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デミテルは今日もダメだった【51】

「ええ。いましたよ。その人なら。」

薬屋で買い物をしていた女性は、尋ねてきた男の問いにこう答えた。

「出場前に名前を変えてきた方は、あの方だけでしたから。よく覚えてます。結局、出場しなかったみたいですけど。でも、確かにいましたよ。」

「デミテルという方は。」

第五十一復讐教訓「クラスの席替えで望み通りの席に動けた試しがない」

デミテル、リミィ、フトソン、ジャミル、リリス。

この、奇妙な旅の一行は、一つのオアシスに辿り着いていた。

そしてそのオアシスには、たくさんの、とある生き物がうろついている。

「ミャー。」
「ねぇねぇデミテル様ぁ!ニャアって鳴くよぉ!猫みたぁい!!」
「それはブッシュベイビーだ。」
「…ねぇデミテルさん?」
「フトソン。言っとくがブッシュベイビーは食用じゃないぞ。」
「僕まだ何も言ってないんだな………」

寄ってくるブッシュベイビー達を手で払いながら、デミテルは懐から少々錆び付いた金属製のコップを取り出し、水を飲んでいた。

そして、考えていた。


これからどうしたものか。何か知らんうちに奴ら、クレス=アルベインどもを追
い抜いてしまった。一体誰のせいだ?一体何がどうしてこうなった?ん?私のせ
いなのか?いやいや。私は悪く無いだろう。うん。

終わった事をいつまでもクヨクヨ言う者は前に進めん奴だ。私は前に進まねばな
らない。だから例え今、無一文かつ食料が無い状況で、それの原因が百歩譲って
私にあったとしても、私は何にも悪くない。私は前しか見ないぞ。後ろを振り返
っている暇は無い。

落ち着け。考えろデミテル。これからどうすればいいのか。大丈夫。私なら出来
る!!

「…なんだか急にデミテルさんの絵柄がデス〇ートみたいになってきたんだな。」
「ほっときなさい。」

クチバシをオアシスに突っ込んで、チマチマと水分を補給しながら、ジャミルは淡々と言った。


情報を整理しろ。奴らの目的はルナとの契約だ。それでダオス様を討ち倒そうなどと考えている。

ルナは確か…十二星座の塔とやらにいるとか、昔何かの本で読んだな。私とて、色々勉強はしている。どこにあるかは知らんが。

十二星座の………塔………

かっこいいな………それ…

ふふ……ふふふ………


「ジャミンコォ。デミテル様が一人でオアシス見ながら笑い出したよぉ?なんでだろぉ?」
「気が狂ったのよ。」

不思議そうな顔をしているリミィの頭の上で、クチバシを使って毛繕いしながら、ジャミルは淡々と言った


くくく………見えてきたぞ………私の復讐のビジョンが………

我々は奴らより早く塔に行けばいいっ!

奴らが塔の扉を開くと、そこにはなんとびっくり我々が!おおっ!なんかかっこいいぞコレ!!

いや。どうせなら最上階で待ち構えるのはどうだ!?その方が雰囲気がある!!

塔の最上階で繰り広げられる…………復讐のレクイエム……

くく…くくくく………


「ふはーはっはっはっはぁっ!!」
「な、なんか一人で大爆笑してますよ!?大丈夫なんですか!?」
「アホなのよ。」

本気で心配するリリスに、ジャミルは淡々と言った。

「もうねぇ、こんだけの期間アレといると、何しても驚かなくなってくるわ。感覚が麻痺するというか、なんていうか…」

今度は恐ろしい程に透いた青空に指を突き付けて、何かブツブツいい始めたデミテルを、リリスの肩の上で眺めながら、ジャミルは言った。


クールを気取った三枚目。っていうのがピッタリな奴だわホント。いちいちめんどくさい性格してるし。人が良いんだか悪いんだかよわからんし………ん?つーかキャラが定まってな…


「ジャミルさんて鳥だけど、皆さんの中で一番しっかりしてますよね。」

丸みを帯びたピンクのマグカップで水を汲みながら、リリスは言った。ジャミルはハァッと溜め息をついた。

「どいつもこいつもアホばっかなのよ。アタシがコイツらに会う前は一体どんなやり取りしてたんだか………」
「ジャミルさんも、リミィちゃんと同じでモンスターなんですよね。それが色々あって…」
「ええ。まぁ。色々ね。あと言っとくけど、アタシあの甘党より年上だから。」

まさか、一国の王子を裏で操る悪徳インコをやっていたツケでこんなことになってるとは、口が裂けてもジャミルは言えなかった。

リリスは、詳しい話は知らずについて来ているのだ。命を助けられた礼として。

「皆さんのやり取り見てて思ったんですけど」

コップの水を飲み干すと、リリスは明るく言った。

「ジャミルさんて、お母さんみたいですよね。」
「おか……!?」

何故か、ジャミルの心を木枯らしが吹いた。一気に十歳ぐらい老けた気分になった。

ジャミルは血相を変えた。

「せめてお姉さんと呼びなさいよ!?イヤだわあんな屁理屈だらけの子供と、母親を焼鳥にして食いたがってる娘と、デブ!!」

その時、オアシスに顔を突っ込み、ダイソンの掃除機並の吸引力で水を飲んでいたビッグフット族は、わずか二文字で自分の全てを表現されて、急いで顔を上げた。

「ちょっと!なんで僕に関する文章がたった二文字なんだなっ!前にも言ったけど、僕はビッグフット族の中では痩せの大食い……」
「フトソンは『デブ』じゃないよぉ。」

寄ってくるブッシュベイビーの鼻先を指でつついて遊んでいたバンシー族のリミィが、会話に入ってきた。

「フトソンはねぇ、『太い』んだよぉ?だから『フトソン』なんだよぉ?」
「………。」
「…よかったわねぇデカブツ。名前、『デブゴン』とかじゃなくて、『フトソン』で。」

ジャミルは疲れたように言った。フトソン(仮名)の心にも、木枯らしが吹いていた。

その一方で、


くく……奴らが来たらどんな巧みな台詞回しで奴らを挑発してやろうか………また台本書くか?モーリア坑道の時のは結局使っていないからな………


さらに妄想に走るハーフエルフであった。


そしてその晩。彼らは野宿をした。晩飯は

具無しカレースープ。

「………ねぇデミテルさん。」
「なんだフトソン。早く飲め。冷めるぞ。」
「いい加減にしろ。」

皿を見つめながら、フトソンはいきなり標準語になった。デミテルは気にせず、ズズズとスープを飲んでいた。

「うん。旨いな。やはり、素材だけを使った素朴な味は心が休まるな。」
「素朴過ぎるだろ!?ふざけんじゃないんだな!こんな食生活してたら、僕明日にはこの中の誰かを取って食ってると思うんだな!!もし朝になって誰か一人メンバーが欠けてたら、それは僕が寝ぼけて丸呑みしちゃったと思っていいんだなっ!!」

そう叫ぶと、フトソンは皿ごとカレーを飲み込んだ。デミテルは眉を潜めた。

「おいバカ。食器ごと食すな。」
「うるさいんだな!!もう僕にはカレーをオカズにお皿食べるしか生きる術が無いんだなっ!」
「逆に腹を壊して死ぬと思うがな。」

「あの、フトソンさんてどうして着ぐるみ着てるんですか?」

気を紛らわせてあげようと思ったか、リリスは彼に話題を振った。

「趣味ですか?」
「それじゃ僕、ホントに変態だと思われるんだな。」

別に、テーマパークとかに勤めているわけでも無いのに、一年中こんなもの着て町を歩いていれば、変態だと思われるだろう。事実、一度彼はアルヴァニスタで職質された揚げ句に、拘留されている。

フトソンは、リリスのまだスープが入っている皿を物欲しそうにしながら、ボリボリと額を掻いた。

「色々理由はあるけど………まず第一に、第三者を不快な気分にさせないようにするのが一番の理由なんだな。」
「もしかして、自分の容姿に自信が無いんですか?」
「いや、そういうレベルの話じゃ…」
「そんな事言わないでください!自分に自信を持って!!」
「…。」

まさか、あのダオスも一週間食事がのどを通らなかった容姿をしているとは、リリスは知るよしも無いのだった。知っているのはデミテルと、既にデミテルの膝の上に座り、寝息をたてているリミィだけだ。

「虚しいエールを送るなリリス=エルロン。もうどうしようも無いんだそいつは。全てが手遅れなんだ。」
「手遅れっていうか、生まれた時からこんなんなんだな。あ、でも」

フトソンは、太い一差し指をピッと上げた。

「成人したら、それなりにマシになるんだな。」
「………。」
「その憐れなものを見る目をやめろなんだな。絶対信じて無いんだな。その目。」
「いいかフトソン。世の中には見ていい夢と、見れば見る程虚しくなる夢があってだな……」


そんな、他愛もない話をしながら、夜はふけていった。

ホントに、他愛のない、いつもの会話だった。


深夜。リミィ、フトソン、ジャミルは眠りこけていた。ジャミルは、『お母さん』と言われたショックをひきずっていた為、いつもより早くデミテルの肩の上で眠りについた。ふて寝である。


アタシ……まだ二十代前半なのに…………まだピチピチなのに………お母さんみたいって…


ピチピチという表現が何かしら古い気がするが、彼女の淋しい心にツッコミを入れる者はいない。


「デミテルさんはどうして旅をしてるんですか。」
「…唐突だな。リリス=エルロン。」

一枚フトソンに飲み込まれて無くなった皿一式をオアシスで洗いながら時、リリスが本当に唐突に尋ねた。

デミテルはリミィを膝に寝かしたまま、一冊の青い本を読んでいた。彼は文に目を落としたまま答えた。

「なぜいきなりそんなことを聞く。今までろくに聞きもせず付いて来ていたくせに。」
「私は、デミテルさん達に二度も助けられましたから。その恩返しでついてきているんです。だから、例え………」

リリスは、ここで口をつぐんだ。
本当は、もっと核心のついた聞き方がしたかった。しかし、彼女はそれを尋ねる
踏ん切りが、つかなかった。


『例え、アルヴァニスタに狙われようが、世界を敵に回そうが、読者がほとんどいなかろうが、作者が来年から高三で受験生だろうが、作者に限界がこようが、連載ペースが落ちようが、絶対に』

『我が復讐叶うまでは!終わらせてたまるかあああっ!!」』


復讐。この単語が、彼女の耳から離れずにいた。下手にはぐらかされたが、やはり気になっていたのだ。

それに、狙われているとは、何か?聞きたかった。

しかし、もしも聞いてしまったら

何かが、崩れてしまうような気がした。

「……だから例え、どんな理由があったって。」

リリスは、皿を洗い終えて、濡れた手を拭った。

「お手伝い、するつもりです。」
「………。」
「……大丈夫。わかってますから。」

ただ黙ってこちらを見るデミテルに、リリスは笑って見せた。

「そんな可愛い子を膝に乗せて本を読める方が、悪い人な訳ないですから。」
「…言っておくが私はロリコンじゃな」
「それに!もう、恩返しだけじゃないですから。」

リリスはデミテルに向かい合って、膝を曲げると、彼の言葉を遮るように言った。

「…私の兄は、色んなところを旅したそうです。」

「色んな人と巡り会って、そしてたくさんの仲間達と一緒に、世界中、回ったんだそうです。」

「兄は仲間と一緒にした旅の話を、私と祖父に、楽しそうに話すんですよ。」

「私、今ならわかりますから。兄の気持ち。まだ、皆さんと知り合ってそんなに経ってないけど」


「私!とっても楽しいんですっ!皆さんといるの!」

リリスはニッコリと笑った。デミテルは目をパチクリとさせたが

やがて、フッと笑うと、手元の本を閉じた。

「…じゃあなんだ?お前はもはや、恩返しより自分が楽しいからここにいるのか?」
「はいっ♪」
「……腹ただしい程にいい笑顔だな。まったく。」


本当に、腹ただしいぐらい、綺麗な心をした女よ。どう考えても、このパーティーメンバーには合っとらん。

……我々といると楽しい。か。

ふんっ。


…………妙なところで気が合うらしいな。リリス=エルロン。


…ん。

ふと、前にあるリリスのかわいらしい、無邪気ささえ感じる笑顔が、誰かと被った。

……そういえば

こんな風に、笑っていたな。彼女も。大人しい性格だったが、笑った時は無邪気で、かわいらしい笑顔だった。

そういえばこの女も十七だったか………年も同じか…………

そうだ……彼女もこいつと同じくらいの長さの……

茶色い………髪を…………していて……


「へっ?」

リリスはキョトンとした。デミテルが無言で、彼女の頬を撫でたのだ。

デミテルの目は、今までに無い目だった。憂いと、儚さと、そして哀しみが、瞳の中を渦巻いていた。

リリスはドキリとした。

「……デミテルさん?」
「…………………。」
「っ!」

デミテルは頬に触れていた手を、頭の後ろに回し込んだ。そして

少しずつ、こちらに引き寄せ始めた。リリスは目を丸くした。

「え?え!?あの!?え!?」
「………。」

お互いの鼻先がつく直前、お互いの息づかいさえ感じ取れる距離。
相手の髪の香りも、温もりさえも感じとれる。デミテルはそこで引き寄せる手を
止めた。リリスは顔から火が出そうだ。

彼の青い目と、

彼女の碧眼に、

互いの瞳が映り込んだ。

そして

か細い、かすれるような声で、小さく。

デミテルは何かを呟いた。

「かめはめはぁぁあっ!!」
「!!?」

突如リミィが絶叫した。デミテルとリリスはびっくり仰天して、その場からのけ反った。

「…………。」
「や、やるなぁカカロットォ…………まかんこうさっぽー!!」
「……何の夢を見とるんだ貴様は……………あ。」

膝の上で眠るリミィを見下ろしていたデミテルは、ふと

顔を真っ赤にし、軽く涙目で、心拍数が急上昇している胸を抑えるリリスと目があった。

「いや違うぞ。」

瞬間的に出た言葉がこれである。途端、冷や汗が滝水のように溢れてきた。

「違う!違う!!いや違うぞリリス=エルロン!?さっきのは…」

デミテルは全力で何かを否定した。とにかく何か否定しないといけない気がしてたまらない。

「さっきのはアレだぞ貴様?!全然アレだ!貴様が今思ってるようなソレでは…」
「え、ええと……」

リリスに今までに感じたことの無い感覚が、彼女を昨晩に続いてまた襲い掛かっていた。昨晩とはまた全然別ものだったが。

昨晩のものより、今晩のものは、何かこう

甘酸っぱい感じがした。

「………。」
「おいっ!!なんだその女らしい顔と視線の外し方はっ!?違う!断じて違う!!まったくもってそういうアレとはちがっ」


その時。

金属音が、した。


「伏せろっ!!」
「へっ!?」

デミテルがリミィを抱き抱え、リリスに向かって飛んだ。リリスが押し倒された瞬間

彼等の頭上を十数本の矢が翔けていった。

「………デミテルだな?」

月明かりだけだった辺りが、赤く燃え上がった。デミテルは顔をあげた。

松明を掲げた兵。それが、少なくとも五十人以上はいる。十数人は槍を構え、数人は弓矢を構え、数人が杖を構えて、デミテル達の眼前に広がっていた。

サーベルを構えた兵士が一歩前に出た。そして、一枚の紙を取り出すと、それを読み上げた。

「デミテル。貴様をハーメル壊滅事件の容疑により逮捕、拘束する。」
「………何故ここがわかった。」

デミテルは混乱しているリリスを地面に寝かしたまま、立ち上がって言った。

逮捕礼状を持つ兵士は、フンと鼻を鳴らした。

「馬鹿な奴よ。指名手配の身でありながら、祭の催しになど出場しおって。そんなリスクを犯してまで賞金が欲しかったのか?」
「いや。和菓子の方が欲しかった。」
「ちょっと待ってください!!」

落ち着いたリリスが、その場から跳び起きた。

「指名手配とか逮捕とか、何言ってるんですか?何かの冗談…」
「冗談!?ハッ!」

兵士は吐き捨てるように言うと、サーベルをデミテルに向けた。

デミテルは、静かにその矛先を見つめていた。

「お前、その男が何者か知らんのか?」
「何者って…」
「その男はっ!!」


北ユークリッド大陸最南端の街、ハーメル。そこに住む者、約数百人以上。
その住人全てを、女子供も関係なく、惨殺し、街を崩壊、壊滅させた……
無差別殺人鬼!!

魔術師デミテルッ!!

静かだった。人などいない砂漠の真ん中だ。当然といえば当然だった。

ただ、風で、どこかの砂丘の砂が、サラサラと削れていくような音だけが、微かに響いていた。

デミテルは、目を閉じていた。

やがて、フッと笑った。


………ここまでストレートに言われると、逆に清々しいわ。まったく。

さて。どうするか。

敵は、五十数人。魔術師は八人か。普通にキツイ。

しかし。だ。奴らは恐らく油断している。

人数から考え、自分達が負けることはありえないと、余裕をかましている。だからこそ、我々を取り囲まずに、こんな風に眼前に群がっている。

こんな、隠れる場所も無い砂漠で、我々が逃げられると思ってはいまい……実際、普通に背を向けて逃げたところで、背に矢が刺さって終わりだろう………

…………。


「リリス=エルロン。」

デミテルは、リリスに背を向けたまま、静かに言った。

リリスは何も言わない。デミテルは、フゥと溜め息をついた。

「………ま、アレだ。今貴様の頭の中は色々な事が起きてるだろうが……」
「…。」
「よく聞け。」

「このまま私が捕まれば、まぁ私は死刑だろう。そして」

「このクソガキも、一緒に首を跳ねられるだろう。」

デミテルは抱き抱えたリミィの頭を軽く小突いた。


リミィ、フトソンがモンスターであることは、既に奴らに露呈している。あの赤髪のエルフが…


あの宮廷魔術師が…気付いていたからな………こいつらをここに送ってきたのも奴だろう…

「私が捕まれば、こいつらも死ぬ。まぁ、私は最初に形式上の裁判にかけられるだろうが……」

「こいつらは問答無用で殺されるだろう……モンスターに裁判を受ける権利は無い。」
「………どうすればいいですか。」

リリスは、小さく呟いた。デミテルは、またフッと笑った。

「…助ける気があるのか?犯罪者の私を。」
「リミィちゃん、死なせたりできません。それに」

「私は、知ってますから。」

ゆっくりと、彼女は前に歩み出た。拳を、ギュッと握って。

「…あなたがデミテルさんが………」

「何を背負っているか…何をしてきたか………私は知りません。」

「けれど、私は一つ、確実のあることを知ってます。」

「あなたは助ける人間に値する人です。」

「おいっ!何をボソボソ相談しているっ!腕を後ろに組んで膝をつ…」
「獅吼爆雷陣っ!!」

大地が弾け飛んだ。一人の少女の気合いが、地面に叩き込まれたからだ。

衝撃と共に、乾燥した砂が嵐のように兵達に降り掛かった。

「ぐへっ?!ぺっぺっ!!」
「目、目に砂が……」
「いかんっ!火が消え…」
「ぜ、全員その場から動くな!待機!!」


目くらましか?いやしかし、例え一時くらますことが出来ても、この障害物も何も無い砂漠で逃げることなど……


「…いいか。リリス=エルロン。」

デミテルは、先程まで読んでいた、青い本を開いた。

「奴らから逃げるに必要なのは距離だ。そして混乱。」

「私がこれからそれを起こす。今のうちにフトソンを蹴り起こしておけ。」
「はいっ!!」
「………あ、いや。そんな気合い入れんでもいい。」


あまり強くやると貴様の場合即死だろうからな……


リリスの力強い返事に軽く恐怖して、デミテルは言い直した。

「…さーて。」

デミテルは冷や汗をかいていた。今から自分が何をしようとしているかに、恐怖した。何故なら

一つ間違えば、自分が死ぬかもしれないからだ。

「私は多分、これをやれば…」

「おそらく、立っていられん。」
「え?」
「その時は、貴様が私を背負って走れ。昨日のようにな。」
「………。」
「貴様に預けてやるわ。私の命。」

「助けるに値するのだろう?私は?」

デミテルは、本を開いた。年忌の入った、色あせたその本を。リリスは生唾を呑んだ。

その時、ハッとした。

「………って!昨晩のこと覚えてるじゃないですか!!だったら謝ってくださいよぉ!!耳舐めた事とか!!」
「それは覚えとらん。知らん。」
「もぉっ!デミテルさんっ!!」


舞った砂が晴れていく中で、一人の魔術師の兵は聞いた。その言葉を。

途端、顔を青くした。その言葉は知っていたからだ。しかし、知っているだけで、実際に聞くのは初めてだ。

そんな中、先頭に立つ兵士が叫ぶ。

「いいかっ!奴らはおそらく今のうちに走って逃げているだろうが、時間的にそう遠くには逃げられん!まだ弓の射程内にいるはずだっ!障害物は無い!月明かりもある!視界が晴れたら…」
「隊長!退避してください!!」

顔を青くした兵士が叫んだ。事の重大さに、彼は気付いたのだ。

しかし、もう遅かった。

「ダイダルウェーブ!!」
「…え?」

砂が晴れた。同時に、それは来た。

大津波が。


――――――――――――――――――――――――。


「って!何がどうなってんのよ!!」
「うるさい…今話しかけるな………」

二つの満月の下、デミテル達は走っていた。

しかし、走っているのは、フトソンとリリスだけだ。何故なら、デミテルはリリスの背におぶられていたし、リミィはフトソンの頭に乗って寝息を立てていた。

フトソンはパニックを起こしていた。

「なんなんだな!?なんでこんな時間に起こされて、こんな時間に走って……」

彼は、走りながら後ろをふり向いた。

「こんな時間に兵隊が追い掛けて来るんだなっ!?」

遥か後方。ガチャガチャと金属音を起てながら、たくさんの兵士達が駆けて来ていた。

「……もう………ここまで………追いついて来たか………」
「ちょっとデミテル?なんでアンタそんな死にそうに…」

デミテルは酷く顔色が悪かった。息遣いも荒い。目も、なんだかシパシパと瞬いている。

「まったく……知ってはいたが…本当に………」

「体にくるな………上級呪文というのは………貴様が前に言った通り、やはり私には一発で使いこなす才能は無いらしい………」
「だから言ったんだな!そんなもの売ればいいって!」
「やかましい!呪文書と奥義書はメニュー画面に出ないんだよ!売れるわけが無いだろうが!!大体普通なぁ、パッと読んだだけで奥義やら魔法やら覚えられるわけが無いんだよ!!なんで宝箱開いて本読んだだけで技を覚えるんだ主人公どもは!おかしいだろうが絶対!!うごげほ!!」

デミテルは死にそうになりながら叫んだ。遠くから、矢を射る音がしたが、この距離ではまったく届かないようだ。


ええいクソ…これでも力加減をしたんだぞ……水圧で奴らが死なんように………奴らを押し流すだけのように………

オアシスの水も利用したんだ……魔力で生み出した水では無い分、体の負担が減ると踏んだのに………それでこれでは………

………所詮、序盤に出て来るボスキャラか。私は。


ちょっと、目頭が熱くなったデミテルだった。


……落ち込んでいる場合ではない。さて。このままだとマズイ。


「……おいお前ら。」

「別れるぞ。」
「えっ!?」

リミィを覗いた全員が声を上げた。リリスとフトソンはその場に踏ん張って、足を止めた。

「敵の数が多い。いくら貴様でも五十人の兵、うち八人が魔術師の敵を相手にするのはキツイだろう。」
「いえ。多分大丈夫ですよ。」
「………確かに貴様なら大丈夫な気はせんでもないがな…」

デミテルの脳裏を、かつて盗賊数十人を一人で殴り飛ばしていたリリスの姿が浮かんだ。

「…用心は用心だ。我々が散れば、奴らも散る。十人ちょっとぐらい、貴様らなら簡単に相手に出来るだろう……」

デミテルは、不安な顔のフトソンをチラリと見ると、ニヤリと笑った。

「久しぶりに出番だぞ。五十万ガルドの助っ人。」
「…。」
「そんな今にも死にそうな顔をするな。こっちも不安になってくるだろうが。」

既に頭の中で『その後、彼らの姿を見た者は誰もいなかった』のナレーションが
流れ始めているフトソンに、デミテルは言った。

デミテルは深呼吸した。そして、ゆっくりとリリスから下りた。

「とにかく、基本的に全員北に向かえ。砂漠を出る直前にもオアシスがあったはずだ。そこで落ち合うぞ。では、メンバーは…」

「…リリス=エルロン。貴様はリミィを持っていけ。」
「え?でも…」
「貴様といるのが一番安全だろうからな………いや!別にそいつの身が心配とかじゃないぞ!断じて!!」

変な意味に取られそうで嫌だった為、デミテルは急いで否定した。
リリスはクスリと笑った。

「心配なら心配って、正直にいいませんか?強がらずに?」
「ええいっ!違うと言っとるだろうが!私はただそんな役立たず連れていくなら一人の方がいいだけだ!!」
「はいはい。正直じゃないですね。」
「だから違うと…ええいくそっ!なんだその生暖かい目は!?」
「………。」


…何よアンタ達。何か急に仲良くなってない?


デミテルの肩の上で、ジャミルはピクピクと眉をひそめた。
なぜか、彼女の中でイライラとしたものが芽生えた。理由は不明だが。

「…ああ。ちなみにジャミル。貴様はフトソンといろ。」
「はぁっ!?なんでよ!?こんな奴と一緒にいたらいつ食われるかわかったもんじゃないでしょうが!?」
「欲を言えば今すぐにでも。」

腹をさすりながら、フトソンは真顔で言った。ジャミルは背筋が凍った。

「ほら!こんな事言ってるわよ!絶対反対!公正に決めなさいよ!あみだくじか、またはビニール袋に番号の書いた紙を入れて順番に…」
「ええい!やかましい!!時間が無いんだよっ!とっとと別れろ!!何がアミダだ!!クラスの席替えじゃないんだぞっ!!」

デミテルは肩に乗ったジャミルを引っつかむと、フトソンに投げ渡した。

「ほら。とっとと行け貴様ら。目障りだ。」
「ちょっと!納得が……」
「おいリリス=エルロン。」

デミテルは、フトソンの頭に乗ったリミィを抱き取る、リリスに言った。

「なんですか。」
「その……アレだ…さっきの……」


『助ける気があるのか?犯罪者の私を?』
『あなたは助ける人間に値する人です。』


デミテルはボリボリと頭をかくと、こっぱずかしそうに言った。

「………恩に着る。」
「…。」

…デミテルさん。あなたはやっぱり

助けるに値する

優しい人です。

「………だぁかぁらぁ!!なんなのよアンタ達のその妙な空気は…」
「じゃあなジャミル。フトソンに食われんようにな。」
「オイこらぁ!?」

デミテルは走り出した。走り出す理由は色々とあったが、第一の理由は。

恥ずかしかったからだ。


つづく


あとがき

なんか長くなってしまった…すいません。しかもまた次回予告とタイトルが変わってしまっ…うわああ…………

この小説の周期は一週間だったり二週間だったり不安定ですが、とりあえず来週は絶対的にお休みです。水曜から三泊四日の修学旅行です。スキー合宿です。雪山です。普段運動しない自分はきっと死にますね。


あてにならない次回予告 第五十二復讐教訓「満月の日は犯罪発生率が上がるらしいので気をつけろ」

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