デミテルは今日もダメだった【54】
第五十四復讐教訓「あなたより不幸な人は絶対いる」
窓のすき間風が、サラサラとカーテンを揺らしていた。藁臭い匂いが、鈍く鼻をついた。
少年デミテルは目覚めた。
黄色がかったベッドの上に彼はいた。頭の中がグルグルと回っていた。
ここはどこだ。僕は何をしてる。
僕は…お嬢様は…………
………そうだお嬢様!!
デミテルは弾けるように自分に掛かった毛布を蹴り飛ばした。そして急いでベッドを軋ませて立ち上がった。
途端、熱した鉄を脳天に押し付けたような痛みが彼を襲った。そこから、食い込むように痛みは頭の中にめり込んだ。
デミテルは顔を痛々しくしかめながら、頭を抑えると、ベッドに落ちるように座った。
頭が割れそうに痛い、なんて文章、よく見るけど……まさにその状態だコレ………いったぁ……吐き気さえしてきた………
デミテルは頭をそうっと撫でた。ジンジンとした痛みを発するたんこぶがある。おそらく、殴られた時に出来たのだろう。よくたんこぶだけで済んだものだ。
ふと、デミテルは足元を見た。縦に丸まったタオルが、一つ落ちていた。拾ってみると、それは濡れていた。
あれ…もしかしてこれ僕の頭に乗ってたのか……?
「ダメェっ!!」
「エ?」
悲鳴がした。デミテルが声がした部屋の戸の方を見た瞬間、デミテルの腹に何者かのヘッドバッドが炸裂した。
「ぶべらッ!?」
「ダメ!まだ痛いでしょ!?お兄ちゃんあんなに思い切り殴られたんだから!!」
「んんんっ!!」
声の主に無理矢理ベッドに押し寝かされて、デミテルはもがいたが、その少女は容赦なくデミテルの顔面に掌底を叩き込み、ベッドに抑えこんだ。デミテルは息ができなくなった。
「!!?」
「えっとえっと!そだっ!頭冷やさなきゃっ!タオル濡らして………」
「~~~~~~~~~!!」
「ああ!?なんか苦しそうにしてる!!どうしよっ!?あ、あたし人口呼吸なんて………」
そういう問題じゃねーよとデミテルは叫びたかったが、完全に気道を防がれていて、もう彼は死を待つのみであった。
「コラッ!何してるの!!」
「シスター!!このお兄ちゃん息出来ないの!どうしよっ!?」
「どうしようもこうしようも!まずその手をどけなさい!!」
「 。」
「あああぁっ!!死んじゃったぁぁぁぁぁ!!」
「……で、僕が気絶してるのを路地で見つけて、ここまで連れてきてくれたわけですか。」
デミテルは、氷袋を額にあてながら、弱々しく言った。
危うく酸素欠乏症にでもかかりかけたデミテルだったが、何とか再起動した。彼は、ベッドに上半身を起こしながら、こちらを申し訳なさそうに見ている、大体リアと同じくらいの少女と、少々老けたシスターを見つめた。
少女は黒髪のショートカットで、白いエプロンをして、スカートの裾やフリルの淵は青かった。
デミテルはチラリと窓を見た。どうやら、ここは二階部分らしい。
「あ、あたしが買い物から帰ろうとしたら、路地にお兄ちゃんが倒れてて…どうしようってなって……」
「……ここは、教会?」
「ううん。孤児院。教会はお隣り。」
「こじっ……」
その時、どこかで花瓶が割れる音、数人の子供が騒ぐ音、そして
鬼のような怒号が聞こえた。
「またかクソガキどもぉおおおっ!!何回割りゃ気ィ済むんだコラァアアッ!!どっかに売り飛ばされてーのかァァア!!?」
「…今のヤクザみたいな女性の声は誰ですか。」
「私と同じシスターです。ここじゃこれが日常茶飯事…………ルイージ!マリオ!あとで皮を剥いでやるから覚悟おしっ!!」
「皮を剥…………」
物凄い形相で物凄い事を叫ぶシスターにデミテルは恐怖したが、この件について深く触れたらもっと怖い気がしたので、これ以上言及しないことにした。
「酷い怪我では無いわ。良かったらあなたの家がどこか教えてくれると助かるけど………」
「あ、いや…僕はよそ者なんで……あの。」
デミテルは女の子の方に目をやった。少女はさっきの窒息殺人未遂事件を気にしているらしく、しゅんと視線を落とした。
「………僕以外に、誰かいなかった?女の子なんだけど。」
「…………ううん。見てない。お兄ちゃんだけ。」
「………そうか。」
デミテルは、ギュッと拳を握り絞めた。
なんてこった………
リアお嬢様が……誘拐された…………こんな………こんな漫画みたいなことが…………
でも、なんでだ?なんでお嬢様なんだ?確かにウチはお金はある方だろうが、お嬢様は昨日ここに来たわけで………以前住んでたのは五年は前だし………
「とにかく、今は休んでいなさい。今飲み物を持ってくるわ。」
シスターは席を立ち、部屋を出た。途端、響くシスターの怒号。
「何盗み聞きしてんじゃおのれらはっ!!ミッドガルズ湾に沈むかクソガキどもおっ!!」
「うっせーよババアッ!!バーカッ!!」
「お前がバーカァッ!!」
「嘘ついた?」
「へ!?」
唐突にデミテルが言った。少女は驚いて、椅子に座った体を後ろにバッと下げた。デミテルはクスリと笑った。
「だって君、さっき」
『ダメ!まだ痛いでしょ!?あなたあんなに思い切り殴られたんだから!!』
「って言ったろ?それって、僕が殴られたの見たってことでしょ?それなら、君は女の子を見たはずだ。」
「ご、ごめんなさいっ!」
「謝るのはあとでもなんでもいいんだ。そんなことより、」
デミテルは足をベッドの外に出すと、少女に向かって真っ正面に座り、じっとその俯いた顔を見つめた。
「その女の子はどうなったのか聞きたいんだ。」
「…ねえお兄ちゃん。」
「ん?」
「その子、お兄ちゃんの何?」
「…。」
デミテルはポリポリと眉間を掻いた。何気ない質問だったが、異様に深い問いな気がする。
「…その答え、今じゃなきゃダメ?」
「ううん。あとでもいいよ。」
「そんじゃそうして。」
「わかった。」
妙に淡々とした会話が成立したあとで。
「あたし、あたしね。」
少女は顔を上げると、黒い瞳で、デミテルの青い瞳を見た。
「お兄ちゃんが殴られた時に、偶然路地の前を通って。男が二人、お兄ちゃんと女の子を挟んだ状態だった。」
「お兄ちゃんが倒れたあと、女の子は何か布で口を抑えられて。少しもがいてたけど、大人しくなった。眠っちゃったみたいに。」
「あたし、怖くなって、動けなくなった。そしたら、お兄ちゃんを殴った男がこっちに気付いて、あたしの方に来たの。そして」
「あたしに、これをお兄ちゃんに渡せって言われた。お兄ちゃん以外には見せちゃダメとも言われた。もし見せたら、お前も痛い目に合わせるって言われて……だから、さっき嘘ついたの。シスターに気付かれないように…あいつらは、女の子しょって走って行っちゃった。」
少女は、右手に何か握っていた。デミテルが受け取ると、それはメモ帳の切れ端だった。
一階から、子供の悲鳴が響く中、彼はそれを読んだ。走り書きのようだ。
“子供 返して欲しかったら”
“ランブレイ スカーレットの”
“ん?ランブレイだっけ?ランダウェイだっけ?”
“あれ?ちょっと今聞くわ”
…めんどくさいなぁ…………
“♪らん♪らんらららんらんらん♪らん♪らんらららん♪”
なんで手紙なのに保留メロディがあるんだよ!!しかもナウ〇カだしっ!!
“つーかアレだな。気絶させずに直接言った方が早かったよな”
“だよね”
雑談すんじゃねぇえっ!!
“ランブレイスカーレットのカバン”
…カバン?
“中に薄い金属箱。書類ケース”“奴は肌身離さずもってる”“必要なもの その中身”
“『魔科学』について書かれている書類全て”
……マカガク?
悪寒がした。デミテルはその『マカガク』が何なのか見当もつかなかったし、何故金でもなくそんなものを相手が欲しがるのかもわからなかったが、
どういうわけか、『魔科学』という単語が、酷く彼の心を揺すった。不思議と嫌な予感しかしないのだ。
デミテルは残りの文に目を通した。書いてあるのは、待ち合わせ場所、時間のみ。
“その箱は持ち主の家族にしか開封できない”
と、最後に、思い出したように書き加えられているだけだった。
「…何してるの。」
メモを何度も読み直していた少年が、ベッドから立ち上がり、服を整えているのを見て、少女は不安げに尋ねた。
「助けに行きます。」
デミテルは毅然と言った。少女は、眼を見開いた。
まさか、こんな漫画みたいな事態起きるとは思わなかった。
けど、『こんなこと現実にありえない』なんて現実逃避してる暇は無い。
必要なものは師匠の持ち物…それがあれば助けられる…何故そんなもの必要なのか知らないけど……
助けられる……
………でも、だからと言って
むざむざ雇い主の物を渡す程、僕は不忠実な使用人じゃないぞ。
「ダメッ!」
「へっ?」
部屋を出ようとしたデミテルの手を、少女が引っつかんだ。デミテルは心の中で呟いた、ちょっとかっこよい(自己評価)言葉に軽く陶酔していた為、かなり自分が格好悪く感じた。
デミテルは手を振りほどこうとしたが、その小さな手はギュッと、彼の腕を締め付けていた。
「…なんですか?」
「だって怪我が…」
「たいしたことないってさっき言われたから大丈夫だよ。」
「子供だけじゃ危ないっ!大人を…」
「他の人に言うなって言わなかったのは君だろう?それにもし下手に大人に言って大事になったら、お嬢様に…」
「あの…でも……」
「あのさっ!!」
デミテルは怒った。握り絞められている腕が悲鳴を上げる程締め付けられてるのもあったが、一番の理由は
「なんで見ず知らずの君がそこまで僕を止めるんだ!?」
「パパも同じこと言って死んだから!!」
「へ。」
あまりにもいきなりで、デミテルはキョトンとした。少女は俯き、震えている。
「……あたしのパパも、あなたとまったく同じだった。」
「パパはアルヴァニスタに反乱した軍に入ってた。」
「よくわかんないけど、偉い人達が、悪い魔法の研究してるからとか言ってた。マガカクとか。よくわかんないの。」
「あたし達、ヴァルハラ平原にキャンプ作って暮らしてた。いつか味方をたくさん集めて、偉い人達を倒すつもりだった。それで悪い研究やめさせるんだって。」
「でも、味方が集まる前に、軍隊が来て、キャンプを襲った。」
「あたしは止めたもん。このままこの穴の中に隠れてようって。でもパパは『仲間を助けに行く』って言って。」
「頭に怪我してるのに、外に出てって…それから……」
「…………。」
デミテルは、少女の頭を静かに見下ろしていた。子供とシスターの喧嘩が、酷く遠くに聞こえた気がした。
「ここの子供は、戦争や内紛の孤児ばっかり。元気に振る舞ってる子供もいるけど、全然喋んない子とかもいる。」
「……連れてかれた女の子、お兄ちゃんの家族でしょ?」
「無茶しちゃダメだよ。もしお兄ちゃんに何かあったら、悲しむのはそのこなんだよ?ねぇお願い……」
「そのこに、あたしと同じ目合わせないで…お願い……」
少女は、デミテルの胸に顔を埋めて、しがみついた。軽いのに、何かがとても重かった。
デミテルはわかった。何故、最初あんなに必死に自分をベッドに叩き付けていたのか。心配性なのか。
そしてもう一つわかったこと。
どうやら、自分も彼女と同じ類らしい。
「僕も孤児だよ。」
「へ?」
「戦争孤児ってわけじゃないけど。ああ…そうか………」
デミテルは、ふと周りを見渡した。部屋に何個かある写真立てに、子供の顔がたくさんあった。
「みんな僕とおんなじなんだ……」
昔。僕は自分の運命を呪った。自分の人生が、凄惨な、酷いものであると。自分は世界一不幸だと。でも、それは自惚れだった。
僕と同じく一人で、僕以上に凄惨な親との別れを経験している子が、こんなにたくさんいたんだな。
そして、また一つ、僕と同じものは
「君にとってさ。」
「あのヤクザみたいなシスターと、マリオとルイージ、他みんなは」
「君にとって、家族なんだろ。血は繋がってなくとも、家族同然の、大事なものだ。」
デミテルは、少女の両肩を掴み、グイと押し離した。少女は、濡れた黒い目でこちらをパチクリと見た。
「んじゃ、僕にとってのそれは誰かって言うとさ、」
「ちょっと空しいことに、あの親バカ親父と、たまに変にエロイ感じがする人妻と、時たま何考えてるかわかんなくなる女の子。」
デミテルは自分で言った笑った。なんか妙にキャラが濃い人ばっかしで疲れるわまったく。
「………正直、君のとこの方がいいよ。でも」
デミテルは少女に背を向け、戸の前に一歩進んだ。
そして部屋を出る前に、チラリと少女の方を振り向いて、言った。
「もう、死んでも手放したくないんだ。この大事なものだけは。絶対に。」
――――――――――――――――――――――――――――――。
……………眩しいな。
腹が減ったな………
なんだ………ここはどこだった…………
まだ私は夢の中なのか……
もう少し見ていたいんだがな………このあとの展開がカッコイイんだが………
誰がカッコイイって?それはおま…アレだ…
………にしても眩しいな。
黒いマントに銀色のショルダーをしたハーフエルフは、手探りをするように、モ
ゾモゾと瞼を開いていった。瞼の向こう側にある光を求めて。
デミテルは、一つの岩を背にして、泥のように眠っていたのだ。
なんだったか………確か、追っ手に追われて……メンバーを分けて………
追ってきた奴らを迎撃しながら撒いて………走って……
……そうだ。それで、なんとか集合場所のオアシスについたんだ。
で、安心して、全精力を振り絞って、寝た。泥のように。上級魔術の疲労が酷かったからな……
デミテルは懐をゴソゴソと漁り、金の懐中時計を取り出すと、時間を見た。夜中の三時だ。
そう。金の懐中時計だ。
デミテルはハッとなった。しばらく考えると、やがておかしくなってきて、顔を抑えて、クスクス気持ち悪く笑った。
………なーにが『自分の過去に関する物は全て処分した』だ。第一話の私め。思い切り残っとるだろうが。あの時代のモノが。
デミテルは改めて、かつてリア=スカーレットに貰った時計を眺めた。外枠に掘られた数字が掠れて、一部見れなくなっている。
だが、メッキが剥がれている、という安っぽい所は、一カ所もなかった。
『メッキだったりして』と言って疑っていたかつての自分の姿が頭を過ぎって、またおかしくなって、笑って、そして
途端無表情になった。
何をやってるんだ。私は。
あんなに嫌悪していた昔の記憶の夢を、いつの間にか楽しんでいる。週一の漫画雑誌を楽しみに待つ子供のように。これではいかん………
これでは………………………………………………………………というか
眩しいなぁもう!!なんだこんな時間に!!誰かテスト勉強でもしとるのか!?前日一夜漬けしたってなぁ、そのテストはどうにかなっても受験になったら何も頭に残ってなくて………ん。
デミテルは、少し行ったところから発っせられる、ぼんやりと光る何かを、目を細めて睨んだ。あそこはオアシスの水場だったはずだ。
その光は、火とも、電気とも、また、太陽とも違った。何か、もっと鈍い光だ。しかし、鈍くても彼の目を完全に起こすには十分な輝きだった。彼は立ち上がった。
まるで、太陽と地球の間にフィルターでもかけたような感じだな………そう……まるで
月だ…
デミテルは、光に歩み寄って行った。
月が光るのは太陽の光が反射するからだったかな………
今日は満月か………赤い月と青い月だ………
そういえば、神話の月は一つしか無いとかなんかで読んだな……金色に光る月が一つだけ……下の奴らはその月の模様を見て兎がいるとか蟹がいるとか言って……
月が二つじゃなくて一つ……奇妙な話だな……月は二つが当たり前だろうよ…………
…………奇麗だなぁ………あの光ぃ…………
自分の頭の何かが、ポーと浮いていく感覚が、彼はした。しかし、そんなことはどうでもよかった。何が浮かぼうが、今はあの光だ。あの光に近づきたい。
あの光が欲しい。
あの光を手に取りたい。
あの光さえあればもう何もいらない。お菓子だって捨ててもいい。チョコケーキだって差し出してやるぞ。
あの光は私のものだっ!!
デミテルはついにオアシスの水辺にたどり着いた。もし、光を発しているモノがなんなのか確認できていなければ、このまま執り憑かれたように歩き続けて、沈んでいたかもしれない。
さすがにポーっと浮かんだ何かを沈め直さないわけにはいかなかった。光の源が人だったのだから。デミテルは目をパチクリさせた。
女性が水浴びをしていた。腰から下は水に浸かっている。
女性は長い長い、腰よりさらに下まである、真っ黒いストレートロングヘアの毛先を水面に浮かばせ、手に水を汲み、体と髪を洗っていた。
女性は裸だった。だが、デミテルは別に顔を真っ赤にすることも、驚く声も上げなかった。いやらしいとか、破廉恥とか、エロッちいとか、そういうもの以前に、
美しいのだ。美術の裸婦の女の絵がいやらしく見えないのと同じ。だが、この美しさの桁はそんじゃそこらの芸術品とは格が違う。デミテルはただひたすらに、その美しいヒトを見ていた。
……美し過ぎる……
これは……本当に……
人か?人なんぞに、こんな美しさを持つことなどできるのか?耳は尖っとらんようだし………いや、エルフすらも超越した美しさ……
大体、エルフはみんな貧乳らしいしなぁ。アーチェ=クラインの母親もそうだったしなぁ。あの光る女の胸はアレ、どう見てもD以上………
……それにあの素晴らしい腰つきと言ったらお前、なんと悩殺的………さらにさらにあの………ええい!!もう少し浅瀬に来いッ!!私の予想が正しければあの腰より下のフトモモはさらにすんごいことになっ……
途中から美しい云々の考えなど忘却し、完全に賎しい目で女性を観察、否、ガン
見していたデミテルは、自分の真上を飛び越える何かに気付かなかった。
黒い影が三体、女性を取り囲んだ。変態覗き魔デミテルはハッとして、自分の横に生えるヤシのような木に身を隠した。
取り囲んだ三人は、茶黒い肌、茶黒い髪をし、鞭を携えている。デミテルは男達が何者なのか気付いた。
イーブルロードだ。しかも、ダオスを直に守る、ダオスガード部隊。イーブルロード族の中でもよりすぐりの集団だ。
女性は、取り乱す様子も無く、淡々としていた。
「………なんでしょうか。」
「はん。俺達が来た理由ぐらい、自分でわかろう。」
「私は争いを好みません。」
女性は静かに言った。その目は、なんとも慈悲深い。イーブルロードはへどが出そうな顔をした。
「このエセ平和ボケ女が。今のこの御時世見てりゃ、そんな非現実的な戯言言ったて意味ねぇことぐれぇわかんねぇのか?」
「例え全世界が殺し合いを演じようと」
女性の目は、どこまでも強かった。そのひとつひとつの言葉も、とても強く揺るぎない。
「私は戦いを好みません。私を連れていこうと好きにしても結構ですが、私は決してあなたがたの手助けはいたしませんのであしからず。」
「へっ。まあいいさ。すぐに貴様を戦力に加えられるとは思ってねぇ。出来たらいいに越したこたぁねぇが。」
「では、他に理由が?」
「先を越されない為よ。」
イーブルロードが女性の右腕を掴んだ。
「どぅも貴様を手に入れようと動いてる人間どもがいるらしくてな……先手をうつのよ。さぁ連れてこうぜ。」
「このまんま連れてく気かお前さん?服は?」
「知るかよ。真っ裸でも風邪も引きゃしねーさ。だってコイツは……」
「待て。」
突然男の声がして、四人は振り返った。見れば、妙ちくりんな髪の色をした男が一人、こちらを見ていた。
「なんだテメェ。人間か?」
「ハーフエルフだ。私は…」
「なんでんなとこから出てきやがったんだ。覗きか?覗きだな。」
「そう思うだろ。そう見せかけて実は違う。」
「じゃあなんだ。」
「………………。」
「やっぱ覗きじゃねえか!!」
次の言葉が見つからず黙り込んだデミテルに、イーブルロードは叫んだ。デミテルは首を横に振った。
「まぁそんなことはどうでもいい。」
「どうでもいいのか?」
「私はデミテル。貴様らと同じ、ダオス様の配下だ。」
「デミテル?」
三人のイーブルロードは、ボリボリと頭を掻いて、頭を巡らした。
「んな奴いたか?」
「しらねーぜぃ。そんな奴ぁ。」
「なんだデミテルって。妙な名前だな。序盤にすぐに死にそうな名前だな。」
「おいっ。三人目。何がいいたいコラ。」
三人目の発言が的確過ぎて、デミテルは泣きたくなったが、男は人知れず涙を流すのが男だと自分の頭に叩き込んで我慢した。
「で、自称ダオス様の部下が何の用だ。コイツ連れてくの手伝うってか?」
「いや、まぁ、その女を連れて行くのは別にいいんだが…ダオス様の命令ならば……」
デミテルはボリボリと鼻先を掻くと、女性の方をチラリと見た。女性は不思議そ
うにこちらを見ている。体は以前、どこか光っていた。デミテルはくちびるを噛んだ。
「…………なんだ。一体何の用…」
「服だ。」
「あ?」
「せめて服は着させてやれ。ここはいいが、ダオス城は寒いだろうが。」
ダオス城は北緯が高く、一年中軽く雪が積もっている。五月とはいえかなり寒いのだ。
デミテルは、普通のことを言ったつもりだった。
「何の為に連れていくか知らんが、凍え死なれたら元も子もないだろ。そんなことすら頭が回らんのか。大体、まず裸は無いだろ。捕虜であれなんであれ、最低限の尊厳を守るぐらいは……」
突然、ドッと笑いが起こって、デミテルの声が掻き消された。
イーブルロードはニヤニヤとデミテルを見た。
「馬鹿かテメェ。コイツを人間だと思ってんのか?ま、人間だとしても、バカバカしいぜ。尊厳を守れ?バーカ。なんで俺達が人間なんて下等生物の人権なんざ気にしなきゃいけねーんだ。」
「俺達モンスターは、人間つう下等生物をこの世から駆除する為に戦争してるようなもんだ。奴らの価値なんざ、せいぜい俺達の食い物になるときぐれぇにしか発生しねーだろよ。」
「奴らに人権なんてあってたまるか。わかったら、お前もコイツ連れてくの手伝ふっ!?」
ここまでだった。イーブルロードはしかめっつらで水面にぶっ倒れた。
デミテルの鞭が、イーブルロードの顔を真っ直ぐに突き飛ばしたからだ。
「………わかった。」
デミテルは鞭を引き、手に戻すと、地面にバシンと叩き込んだ。乾いた砂が弾け飛んだ。
「よくわかった……」
「貴様らのようなのがいるから………」
「あのバジリスクは死んだんだろう…………」
…やっぱり来ない…のかな…モンスターと…人間が…共存する…世界なん…て…
狩る側と…狩られる側… 襲う側と…襲われるが…わ…
この関係しか…人とモンスターは…繋がらな…
「その女、貴様らには連れていかせん。」
「て、テメェふざけてんのか!?俺達を誰だと思ってやがる!!」
顔を痛そうに真っ赤にして、突き倒されたイーブルロードがびしょ濡れで立ち上がった。二体は飛び上がり、今度はデミテルを囲んだ。
女性はイーブルロードが倒れた時に腕を離されていたが、逃げようともせず、デミテルの事を不思議そうに見つめていた。
イーブルロードは涙目で顔を抑えながら叫ぶ。
「テメェはダオス様の部下なんじゃねぇのか!?それなのにダオス様の命令を邪魔するだと!?まして、俺達がダオス軍切手のエリート部隊『ダオスガード』とわかって言ってんのか!!」
「いいかよく聞け。松崎しげる色ども。」
「松崎しげる程俺たちゃ黒くねえ!!」
「私はな、ダオス様に忠実な部下だ。それと悪人だ。だがな」
デミテルは、人差し指をそっと唇の前に寄せた。指先に電気がバチバチと光った。
「道理を通さん屑はキライだ。」
つづく
おまけ
☆楽屋でやってそうな会話☆
「ねえデミテルさん。」
「なんだフトソン。」
「『テイルズオブザワールドレディアントマイソロジー2』、面白そうなんだな。」
「PSPを買う金がない作者には関係ない話だな。」
「ねぇデミテルさん。」
「なんだ?」
「デミテルさんがこの手のゲームに出る日って、やっぱりないんだな?」
「…。」
「……。」
「…………。」
「………グスッ。」
(ああ!?泣いちゃったんだな!?)
おわれ
コメント
訂正
「パパはアルヴァニスタに反乱した軍に入ってた。」は「パパはミッドガルズに反乱した軍に入ってた」が正しいです。今更ながら
Posted by: REIOU | 2015年11月09日 21:02