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デミテルは今日もダメだった【53】

その日は日曜日だった。当然、外を出歩く人の数は平日よりも多い。
まして、そこは世界でも一、二を争う大国だったので、繁華街ともなれば、人で
道が埋まる程だ。観光客もいるので、さらに人口密度は上がる。

そして。こんな状況ともなれば、必ずと言っていい程の高確率で、アレは起きる
ものだ。

「…すいません。」
「はい。なんですか……って、ここに来たら、やることは一つですか。」
「はい………」

「迷子の呼び出しお願いします。名前はリア=スカーレットです。」

少年デミテルは、後頭部をボリボリ掻きながら、ため息混じりで『ミッドガルズ北部繁華街迷子センター』の受付に立っていた。


第五十三復讐教訓「小学校の京都奈良の修学旅行で同じ部屋の奴みんなお土産に木刀買ってたけど 俺は絶対無駄になるとわかってたから買わなかったぜ なんてつまらない子供だ」

「どこ行ってたんですか!?」
「ご、ごめんなさい…人に流されちゃって………」

呼び出しをして十五分後、リアは係員に連れられ、恐る恐るデミテルの前に立た
されていた。

「だから!最初に言ったんですよ!人多くて迷子になったら大変だから、手を繋
いで行きましょうって!なのになんかモジモジして…」
「は、恥ずかしいよ……」
「こんな人だらけじゃ誰も気にしませんよ。」
「わ、私が気になる!!」
「僕は全く気にならないですけども。」

デミテルはあっけらかんと言った。デミテルから見れば、リアは子供以外何者で
もない。手を繋ぐくらいどうという事は無いのだ。
リアは、今のデミテルの言葉から、そのことを悟ったらしい。ちょっとだけムッ
とした顔をすると、ぷいと背を向け勝手に歩き出してしまった。

デミテルはわけがわからないという顔で、急いでその怒った背中を追った。


城から出て一時間程経っていた。しかし、まだ何も土産は買ってはいない。その
理由は二人とも、こういう買い物に慣れていないからだ。
もう一つの理由は、リアが妙にデミテルと距離を置いて歩いているからだ。横に
並んで歩こうとすると、俯き、そそくさと早足になってしまう。おかげで三回程
見失いかけ、そして先程完全に見失い、迷子となったのだ。

「あの?なんで離れて歩くんですか?手はいいからせめて横で…」
「い、いいからっ!」

リアは振り向きながら口早に言うと、また前を向いてしまった。デミテルはまた
頭をポリポリと掻いた。


やっぱりスカーレット家は何考えてるかわからん………


二人は、人通りの少ない通りを選び、歩いていた。少々道がせまい。だがこの通
りにも土産店はあった。
表参道の道の店より古めかしい感じがしたが、デミテルはこっちの方が好きだっ
た。何か、落ち着くのだ。

デミテルは、せかせかと歩きながらも、店の看板やショーウインドーに置かれた
品々に目を輝かしているリアの背中を、淡々と見ていた。


『愛娘のことは任したよ。我が愛弟子。』


一体なんなんだろ。あの人はここに何しに来たんだろ。冗談には聞こえなかった
し…マジで何か危険なことしにきたのか……?

危険なこと……でも、前の職場仲間に呼ばれてきたって……違うのか?ああくそ
っ!考えても皆目見当つかない!そもそもあの人はこの国で何の仕事をして……

……いいや。もう考えるのやめよう。あとで本人から聞けばいい。僕の今すべき
ことは、この子のお守り………ん。


考えながら歩いていたデミテルは、いつの間にかリアを追い越していた事に気が
ついた。振り向けば、リアはとある店のガラスのショーケースを見つめていた。
やっと買いたいモノを見つけたのかと、デミテルはリアの背後まで歩いていった
。そして、小さい肩ごしに、彼女の視線の先を見つめた。


『ドクターナガマツの超怪しくない惚れ薬―――これを飲んだ者は必ず最初に見
た者を好きになってしまう!さすがだナガマツ!!』


「………こんなの欲しいんですか。」
「へっ!?」

明るい真っ赤な液体が入った細長いクリスタルの瓶をマジマジと見つめていたリ
アは、びっくりしてデミテルを見た。そして、薬と同じくらい顔が赤くなった。

「ち、違うよ!ちょっと見てただけで…」
「ちょっと?全精力を振り絞って見てた感じがしましたけど?自分用じゃないな
ら、お土産ですか?」
「う、うん!!そう!あぁでも、ちょっと高いかなぁ…」
「お願いですから、アーチェちゃんにはあげないで下さいね。」
「え?どうして?」

リアがキョトンとした。デミテルはチラリと、店の扉を見ながら言った。扉の窓
の向こうに、カウンターに座る、茶色いフードを被り、ボロボロの歯をした老人
が、にんまりしながらこちらを見ていた。あれが噂のドクターナガマツらしい。

「だって、確実にその薬の被害に遭うの僕じゃないですか。」
「あっ!」
「ごめんですよ。そんな得体の知れないモノ飲まされるの。さぁ行きましょう。」

デミテルはリアの手を握ると、店を離れた。デミテルに手を引かれながら、リア
はまだ何か惜しそうに店の方を見ていた。
デミテルはそれを横目で見ながら言った。

「やっぱり欲しかったんですか?」
「え?いや…えっと……」
「そんなに欲しいなら僕が将来作ってあげますから。あんな材料原産地不明確な
奴買って使おうと思うのはやめてください。飲まされる人が可哀相です。誰に飲
ませたいのか知りませんけど。」

デミテルはここまで一気に言った。リアは、何か言いたそうに口を小さくパクパ
クさせていた。

『作ってあげる』というのは、ほとんど冗談で言ったようなものだったが、まっ
たくでたらめにモノを言ったというわけではない。彼は、ランブレイからそれな
りの魔法の技術を少なからず習っていたし、中でも、魔法薬という技術に対して
は、結構興味があった。

将来、ホントに作るのもいいかもしれない。そんなことをぼんやりと考えていた。

「……そういえば、いつの間にか手繋いでますね。僕たち。」
「へ?あっ!」
「ほら。繋いでみればどうって事ないでしょ?」

デミテルはまた強くリアの手を握った。リアは、握られた右手をまたマジマジと
見つめていたが、すぐに目を反らして俯き、また赤くなってしまった。

「いつまでも子供じゃないんですから。使用人と迷子にならないために手を繋ぐ
だけで、なんでそんな思春期の男子中学生みたいな過剰反応……」
「手を繋ぐ方が子供っぽいと思うけど…」
「いいじゃないですか。だって子供なんですから。」
「さっきは『いつまでも子供じゃないんだから』言った癖に……」

リアはブツブツ恥ずかしそうに言った。デミテルはクスリと笑うと、彼女の手を引いた。

「さ、早くお土産買いに行きましょう。もっと怪しくなさそうなものを。」


その後、リアの羞恥心と硬さは、少しずつ緩んでいった。街を巡り歩くうち、徐
々に恥ずかしさに慣れて行った。
リアの手は小さく、しかし温かくデミテルは感じていた。もちろん手から伝わる
体温の温かさもあったが、それだけではなかった。


なんだろうな…コレ……

僕は今………

この子を護ってるんだよな………

『愛娘のことは任したよ。愛弟子。』


人に任され、何かを護っている。そのささやかな実感が、彼を温めていた。

「デミテルさん!あれ!あれ!!」
「いたたた!!」

いつの間にか、デミテルはリアに引っ張りだこにされていた。最初のまごついた
様子はどこへやら、あっちへ行ったりこっちへ行ったりで。彼女の顔はとてもキ
ラキラとした笑顔だった。

ずっと小走り状態で動き回った揚げ句、買った物はデミテルが持つので、デミテ
ルはだんだん息を切らし始めたが、リアはまったくばてる様子は無い。


ああ………

初めてディズ○ーランドに子供連れてったお父さんてきっとこんな気分なんだろ
うな………ゴールデンウイークぐらいゴロゴロしたいお父さん達……今ならあな
たがたの気持ちが痛い程わかります……


五人分の友達の土産(櫛など、女の子らしい小物が多かった。)や、御近所さん
に配るお菓子類など(缶に入った感じのクッキーが多い。コレが一番荷物がかさ
張った)、それらを買い終えた時。
二人はいつの間にか最初の大通りにいた。だが、もう今はしっかり手を繋いでい
るので、迷子の心配は無いようだ。

いや、もう手を繋いでる感じが、デミテルにはしなかった。もはや、手と手は元
から一つであったように、一心同体となっている。その事実に二人はまったく気
付いてはいなかったが、気にしなくなったからこそ、そうなったとも言える。

「デミテルさんは何か買わないの?」

最後の、アーチェへのお土産を未だ決めかね、歩いていたリアが、デミテルに尋ねた。

「いえ。僕は別に何も…お嬢様はさっき、僕に時計買ってくれましたし。これだけでお腹いっぱいです。」

デミテルは、ついさっきリアが自分に買ってくれた、金色の懐中時計を手の平に
乗せて、ニコリと笑った。デミテルは遠慮したのだが、リアが無理矢理受け取ら
せたのだ。こういう時にテンションが上がっている女子に男子はみんな勝てない
に違いない、と、デミテルは勝手に結論づけた。

「しかし、コレ本当に金ですかね?えらく安かったし。メッキだっだりして……」
「じゃあ、お友達にお土産は?」
「僕が友達にお土産?誰に?」
「アーガス君は?」
「…………。」

デミテルの脳裏を、ちょっと切れ目で黒髪の、少々後ろ髪の長い少年、アーガス=A=マッキンタイアの顔が浮かんだ。
デミテルはボリボリ頭を掻いた。

「……買い必要あるんスかね?アイツなら道端に落ちてる草と小石を少々拾ってくりゃ………」
「そ、それはいくらなんでもひどいと思う!泣いちゃうよアーガス君………」


いや。『リアお嬢様が触った小石』ならば、恐らく奴は泣き喜び、顔から受け止めるだろ………って、さすがにここまで気持ち悪くないか奴も……

そもそも奴の家は道具屋だしなぁ………そこら辺にありそうなのじゃ面白みが………そもそもあのストーカーの為に大金はたくのは……だからと言ってお菓子類は……フム………


……なんで僕があの住居不法侵入者の為に頭を捻らんといかんのだ………完全なるオリキャラの癖に……


デミテルは段々ムカムカしてきた。次第に、奴の為に脳細胞を使うことすらも億劫になってきた。

その時リアの足が急に止まって、デミテルを引き止めた。

「ん?どうしました?」
「うん……」

リアは、さっきの怪しげな薬屋とは違う、小綺麗なショーウインドーを覗いていた。

「………コレにしようかな。」
「え?どれですか?」

デミテルはウィンドウの中を探るように見回した。
あるのは、キラキラとした髪飾り、色鮮やかな髪留め、そして

青いリボンだった。

そのリボンは、他の品より少々質素な感じがしたが、何故か見る者を引き込むよ
うなものがあった。なんと表現すればいいのかデミテルは考えに詰まった。とに
かく、何かが深く、そして美しかった。

「……なんかいいですね。このリボン。」
「………うん。」
「これにしますか?」
「………うん!」

リアは強くうなづいた。デミテルはフッと笑った。


一見、地味なリボンだ。けれど、よく見れば何かがいい。魅力がある事に気付く。

そう。『よく』見れば。それを、歩きながら一目見ただけで気付くとは……

センスがあるってことなのかな……この子は………


「それじゃあ、買ってくる。お財布貸して。」
「え?いや、僕が買いに…」
「……それはちょっとやめた方がいいと思う。」

リアは、店の前にある立て看板を指差した。看板はピンクや赤など、いかにも『女の子の為の店』という空気を出していた。

「……これはアレですね。ランジェリーショップに男一人で入るようなもんです
ね。わかりました。ここで待ってます。」
「うん。」

ここで、デミテルはずっと握っていたリアの手を離した。リアは小さく「ぁっ」
と言ったが、デミテルは気付きもしない。
財布を彼女に手渡すと、ずっと片手持ちだった土産が入った紙袋を、数個空いた
手に持ち直した。ぶっちゃけ、重さで袋の紐が指に食い込み痛かったので、彼は
安堵した。

「師匠にもらったお金、もう少ないみたいですけど、大丈夫?買えます?」
「うん。多分大丈夫。じゃ、行ってきます。」
「はい。行ってらしゃい。」

子供を見送る親のような態度で、デミテルは小さく手を振った。リアはトコトコ
と店内に入っていった。

デミテルはフゥと息を抜くと、周りを見渡してみた。やはりすごい人の数だ。


……軍事国家と聞いていたけど、みんな明るく、楽しさに溢れてるよなぁ………

いや、もしかしたらそれは、今までほとんど戦争に負けた事が無いが故の奢りな
のか…………って、何自分は突然悟りを開いたような思考を………

……軍事国家、か。

……あの人はこの、軍事国家の城で働いてたんだよなぁ……

じゃあもしかしてあの人………

兵器とか作ってたりとかして………まさかなぁ…


「おい?お前デミテルじゃね?」
「え?」

軽い声が自分の名を呼ぶのが聞こえて、ピンクの店の壁にもたれ掛かり、宙を見
上げていたデミテルは、声の方を見た。

金髪の、自分と同じくらいの少年がこちらをマジマジと見つめていた。少々顔に
そばかすがかかっているのがわかる。デミテルはどこかで見た気がした。

少年は軽い声でケラケラ笑った。

「や~ぱりデミテルだ。久しぶりだなぁ。」

「『か・わ・い・そ・う・な』デミテルくん。」
「っ!!」

もう、七年以上前も前の呼び方をされて、デミテルは目を見開いた。


うわ……マズイ……


「覚えてるぜぇ。俺んちのすぐ近く住んでたもんなぁ。かわいそうなデミテルくん。」

少年はイヤらしく、ニヤニヤと笑った。デミテルはとても憂鬱な顔で、眉を潜めていた。
すぐにでもこの場から立ち去りたかった。しかし、そういうわけにもいかない。

少年はニヤニヤを続けながら、またわざとらしい、悲観的な声で続けた。

「大人達みぃんな、そう言ってたもんなぁ。」

「かわいそうなデミテルくん。お母さん生まれてすぐ死んじゃって、かわいそう。お父さんは酒びたりで、暴力親父で、かわいそう。かわいそうなデミテルくん。」

「おまけに、変な髪色で生まれちゃって、ああ。かわいそう。かわいそうなデミ
テルくん………」
「何か用があるなのか。」

デミテルは無感情に言った。だんだん、前にいる少年のことを彼は思い出しつつ
あったが、思い出せば思い出す程気分は悪くなっていった。
デミテルの無感情な声に少年は少々驚いたようだったが、すぐに気を取り直して

「まぁそう嫌そうな顔すんなよぉ。にしても…」

そう言った瞬間、少年はデミテルの前髪を引っつかんだ。デミテルは、もう何十
回もこの少年に同じ事をされていたのを覚えていたが、だからと言って不快感が
無いわけがなかった。

「あいっかわらず変な髪してんなぁ。どうせ今でも変って言われて笑われてんだ
ろ。昔俺に泣かされた時みた…」
「離せよ。」

デミテルは手を叩き落とした。それと同時に彼の中を気持ち悪い感覚が襲った。

『離せよ』と言った自分が、なんだか酷く恥ずかしかった。
『離せよ 』という声が、恥ずかしいぐらい引き攣っていたような気がした。余計に恥ずかしくなった。
この状況が、自分が、全てが恥ずかしく、情けなくなった。
追い撃ちをかけるように、脳裏を、嫌なモノが過ぎていく。もうずっと昔のこと
だと信じて忘れていたのに、急に昨日のことのように、嫌なモノが浮かぶ。

死にたくなった。

「なんだぁ?ずいぶんつんけんな奴になったじゃないの?」
「……用が無いなら、もういいだろ。帰れよ。さよなら。」

帰れ。そしてもう二度と帰ってくるな。俺とお前の、この嫌な記憶もついでに持ち帰っていきやがれ。

「だぁから、そう牙剥いた態度すんなよぉ。」

まだ話する気か?もういいだろ。いい加減にしてくれ。

「お前今何してんだ?学校は行ってねーんだろ?働いてんの?」

もういいから………頼むから…………

「………使用人。」
「使用人!?お前が?!」

デミテルは拳をギュッと握りしめた。


『ほらあれ……あの子よ……』
『かわいそうにねぇ……お母さんいないんだってねぇ……』
『でもねぇ、父親の方も相当アレらしいわよ………』
『まぁほんとぅ?』
『それに見てあの髪……病気かしら?』

『……かわいそうなデミテルくん』

かわいそうかわいそうかわいそうかわいそうかわいそう。そう言うだけで、同情するだけで、何もしちゃくれなかったじゃないか。アンタ達。

『お前うっとうしいんだよ。』
『変な髪しやがって。』
『お前人間じゃないんだってな。お母さん言ってたぞ。』

アンタ達の子供は、みんなに同情されてる俺に嫉妬して絡んでくるし……

ああ。ホントに嫌なことしか思い出さないな………


少年から、思い出から、この場から、そして自分自身からも、デミテルは逃げ出したくなってきた。しかし、やはりそういうわけにはいかない。


もう…何も言うな………言わないでくれよ…………


吐き気さえ、デミテルはしてきた。この気持ち悪い感覚は怒りなのか。虚しさなのか。よくわからない。それが、冷やかしを言ってくる相手に向かってのものなのか、冷やかしを聞くと浮かび上がってくる思い出に対してのものなのか、その冷やかしを俯き、黙って聞き、話が終わるのをじっと待つしかできない自分自身に向かってのものなのか。それもわからない。
わかっているのは


自分が酷く情けなく見えることだった。


「お前みたいな変な髪雇うなんて、どんな……」


バチィンッ!!


空気が破裂した音がした。デミテルが顔を上げた時には、

リア=スカーレットが、少年に平手打ちをかまし終わった後だった。

「…………な」
「いったぁ!!」
「謝ってッ!!」

涙目で頬を撫でる少年に向かって

同じく涙目で睨みながら、リアは叫んだ。

「デミテルさんのお母さんのことも……お父さんのことも……」

「髪の毛のこともっ!!ニヤニヤしながら話したこと、謝っ」
「さよならっ!!」

電光石火、デミテルはリアの両脇を抱えて抱き上げると、クルリとターンし、振り返りもせず叫ぶと、急いで駆け出した。
それでもリアはまだ何か叫んでいた。通りすがる人全てが、彼らを目で追うか、振り返って見ていた。

「何考えてんですかお嬢様ッ!!」
「………。」

街の北東の外れの、路地に、二人はいた。あまり人気は無い。

しどろもどろするリアを、デミテルは見下ろしていた。

「なんであんなこと…」
「だ、だって………」

「デミテルさんのこと………あんな風に………」
「………お嬢様。」

デミテルは深い溜め息をつくと、自分を平静にしようと深呼吸した。そしてまた静かに「お嬢様」と言った

「僕は別に気にしてませんから…」
「………ウソ。」
「僕が怒ってるのは、あのあともしもお嬢様に何かあったらどうすんですかって話なんですよ。もしも、アイツが喧嘩っ早い奴だったらどうしたんですか?怪我していたかもしれないんですよ……そもそも僕はあんな言葉気にして……」
「…うそ。」
「………………あんなので僕が………傷付いてるとでも…」
「うそっ!!だってあの人、デミテルさんがずっと気にしてること全」
「僕はあなたに何かあったら百倍傷付く!!」

デミテルの叫びが、狭い路地に響いた。どこかで、鳥が羽ばたいていく音がした。
リアはキョトンとして、デミテルの青い、本気の瞳を見つめていた。
デミテルはまた深呼吸した。そしてフッと笑うと、腰を曲げて、彼女の方に手を置いた。

「僕はあなたの父親に任されてるんです。」

『愛娘のことを任したよ。わが愛弟子。』

「僕は約束したんです。あなたにもしものことがあったら、僕も、そして師匠も困ります………」

「もう………今回みたいな無理なこと、しないでくださいね。」

デミテルは優しく、そしてしっかりと言った。

リアは、俯き、少しばかし黙っていたが、やがて

コックリとうなづいた。デミテルはクスリと笑うと

こう言った。

「…………でも」

「実は結構スッキリしました。さっきの一撃。」

「ありがとうございます。」

緊張感が溶けていった。すこしの間二人は顔を合わしていたが、やがて、二人一緒に吹き出してしまった。

「さて。じゃ、そろそろ戻りますか。買うモノは大体買いましたし。」
「あ………まだアーガスくんの……」
「あぁそうか………めんどくさいなぁ………」

適当に、ご当地物のキューピー人形のフィギュアでも買ってこうかなと思いながら、デミテルはなんとなく後ろを振り返った。

大柄の男が、こちらを見下ろしていた。


―――――――。


「だから何度も言っているだろっ!!」

ミッドガルズ城、会議室から、荒々しい声が響く。
そこは、長方形の、長いテーブルが面積を占めている。そのテーブルの端、入り口に近い側に、ランブレイ=スカーレットは立っていた。
対にいる人々は、みな椅子に座っていたが、ランブレイだけは立ち、そして人々を睨んでいた。

「……いいか。私はここを出る前にも何度も通告した。」

「魔科学は危険だ。私がデスクに辞表と共に置いていった資料は、誰も見なかったのか?森でテストしたプロトタイプの小型魔導砲だけで、あのマナの喪失量っ!!異常なことぐらい、ここにいる全員がわかるだろっ!!」
「…………だからこそ」

緑の髪をした一人の男が、顎の下に指を組みながら、静かに切り出した。服装から、軍人らしい。

「だからこそ、我々は貴方に戻って来て欲しいんです。あなたがここから夜逃げするように立ち去る時、我々から盗み出した資料も共に…」
「私がいないと、仕事がはかどらないかね?ライゼン君。大いに結構。」

ランブレイはほくそ笑む。ライゼンは、ランブレイを睨むわけでもなく、ただ、ジトリと見つめていた。

「私無しでこの技術を完成させるのは、大層難しいだろうなライゼン。三、四倍の年月を要するだろう。私は自分自分が優秀な人材であることは知っている。」

「だからこそ、君達は私を取り戻そうと必死なわけだ…あんな手紙まで送って……」
「招待状ですよ。」
「招待状?はて?敬語を用いた脅迫文にしか見えなかったが?」
「………。」
「……私がここに来たのは、ここに戻る為じゃない。」

ランブレイは、チラリと、背後の出口を見た。兵士が二人見えた。

「あなたがたに、魔科学の研究をやめるよう、もう一度お願いする為だ。」
「………。」

ライゼンは、石のように表情を変えず、ただ聞いていた。まるで、彼の芯が曲がることなど有り得ないことを示唆するように。

「…………これは、私が置いていった資料の最後にも書き加えておいた言葉だが。」

「魔科学は悲しみと死しか生まない。」


―――――――――。


一瞬だった。固い、丸みを帯びた何かの鈍器が、デミテルの頭に垂直に落ちた。
全ての時がゆっくりと流れていた気がする。デミテルはうつぶせに、その場に倒れ込んでいった。
リアの悲鳴がどこかずっと遠くに聞こえていた。やがて、その悲鳴はこもり、聞こえなくなり、ついに何も聞こえなくなり、そして


デミテルは気を失った。


つづく

コメント

どもー、いつもどおりのtauyukiseでーす。
今回の話を見て感じたこと、どこかひぐらしじみてるきがする・・・
ようやく過去偏の核心部分が、あデミテルのほうのですよ、ようやく面白くなってきましたね。
続きを楽しみにしています。では

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