まったく貴様らときたら・・・無能な会話ばかりしおってからに・・・げほ
ごほ・・・・・・・・・朝は練乳入り卵かけご飯、昼はホットケーキに決まっと
るだろうがぁ!?」
「アンタが一番体悪くする・・・・・・ていうか大丈夫なのアンタ?」

背中に突き刺さる氷の針をゆっくりと、顔をしかめながら抜いていくデミテル
に、ジャミルは驚嘆した。

「鎧を・・・着ていたおかげで・・・そんなに深く刺さっては・・・・・・ぐ
ぁ・・・」

デミテルの足元がフワリとよろけた。前に倒れ込んで来たデミテルの体を、フ
トソンは急いで支えた。

「・・・よく聞け・・・お前ら・・・」

息をハッハッと切らし、口周りの血を腕で拭きながら、デミテルはフトソンの
胸の中で囁いた。

「当初の・・・計画通り・・・船の甲板に入って・・・緊急避難用の船を捜せ・・・
・必ずあるはずだ・・・・・・大陸に沿って南下しろ・・・そうすれば街から出
られ・・・げほがは!」
「デ、デミテルさん・・・深く刺さってないなんて・・・」

少々視点がズレている雇い主の体を支えながら、フトソンは心配そうに言った
。リミィは寝起きで状況が理解できていないのか、ポケ~っとしていた。

先程の咳込みで吐血した血を舌で舐めながら、デミテルは続けた。

「船の中にはまだ兵がいるだろうが・・・皆リミィのむせび泣きで眠っている
はず・・・大丈夫だ・・・・・・私は・・・」

そう言うと、デミテルは懐に手を延ばした。ゴソゴソと中を漁ると、中から、
透き通る赤をしたアップルグミを取り出し、口に加えて噛んだ。

背中の出血が少しだけ止まった。デミテルは自分を支えるフトソンを半場突き
飛ばすようにすると、クルリと背をフトソン達に向けた。

「私は・・・あの男を・・・抑える・・・」
 「ダ、ダメなんだなデミテルさん!一人でなんて・・・しかもその怪我・・・」
「眠っている兵共がいつ起きるかわからん。こうした方が効率的だ・・・」
「でも・・・」
「・・・安心しろ。」

 今度は懐からウエハースチョコを取り出し、噛り付きながら、デミテルはニヤ
リとした。荒かった息は徐々に戻っていっていた。

 「『お前らの為に体を張って死ぬ』なんぞ、ごめんこうむる。私は私の為に生
き私の為に死ぬ。」

 ケラケラしながら言うデミテルの後ろ姿を見て、ジャミルはハァっとため息を
ついた。

「・・・確かにそうだわ。アンタ悪人なんだからそんな正義のヒーロー的なこ
とやらないわよねぇー・・・」
 「その通りだジャミル。私は私利私欲の為に生きる男だからな。」
 「自分で言うのもどうなのよ・・・まぁいいわ。やるんだったらとっとと済ま
しちゃいなさいよ。ほら。行くわよデカブツ。」
「えぇ!?そんな・・・」

そう言って、ジャミルは翼を羽ばたかせて、フワフワと船の中へ入っていった
。入る直前、チラリとデミテルの背中を見ていた。

フトソンも不服な顔をしていたものの、仕方なさそうにデミテルに背中を向け
た。

その時、未だ寝ぼけているリミィがフトソンの頭の上で元気に言った。

「早くついて来てねぇデミテル様ぁ~・・・リミィ待ってるよぉ・・・・・・
・・・・・・・・・・・・おやつは三百円までねぇ~♪」
「何の夢と混同しとるんだ・・・」
遠ざかっていくリミィの眠そうな声を背中に、デミテルは呆れながら呟いた。

 港にある人影はたった二人。おかしな髪の色をしたハーフエルフと、赤茶色の
長い髪を束ねたハーフエルフ。

デミテルはガチャガチャと、過齢臭を漂わす鎧を脱いだ。

改めてその臭気を確認して若干悶えながら、デミテルは前方に立つ名も知らぬ
ハーフエルフに尋ねた。

「なぜだ?」
「なにがだ?」

名も知らぬ男の声は酷く冷たかった。いや、冷たいというより、何も感じ
ない。まるでコンクリートが喋っているような無機質な声だ。

デミテルはその声で、この男がどんな性格をしているか大体把握すること
ができた。


この男は・・・

自分が認めた人間には優しいが・・・

自分が認めないもの・・・悪には徹底的な拒否感を出すタイプだろう・・・


「・・・なぜあいつらが・・・・・・私の部下が逃げるのをあっさり見逃した
?」
「モンスターになど興味はない。私の目的は貴様だ。」

男は淡々と語る。その真っすぐな目にみなぎるのは、憎しみでも怒りとも
違う。

嫌悪感だ。

デミテルは鎧の背中部分を見た。鎧はアイスニードルでできた何個もの穴から
シュウシュウと冷気をかもし、おかげで背中に氷の針が刺さった時吹き出た血は
、カチカチに凍り付いていた。


下級呪文でこれほど分厚い鎧に穴を空けるとはな・・・

 そのうえ人型のモンスターであるフトソン達をモンスターだと見破った・・・


デミテルは足元に鎧を落とすと、横に蹴り飛ばし脇に除けた。

「・・・二つほど質問していいか?」
「・・・なんだ?」
「・・・まずお前の名は?そして・・・・・・」

ここでデミテルはクスリと笑った。何だか何もかもが滑稽に感じられる。

「・・・私が捕まった場合、裁判に勝てる可能性は?」

雨が本格的に強くなり始めた。エルフは初めてニコリと、まるで修学旅行の相談
でもするかのように楽しげに質問に回答した。

 「・・・残念だがほぼ間違いなく極刑だ。助かる確率は限りなく0に近い。そ
して私の名は・・・・・・」

次の瞬間、男が自分の顔の前で両手の平をパチンと合わせ、一気に詠晶し
た。

「私は宮廷魔術師ルーングロム。無差別殺人の罪で貴様を・・・」
「宮廷魔術師?」

あまり聞き慣れない言葉にデミテルは一瞬キョトンとした。が、いつの間にか
迫って来ていたサイクロンの竜巻に気がついた。

デミテルは急いで人差し指を唇に押し当てた。

「チっ・・・・・・!!」

その時、彼の背中に何かが貫いていくような激痛が走り、詠唱がストップした
。背中から血がドクドクと溢れ、生暖かくなっていくのを彼は肌で感じた。


くそ・・・アップルグミ一つでは・・・


デミテルは何とか風の渦から逃れようと横サイドに駆け出したが、それは無理
な相談だった。眼前に迫りくる渦は、デミテルが作るサイクロンよりもひとまわ
り大きく、そして速く、

なにより、手加減というものが一切感じられない。

「この・・・」

デミテルは無意識に腕で顔を防護した。そしてそのまま、体をズタズタと切り
裂かれていった。

「・・・宮廷魔術師って何の仕事してんの?」
「へ?」

塩の香りが漂う、どこか青臭い洞窟。その『浸食洞』の、かつてデミテルが波
に飲まれた場所に時の英雄達こと、クレス=アルベイン達はいた。

精霊を捜し洞窟内を当てもなく歩いていた時、アーチェ=クラインは突拍子に
こんなことを言った。

「ほら。ルーングロムさんって宮廷魔術師じゃん?宮廷魔術師って普段何する
仕事なのかな~・・・って?ふと思ったんだけど。」
「それならきっとアレだよアーチェ。」

剣片手に、クレス=アルベインはこう断言した。

「『宮廷』魔術師だけに裁判を『休廷』させる・・・」
 「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

誰も、何も喋らない。クレスはワクワクしながら仲間達のリアクションを待っ
ていたが、何の反応もないので不思議そうに首を傾げていた。

その一方で、ミント、クラース、アーチェの三人は目で互いに合図して会話を
していた。

 そして、その会話の結論として次のようなことが決定された。


今の発言はなかったことにしよう・・・


「・・・いいかアーチェ。宮廷魔術師とはな・・・」
「あのクラースさん?僕のさっきの渾身のダジャ・・・」
「え!?ク、クラース何か知ってるの?教えて教えて!」
「イヤイヤイヤ。僕のさっきの発言について何かしらの感想を・・・」
「クレスさん。人の話を聞く時は静かにしないといけませんよ。」
「いや・・・ねえ・・・」
「ごほん。えー。改めて本題、宮廷魔術師とは・・・」
「・・・・・・・・・。」

存在をほぼ完全に消されて愕然とするクレスを無視して、クラースは半場強引
に語り始めた。

「宮廷魔術師は言いようによっては王直属の使用人だ。エルフもしくはハーフエルフは基本的に博学だし、魔術を使う以外にも魔法薬の生成、知識も並の人間よりも勝る。そのため、王に対して何の躊躇もなく意見が言える。はっきり言って大臣よりも王とは同
等の地位にいると言っても過言じゃない。」
「へえ・・・王様の使用人かぁ・・・」

クラースの説明にアーチェは感心仕切っていた。クラースも少々得意げだ。

「ルーングロムさんは私がまだアルヴァニスタの大学にいた時にはもう宮廷魔
術師をしていた。実を言うと私も街で何回か見たことがある。」
「そうなんですか?一体街で何をやっていらっしゃったんですか?」

ちょっと半泣きのクレスの頭を撫でてあげながら、ミントは引きつり笑顔で尋
ねた。すると、クラースは頭を帽子ごしにかきながらこう答えた。

「いや・・・その・・・・・・私が買い物しに食材屋に行ったら・・・」
「行ったら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マシュマロとウエハー
スチョコを大量に買い込んでた・・・にやけながら・・・」
「・・・・・・・・・」

恐ろしい事実に、ミントは笑顔のまま硬直してしまった。

「あと街で見たのは・・・」

クラースは宙を見上げて顎をかきながら、やがてこう言った。

「あとはあの時だな・・・・・・・・・・・・公開処刑。」
「え?処刑?」

ミントにもらったハンカチで涙を拭っていたクレスは、その言葉に目をパチク
リさせた。

クラースは続けた。

「八月頃だったか・・・アルヴァニスタの街に連続通り魔殺人が起きてな。犯
人は一本のナイフで十一人もの人を通り過ぎ様に刺し殺したんだ。女子供も関係
なくな。十二人目を刺そうとした時、張り込みをしていた兵に捕まり御用になっ
た。まあ、公開処刑にされても文句は言えないような犯人だったんが・・・」

ここでクラースを顔を曇らせた。まるで、思い出したくないことを思い出して
いるような。

「私はあまり興味なかったんだが・・・友人がどうしても見に行こうと言って
処刑を見に行ったんだ。処刑場の中央広場には多くの人だかりと兵士、そして国
王の姿もあった。その横に彼がいたんだが・・・」

クラースはブルッと身震いした。

「あの時・・・犯人が噴水の前に置かれた処刑台・・・首をはねるギロチンだ
が・・・そこに歩み寄って行った時に、私はふとルーングロムさんの方を見たん
だ。するとな・・・」

洞窟内は静かだ。クレス達だけでなく、壁が、洞窟そのものが聞き耳をたてい
るような。

 クラースは長く言葉を溜めると、ゆっくりとこう言った。

「笑ってたよ・・・・・・処刑台に向かう罪人の背中を眺めながら楽しげに・
・・・・・あとで聞いた話だが、殺人被害者の中には彼の友人が一人いたそうだ
。それを知った彼は自ら捜査に加わり、あげく犯人を捕まえて・・・・・・それ
以来、大きい事件が起きると彼自身が直接捜査を指揮するそうだ。」
「ふーん・・・宮廷魔術師って色々やってんだぁ・・・」

アーチェはしばらく考えた後、こう言った。

「てゆーことはさ、アタシも『はくがく』ってことだよね?だってエルフの血
引いてるもん♪」
 「博学かはまだしも、料理の腕がな・・・」
「なんですって!?」
「はくがく・・・はくがく・・・」

クレスは『博学』という言葉から新しいダジャレを思考したが、さすがに思い
付かないらしい。

「はくがく・・・博学が歯磨く・・・これは違うか・・・・・・博学の画伯・
・・・・・うーん難しいなぁ・・・」
「クレスさんそんな馬鹿馬鹿しいことに脳みそ使わなくていいですから・・・

「・・・・・・・・・!」

単刀直入に言うミントにクレスは凍り付いた。

その時、突然クレスの目に何かが写りこんだ。

クレスは急いで自分を解凍すると、腰の剣を引き抜いた。

「みんな構えて!モンスターだ!岩影にイカが三匹!」
「チ・・・気付かれたか・・・」

ずっと様子を伺っていた三匹のイカは岩壁から姿を現した。

「いくでお前ら・・・ワシら史上最強のイカのギャング、その名も『イカ3(
さん)』の力を見せ付けるんじゃ!!」
「そうや!もう前みたいな敗北は二度と記せんで!!」
「あんのデミトルだったかデミー=ムーアだか言うハーフエルフにやられた腹いせを
ここで果たす!!」
「ヨッシャ!!いくで!合・体!!」

突如、三匹のイカが同時に叫んだ為、クレス達はビックリした。彼らが驚愕す
る中、三匹は飛び上がり、そのまま・・・

組み体操のピラミッドになった。

「わいらこそ最強最悪のイカのギャング・・・その名も・・・イカさ」
 「イラプション!!」
 「ウギャアアア!?」

 彼らの自己紹介よりも早くアーチェの魔術が炸裂し、イカ達は悲鳴と共に一斉
に壁に叩きつけられた。

 「いてて・・・テメェらよくもやりやがったなぁ!?おい!マック!オルトガ
!!奴らに『イカ・トリオ・ジェットストリームアタック(バージョン2・ディレクターズカット版)』を仕掛けるぞぉ!!」
「よっしゃ!!いくで!!」
「わいらの恐ろしさを見せ付けたるでぇ!」

イカ3は謎の対列を組み、クレス達に突進していった。

「ク、クラースさん!?なんかイカが変な対列組んでこっちに来ます!!なん
だアレ!?なんか怖い!?」
「いかん!逃げるぞ!」
「えぇ!?逃げるんですか!?」
「だって・・・・・・めっちゃ怖いぞアレ!?」

クラースの言う通りだった。イカ達は縦に並び、エキゾチックな踊りを交えな
がら物凄い動きとスピーディな動きでこちらに駆けてくるのだ。謎の歌を交えな
がら。

「タコは八本イカは十二ほーん♪タコは八本イカは十二ほーん♪ララララ~
・・・・・・大和魂ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁお!!?」
「クラースさん何か歌ってますよ!?」
「いかん!!きっと光線とか口から出すぞアレ!?早く逃げるんだぁぁぁぁ!?」

イカギャング達に追われながら、時の英雄達は洞窟を駆けていった。


「チィ・・・アイストーネードぉ!!」
「サイクロン。」

ベネツィア港。そこに降り注ぐ雨のカーテンは、降り始めの小雨とは比べもの
ならない程強くなっていた。どれくらい強いかと言えば、数十メートル先の人間
がうっすらとしか見えない程の。

そんなザアザアと降り注ぐ雨の中を、一人の男が駆けている。そして、その男
を歩いて追う男がいる。

追う男は指を追われる男に向け、叫んだ。

「いい加減諦めろ。そんな全身ズタズタの体で逃げられるとでも?」
「やかましい!私は諦めが悪いんでな!サイクロン!!」
「そうか・・・」

大粒の雨を切り裂くように飛んでくる風の渦に狙いを定めながら、ルーングロ
ムはニコリと笑った。

「諦めが悪いわりには・・・威力が下がっているようだな・・・・・・・・・
レイ。」
「!!」


デミテルは気付いた。自分が放った風を数本の細い光の熱が突き抜けて、自分
に走ってくるのを。
 

くそ・・・


デミテルは慌てて身を屈めたが、遅い。彼の右肩を一本の光がかすり、同時に、肩の鉄のショルダーを弾き飛ばしてしまった。

彼はジュウジュウと煙を立てる肩を抑えた。


術の狙いに全く無駄がない・・・その上光系の術が使えるとは・・・・・・私
が扱えない術を・・・

身を・・・隠さねば・・・


「どうした?まさか死んではいないだろうな?」

雨の雫を束ねた髪からポタポタと垂らしながら、ルーングロムは楽しげに言っ
た。彼にとって、悪人が追い詰められていく姿程爽快な光景はない。

「私はお前を殺す気はない。あくまで貴様を裁判で裁く。斬首刑という罪目で
・・・」

ふと、ルーングロムの足が止まった。若干雨が弱くなり、周りの光景が彼の目
に写りこんだのだ。

デミテルとルーングロムは知らず知らずのうちに、港のコンテナ置き場にいた。一面に大小問わず木製の木箱が乱雑に敷き詰められている。

ルーングロムは先程レイを放った方を見た。あるのは、黒く焼けた鉄のショル
ダーが一つ転がっているのみ。


これは・・・捜すのが大変だな・・・


ルーングロムはゆっくりと、コンテナの森へと足を踏み入れていった。


「おのれ・・・あのポニーテール男が・・・」

無数のコンテナの一つが悪態をついた。正確には、人一人がギリギリ入る程の
大きさのコンテナの中に一人の男がぶつくさ言っているのだが。

デミテルは火傷した肩を撫でながら、小さい声でぶつぶつ呟いていた。

「おそらくはあの男が兵士を統率していた奴だろう・・・まったくもって迷惑
な奴だ。たかが一人捕まえる為に街をまるまる一つ閉鎖するか?奴のおかげでギ
ャグ要素が入れにくくなるは、一話完結の小説スタンスが崩れるは・・・・・・
・・・ん?」

ふと、デミテルは気付いた。なんだか前にも同じような状況にいたような気が
する。

ベネツィア。港。大雨。コンテナの中。


・・・あの時と同じか。


約十年前。私はここにいた。ここで一度死を願い、そして生きていることの幸
福を知った。


デミテルはゆっくりと、頭をコンテナから出し、空を見上げた。空はあの時程
ではないが、一面灰色に染まり、太陽は完全に遮断されている。


ここから見上げた空を見ながら、私はかつて死を願った。自分の運命を、家族が、親
がいない運命を呪った。

もしあの時・・・

 あの男が・・・

あの親バカ親父に出会っていなければ・・・私は今頃・・・

何を言ってるんだ私は。


デミテルは再びコンテナに体を戻すと、その場にしゃがみ込んだ。コンテナを
打つ雨粒の音が、妙に生々しかった。


私が殺したんじゃないか・・・その人を・・・人生の恩人を・・・私にただ生
きることがどれほど幸せかを教えてくれた人を・・・

その人の家族さえも・・・その人の住まう町をも・・・

・・・アレは私自身が望んだのだ。正しかったんだ。間違ってなどいない。ア
レこそが・・・

正しい・・・正しい道だった・・・


デミテルはわからなかった。時が経てば経つ程に、心に居座り続ける疑問とい
う名の石が重くのしかかってくる。

こんなことを考えている暇は・・・

「とっとと出てきたらどうかねぇ?」

どこからか声が聞こえる。あの男の声だ。デミテルは身を縮めた。

ルーングロムはゆっくりと、コンテナが立ち並ぶ道を歩きながら呼びかけてい
た。港からの潮風が彼の髪を揺らしている。

「逃げてどうする?え?そんなにも死にたくないのかね?たくさんの罪無き人
々を殺めておいて身勝手な奴よ。」


ふん・・・そうやって私の心理を揺るがそうとでもしているのか?悪いがそん
じゃそこらの心理学を利用したところで・・・


「自分が憐れだと思わんかね?意味もなく人を殺め、そして己の命を護るのに
躍起になる。自分の姿が痛々しいと思わないのかね?」


どうとでも言うがよいわ・・・


「・・・・・・お前は何故生きている?何故死にたくない?」


何故生きているかだと?そんなもの・・・


「お前は・・・何の為に生きている?」


 黙れ・・・・・・

「・・・それとも貴様の死を悲しんでくれる人がこの世にいるのかね?」
「・・・・・・!」


悲しんでくれる人?自分が死ぬことを悲しんでくれる人?自分生きることを望
む人?

そんな人は・・・


「人は誰かに求められて初めて生を実感する。この世の誰にも求められないで
生きているなど・・・そんなものは死んでいるのと同じではないかね?」
「死んでいる・・・」


死んでいる?私は死んでいるのか?友人も、家族も、家族に限りなく近い位置
にいてくれた人達も

私を求めてくれた人達はみな死んでしまったじゃないか・・・

あるいは・・・

殺してしまったじゃないか


なんで・・・


なんで私はまだ生きているんだ・・・


デミテルはコンテナの中でしゃがみ込んだまま、湿り付いた床を覗いていた。
男の足音が着実に近付いて来ている。

 指がかじかみ、震える。いや、指だけでなく、手が、足が、全身が、心が震え
る。


寒い・・・なぜこんなにも寒い・・・雨のせいか・・・?

・・・違う。寒いのは・・・


私の


誰にも存在を求められぬ

魂・・・


「三分待ってやる!」

ルーングロムは指先をゆっくりと唇に押し当てると、姿見えぬ殺戮者に向かっ
て叫んだ。

「それで出てこなくば・・・・・・ここのコンテナを全て炎上させてもらう!」


・・・と、かっこよく言ってはみたが・・・

そんなことホントにやったら確実にベネツィア市に損害賠償求められるな・・
・うちの国の予算もダオスのせいで貿易しづらくなってギリギリなんだ・・・
頼むから出てこい・・・あと三分で・・・

外で何か言っているな・・・

デミテルはゆっくりと、コンテナの壁にもたれながらも何とか立ち上がった。
しかし、なんだか自分の体がひどく重たく感じられる。


このまま隠れていてはコンテナを燃やされる・・・そうなるともう・・・真っ
向から勝負を・・・

・・・戦うのか?私は・・・?

何の為に?生きる為か。

何の為に生きる?誰が為に生きる?

私が・・・

私が生きる理由など・・・


・・・・・・・・・・・・


「・・・・・・ん。」

ふと、コンテナの床を見続けていたデミテルの死んだような瞳に、何か光るも
のが写った。それは長く、細く、それでいて水色に輝く何か。

糸屑?ゴミ?いや・・・

髪の毛?


デミテルは何故だかそれが無性に気になった。なんでもない、ただのゴミとし
て片付けるのが普通だが、なぜかそれができなかった。

彼をそれを、まるで大事なもののようにそっと、丁寧に摘み上げた。


この髪の長さは・・・・・・

・・・あのむせび泣きモンスターのか・・・

考えてみれば、今日一日アイツに密接することが多かった。髪の一本や二本体についていても不思議は・・・


あ・・・

デミテルはハッとした。ほぼ確実、九十九パーセントの確率で、自分の死を絶
対に願わない馬鹿が、

 自分が生きることを望んでくれる馬鹿がいる。


私が死んで悲しむ者が・・・

一人だけ・・・?


ファサ


突然、デミテルの鼻先がこしょばゆくなり、彼は慌てて鼻の上を触った。何か
フワフワしたものが鼻に乗ったらしい。デミテルはそっとそれを摘み上げた。

羽毛だ。美しい、ヒスイ色の一本の鳥の羽根が彼の手の平に乗っていた。

 おそらく、ジャミルを兜の中に隠させた時に抜け、髪の中に混じっていたのだ
ろう。

デミテルはしばらくジッとそれを見つめていたが、やがてフッと笑った。


コイツは・・・

この非常食は私の死を百パーセント悲しみはせんだろうが・・・

私が死んだら確実に困ってしまうだろう・・・


そう。私抜きでダオス城まで帰るなど、ベネツィアから泳いでアルヴァニスタ
に向かうようなものだ。

というか、それ以前にフトソンに何の躊躇もなく喰われるだろう・・・非常食と
して・・・

・・・?イヤ待てよ。


「二分経ったぞ。そんなに死にたいの・・・」
「ハーハッハッハァ♪」
「!?」

突如として聞こえた楽しそうな笑い声に、ルーングロムはビクリとした。この
状況で笑うなど、まさか気でも狂ったか?っと思った程だ。

デミテルは顔を抑え、楽しそうに笑い続けながらコンテナから出た。足取りは
とても軽い。


そうだ・・・そうだった・・・

そういえばフトソンは料理が全くできんではないか。もし私が死んだら奴は確
実に餓死だ。

いた・・・・・・


私が死んだら悲しむ者と・・・そして困る奴らが・・・

 どんな形であれ・・・

私の・・・

私の魂を求める馬鹿がいる・・・

まだ死ぬわけには・・・

断じてならぬわ!!

「・・・気でも狂ったか?殺戮者?」

不適な笑顔を纏い、コンテナの影から現れたデミテルにルーングロムは半分警
戒の意味を込めて尋ねた。

雨が、少しずつ止んできていた。

「別にたいしたことではないわ・・・ただ・・・」

デミテルは雨で濡れた髪を思い切り掻き上げた。赤い髪と、青い髪が妙なバラン
スで混じり合っていく。

「ただ・・・・・・まだ捕まるわけにはいかん・・・・・・私にはやらねばな
らん復讐があるのでな・・・」
「・・・寝言は寝てから言うがいい!」

ルーングロムは人差し指を唇に押し当て、ブツブツ唱えると、その指をデミテ
ルに突き付けた。

「サイクロ・・・」
「あ!あんなところにアンジェリーナ=ジョリーが!?」
 「何だと!?」

ルーングロムはビックリして、デミテルが指差す自分の遥か後方を振り向いた。

いたのは・・・・・・カニが一匹。

「・・・キッサマぁ!?世界のジョリーで人を騙そうなどとは・・・」
「アイストーネード!!」
「!?」

ルーングロムはハッとした。自分目掛けて、巨大な氷を纏いし竜巻がコンテナ
を吹き飛ばしながら飛んでくる。

ルーングロムは再び指先を向けた。

「貴様の術は粗削りだ!城で英才的教育で術を磨いた私の術には・・・・・・
サイクロン!!」

ルーングロムの言う通り、デミテルの放つサイクロンよりもどこか繊細なルー
ングロムのサイクロンは、デミテルの氷の渦を吹き飛ばしてしまった。

巨大な数個の氷が宙を待った。

「貴様がどんな復讐を企んでいるかは知らんが・・・」

術の衝撃で粉々になったコンテナを踏み越えながら、ルーングロムは毅然とし
た態度で言い放った。

「正義は悪を滅する為にある。私の正義の鉄槌が貴様の悪を必ず叩き潰す・・・」
「知ったことではないわ。」

デミテルは指先をルーングロムに向けながら、あっけらかんと言い返した。

「正義の鉄槌?笑わせる。お前から見ればそれは正義に見えるだろうが・・・
悪人から見れば貴様の方こそ悪よ。末恐ろしいわ。」
 「黙れ殺戮者。」
「どうとでも呼べ。だが・・・」

デミテルの指先が小さくメラメラと燃えた。ルーングロムは首を傾げた。


イラプションか・・・?だが・・・指先の向きが私ではなく、私の少し手前に
・・・


「・・・最後に一つ。私はお前に・・・」

ルーングロムの目の前のコンクリートの床が赤くなった。その瞬間、彼はハッ
とした。

辺り一面には、壊れたコンテナと

消えず残り続けている氷の塊が数個。

「私はお前に勝つつもりなど毛頭ない!さらばだぁ!イラプション!!」

デミテルが叫んだ。途端に、一面が赤い、丸いフィールドが結成される。

フィールドはそれほど大きくなく、ルーングロムはすぐに脱出できた。だが・
・・


あの男・・・!


ルーングロムはある事に気付いたが、時既に遅く、赤く染まったフィールドか
ら炎が沸き上がった。

途端に、視界が真っ白になった。落ちていた巨大な氷が炎で一瞬にして融解、同時
に蒸発し、白い蒸気となりコンテナ広場を覆ったからだ。

まるでディープミストをかけたようになったコンテナ置き場の真ん中に立ちな
がら、ルーングロムは身構えた。


奴の目的は我々の船に入り込み、小型船を奪うこと。街の方へ逃げることは考
えにくい・・・そしてその船は、私の遥か後方・・・

耳を澄ませ。精神を研ぎ澄ませろ。奴は必ず前方から来るはず・・・視界が無
くとも気配を・・・


・・・・・・・・・。

・・・あれ。

これは・・・


ルーングロムは自分の感覚を疑った。どういうわけか

デミテルの気配が自分の後方に感じられる。

ルーングロムは急いで後ろを振り向いた。同時に蒸気の煙幕は消え、視界が全
快になった。

デミテルがアルヴァニスタ船目掛けて遥か後方を駆けている。その足の早い事
早い事。

ルーングロムは目をパチクリさせた。


わ、私が『気配を探ろう』という考えを起こす遥か前に既にあんなところに・
・・

なんという足の速さ・・・


「このバカめが!マッハ少年に打ち勝ったこの俊足の足をなめるなよ!!何て
ったって『マッハーフエルフ』の称号を持つ男だからな私は!!」

マッハで走るハーフエルフ、略してマッハーフエルフことデミテルは、ルーン
グロムをあざけ笑うが如く叫んだ。

ルーングロムは憤慨して叫んだ。

「貴様逃げる気かぁぁ!?敵前逃亡は男の恥・・・」
「知るかたわけ!悪人に恥もプライドもないわぁ!例え全世界に笑われても生
き続けてやる!!」
「貴様にはプライドのぷの字もないのか!?」
 「安心しろ!!ぷの字の「P」までならある!!」
 「ローマ字表記にしてどうするんだぁ!?」

ルーングロムはデミテル目掛けてファイアボールやアイスニードルを連発した
が、遠すぎる。火は目標の横を通り過ぎ、氷の針は目標のすぐ後ろの地面に突き
刺さった。


一方・・・


「ちょっとデカブツ!!早くやりなさいよ!のろいのよ一つ一つの行動がぁ!

「んなこと言ったって・・・」

アルヴァニスタ船甲板。そこの横側面には緊急脱出船として小型のボートが何
台か縄で縛られ固定されている。

フトソン達はその一つを縄から振りほどこうと四苦八苦していた。縄はボート
の前後の先端部分にそれぞれあり、船の柵に繋がれていた。

結ばれている縄は別にそれほどキツイ結びというわけでもない。また、特殊な
結び方をしているわけでもない。ただ

「んなこと言ったって・・・・・・・・・僕の指じゃ太過ぎて解けないんだな
ぁぁ!!」

彼の指は人間のものより少々太い。おまけに指先まで着ぐるみを着ているので
、細かい作業が非常にやりづらかった。

ジャミルはフトソンの頭をつつきまくった。

「痛い痛い!?頭蓋骨に穴空くんだな!?」
「言い訳はいいからとっととやれやボケ!!頭蓋骨どころか前頭葉を貫いてほ
じくりまわすわよ!?」
「僕の前頭葉はおいしくないからやめた方が・・・」
「食べるなんて一言も言ってないわ!」
「二人とも喧嘩しちゃダメだよぉ!まずは落ち着くことから始めよぉ!!」
 「む・・・」

リミィの一声に、フトソン達はようやく気を落ち着かせようとした。

「そ、そうなんだな・・・落ち着くことが大切なんだな・・・」

そう自分に言い聞かせながら、フトソンはリミィの声が聞こえる足元を見下ろ
した。

リミィは・・・・・・・・・・・・立ちながら鼻ちょうちんを垂らして眠って
いた。


えええぇ!?寝言ぉぉぉぉ!?

「リミィ!?この状況でまた寝るとかどんだけ図太い神経してんだな!?しか
もどんだけこの状況にマッチした寝言!?」
「小娘ぇ!!起きんかいぃぃぃ!?」

ジャミルは滑空飛行をしながら、リミィの額に蹴りを入れた。リミィは瞼をう
っすらと開けたあと、鼻ちょうちんを付けたまま眠そうにこう言った。

「ええとぉ・・・次の目的地は名古屋駅だぁ~・・・・・・サイコロを振ろぉ
~・・・♪」
「なんで夢の中で『桃太〇電鉄』やってんの!?」
「本当に泣き疲れちゃったんだな・・・」
「あ・・・大変だ・・・・・・新幹線カードぉ♪」
「振れるサイコロの数増やした・・・・・・ってどうでもいいわよもう!!」

ジャミルはリミィの頭の上に乗りながら頭をゲシゲシ蹴ったが、彼女は再び瞼
を閉じてしまった。

「おっと危ない・・・ってお前らまだやってるのか!?どれだけ時間くっとる
んだ!?」

背後から飛んでくる火の球を避けながら、デミテルが船に飛び込んで来た。彼
はてっきり船の用意はできていると思っていたのだ。

「早くしろ!でないと奴が来るだろうが!?」
「そんなこと言われても、解けないんだな縄が!!」
「・・・・・・」

デミテルはフトソンをジッと見ていたが、やがて、溜め息混じりにこう言った

「おいフトソン・・・」
「はい?」
「お前モンスターだろ・・・」
「はい。」
「・・・だったら縄を噛み切れる牙ぐらい生えてないのか・・・」
「・・・あ。」

十秒後。縄は、フトソンの(食の為に)鋭く磨かれた牙によって食いちぎられてい
た。

デミテルは歯の摩擦でちぎれて先が潰れた縄を見た。

「・・・これは牙で噛み切ったというより、歯と歯の摩擦熱でちぎっただけで
は・・・」
「いやー。普通ビックフット族は口の中にでっかい牙・・・人間は『アイヴォ
リー』って呼ぶやつがみんな生えてるんだけど・・・」

フトソンは恥ずかしそうに言葉を続けた。

「・・・・・・小学校のマラソン大会で顔面からこけてその拍子に折れちゃっ
たんだな♪」
「モンスターの小学校って・・・」
「その時僕は泣きながら保健室の先生に付き添われて保健室へ・・・みんなが
横を走っていく中、僕はみんなと逆方向を先生と歩いて学校へ・・・なんかめっ
ちゃ恥ずかしかったんだな・・・」
「そうか・・・大変だったな・・・」
「うん・・・大会だったんだな・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふー。」
「ってなんでリラックスモードに陥ってんのよアンタらはぁ!?早くボートを
海に浮かばせんか・・・きゃあ!?」

これから緑茶でも一杯飲みたい気分のデミテル達にジャミルは叫んだ。それと
同時に、アイスニードルが一本彼女の毛先を駆けていった。

「し、死ぬかと思った・・・危うく串刺し・・・」
「おいジャミル。インコが『きゃあ』とか言ってもかわいくもないし、それと
同時にイラッとして弱冠の殺意が芽生えるだけだからやめい!」
「なんですってこのロリコ・・・じゃない!早くボート海に落として乗り込み
なさいよ!」
「おいお前今なんて言おうとした?今ロリって言ったな?絶対言ったな?絶対
ロリコンて・・・」
「デミテルさん!んなことは『今さら』どうでもいいからボートの反対側持って!」
「『今さら』ってどういう意味だ貴様ぁ!?あと五時間はこの件について議論
せねば納得・・・」
「サンダーブレードォ!!」
「おっ!?」

上空の曇り空がキラリと光ったのに気付いたデミテルは、急いでリミィの頭を
引っつかみ飛びのいた。途端に一本の雷がフトソンの目の前に落ちた。

「うわーお!?」
「チッ・・・狙いがさっきまでより正解になったか・・・おいフトソン!早く
ボートを海に・・・」
「ギャアア!?雷が鼻先をかすったぁ!?なんか焦げたぁ!?」
 「落ち着けフトソン!お前鼻ないだろーが!?」
 「わぁ!?キングボンビーだぁ!?」
 「小娘ぇ!?いつまで『桃太〇電鉄』の夢見てんのよ!?」


雨は知らぬ間に止んでいた。少しずつ、雲の切れ目から日の光が差し込み始め
ている。

ルーングロムはアルヴァニスタ船の甲板からゆっくりと海を見下ろしていた。
その目先には、白い着ぐるみを着た男がボートのオールを必死に漕いでいる。ヒ
スイ色のインコに頭を突かれながら。

ルーングロムはここからボートを術で狙うこともできた。やろうと思えばこの
ベネツィア湾に沈めることもできる。

だが・・・

「おい起きろ。」
「あだ!?」

ルーングロムは甲板の上で眠っていた兵士の頭を蹴り上げた。兵士はビックリ
しながら起き上がった。

 「な、何事ですか!?」
 「命令だ。まずこの船内にいる兵を全員起こせ。次に、城に報告書を添えて伝
書鳩を飛ばせ。」
「わ、わかりました・・・して、報告の内容はどのように・・・?」
「そうだな・・・」

ルーングロムはもう一度、遠目からボートをチラリと見た。そして、ボートの
上にぐったりと座るデミテルを見た。

すると、彼はフッと笑ってこう言った。

「・・・我々はデミテルを寸前まで追い詰めたが、まんまと逃げられ逃亡を許
してしまいました・・・・・・と書いて送れ。」

『正義の鉄槌?笑わせる。お前から見ればそれは正義に見えるだろうが・・・
悪人から見れば貴様の方こそ悪よ。末恐ろしいわ。』

・・・私が悪?笑わせる。私は正義だ。人を不幸にし、悲しみを生み出す罪人
どもを拘束し罰を与える。それが正義と呼ばずなんと呼ぶ?

悪とは悲しみを産む。正義は救いを産む。私は・・・

私は・・・

一瞬、彼の脳裏にとある記憶が走った。数十年前、何十人の人の命を殺めた通
り魔を処刑台に送った日。

場所は中央広場。見物する民衆が、処刑台に向かう罪人を『死んで当然』とい
う目で見ている中で

一人。十歳前後の女の子が民衆に紛れて泣いていた。

『お願い許してぇ!お父さん反省してるから!ごめんなさいって謝ったから!
!お父さんを許してあげてよ!お父さん死んじゃやだぁ!!』


・・・私のやっていることは

正義・・・のはずだ・・・


「ねぇデミテルさん・・・」
「なんだフトソン?」
「これからどうすんだな?デミテルさん指名手配犯なんだな・・・」
「どうにかなる。」
「どうにかって・・・」
「先のことなど考えるな。とりあえずアルヴァニスタ大陸まで行くぞ。」
「わかったんだ・・・ってええ!?アルヴァニスタ大陸!?アルヴァニスタ大
陸までボートを漕げと!?」
「お前の腕力ならできる。」
「イヤイヤイヤ!?そんなん絶対無理なんだな!!腕ちぎれるんだな!?」
「木工用ボンドとかでくっつければいいだろ?」
「なんでよりによって木工用!?人の体を図工の作品みたいに言わないで欲し
いんだな!?」
「わーい♪名古屋着いたぁ♪」
「いい加減桃鉄やめなさいよ小娘・・・ゲームは一日一時間て高橋名人も言ってたでしょうに・・・」

つづく

あとがき
訂正です。ルーングロムさんはエルフではなくハーフエルフでした。なのにずっとエルフと表記してました。ごめんなさい。

次回からは一話完結に戻ります。よろしくお願いいたします。

今回内容がグダグダだったかもしれない・・・そう思う方がおりましたらごめんなさい。

次回  第三十復讐教訓「釣りのコツはまず待つこと」

コメントする