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デミテルは今日もダメだった【31】

 第三十一復讐教訓「謝るのは簡単だ それに至るまでが難しいんだよ」

もう一月ろくに口を聞いていない・・・


九月。少しずつ寒気立ち始めた季節の中、一人のハーフエルフの少年が、広大
な庭にて洗濯物をせっせと干している。

最後の布団を物干し竿に引っかけると、少年デミテルは疲れたように庭の石に
座り込んだ。

デミテルはふと目の前の屋敷を見上げた。場所は屋敷の西側、すなわちリアの
部屋の窓が見えるところだ。

窓には人の気配は皆無。数時間前に部屋の主は友達の家へと向かったのだ。

デミテルはまたしても溜め息を尽き、そして一月前からずっと後悔し続けてい
ることをまた後悔し始めた。


どうしてあんなことを言ってしまったんだろ・・・


一月前。リアが焼きすぎたウインナーを食べようとし、父親に断固反対され、
あげく『ウザイ』と言い放ち、その父親は首吊りをしようとし・・・・・・まぁ
色々あったわけだが、彼が後悔していることは・・・


『親に大事にされて・・・しつこいくらいに溺愛されて・・・それのなにが不
満なんだよ・・・』
『デミ・・・テル・・・さん・・・?』
『しつこくたっていいじゃないか・・・ウザったくたっていいじゃないか・・
・自分を大切に思ってくれる人がいることが・・・どれだけありがたくて・・・
嬉しいことなのか・・・それがどれだけ幸せなことか君はわかっちゃいない!!』 

『君が言ってるのはただのわがままだ・・・そんなわがままが言えるのは、満
たされた生き方しかしたことのない奴だけだ・・・』


最悪だ。こんなことをお嬢様に吐き捨て、そして部屋をズカズカ出ていったの
だから。

 その日以来、デミテルはリアと会話らしい会話をしていない。本当に最低限の
会話だけ。

お互い、何か話しかけようとはしていたが、どうにもその一歩が同じく互いに
踏み出せない。視線が合っても、無意識に反らしてしまうのだ。

今日も彼は、リアが家を出る時玄関前ですれ違ったものの、結局互いに小声で
『いってらっしゃい』『いってきます』と言っただけだ。


まぁ・・・

苦しいのは僕だけじゃないか・・・


おそらく同じような目に合っている人間がもう一人屋敷内にいる。それも、デ
ミテルの百倍は気が落ち込んでいるであろう男。

ランブレイ=スカーレットは、今日も自分の書斎でガックリとしているだろう
。彼もまた、娘に『ウザイ』と言われて以来一度もリアと会話していない。おそ
らく彼女は謝るつもりはないのだろう。

デミテルはゆっくりと立ち上がると、水色の洗濯籠持とうと手を伸ばした。


・・・・・・

そういえば・・・

お嬢様出掛けるときひどく緊張したような表情してたな・・・

まるで何かを決意したような・・・

・・・一体何を


「キャアアアア!?どいてどいてどいてぇぇぇ!?」
「へっ!?」

突如頭の上から悲鳴が聞こえて、デミテルは急いで空を見上げた。

何かが。何かピンク色をした物が高速で、垂直に落ち・・・


ズガシャアアアアン!!


などと言っている間に、物体はデミテルを下敷きにしてしまった。

「いたた・・・あ~痛いぃ・・・・・・コラ箒ぃ!もうちょい安全に飛んでよ
ぅ!おかげでアタシがこんな目に・・・」
「そのまえにこんな目に合わされている僕はなんなわけ・・・」
「え・・・あ。」

元気なピンクの物体は、自分に下敷きにされている少年に気付いて急いで立ち
上がった。

デミテルは倒れたまま、自分から飛びのいたそのピンク色の髪をした少女を見
上げた。

身長はリアと対して変わりはない。髪の長さもリアと同じくらい長いのだろう
が、彼女と違い髪を後ろに束ねたポニーテールだ。また、表情はまさに元気はつ
らつなオーラに包まれている。

人を尻に引いておいてこんなにも明るい表情なのが、デミテルはいささか不愉
快であった。

デミテルは強打した背中をさすりながら、ゆっくりと立ち上がった。

「あの・・・君は・・・?」
「え?アタシ?アタシはねぇ・・・」

そういうと、少女はぐっと胸を反らし、偉そうに言った。

「アタシはハーメルのラッキーウィッチ、アーチェ=クラウ・・・・・・あれ
、違う。アーチェ=クラ・・・・・・クレ・・・クロマティ・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・クライン!アーチェ=クラインちゃん!」
「・・・・・・それでハーメルのらっきょうが何か用ですか?」
「違う違う!ラッキーだよラッキー!ラッキーウィッチぃ!!らっきょうじゃないよ!」

デミテルはほとんどめんどくさそうに会話した。こういうハキハキ話す人間は
彼は好きではない。

そんな彼の思いも知らず、アーチェはデミテルを珍しいものでも見るようにマ
ジマジと観察していた。

ふと、少女の視線が固定された。視線の先は、デミテルの頭長部に定められて
いる。

デミテルはハァッと溜め息をついた。どうして視線が固定されたかわかったの
だ。

「・・・そうですね。変な髪の色してますよね。いいんですよ別に・・・」
「え?あ!違うよ!そういうんじゃなくて!」
「いいですって。不思議に思うのは仕方ないですから・・・」
「お兄ちゃんて、デミテルでしょ。」
「へ?」

全く身も知らない少女に名前を呼ばれて、デミテルは目をパチクリさせた。ア
ーチェはニーっと得意げに笑った。

「青い髪してるのに真ん中が赤い髪でぇ、そんでもってちょっと冷めたクール
な感じがする性格でぇ、リアの屋敷の使用人さん。そうでしょ?」
「・・・お嬢様の・・・・・・お友達ですか?」
「そう♪」

デミテルの問いにアーチェは楽しげに回答した。肌寒い風が、彼の頬をかすめ
た。同時に、少女の赤いリボンによってまとめられた髪が揺れた。

「あの・・・それでお嬢様に何か御用で?」
「え?あ。うん。えっとね・・・・・・・・・・・・アレ?何しに来たんだっ
けアタシ?」
「・・・・・・。」

疲れた目線でこちらを見ているデミテルの視線を無視し、アーチェは頭を抱え
込んでしまった。

「あれぇ・・・アタシ何しにここ来たんだっけぇ・・・・・・回覧板?いや違
う・・・町内会の集金・・・じゃない・・・ゴミ捨て・・・じゃない・・・ジャ
ンプを買いに・・・じゃない・・・・・・PS3を買いに・・・来たんじゃない・・
・」
「忘れたんでしたらまた今度」
「思い出したァァァァァァァァァァっ!!」
「げふ!?」

デミテルは思わず悶絶した。アーチェが思い出した瞬間に思い切りガッツポー
ズを決めた時、拳が腹にクリティカルヒットしたからだ。

アーチェは悶えるデミテルを無視して彼の手を掴んだ。そして叫んだ。

「リアが・・・リアが・・・ローンバレーの谷に入っちゃったのぉ!!」

ローンバレー。怪しい風が吹く、人気のない谷。

 だが、その入口には民家が一軒だけ建っている。木造の、どこかすたれた家が。

ここに住むのはたった二人の親子だけだ。だが、今は父親の方はベルアダムの
方へ出掛けていていない。今現在いるのは

娘と、今しがたその娘に無理矢理連れて来られたデミテルだけだ。

デミテルは風が吹き荒れる谷を見上げていた。空はよどみ、絶え間無くゴウゴ
ウという唸るような風の声が響いている。

デミテルはヒヤリと汗をかいた。

「ここに・・・この谷にお嬢様が・・・」
「うん!入ってっちゃったの!」
「どうしてこんなおっかなびっくりな谷に・・・・・・なんで止めてくれなか
ったんですか!?友達なんでしょ!?」
「え!?いや・・・あの・・・」

アーチェは申し訳なさそうに、モジモジとした。やがて、こう言った。

「リアに・・・リアに谷に入る理由あげたの多分アタシだから・・・」
 「谷に入った理由?」
「うん・・・実は昨日リアと遊んだ時ね・・・」


※昨日の会話
『ふえ?仲直りできるおまじない?』
『うん・・・アーチェっておまじない色々知ってるでしょ?』
『うん!ウチのお父さん占いとかやってるからそういうこと書いた本いっぱい
家にある・・・誰かと喧嘩でもしたの?』
『うん・・・もう一月もその喧嘩した人と会話してないの・・・悪いのは私な
んだけど・・・』
『なるへそ・・・・・・だったらアレだよ!「アズナブルの花のおまじない」
とか?』
『アズナブルの花?』
『そう!その花を仲直りしたい人にプレゼントすると自然と仲直りが・・・あ。でもあの花ローンバレーの奥にしか咲かないんだっけ・・・』
『・・・ローンバレー・・・』


「・・・じゃあ、お嬢様はそれを取りに・・・」
「多分・・・まさかホントに入っちゃうなんて・・・・・・一体どこの誰と喧
嘩したんだろ・・・」
「・・・・・・・・・」


最悪だ。最悪の事態だ。

全部僕のせいだ。僕のあの暴言が招いた結果だ・・・

落ち着け・・・落ち着くんだデミテル・・・後悔の念に駆られている時間はな
い・・・

とにかく僕がするべきことは・・・


「・・・お嬢様が谷に入ってどれぐらい経ってるんですか?」
「んんと・・・二時間くらいかなぁ・・・やっぱり親を呼んで・・・」
「ダメです。」


もし呼んでみろ・・・あの父親のことだ・・・自分の娘がそんな状況だと知っ
たら発狂して気が狂うに違いない・・・

※デミテルの想像
『む、娘が・・・リアがローンバレーに一人で入って帰ってこないだってぇぇ
ぇぇぇぇぇ!!?リアァァァァァァァァァァァ!?お父さん今行くぞぉぉぉぉぉ
ぉぉぉぉ!!?け、警察・・・いや!国連軍を呼べぇぇぇぇぇ!!』

・・・余計に手間がかかること百パーセントだ・・・

デミテルは決意した。どうにかしてリアを連れ戻す。それも他人の誰にも知ら
れず、円滑に。

しかし、果たしてたった二人で捜せるのか否か。際どいところだ。

こうなったら・・・

応援を頼むか・・・


「・・・ねぇ?何してんの?」

アーチェは目をパチクリさせた。突然、デミテルが足元に落ちていた小石を拾
い上げたからだ。

デミテルは無言のまま、アーチェの家の屋根を見上げた。まるで何かに狙いを
つけるかのように。

そして次の瞬間、彼は石を屋根の上に思い切り投げた。


ヒュー・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・カーン♪


・・・ズンドラガッシャァァァァァ!!


小石が何かにぶつかった心地よい音が響いたわずか一秒後、屋根の上から何か
が盛大な音を起てて落ちてきた。

それは人間だった。髪は黒髪。背は小さく、ちょっと切れ目の男の子・・・

「・・・・・・」
「ふ・・・ばれちゃしょうがない。そうさ!僕は道具屋『RAM』の店主リチ
ャード=A=マッキンタイアのとこの子供、その名はアーガス=A=マッキンタ
イ・・・」
「屋敷からずっとつけてきたんだろ。」

アーガスの頭を引っつかみながら、デミテルは冷たく言った。アーガスはヒヤ
リと冷汗を垂らした。誰に対しても基本的に敬語のデミテルも、アーガスにだけ
はタメ口である。

「や・・・やだなぁデミ兄ちゃん・・・僕はその・・・」
「お前最近よくウチの屋敷の敷地内入り込んでお嬢様の部屋の窓見てるだろ。
不法侵入の罪で訴えてやろうか?」
「な!?ち、違うよ!ぼ、僕はただリアちゃんの私生活が垣間見えないかなぁ
~?ってちょっと期待しただけで・・・だ、断じて部屋に侵入しようなんて思っ
ちゃないよ!僕は見てるだけで欲望は十分満たせるから!あとは妄想・・・じゃ
なくて想像で満たすから!」
「そうか・・・となるとストーカーの罪で・・・」
「わーん!わかったよぉ!リアちゃん捜すの手伝うよぉ!最初からそのつもり
だったし!頼むからブタ箱にはつれていかないでよぉ!!」

半泣き顔で言ってくるアーガスに、デミテルは半場呆れた。恐らく庭での会話
を聞いていても立ってもいられずついてきたのだろう。

「お嬢様ぁー?どこですかぁー?」
「リア~?どこぉ~?」
「・・・り、リアちゃんどこ・・・ど、ど、ど、どこ・・・」
「・・・・・・。」

デミテル達は谷をズカズカと進みながら、リアの名を呼んでいた。だが、大き
い声をあげてもすぐに猛烈な風で吹き飛ばされてしまった。

ただ、一人、大きい声どころか普通に声を出すのにも苦心している者がいる。

デミテルは先程からどもったような声しか出さないアーガスの頭をガシリと掴
んだ。アーガスは冷汗を掻きながら顎の下をボリボリと掻いていた。

「アーガス・・・」
「な、な、な、なふ・・・」
「なふじゃない。もっと大きい声出さなきゃお嬢様が気付かないだろ。」
「ぼ、僕あんまり大きい声出ないし・・・それにもし仮に僕の呼び掛けでリア
ちゃんが返事とかされたらもう僕多分緊張で死んじゃう・・・」
「好きな女の子の為に死ねるんだから本望だろ。」
「僕将来は宇宙葬が希望なんだ・・・」
「・・・・・・・・・。」

連れて来るだけ無駄だったかと、デミテルは後悔した。人手と言っても所詮は
六、七歳だ。

さらに、もう一人の子も六、七歳である。

「アーガスってリアが好きなんだぁ~♪へぇ~♪そーなんだぁ~♪」
「ちょっ、ちょっと待ってよアーチェ!リ、リアちゃんには言わないでよ頼む
から!」
「どうしよっかなぁ♪町中に言っちゃおうかなぁ♪」
「待ってぇぇ!!百ガルド献上するか・・・」
「うるさぁい!!そんな大声出してモンスターが寄って来たらどうするん・・・」
 「寄って来たらどうするの・・・坊や?」

彼らの背筋が凍り付くように固まった。デミテルはゴクリと生唾を飲み込むと
、恐る恐る背中を振り返った。

そこには女性がいた。髪は短いピンク色。上半身は裸。それでいて足は鉤爪。
手はなく、代わりにフサフサとした翼が生えている。どこにでもいる女性・・・には程遠かった。

ハーピィは何とも愛し気に、その翼でデミテルの頭を撫でた。デミテルは恐怖
で足がすくみ、体は震えている。


・・・ランブレイ師匠はなんて言ってたっけ・・・

確かハーピィは・・・

人間の内臓から食べるんだったけか・・・?


「可愛い坊やねぇ・・・こんなところで何してるのぉ?子供だけでぇ?」
「あの・・・いや・・・ひ、人を探しにですね・・・」

デミテルはわかっていた。モンスター相手に来た事情を話したところで助かる
わけがない。ハーピィは依然、デミテルをまるで可愛い小動物でも撫でるように
していた。

デミテルは助けを求めようと、アーチェ達を見下ろした。

 が、

いない。急いで辺りを見渡すと、二人の少年少女は遠く離れた岩影からこちら
を申し訳なさそうに見ていた。


あのガキ共・・・逃げやがった・・・


デミテルは今すぐにでもアーチェ達目掛けて駆け出し、真空飛び膝蹴りをかま
しに向かいたかったが、ハーピィに顎を優しく撫でられたおかげで、恐怖でその
戦意は喪失した。

それにしてもこのハーピィ。最初は頭から撫で始め、次に頬、そして顎と、な
んとも官能的に撫でてくる。

「人探しねぇ・・・もしかして、茶色い長い髪した女の子?」
「へ!?み、見たんですか!?」
「えぇ。多分、一番奥、風の精霊達がたむろってる辺りまで向かっていたわ・
・・」
「あ、ありがとうご、ございますぅ!!」
「待って坊や♪」

急いで逃げ出そうとしたデミテルの襟首を翼で摘みながら、ハーピィは何とも
悩ましげに言った。

ハーピィは恐怖で震えるデミテルを自分の体まで引っ張ると、耳元で優しく言
った。

「大丈夫よ坊や♪取って食べたりなんてしないわ♪お姉さんね、貴方みたいな
子が好みなの♪訪ね人の情報を教えてあげたお礼にぃ・・・」
「お、お礼に・・・?」

デミテルは今にも泣きそうだったが、それと同時に耳元に吹き掛かるハーピィ
の吐息が彼を脱力感に襲わせていた。

「お礼にぃ・・・お姉さんと遊ぼう♪」
「あ、あそ、遊ぶって何して・・・?」
「色々♪」
「い、色々って?」
「い・ろ・い・ろ♪」
「・・・・・・。」


マズイ。これはマズイ。色々な意味でマズイ。別の意味で取って食われる気が
する。非常にマズイ。


デミテルは思考した。この状況を打破する最善の方法を。

「あの・・・」
「なぁに?」
「・・・・・・十歳のハーフエルフの少年と、気が弱くて何かいつもどもって
る六歳の人間の少年、どっちが好みですか?」
「んー・・・それなら・・・」
ハーピィは翼の先をベロペロ舐めながらしばし考えると、やがてこう言った。

「・・・・・・六歳の子の方がいじめがいがありそうで好き♪」
 「それじゃ僕の代わりにアイツをどうぞ!!」
「えぇえ!?」

アーガスはデミテルが突然こちらをビッと指差し叫んだので驚愕した。

ハーピィはしばらく岩影から出ているアーガスの顔をジトリと見ていたが、や
がて、こう言った。

「・・・・・・じゃあ貴方の代わりにあの子でいいわ♪あの困った表情がまた
可愛い・・・♪」
「よぉぉぉし決まりましたぁぁぁ!!アーチェちゃん行きましょう!!」
「う、うん!アーガスあの・・・・・・・・・楽しんでいきなよ♪」
「ちょっと待ってぇ!?楽しんでこいってなにぃ!?完全に僕身代わり扱い・
・・」
「違うぞアーガス!!」

スタスタと足早に谷の奥へと歩き出しながら、デミテルは断言した。

「身代わりじゃない・・・・・・いけにえだぁ!」
「一緒だよデミ兄ちゃん!?言ってること完全に一緒だよデミお兄ちゃ・・・」
「必死になっちゃって・・・可愛いわ♪」

焦るアーガスの前にヒラリと飛来し、彼の顔にグイっと顔を近付けながら、ハ
ーピィは言った。とても嬉しそうだ。

「お兄ちゃんだなんて・・・私のことはお姉ちゃんと呼んでいいわよ♪カワイ
イ坊や。お姉さんといっぱいお遊びしましょうねぇ♪」
「あ、遊ぶって何して・・・」
「・・・ヒ・ミ・ツ♪」
「デミ兄ちゃぁぁぁぁぁぁん!?待ってぇぇ!頼むから待ってぇ!!この人・
・・じゃなくてこの鳥人間さんと遊んだら何か大切なモノを色々なくしてしまう
ような気・・・・・・いやぁぁぁぁ!?」
「ありがとうアーガス。君の事は忘れない。」

あえて後ろを振り向かず、アーガスの断末魔に近い糾弾を聞き流しながら、デ
ミテルは谷の奥へと向かった。

谷は何とも淋しく、荒廃とした岩々が露出している。草は何本か生えている程
度で、こんなところに住もうなどと思う人間はまずいないだろう。

デミテルは時々吹き渡る強風に煽られながらも、何とか踏み止まって歩みを進
めていった。


私・・・何してんだろ・・・


ローンバレーの一番奥。深い谷を見渡せる、先に細い古木が一本淋しく生えて
いる崖先。

そこには何人もの、水色の髪を風で泳がす風の精、シルフがたまり場として使
っている。

彼らはたいていこういう時姿を消している。実は古木の周りにたむろって、風
で飛んできた新聞やら漫画やら、時には口で言えない何か物凄いもので遊んでい
たりするが、人間がその姿を知ることはまずない。

そして彼らは今、いましがたこの崖にやってきた一人の茶色い長い髪をした少
女を興味深げに見下ろしていた。

リア=スカーレットは恐る恐る、崖を見下ろしていた。視線の先には、絶壁の
壁面に生える一本の真っ赤な花。


あれがアズナブルの花・・・・・・でもあんな所にあるなんて・・・

でも・・・


リアは震える体に鞭打ち、しゃがみ、恐る恐る足を崖から下ろし始めた。絶え
間無く吹く風が余計に彼女を追い詰めていく。


採るんだ・・・あれを採ってくるんだ・・・頑張って私・・・

あれをデミテルさんに・・・

・・・あの時の

デミテルさんが私を怒鳴り付けた時の、あの目。

冷たかった。怖かった。嫌だった。

いつも優しいのに・・・

・・・どうしてあんなこと言っちゃったんだろ・・・


『お父さんが私のこと大事に思ってくれてるのはわかってる・・・けど、正直
・・・・』
『・・・・・ウザったい。』


最低だ。私は最低なんだ。

謝りたい。デミテルさんと、それにお父さんにも。

デミテルさんの言う通りなんだ・・・


自分を心配してくれる親がいることほど、嬉しいことはない。


リアは一歩ずつ、ゆっくりと足を崖の壁面にかけて崖を降りた。汗ばむ手はし
っかりと崖の壁面の岩を掴んでいる。


謝るんだ・・・デミテルさんに謝るんだ・・・わがまま言ってごめんなさいっ
て・・・

本当におまじないが効くかわからないけれど

謝るきっかけになれば・・・


「・・・うわぁ!?」

突然、強風が吹いた。同時に、崖の壁面に引っ掛けていたリアの足がズルリと
滑った。

位置は崖から少しだけ降りた、手が崖の上にギリギリ届く位置。今彼女は手だ
けはゴツゴツした岩肌にしがみつかせてぶら下がっている。

段々、指が痺れ始める。おかげでさらに焦りが募り手の平が汗ばんでいく。

リアは泣きそうになった。七歳の少女がこんなモンスターだらけの谷に来る勇
気があることはすごいことだったが、その勇気は今この瞬間、空気が抜けていく
風船の如く萎れていった。


やだ・・・怖い・・・やだ・・・や・・・

お母さん・・・お父さん・・・


・・・デミテルさ

ズルっ

体が一瞬宙に浮いた。汗ばんだ手が掴んでいた岩肌をツルリと抜け、彼女はそ
の瞬間宙に浮いた。

それもつかの間。地球が発する重力が彼女を大地に叩きつけよう引っ張ってく
る。

一瞬が永遠に感じられた。少しずつ、だが確実に体が落ちていく。


や・・・

いや・・・

 「マテェェェェェェっ!!
「きゃっ!?」

ギリギリだった。リアの体が落ち始めたわずか0.2秒後に、崖の上から伸びて
きた一本の腕が、彼女の色白い手を思い切り掴んだ。

デミテルは、まるで畑で大根を抜こうとでもするかのようにその場に踏み止ま
った。全体重を後ろにかけ、足裏をその場に張り付かせるように力ませた。

が、所詮は十歳の体重。汗だくで顔をクシャクシャにしながら引っ張っても彼
女の体は上がらない。むしろ、少しずつリアの体重で体を引き込まれている。

デミテルは歯を食いしばったまま、今にも死にそうな声で叫んだ。

「お嬢様あなた何やってんですかぁ!?危うく落ちる・・・ていうか今も落ちそ
うなんですけど!?」
「デミテルさんなんで・・・そ、そんなことより早く手離して!デミテルさん
じゃ私持ち上げれないもの!」
「確かに・・・お嬢様予想を遥かに超えて重い・・・」
「む・・・」

その言葉にリアは少々ムッとしたが、そんなことを言っている場合ではない。
デミテルの体は一秒につき三センチは崖に引き込まれている。

「と、とにかく離してデミテルさん!このままじゃデミテルさんまで死んじゃ
う・・・」
「確かに・・・・・・でも断ります!」
「ダメぇ!デミテルさ」
「うるさぁぁぁぁい!!」

顔を真っ赤にしながらデミテルは叫んだ。十歳の少年は、その手をてこでも離
さないよう必死で、そして

今にも泣きそうな顔だ。

「離さない・・・離すもんかぁ・・・」

『いいかい?どんなに大きな幸せが目の前を転がってても、「ただ生きている
」という事が一つできなければ、一つもつかまえられっこないんだよ。』
『もし君が、ただ生きている事が苦痛というなら』
『私が君に生きる目的を与えてあげてもいいが。』

師匠が・・・ランブレイ師匠は僕にそう言って・・・そして僕にくれた・・・

生きる目的を・・・!


家の手伝いと・・・

研究の手伝いと・・・

娘の・・・世話ぁ・・・


ただ生きてただけの僕にくれた、僕の生きる目的・・・

一つとして・・・

「・・・一つとしてダメにするもんかぁぁぁこのやろ・・・」

ズルリ


雄叫びを上げた瞬間、デミテルの足がズルリと滑った。そのままドシンと尻餅
をつき、そして

落ちた。リアの手をしっかりと掴んだまま。

一秒一秒がまるで連続写真を一枚ずつめくっていくかのようだった。頭を下に
、二人は真っ逆さまに地面へと向かう。

デミテルは自分が向かう地面を見据えた。一瞬一瞬で色々なことを考える。


このまま頭から落ちて助かる確率は・・・

・・・限りなくゼロに近い。

ではどうするか?なぁに。簡単なことだ。


デミテルは空中で掴んでいたリアの手をグイと引っ張り、そのまま彼女を胸に
抱き込むように引き寄せた。

これで、デミテルが地面とリアの間に落ちれば、デミテルがクッションとなっ
て彼女は助かるだろう。

デミテルは目を閉じた。ゴウゴウと唸る風を突き抜けていくと、まるで飛んで
いるかのようだ。


・・・お母さん。

やっと・・・

やっと貴女の顔を拝めます・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ガシ


肌で感じていた風が突然止まった。デミテルはゆっくりと目を開けた。てっき
り、一瞬にして死んだから痛みがないのだろうと思ったのだ。

彼は生きていた。ギリギリ、自分の顔の真ん前には先程まで全速前進して目指
していた地面がある。まさに目と鼻の先だ。

「間に合った・・・」
 「ぶで!?」

声が聞こえた。と、同時に彼を宙にぶら下げていた何かが彼を離し、デミテル
は顔面から地面にぶつかり倒れた。

デミテルはぶつけて赤くなった鼻を抑えながら、空を見上げた。
アーチェ=クラインが箒にまたがり、得意満面な笑みを浮かべている。

「いやー♪お兄ちゃんと別方向探してて、見つからなかったからお兄ちゃんが
行った方に行ったら、『ファイト!』『いっぱぁ~つ!』のCMみたいなことや
ってるんだもん!ビックリしちゃった♪」
「そ、そう・・・ありがとう・・・」
「ちなみにアタシ、ア○ディ=フグがやってた時のCMが一番好き♪」
「マニアックだね・・・別にいいけど・・・」
「ん・・・」

恐ろしさで目を閉じていたリアの目がゆっくりと開いた。彼女は未だデミテル
に抱き抱えられたままで、状況を飲み込め無いままポカンとしていた。

が、すぐに状況に気付き、デミテルのぶつけて土がこびりついた顔を見た。

「あ・・・あぅ・・・」

リアは言葉に詰まった。先に助けてくれたデミテルに礼を言うべきか、最終的
に助けてくれたアーチェに礼を言うべきか、はたまた

デミテルに前回のことを謝るのが先か。

「デミテルさん・・・あの・・・あの・・・ありが・・・じゃない・・・ごめ
んなさ・・・いやアーチェ・・・ええとぉ・・・」
「申し訳ありませんでした。」

困惑するリアを押し退けるように、デミテルが頭を下げた。

「お嬢様がこんなところに来たのは僕と仲直りがしたかったからで、そもそも
喧嘩したのは僕のせいです。申し訳ございませんでした。あの時僕が言った言葉
は忘れてください。」
「え?あ!違う!悪いのは私でデミテルさんは悪く・・・」
「ほらほら!素直に受け入れなよリア!男がストレートに謝ってきたら素直に
その意志を尊重してやれってうちのお父さん言ってたよ!」
「・・・・・・わかった。でも・・・」

リアはユラユラと立ち上がると、座り込んでいるデミテルを見下ろし、ペコリ
と頭を下げた。

「やっぱり私謝らないと気が済まないの!ごめんなさいデミテルさん!私があ
んなわがまま言ったから・・・」
「わかりましたから・・・」

デミテルは同じように立ち上がるて、こう言った。

「その言葉は僕ではなく師匠に言ってやってください。あの人きっと喜びで死
ぬでしょうから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うぇぇぇぇん!!」
「え!?」

突如リアが泣き出した。かと思うと、デミテルの腹に走り込みヘッドバットを
お見舞いした。

あまりのクリーンヒットにデミテルは悶絶した。

「ぶ!?な、なに・・・?」
「怖かったぁ!とっても怖かったあ!!」

わずか七歳の少女は、デミテルの腹でひたすら泣いていた。ここに至るまで押
さえ込んでいた恐怖心が、安心した拍子に爆発したのだ。

デミテルは何とも対応に困ったが、やがて、ゆっくりと彼女の頭を撫でてやっ
た。


ああ・・・


デミテルは悟った。自分がこの女の子にどれほど信頼されているか、彼は改め
てそれを知ったのだ。


僕は生きてるんだな・・・

理由をもって・・・

この娘を安心させるという理由をもって・・・

僕は求められている。

・・・・・・・・・

「ねぇデミテルお兄ちゃん?」
「なんですか?」

帰り道だった。夕日が少しずつ海に沈むのを背に、デミテル達がローン島から
ハーメルに向かう道。

それに付き添って飛んでいたアーチェが突然尋ねてきた。デミテルと手を繋い
で歩くリアもアーチェの方を見た。

「どうしたのアーチェ?」
「デミテルお兄ちゃんて好きな女の子いる?」
「はぃ?」

いきなり意味不明なことを聞いてきたのでデミテルは目をパチクリさせた。リ
アも同様だった。

「・・・今のところは誰もいませんけど・・・」
「んじゃさ。アタシと結婚しよ。大人になったら。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・えぇ!?な、ななな、何言ってるのアーチェぇ!?」

続けて意味不明なことを言ってくるアーチェを、デミテルは素っ頓狂な顔で見
ていた。一方、リアはあわてふためいている。

アーチェはにんまりと笑うと、リアが握っている手とは逆のデミテルの腕を思
い切り掴んだ。

「アタシ聞いてたよ。お兄ちゃんがリアを助けようとして必死に叫んでたの♪
スッゴクかっこよかったもん♪アタシお兄ちゃんのお嫁さんに決めた♪」
「いやあの・・・ちょっと・・・」
「お父さんもいつも言ってるもん。『アーチェ。将来結婚するなら相手は見た
目のかっこよさではなく心のかっこよさから選びなさい。あと財力と将来性。』
って♪お兄ちゃん将来性はなさそうだけど心はカッコイイもん♪」
「将来・・・性・・・」

デミテルはストレートに酷いことを言ってくるアーチェをしばらく見下ろして
いた。

「ね♪いいでしょデミテ・・・」
「ダメェ!」
「ふぇ?なんでリア?」
「ダメったらダメなのぉ!」
「いたたた!?」
「ちょっとお嬢様!?髪の毛引っ張るのはやめてください!お友達が禿げちゃ
いますって!?」

同時刻。沈みゆく夕日をローンバレーのてっぺんから見ている少年がいる。な
んとも悲しい、痛々しい背中を見せながら。

「父さん・・・どうやら僕は完全に忘れられたみたいだ・・・悲しくなんかな
いよ父さん・・・人は孤独の中から強さを見つけることができるんだって・・・
・・・さっきのハーピィのお姉ちゃんが教えてくれたんだ・・・え?お姉ちゃん
と何して遊んだかって?それはね・・・」

アーガス=A=マッキンタイアは、一人ボソボソと夕日に向かって語り続ける
のであった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・変な夢見ちゃった。

満月が夜空に浮かぶ海原。そこを跨ぐ一隻の船の中で、


アーチェ=クラインは目を覚ました。

アーチェはベットに横になったまま横サイドを見た。右手にはクレスが、左手
にはミントがスヤスヤと眠りについている。きっと幸せな夢を見ているのだろう。

アーチェは少しばかりずれてしまった毛布を首まで手繰り寄せると、しばらく
してクスリと笑った。


あのあとリアったら泣きながらアタシの髪の毛引っ張り続けたっけ・・・
『ダメったらダメ!!』って連呼しながらさ・・・


・・・懐かしいなぁ

でも・・・


アーチェは急に胸の中が悲しくなった。ズキズキと、鋭い一本の針が胸に刺さ
っていくような切ない気持ちになった。


いないんだ。もう。

リアも。デミテルも。あとアーガスも。

みんな死んじゃった。アーガスの死体はハーメル立ち寄った時は見なかったけ
ど、多分あの瓦礫の山のどこかに埋まってるんだろうな。

デミテルは操られてたんだよね?操られたからあんな酷いことしたんだよね?

アタシはデミテルを許さない。
許さないけど・・・


・・・・・・天国でどうか・・・リアと・・・リアと・・・


仲直りが出来てますように・・・

「・・・ヘックシュ!あー寒・・・・・・誰か私の噂でも・・・・・・っとそ
んなレトロな漫画みたいな話あるわけがないか・・・早く寝よう・・・」

その頃、同じ海の上で、小さいボートに横になりながら、デミテルはブツブツ
と一人ごとを言っていた。腹にはスヤスヤ眠るリミィを乗せ、額には同じくスヤ
スヤ眠るジャミルを乗せて。

ちなみに、フトソンは眠りながらオールを漕ぐという離れ業を行使していたの
だった。

「むにゃむにゃ・・・・・・デ・・・デミテルさんダメなんだな・・・それ以
上・・・・・・

・・・それ以上の過激な発言は青少年の主張を著しく逸脱し・・・」
「・・・この馬鹿は一体何の夢を見て寝とるんだまったく・・・」


二つの満月は今日も明るい。


つづく


☆新コーナー☆
 デミテルに聞け!


Q.  miokithiさんの質問
ところでデミテル様はせっかくもらったエクスプロードとタイダルウェーブを、なぜ使わないんでしょう??


「それは単純にデミテルさんがヘタレだから・・・」
「何で貴様が回答しようとしとるんだフトソン!?

・・・・・・・・・あー。何故私がせっかくもらった呪文書を活用しないかと言うと、アレだ。上級呪文というのは本当に体に負担がかかり、というかTPがかかり、というかそもそも術というのはただ呪文書の内容を言えばいいというわけではない。例えば、その辺
のエルフの子供にインディグネイションの書を渡したところで、そのガキがインディグネイションを使えるわけではない。強大な術ほど強い集中力が必要であり、仮に運よく発動できても体中のエネルギーをねこそぎ使用されてミイラ化なんてこともありうる。ブラックホールやらエクステンションが禁呪文と呼ばれるいわれは、必要なエネルギーが膨大過ぎて、使った奴の大半がミイラ化してしまうからだ。まぁ、結論で言えば・・・」
「この長ったらしい説明を要約すると、つまりデミテルさんは、自分がミイラ化しないという自信が無い・・・・・・ようするに、ヘタレだから使わないんだな♪」
「・・・・・・・・・・。」

 結論:デミテルが今のレベルで上級呪文を使うと、体が一気に疲労困憊してし
まうんじゃないかと本人が不安になってしまい、使う勇気が無い為。


ようは、へタレだから。


「ちなみにデミテルさんは、質問文の中で自分が『様』付けされてることに気
付いた時、とっても嬉しそうな顔してたんだな♪」
「バッ!?お、お前そんな余計なことは言わんでいいんだよ馬鹿!!別にそん
な嬉しそうな顔など・・・」
「デミテル様お顔真っ赤ぁ~♪」
「黙れリミィィィィィ!!」

つづく


次回 第三十二復讐教訓「人間 自分が裏で何と言われているか分かったものではない」

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