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デミテルは今日もダメだった【56】

第五十六復讐教訓「伝言は要件を的確に」


「デミテルが見つかったか。」

その夜のアルヴァニスタ城は冷え込んでいた。

宮廷魔術師ルーングロムは、自分の仕事部屋で、熱い紅茶を飲みながら、中将の連絡を聞いていた。

「…フレイランド。か。まだそこまで手配書は回していなかったからな。」
「今頃は、派遣した兵が拘束したかと。」

ルーングロムは、金の細工が施された一つの小箱を開けると、砂糖の塊を一つ、
つまみ取った。

「ならいいがな……」


…ベネツィアでは逃がしたが、今回はそうはいかんぞ。

ベネツィアの時は、地の利を知っている奴にハンデがあった。しかし、今回は地
の利も何も無い砂漠。数で当たれば、あの大量殺戮者と言えど………

…殺戮者、か。


ルーングロムの脳裏を、ニヤリと笑う妙ちくりんな髪の男が過ぎった。奴が蒸気
で身を隠し、全速力で逃亡を謀った時の顔だ。正直、思い出しただけでぶん殴り
たくなる。


…そういえば結局、ベネツィア包囲作戦の時、死者は一人も出なかった。一応そ
うなる覚悟はしていたのだが………

………奴には不可解な点が多い。
数百人の罪無き人を惨殺したにも関わらず、それ以降は誰も殺そうとしていない。自分の身が危険になった時でさえ……術の威力を抑えたり…

だが、例外もある。

奴をベネツィアの噴水広場に追い詰めた第六部隊だけは、酷いやられ様だった。
話だと、奴は兵を一人鞭で括りつけ、それを鎖鉄球のようにするという、恐
ろしいことを………

…そして、第六部隊全員が。体を震わせ、口を揃えてこう言った。

『奴の目は、殺すことを楽しむ目だった。』

………私が相手をした時は、そんな風には思えなかったんだが………一体どうい
う………


「…して、ルーングロム殿は知っておいでですか?」
「何をだ?中将。」

何食わぬ顔で五つ目の砂糖の塊を紅茶に落とすルーングロムに少々眉を潜めながらも、中将は言った。

「城内の中に、疑問の声が出ているのを。なぜ、向かわせた兵達への命令が、『生け捕り』なのか。奴程の罪人ならば…」
「奴にはわからないことが多過ぎる。」

六つ目の砂糖に手を伸ばしながら、ルーングロムは答えた。中将に『まだ入れる気か』とツッコム勇気などない。

「知るには、裁判にかけ、調べないといけない。ダオスともしかしたら何か関係が…それに……」

「奴とは色々と話したいこともある。」

「…実は、小耳に挟んだのですが。」

中将の声が、一段小さくなった。ルーングロムは尖った耳をそばだてた。

「上の何人かが、あなたの『生け捕り』という命令に不満を持っているようでして…」
「自分達の害に成り兼ねんものはその場で駆除したがる潔癖症のお偉方の輩か。私がダオスとの関連性を指摘したせいだろう……」

今の時代、自分達がどんな目に遭うか知れない。まして、つい昨今レアード王子にあんなことがあったばかり。故に、少しでも尖っている枝はその場で切り落としたいのだ。

王族を操ったダオスに関係するかもしれない大量殺人犯。そんな危なかっしい奴は裁判無用で消したいのだと、ルーングロムはわかっていた。

「好きに言わせておけ……」
「そうも行かないようです。」

中将は耳をそばたてた。まるで誰かが聞いているのではないかと注意深く。部屋には、どう見ても二人しかいないのだが。

「………上の方々は、どうやら独自にデミテルに追っ手を送ったようです。」
「送ったところで、我々が送った兵士より早くが先に捕まえるだろう。」
「いえ、わかりません。」

「なにせ、彼らが雇った追っ手というのが………」
「ルーングロムぅ。」

寝ぼけた、力無い声がした。

見れば、部屋の入口に、蒼い髪をした青年が立っていた。ルーングロムは目をパチクリさせた。

「どうしましたか?レアード王子。こんな夜更けに。」
「………また、彼女の夢、見たんだ。」

レアードは握り拳で目を擦りながら言った。彼が着る寝巻がどこか皺が寄りヨレヨレなのは、洗い終わったそれをメイドに受け取ったのち、ろくにたたまずに箪笥に突っ込んでいるからだ。

レアードは、深刻な顔で床を見つめた。部屋に敷き詰めてある綺麗な赤い絨毯の模様を、彼は目で追いながら、さらに言葉を続けた。

「絶対知ってんだよ………彼女の事………けど、どうやっても思い出せない……」
「……わかりました。今日もすぐ眠れる薬を出しましょう。」

ルーングロムは机の引き出しを開けて、ゴソゴソと漁った。レアードはボリボリと頭をかいた。

「すごい大事なはずなんだ……すごい大事な思い出が………絶対あるはずなのに………」

「けど……思い出せないんだよ…………アイツのこと………」
「メイドというメイドのスカートに手を出しているあなたにそんな人、いるんですか?」

ルーングロムは小瓶を一つ出すと、それをレアードに投げ渡した。レアードはム
ッとした。ルーングロムはフッと笑った。

「さ。二重人格の馬鹿王子は、とっとと寝なさい。」
「…なんだよ。お前だって五年前に医療兵の女の子にアプローチされてちょっと
手を出し」
「踏みますよ。」

ルーングロムは笑顔で言った。

レアードは、目の前の自分の教育係が、自分にそう言った時は本当に踏んでくることを知っていたので、逃げるように部屋を出た。

中将は苦笑いした。この城での、この二人の今のようなやりとりが日常茶飯事だと、知っているからだ。

――――――。


フレイランド大陸とミッドガルズ大陸は、本来は繋がってはいない。しかし、その間に掛かった巨大な橋が、二つを繋げている。

橋は二つある。大陸と大陸の先と先の間に、名も無き、小さな島がある。そこから二本の橋が伸びて、繋げているのだ。

だが、実は二つの大陸を繋げたこの場所から、徐々にフレイランドの砂漠がミッドガルズの方へ侵食し始めている。繋がったのは陸だけでなく、自然もであった。

しかも、何故かこの十年の間に、急速に侵食スピードが上がってきていた。原因に関しては、ミッドガルズは『調査中』と示している。

そんな、現在進行系で自然が死にゆくその場所から、少々北に行ったところ。砂と緑が妙に混じった平原に、一人の女性が座り込んでいた。
女性は真っ黒い長い髪をして、これまた真っ黒いマントを着ていた。
女性の視線の先には、一輪の赤い花が咲いていた。
たった一輪の花が、渇いたこの地に儚く、懸命に咲いていた。

「わかりますか?大地が渇き果てかけても、こんなところにも花は咲くのです。」

女性は花を優しく眺めながら、誰かに諭すように言った。

「ただ生きることに一生懸命に咲いている…なんて美しい。」

「人間も同じように…無駄な争いなどせず、美しく生きればいいのに……」

「そう思いませんか?デミテ」
「ん?なんだっ?」

女性が振り向いた瞬間、その前を真っ赤な半袖姿のデミテルが通り、花を踏み潰した。女性は顔面蒼白となった。

女性は涙目になりながら、無残にボロボロに潰れ果てた花に触れ、もう一度立たせようと、引っ張った。だが、完全に地面に対して埋まっていた花は、ブツリという断絶音とともに、花と茎がちぎれてしまった。憐れである。

「あぁあ……」
「何を鳴咽を漏らしてるんだ貴様は。なんか悲しいことでもあったのか。なんなら相談に乗ってやるぞ。」
「………結構です。」

女性はトボトボと、デミテルを追い越して行ってしまった。デミテルはボリボリと頭をかいた。


まったく…女はやはり何を考えているかよくわからん……

……だが、奴を利用しないわけにはいかん……


デミテルはニヤリと笑った。


なんといっても奴は……

精霊ルナなのだからな!!

数時間前の話。イーヴルロード三体を、序盤やられボスが撃破するという偉業のあと。

「…ありがとうございました。」

伸びてしまった三体のイーヴルロードをヤシの木に縛り付け終わったデミテルに向かって。黒髪の女性は言った。デミテルはフンと鼻を鳴らした。

「別に貴様を助けたかったわけではない。あくまで『暇潰し』だ。勘違いするな。」

「わかったらとっとと帰れ。私の気が変わらんうちにな。私はダオス様の部下だ。」
「わかりました…」

女性はデミテルに背を向けた。途端、デミテルはげんなりと肩を落とした。


……勢いでこんなことしてしまったが……どうしたものか………怒られるかやはり……いや、怒られるだけならいいが、ダオスレーザーで塵芥にされるかも……どうすれば…………

こうなったらどうにかして全責任をフトソンになすりつけて………奴ならきっと
レーザーも食べて
「あ……」

どこぞの星のカー○ィのようにレーザーを吸い込むフトソンを妄想していたデミテルは、急にオロオロし始めた女性に気が付いた。

「おいどーした。早く行け。」
「どうしましょう……」
「なんだ。財布でもおとし…というか貴様、私のマントを返せ。自分の服はどうした?」
「いえ。私の服はあなたの電撃で灰になってるんですが…それよりも……」

私の服はあなたの電撃で灰になってる。一瞬デミテルは女性が言った事がわからなかったが、ハッとなって、オアシスを見渡した。
見れば、水辺に黒焦げた、なんだかよくわからない物体があった。デミテルは走り寄ってそれを手に取ったが、持ち上げた瞬間、パサパサと瓦解していった。

どうやら、オアシスに叩き落としたサンダーブレードの電気が飛び火したらしい。

「…………これはアレだな。私の魔術のせいじゃない。静電気だ。物凄い静電気が突如爆発的自然発生、結果自然発火を……貴様かぁ?!」
「ぎゃあ?!」

何かを思い立ったデミテルは、吊されていた一人のイーヴルロードの顔面に鞭を遠距離から叩き込んだ。

「さすがは最強部隊ダオスガード。何の脈拍も無く大量の静電気を発生させるとは!!何の脈拍も無く!!」
「いや、違…」
「この外道がぁぁぁぁ!!」
「あばぁ!?」
「ふう。やれやれだ。」

全責任をなすりつけた外道は、何事もなかったような顔で女性の元に戻った。イーヴルロードは痛々しく泣いていた。


しかしまずいな…こんなことやっといてまさか裸で家に帰れとは言えんぞ…だからと言って私のマントをやるわけには…お菓子とか入ってるし………


「…で、服よりも何が問題なんだ?」
「はい…」

女性は困ったように振り返りデミテルを見た。するとデミテルは「んっ」と小さく唸ったあと、赤くなりながら視線から目を逸らした。
女性が美人であることが理由ではあったが、それ以上にデミテルはあまりこの、薄い輝きを放つ女性を長く視界に入れておけなかった。何故か、ずっと見ていると頭の中がモヤモヤとしてくるのだ。ずっと見ていたら何かが壊れてしまいそうなくらい…

「車。」
「は?」
「私の車…どこかに行ってしまいました………」
「…………。」

車?荷車のことか?いや、牛車?それで来たのか?いや、それならば車を引くヤツがいなければ……

「多分サイドブレーキ入れ忘れたんだと思います。それでサモンデーモンの衝撃波か何かで勝手に動いちゃって………」
「サイどぶ冷気ってなんだ。」
「この前車検通ったばかりなのに……はぁ……」
「………なんだが知らんが歩いて帰ればどうだ。」
「私、ほとんど歩いて動かないんです………十二星座の塔まで歩くなんて無理です………」

貴様はどこのお嬢様だとデミテルはイライラしたが、そのイライラはすぐにパッ
と吹き飛んだ。

「……十二星座の塔?」
「はい。私の家そこなんですが、歩くのは…」
「十二星座の塔?」

デミテルは繰り返した。同時に、頭の中でパズルが組み合わさって行くように、
一つの答えが出た。

住所が十二星座の塔…月のように光る女………


……………――

「……おい。」

デミテルは眉間にシワを寄せ、ギュッとつねってしばらく唸ったあと、大体既に
読者様が気付いていることを確認した。

「お前、名前は?」
「ル…………」

「…………ルーク=フォン=ファ」
「嘘をつくなぁああっ!!」


そのあとのデミテルの頭の回転は早かった。こういう時に知恵が回るところは、真の悪人なのかもしれない。

クレスどもの求める月の精霊が、今自分の目の前にいて、そして謀らずもそいつに恩を売った。これを利用しないことはない。

というか精霊が水浴びなどしてどうするんだ。何がしたかったんだ。いや。まあ、悪くは無い光景だったけれども…いやそんなことはどうでもいい!!

まずこの女を塔まで連れてってやろう。そしてやがてはクレスどもが塔に着くはず……その時!私が奴らを…
…さらに、上手くこの女を丸め込んで味方に出来れば……………フーハハハッ!!最強だ!私は最強だぞ!!ああ!なんて悪人なんだ私は!惚れ惚れするわ!

しかし、そうなるとジャミルどもをどうすればいいか………

……………よし。


デミテルがルナを連れてオアシスから離れたあと。三人のダオスガードが吊されたヤシの木には、短い文章が彫られていた。


“帰り遅くなる デミテル”


『お前はお父さんか』というツッコミが、ジャミルがいれば入りそうなぐらい、詳しい概要が完璧にはぶられた伝言であった。
そう。ジャミルがここに来れば、そのツッコミは確実に入ったに違いなかったのだが。

「…………青々しい緑。空気。大きく優しく、包み込むように生え渡る木々。」

「自然ていいわねやっぱり…ふふ……………………………ん。」

ジャミルは、砂漠のサの字も感じられない森の中で大自然の愛に包まれて、深呼吸をしていたが、
これはおかしい。ということにふと気付いた。


あれ…なんでアタシこんなマナと優しさに満ち溢れた緑を満喫してるのかしら…………
確か鳥人間の魔の足から逃げようと脇目もふらず必死に飛んで…

………なんか途中に水場があったようななかったような………え?

ジャミルは、オアシスを飛び越えていた。しかし、この程度では慌てたりはしなかった。彼女も大人なのだ。


ふん…なぁに大丈夫よ。オアシス飛び越してるってことは、南に真っ直ぐ南下すればいいのよ~♪

………南ってどっちだったかしら。こ、こっちよね!


ジャミルは飛んだ。ヒスイ色の翼を羽ばたかせて、気高く、己のプライド、上級魔族である誇りをしっかりと胸に秘め。そして

迷子になった。

「ちょっと待ちなさいよぉぉ!!」

誰もいない、深い木々の向こう側に向かって、ジャミルは叫んだ。

「アタシは真っ直ぐ飛んでんのよ!?なのになんでさっきからグルグルグルグル同じとこ飛んでんの!?おかしいでしょうが!?罠ね!?何者かがこの森に魔法をかけたのね!?ふざけんじゃないわよ!?」

誰も、何も言わなかった。ジャミルはプルプル小さく震えた。先程まで優しく自分を包み込むように生えていたような木々が、急に自分を捕って食う恐ろしい存在に見えてきた。

鬱蒼と生える葉が、闇を作り、閉塞感を作っている。逃げ場が無くなっていく。精神的に。

ジャミルはジメジメとした地面に足を下ろした。そしてキョロキョロとあたりを見た。誰もいはしない。あるのは闇と恐怖だけだった。


こ、こっちは散々飛んで高いとこ飛べる体力無いってのに……なんなのよもぅ……

こ、怖くなんてないんだから……へ、閉所恐怖症と精神的な閉塞感は関係無い……え?ある?

疲れた……狭い…疲れた……狭い…お腹空いた……狭い…狭い……

………………誰か……来なさいよ………き、来て下さい……

こ、小娘?ア、アタシ焼き鳥にして食うって言ってたじゃない?は、早く来ないと食べれなくなるわよ……はは……ははは……あ、頭がパーになり………

ぅ……あぁあ………


「ああああああ!?誰か来て下さいいいい!!デミテ」

ゴンッ

ジャミルが発狂しかけた時、硬い何か彼女の頭を強打した。ジャミルは顔を、否、クチバシを地面にめり込ませた。

「いったぁ!?なにす……は!?」

ジャミルは顔を輝かすと、キラキラしながら後ろを振り向いた。

「デミテル!?デミテルね!?人様の頭をこんなことするのアンタだ…」

涙目のジャミルの見上げた視線の先にあったのは、デミテルではなく
三日月だった。

あら?もう夜になったのかしら?しかもえらく巨大なうえ近いわね…頭に当たる
ぐらい……?

……つーか何よこれ。

その三日月は、地面スレスレをフワフワと浮かび、金色に輝いていた。大きさは、せいぜい人が三人ぐらい跨がったらちょうど満席になるような、そんな大きさ。そして、一番に目につくのは

月の側面に、ピカピカ派手に光る文字が四つ、くっついてることだ。

「なにかしらこれ……これだけ月っぽい感じしないわね……」

ジャミルは弱々しく飛び上がると、そのピンク色の文字の高さまで羽ばたいた。

『LUNA』。と、ある。


なんか……デカブツの町にあったのに似てるわね……発光ダイオーとかなんとか……

ジャミルは月を見下ろせる高さまで上がり、次に降下し、月に足を下ろした。よく見ると、小さいデッパリがいくつも突き出ている。文字を彫られて。


……サイドブレーキ?アクセル?ウィンカー?なにがなんだが……

ジャミルは適当に、アクセルと書かれたデッパリを、コツンとクチバシで叩いた。カチリ、という音がした矢先

「……にあ゛ゃっ!?」

三日月はジャミルを乗せたまま、バットでかっ飛ばされたようなスピードで猛ダッシュを開始した。ジャミルは風に吹っ飛ばされないよう必死にしがみついた。

「な、なにこ……うわ気持ちわ……おぇ……」

吐き気に襲われるジャミルに追い撃ちをかけるように、三日月はジクザグ蛇行運転を開始した。

「ぎゃああああ!?お母さーんっ!?」

「…………なにか今、母を呼ぶ悲痛な悲鳴が聞こえた気がしたが。」

気のせいか。と、ジャミルが駆け抜ける森の外にある川に沿って歩きながら、デミテルは自分を納得させた。

「…しかし、貴様の家はまだ着かんのか。十二星座の塔というくらいだ。もう何か見えてきても………」

デミテルは自分の後続を歩いて来ているはずの月の精霊の方を振り向いた。月の精霊は、少し距離のあるところに体操座りで座っていた。

「何しとるんだー?」

デミテルは少し声を張って叫んだ。ルナはそれに答えた。

「疲れましたー。」
「…………。」

デミテルはピクピクと眉間にシワを寄せると、半笑いでルナの元に向かった。

「……なんで精霊が歩き疲れるんだ?」
「バス通園が懐かしいです…」
「入学仕立ての小学生か貴様は!?」
「歩きなれてなくて……うぅ…踵に掛かるこの感覚が…」
「精霊に慣れもへったくれもあるか。早く立て。」
「私、無理です…」
「クララの馬鹿野郎!意気地無し!もう知らん!!」

デミテルは踵を返して歩き出そうとしたが、すぐに足を止めた。歩こうにも、道を知っているのは後ろのクララもといルナだ。デミテルは溜め息をつくと、また後ろを向いた。

クララは、プルプル足を震わせて立っていた。ハイジは目を見開いた。

「ク…」
「ハイジ…」
「クララが……クララが……」
「ハイジィ!!」
「クララが立っいい加減にしろぉぉぉぉっ!!貴様ごときがクララを語るなぁあっ!!」

デミテルの叫びと共に、ルナはまた尻を地面についてしまった。デミテルはズカズカと歩み寄っていった。

「こんな寸劇する気力があるなら歩け馬鹿者がぁ!?天下の月の精霊様が歩き疲れて動けないだ!?貴様はプライドというものが無いのかぁ!?」
「あの…」
「人間は生まれた時は四本足で歩き、次に二本足、最後は杖と足の三本足で歩く、基本的に歩き続けて生きる生命体なんだよ!?それをいつも車乗ってるせいで足が慣れてないだと!?貴様のような奴は『走れメロス』を百万回音読しろォ!!」
「あのぉ」
「なんだぁ!?次はラスカルでもやるのか!?それとも赤毛のアンかぇえコラ!?」
「おぶってくださいませんか?」
「…………。」

ハイテンションだったデミテルのテンションが急にロストした。デミテルはしばらく目をパチクリさせていたが、何かに気付いたように急いでそっぽを向いて腕を組んだ。

「ふ、ふざけるな!なんで私が……」
「ダメですか?」
「歩け!」
「無理ですよ………」
「…………………………………………。」

デミテルはそっぽを向いたまま、そっと目だけルナをチラリと見た。
ルナは全身を被える大きさのデミテルの黒いマントを着て、そこから足を、何の恥じらいもなく出して踵からフトモモまで摩っていた。


この女…もう少しデリカシーというものをだな……しかし精霊だからなぁ……たまたま人型なだけでそういう意識はまったく…………


「…どうしましたか?チラチラと?」

いつの間にか気持ち悪いくらいチラ見していたことを気付かれて、デミテルは真っ赤になった。

「ええい!なんでもないわ!とにかく立って歩け!私は死んでもおぶったりなんぞせんぞ!!ダオス様に誓って!!」

―――――――。

「争い、戦いの全ての元は『欲』です。」
「ああ……」
「つまり、この世から争いを無くす一番の方法は、譲り合う精神を互いに持つことから始まると思うのです。」
「はぁ……」
「それと同時に、慈愛の精神もあれば……いいえ。本来全ての人間はそれを持っている。」

「あなたのように。」
「………。」

透き通った川に沿い、ルナを背中にしょって歩きながら、デミテルはギリギリと歯軋りした。

「私は慈愛など持っとらん。あるのは自愛だけだ。なんで他人に愛を捧げねばならんのだ。」
「あなたは私に愛を捧げていますよ。今まさに。」
「やかましい!これ以上何か言及したら月に投げ返すぞ!?うさぎの餅に絡まって窒息しろ!!」
「私は精霊なので酸素はいりません。」
「………。」

頭ごしに冷静な指摘をされて、デミテルはガックリと肩を落とした。もうこれ以上無駄な体力を使うのはよそう。

「…ところで貴様。」
「なんでしょうか。」
「なんでずっとそんな体が光っとるんだ。今は日の光で目立っとらんが…」

デミテルは自分のすぐ前に、ボンヤリと光を帯びた美しい腕を見つめた。その肌は一点の汚れも無い清らかさだ。

ふと、変な空気を感じたが、デミテルは自分の頭の上にあるルナの顔を見ることはできなかった。やがて、ルナは言った。

「月の精霊ですから。」
「いや、まぁそうだろうが………」

妥当な答えだったが、妙な引っ掛かりをデミテルは感じた。

「では話の続きを。人は確かに競争しあうことで高め合い成長しました。では、戦争もそれに入るのか否かというとそれは…」
「悪いがもうその話はいい。」

デミテルは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「私はそういう話をする奴はキライだ。薄っぺらい理想論をペラペラと話す評論家うんぬん。」
「薄っぺらい?」
「…いいか?」

デミテルは溜め息をつくと、目的地の見えない道を睨み付けた。

「口でピーピー何か言う暇があったら行動で示せ。思いは口にしないと伝わらないと言うが、デカイ問題程口にしても伝わらん。口がダメなら行動で示せ。戦争止めたかったら直接戦場行って止めに行け。」
「そんな馬鹿な…」
「デカイことをやるってことは、周りから見れば馬鹿なことやるってことだろうが。まったく…」

「………では」

しばらく考えて、ルナはデミテルに問いた。

「どうやって、貴方なら…」
「そんなことは自分で…………いや、とりあえず貴様はなにをするにもアレだ。」

デミテルは足元の小石をコンと蹴ると言った。医師は右の方へカーブし、弧を描いて飛んで行った。

「笑え。」
「笑う?」
「貴様、何を話すにも一回も笑っとらんだろ。真面目腐った面しおって。」

「ツマラン顔で平和平和と言われても、平和に何の魅力も感じんわ……」

カンッ

軽い音がした。デミテルは音がした、自分の蹴った小石の飛んだ右方向を見た。

青い毛を逆立てたコヨーテが、頭にタンコブをくっつけ、フーフー息を荒げてこちらを凝視している。ひんむいた牙から滴り落ちる唾液が生々しかった。デミテルは顔を青ざめた。


いや焦るな。たかだかコヨーテ一匹………ん。


ガサガサ音がした。デミテルが周りを見渡すと、これまた牙をひんむいたコヨーテが茂みを掻き分け、白目でこちらを睨んでいた。


ふ、ふん。二匹ぐらい……ん。


またガサガサ音がした。デミテルが周りを見渡すと、これまた牙をひんむいたコヨーテが茂みを掻き分け、白目でこちらを睨んでいた。


さ、三匹か……まあ運動にはな…………ん。

またガサガサ音がし………

四ひき……ん………

またガサガサ………

五……ん…

またガ………

………………三十匹か。みんな漏れなく白目ひんむいて牙からヨダレ垂らしとるわ…………

デミテルの周辺一帯は、腹を空かした蒼い獣達の生々しい息で満たされていた。デミテルは泣きたくなった。

「三十匹はおかしいだろうが……ゲーム画面で考えてみろ………横スクロールに三十匹も敵がいたら身動きがとれんだろうが……」
「フゴギァアア!!」
「………。」

絶対コイツらコヨーテじゃないだろ。中身マンティコアだろ。フギゴァアアってお前、コヨーテの鳴き声じゃないだろこれ絶対。と、デミテルが悲しく考えていると、

ルナが、デミテルの背中からスッと降りた。

「?なにする気だ?」
「彼らを説得します。」
「なっ!?」

デミテルは目を丸くした。そうしている間にコヨーテ達はジリジリとデミテル達に近寄って来ている。ルナはそれらに恐怖することもなく、前に出た。

「馬鹿か貴様は?!コイツらはそんな知能があるモンスターじゃないぞ!?」
「私は精霊です。言葉の壁というものはありません。」
「いやそうだろうがしかし…」
「意志を直接彼らに伝えられますから……それに」

「練習がしたいんです。」

ルナは、デミテルの方を振り向いた。

少しこばわった笑顔で。

「笑って、争いが止められるか、どうか。」
「………。」
「……こほん。」

ルナは前に向き直り、咳ばらいをすると、

両手を大きく上げて叫んだ。

「フゴギァアア!!」


………『意志』を伝えるんじゃなかったのか………それ鳴き声真似てるだけじゃ………

「フゴァ!?」
「フギァ!?」
「フギャフゥッ!?」
「フゲフギャアアア!?」
「フギュウンッ!?」
「ヒギョアアア!?」
「…………どっちも鳴き声が疑問型で終わっとるのに会話になっとるのか………」

鳴き声だけでなくジェスチャーも入れて獣と交信する月の精霊の背中を眺めながら、デミテルは一人呟いた。
やがて、ジェスチャーと鳴き声が止まった。

「……わかりました。」

そう一言呟いて、ルナはデミテルの方を向いた。

「………で、交渉はどうなった?」
「彼らの言葉を人間の言葉にしますと」

「『日本語でおK』。どういうことでしょうか?」
「伝わっとらんということだろうがぁぁ!!」
「ルゴァァア!!」

デミテルが石をぶつけたコヨーテが吠えた。途端、飢えた獣達が一斉にデミテル達に飛び掛かった。デミテルはルナの首根っこを引っつかむと姿勢を落とし、コヨーテ達をかい潜った。そして走り出した。

ルナをまた背中に乗せながらデミテルは後ろを見ると、とち狂ったようにコヨーテ達が追って来ていた。目が正気ではない。

「なんなんだアイツら!?何であんな腹が減っとるんだ!?目が白目どころか真っ赤に充血しとるぞ!?目薬を買ぶっ!!」

前を見ていなかったデミテルは頭を木の枝にぶつけた。途端、グキという変な音がした。首から。

「………。」
「大丈夫ですか?」
「………かん…」
「え?」
「首が……」

「首が動かん……」
「…………。」

デミテルは涙目で言った。彼の首は右後方を向いたまま、固まってしまったらしい。

しばらく間があった。やがて

ルナはブッと吹き出した。

「ふふ………ふふふ………」
「笑いごとじゃないわぁ!?全然前が見ぶほ!?またなんかぶつかった!」
「だ……大丈夫……です……このまま真っ直ぐ走って……森に入れば……塔に………くっふ…」
「森だと!?貴様こんな状態で森の中なんぞ走ったら…」
「私が……教えますから……あ、危ないです。」

明らかに言うのが遅かった。ぶつかったというより何かが炸裂したような音がデミテルの頭部から響いた。デミテルは気を失いかけたが、なんとかとどまった。ルナは涙目で爆笑した。

―――――――。


「撒きましたね。」
「あぁ……ちょっ…一旦下りろ……」

明るい陽光が差し込む森の中、デミテルは肩を落としてゼェゼェと息を切らしていた。後ろを向いたまま。ルナはそっとデミテルから降りた。

「あれが十二星座の塔です。」

ルナは何か遠くを指差していたが、その方向に体を向けているはずのデミテルには何も見えなかった。首は後ろ向きなので当然だが。デミテルは体を逆後きにした。

山に囲まれるように、灰色の塔が聳え立っているのが見える。かなり高いようだ。

「…ずいぶんな高層マンションだな。」
「はい。」
「え?はい?」

冗談に普通に答えられてデミテルはキョトンとした。

「元は古代の遺跡でしたが、今はモンスター専用の貸し住宅です。私は管理人を任されてます。」
「……………。」


ローン組んだり……してるのか…モンスター…………


人間以上に近代的な社会構造をしているモンスター達に恐怖しながら、デミテルは自分が走ってきた方を見た。コヨーテ達の姿は無い。


「なんだったんだアイツらは……いくら腹が減っとるとはいえアレは………」

「…………。」

誰もいないはずの森の闇を、デミテルは睨んだ。

いや、本当に誰もいないのか?

非道無情の殺戮者。女子を連れて二人旅。のんきなものよ。


低い、獣のような声がした。次の瞬間、黒い何かが自分の首の両横を走るのをデミテルは見たが、それはほんの一瞬のことで、
刹那、デミテルの体は真後ろに吹っ飛び、一本の木に叩きつけられた。
さらに、息ができなくなった。色々なことが一度に起きすぎてデミテルは混乱し
たが、首に感じるヒンヤリとした冷たい感覚が彼に冷静さを取り戻させた。

それは鎖だった。黒い短い鎖がデミテルの喉を木に押し付けているのだ。

鎖の両端に二本、これまた黒いナイフのようなものがくくってあって、それがデミテルの首を挟むようにして木に突き刺さっている。

なんだこれは……ナイフ……いや…こんなナイフは見たことが…

「それはクナイという。」


誰もいないはずの闇から、人影が浮き出た。赤黒い布を纏って。

「薬で錯乱させた獣どもからよくぞ逃げ切った。褒めてつかわす。だが、ずいぶん疲労したようだ。」

「お初にお目にかかる。」

「我ら、古来より大国に従い、隠密、暗殺を請け負いし古き一族。」

「ジャポン。アルヴァニスタの依頼より、おぬしの命貰い受けたし。」

つづく

おもうがままにあとがき

>dying man さん
体の心配ありがとうございます。dying man さんは高二ですか。自分も高二に戻りたいです…

どうしよう…どんどん話にオリジナリティが…気になる方がいましたらごめんなさい。

GBA版じゃいませんがPS版だと過去ダオス城の敵にニンジャとサムライいましたよね。だからジャポン族はこの時代からいるはず…と思ってこんなかんじになりましたです。

さぁて…春休みの宿題を片付けなければ………

コメント

二ヶ月間更新がないようですが、まさか打ち切りでしょうか…
お気に入りの小説が全然更新されないので心配になって書き込みました。気分を悪くされましたら申し訳ありません。

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