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デミテルは今日もダメだった【60】

「人間には、生きるのに必要な糧が最低三つある。」

「一に水分。」

「二に塩分。」

「三に糖分だ。まあぶっちゃけて言うと、糖分一つあれば死なないんだがな実は。うん。私の場合は。むしろ他は邪魔だ。」
「…………。」
「そして、私はついさっきこの部屋に入る前にチョコボール(キャラメル)を食ってきた。その意味がわかるかニンジャよ?」
「…………。」
「つまり!歯にキャラメルが挟まった状態である為、常に糖分を補給し続ける事が可能なのだ!!さらに!ここでこの不死家のママの味がするミルキィーを食べるとさらに歯に挟ま」
「燃えろ。」

部屋は、ガマ蛙の獄炎に満たされた。

第六十復讐教訓「人は心が大事 でも顔も大事 悲しいね」

ニンジャは、正直なところ戸惑っていた。少し前、下の階でこの男に会った時、奴が言った台詞は

『まずは話し合おう!そして平和的に解決するべきだ!ルナたんに誓って!』

であった。その言葉を無視し、攻撃をしかけようとしたら、走って逃げ出した。

そんな奴が、今度はずいぶんと大口をたたきながら再び現れた。この短時間に一体何があったのだろうか。

①二重人格だった
②作戦だった
③バカだ

三つの可能性が、ニンジャの頭に浮かんだ。とりあえず③番が最有力当選候補なのは言うまでもなかった。前を見ずに森の中を走って頭をぶつけ、首が回らなくなるような奴なのだから。

デミテル達を覆っていた炎が、掻き消されるように切れた。切れた向こう側から、デミテルの得意げな顔がフッフッフと笑っていた。

「フッフッフ…無駄だな。貴様のそのわけのわからん蛙の炎は、私には無駄なのだ!何故ならば……」

デミテルは高々と、真っ赤な一枚の布を掲げた。

「私の黒いマントの下から常に覗いている赤い袖のこの服は、フレアマントと同じ材質なのだっ!貴様らの火など、ファイアボールどころかチャッカマンの火に同じ!!全て漏れなく受け流…」
「デミテルさん。」
「ん?なんだ?」
「髪にちょっと火が燃え移ってます。受け流し損ねてます。」
「あちゃちゃちゃ!?」

やっぱり③番の優勝だ、と、床に頭を擦りつけて火を消そうと転げ回るデミテルを淡々と眺めながら、ニンジャは一人納得した。

バカだ。

頭を床にゴスゴス擦りつけてなんとか火を消したデミテルは、何事も無かったように立ち上がろうとしたが、よく見たら右靴のつま先にも引火していた為、また急いで床にゴスリゴスリしだした。

それを横に見ながら、ルナは言った。

「デミテルさ」
「あっつぁつぁ!?」
「デミテ」
「あっつあっつあっつぅ!?」
「………。」
「ちょ、ちょっと待て!そういうくだりはもういっい!!」
「?」

デミテルは燻るつま先を滑稽な動きで床に擦りながら、涙目で叫んだ。デミテルはぴょんぴょんその場で跳ねながら続けた。

「『なんで来たんですか?』的なこっとをきっさまはまた聞くんだっろう!?そんなありきったりな問いに私が『勘違いするな』的な受け答えをするくっだりはいらっちゃちゃ!!」

「ひ、必要なく、くだりは三つだ…」

やっとのこと火が消えた。靴の先っぽに焦げ穴が出来ていたが。

「一つ、私の命を狙って来た奴を倒すこと…」

「二つ、その過程の中に貴様を護る要素がたまたま入ること…」

「三つめに…」

「この私が『過去』ごときにへっぴり腰で逃げてたまるか!それだけだ!」

デミテルは鞭を引き抜いた。無茶苦茶な、言い訳臭い、取って付けた様な理由だった。ルナはしばらく黙っていたが、やがてクスリと笑った。

「拙者の知らんうちに色々となにやら心の葛藤があったようでござるが…」

ニンジャが指を慣らした。スラリとした綺麗な指だ。それに合わせて、ガマ蛙の口から火がゴウゴウと漏れだした。デミテルはフンと笑った。

「まだ無駄なことを続ける気か?さっきはちょっとかっこつけて火を払ったから少し着火したが、真面目にやればその火は完璧に受け流せるんだぞ?」
「見えてないところでかっこつけて払っておったのか。」
「え?や、やかましい!かっこつけたと言ってもホントにちょっと…」
「まるで白鳥の舞いのような払い方でしたよね。」
「貴様は何を敵にチクって……」

ガシン

何かがデミテルが持つ真っ赤な服に巻き付いた。赤さびた鎖が、服にがっしりと絡み付き、デミテルがあっ、と言う間もなく

そのまま、ニンジャの元へ飛んでいった。ニンジャは、パサリと真っ赤なシャツをキャッチした。

「忍法・『不知火(遠距離版)』。」
「おいぃっ!?卑怯だぞ貴様!?そんな技ゲームに無いだろうが!?この卑怯者…」
「卑怯者結構。」

ニンジャが再び指を鳴らした。ガマ蛙は思い切り息を吸い込み、そして息を止めた。鼻から火が漏れている。

「相手の虚をつき、隙を斬る。それが我ら忍者。貴様は自分を悪人だなんだと自慢していたが、」

「忍者よりも陰湿で卑怯で泥を被った悪人はおらぬ。貴様など到底及ばぬわ!やれぇ児来也!!」

大ガマ蛙、児来也が燃えたぎる息を吐き出した。先程デミテルが受け流したものよりさらに熱く、勢いがあり、大きい。デミテルは

テンパった。

「ぎゃあああ!?いやだああ!?消し炭になるぅ!?」
「ちょっデミテルさん!落ち着いてくだ」
「これが落ち着いてられるか!?貴様最強の精霊だろうが!!どうにかしろ!?」
「あまり強いレーザーだと塔が崩れてしまうんです!そうなったら塔に住むモンスター達が」
「そんなん知るかぁ!私が助かればいいんだよ助かれば!!」
「塔が崩れたら貴方も死…」

ガシッ

「トラップカード発動!!『月の女神の盾』!!」
「って!?なに人のこと盾にしてるんですか!?『月の女神の盾』ってなんですか!?」
「『場の精霊を一体生き贄にするかわりにデミテルだけ意地でも破壊されない』!」
「効果を聞いてるんじゃな」

そうこうしているうち、炎が二人を飲み込んだ。溢れかえる火は窓という窓から吹き出でていった。

デミテルは目をつむっていた。生暖かい熱が自分を囲んでいるのを肌で感じる。ああ、死んじゃったな私。彼の脳裏を、走馬灯が駆け巡る。ああ。もっかいあの店とあの店とあの店のチョコレートケーキを「ってどんだけ甘ったるい走馬灯見てんのよ。バカ。目ぇ開けなさい。」
「え?」

デミテルはまだ炭になっていなかった。見れば、火が自分達を見事に囲んでいたが、どういうわけか上手い具合に避けていた。

緑色の光の障壁が、ボウボウと光の余韻を出しながら、三人を護っていた。

両手の平を胸の前に組み、結界を張りながら、ジャミルはふんと鼻を鳴らした。

「ったく。一人うんうん悩んでたかと思ったらいきなり部屋飛び出して。何か言いなさいっつのよ。」
「貴様は…」

「美人局(つつもたせ)…」
「その呼び方やめろや。アンタ美人局の意味わかってる?」

ジャミルは噛み付くように言った。

「大体ねぇ、アンタさっきストームで炎押し返したでしょうが。それやりゃよかったじゃない。」
「あ。」
「あ、じゃないわよ。ああもう、見てらんないわ。」

ジャミルは溜め息をつくと、やれやれとデミテルの目を見た。さっきまでの金色ではなく、いつもの青く、ムカつく目だった。ジャミルは

嬉しそうにニヤリとした。デミテルは首を傾げた。ジャミルはボソッと小さく「やっぱしその目じゃないとダメだわ」と呟いたが、デミテルには聞こえなかった。

「ん?別になんでもないわよ。ほら、この上位階級の魔族のアタシが、特別にアンタのようなバカに協力してあげるわ。感謝しなさい。」
「上位階級のマゾ?」
「魔族だっ!どんなマゾよそれ!?」

ジャミルはイライラと叫んだ。ジャミルはポリポリと頬をかいた。

「なんなんだ貴様は?一体なんで私に協力などする?ほとんど見ず知らずの私を…」
「見ず知らずなんかじゃないわよ。」
「?」

いっそ自分が、あの小うるさいインコだと、ジャミルは言った方が楽………じゃないことに、ジャミルはすぐに気付いた。彼女は賢いのだ。

自分がジャミルだとばれた状態でこの男に協力などするくらいなら、焼鳥にされた方が楽だ。ジャミルは、こともなさげにこう言った。

「前アンタに会った時、言ったじゃない。」

「貴方にハートを盗まれました。」
「へ!?」
「ふふっ、なんてね?」

目を丸くしたデミテルに、ジャミルはクスッとかわいく笑った。デミテルはドキリとして、自分の頬が紅潮したことに気付いて急いで自分の顔をパシリと叩いた。

「ふ、ふん。おもしろい女だ。嫌いじゃない。」
「あら気が合うわね。アタシもよ。」
「自分が好きなのか?自意識過剰な奴だ…」
「違う違う。アタシもアンタが嫌いじゃないわよ。」
「なっ……」
「ふふっ……」


誰がアンタなんかにハート盗まれるかっつーの…

でもね……

こんなところでアンタに死なれて、せっかく再開した復讐の戦いに終わられたら、アタシがつまんないのよ。バカデミテル。ダオス城まで付き合って貰うわよ。別に一人で行ってもいいけど

気・が・変・わ・っ・た・わ。感謝しなさい。戦わないアンタは見る価値ないけど、戦ってるアンタなら

五ガルドぐらいは価値あるわよ。

「ニヤニヤ気持ち悪い女だ。まぁいい。ルナ下がっていろ。おい女。」

デミテルはルナを後ろに下げた。ルナは何か言いかけたが、デミテルがそれを制した。

「貴様のレーザーが役に立たんのなら、何もせん方がいい。おい女。」
「何よ。」
「この結界、私とルナだけ出せる状態に出来るか?」
「は?いや、別に内側からならいくらでも出れ」
「よっしゃ。」

デミテルはジャミルの頭をむんずと掴むと、大きく振りかぶって(「は?え?」)

投げた。

ニンジャは轟々と燃える一面の火を眺めていたが、その火の中から巨大な緑色の玉が(白目を向いた女を入れて)ジャイロ回転しながら真っ直ぐ自分に向かって来た為、流石に驚きその場から飛び上がった。ジャミルは蛙を横切って、またしても壁にドカンと突っ込んだ。

「な、なんだあの巨大なスーパーボールは?」
「アイスニードル!」
「!」

ニンジャの下の火の中から、氷の針が火を突き切り迫ってきた。ニンジャは背から刀を引き抜くと全て弾き飛ばし、

針が向かってきた火の中にクナイを投げ込んだ。途端、どこからかバカ笑いする声が聞こえた。

「この愚か者が!この火の中では私を見つけられまい!墓穴を掘ったな!!」
「ちっ…」
「ファイアボールっ!」

全く検討違いの火の中から、無数の火炎弾が飛び出してきた。ニンジャは斬り捨てようと構えたが、すぐに気付いた。周りの火を吸収して威力が上がっている。これを全て斬ろうとしたらば、刀が熱にもたない。

「ちぃっ!来いぃ児来也ァ!!」

ニンジャは空中で後ろを振り向き叫んだ。その声に瞬時に反応したガマ蛙は、その巨体をバネのある手足で床から弾いた。
その速いこと。一瞬でニンジャとファイアボールの間に入った。ファイアボールはガマ蛙の腹に次々と減り込んだが、すぐ弾け飛び、火の粉に散った。

「なっ!?」
「ふん!こいつの体には『熱』を弾く油が外、中共に満ちている。だからこそ腹から火を吐こうと何食わぬ顔をし、威力を下げたレーザーの『熱』も効かぬ!さて…」

ニンジャは蛙の背に空中で飛び乗ると、赤黒い覆面の中でニヤリとして、下の火の海を見下ろした。

「児来也!あの一帯に落ちろ!!」
「げっ!?」


いかん…あの巨体が落ちて来たら場所がわからなくてもつぶさぅ


考えてるうちにデミテルは蛙の腹の下敷きになった。直後に、ジャミルが埋まった壁の中から石の粉まみれになりながら這い出て来た。

「………おいコルァァボケナスぅ!?何、人を最初期の元気玉の如く投げとるんだあ!?今すぐ八つ裂きにして殺し……」

見れば、蛙の腹の下からデミテルの両足だけが飛び出していた。ジャミルは絶句した。

「もう殺されてたぁああ!?」
「ま、まだ生きと……るわ……」
「ああ!?何か下からか細い声が!?よし!そのまま死ね!!」

ジャミルは真面目に懇願して叫んだ。自分を飛び道具にされたのが相当腹ただしかったらしい。デミテルは怒って足をジタバタした。

「オイィバカか貴様ァ!?『死ね』なんて冗談でも人に言っちゃいかんのだぞ!?人の命を何だと思っとるんだ!?もっと人の尊厳を尊重しろボケコラカス死ねェ!!」
「アンタにだけは言われかないわ!!つーかよくその状態でそんだけ喋れるわねオイ!?」
「き……が…」

叫んだせいで、余計彼の肺の酸素は減少した。さらに蛙の体重で体がメリメリ床に減り込むのがわかる。今にもあぼら骨がいかれそうになりながら軋んでいる。というか、もう既に何本か折れてしまっている。息が出来ない。詠唱も出来ない。このままでは死ぬ。

「そのまま潰れるがい……」

ガマ蛙の上でほくそ笑んでいたニンジャは、火の向こう側のぼんやりとした光に気付いた。ルナがフワリと浮き、光を放ちながら何か呟いている。

「ふん。貴様のあのレイを使う気か?使えば塔が崩れる事は必須。だがしかし、それより少しでも力を弱めれば、拙者の児来也はビクともせん。それ程までに『熱』に耐性が……」
「レイッ!!」

ニンジャの言葉を掻き消すようにルナが叫んだ。途端、無数の光線がニンジャとガマ蛙の上に降り注いだ。ニンジャはガマ蛙の背中の上で颯爽と跳ね回り光線を避けた。避けた光線はガマ蛙の背中に直撃したが、当たった瞬間に無数に弾けて消えてしまった。少々煙が立つだけで傷一つありはしない。「やはり骨折り損」とニンジャが嘲け笑おうとした時、足場がグラリと傾いた。

床が崩れて抜けたのだ。ガマ蛙の周りに落ちたレーザーが床を突き抜け、さらにガマ蛙の体重もあいまって床がもたなくなったのだ。デミテルとニンジャはガマ蛙と共に下階に落ちていった。

ニンジャは辛うじてガマ蛙の凸凹した突起だらけの背中にしがみついた。危なっかしく背中に足をつく。
ハッとして顔を上げた。五発の赤い光弾が自分に向かって降り注いでくる。ニンジャは懐から手裏剣を一気に片手で五枚抜き取り放ち、光弾を相殺した。

「スキおぇ!?」

スキあり、と言おうとしたのだろう。あばら骨の痛みで悶え顔のデミテルが、ニンジャが光弾に気を取られている間に懐に入り込んだ。左手で胸を抑えながら、蛙をよじ登って来たのだ。ニンジャは虚を突かれたが、余裕はあった。

「愚か者が!魔術師の貴様がこんな至近距離でどんな術が…」
「どんな術、だと?」

デミテルは鞭を持った右手を大きく円の軌跡を描きながら振り下ろした。軌跡に、赤い光が見えた。鞭がニンジャの顔面に叩き込まれた瞬間、

真っ赤な、背の高い衝撃波がニンジャをまるで真っ二つにするように起き、ニンジャをぶっ飛ばした。

「ごぶっ!?」
「はっ!私が魔術しか使えないと誰が言ったァ!?こういう詠唱無しの芸当もできるんだ愚か者が!!」

デミテルは再び鞭を投げると、吹き飛んだニンジャの足を引っつかんだ。

だがそれと同時に、恐ろしい揺れと轟音と共に、足場のガマ蛙が下の階に荒い着陸をした。ニンジャを投げ飛ばそうとしていたデミテルだったが、バランスを崩し、足を踏み外してガマ蛙から転げ落ちた。

「いったた……ん?」

ふと気付くと、鞭でデミテルと繋がっていたニンジャが引っ張られて、デミテルの腹に落ちてきた。彼のあばら骨が悲鳴を上げたのが聞こえた。

「いっ…」
「ふぬぅ!!」
「げっ!?」

ギラギラした目を光らせて、ニンジャがデミテルに覆いかぶさり、クナイをデミテルの顔面に突き刺そうとした。デミテルはニンジャのクナイを持った腕を両手で掴んだ。クナイの尖端が自分の眼前で止まった。均衡状態となった。

「し、しつこいぞ貴様っ……口と頭から血が出てるぞ……無理をするな………」
「それをお互い様でし…じゃない……ござろう……おま…じゃない…貴様も先程胸を抑えていただろうに……大人しく引導を…!」

「き…貴様をやって……次に月の精霊を……そうなればあた、拙者の名は里に残り……」
「名前残したいならアレだぞ貴様……ビックリペットコンテストとか出た方がいいぞ……貴様のその蛙自慢してこいぃ………」
「そんなあからさまな名前のコンテストが……地球上にあって……たまるかぁ……」
「………!」

腕力があまり無い。ということにふとデミテルは気付いた。上から体重を乗せてきているのでそれでカバーしているようだが、少しずつクナイを持つ腕が震えて来ている。そもそも、肝心の体重もあまり

と考えていた矢先、ニンジャは空いていた左手で、デミテルの胸に拳を見舞った。
激痛がはしった。骨が胸の中でお母さんを泣きながら呼んでいる。そのままニンジャは拳を、体重を乗せて胸を圧迫した。痛みで、デミテルは意識さえ飛びかけた。

「ぐおぁあ!?」
「ふん!ニンジャは卑怯者だと言ったでござ」
「ふんぬっ!!」

痛みで混乱したのだろう。何を思ったか、デミテルはクナイを抑えていた両手の内、左手でニンジャの胸を押した。ニンジャのあばら骨は折れていないので、何のダメージも無い。
はっきりいって、これでデミテルの命運は尽きたように見えた。痛みで力が入らない状態で、防御に使っていた両手のうち一本を、防御から外したのだ。ニンジャのクナイを持った腕は、一気にデミテルの顔に近付いた。そのまま眼球を貫くかに見えたのだが、

何故か止まった。ニンジャの動きが。
同時に、デミテルも止まった。ニンジャの胸を押したまま、いや、

むんず、と掴んだまま。

「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「……………おいニンジャ…貴様。」

デミテルは赤黒い覆面の向こうにある、目を見た。

「………私はな、この感触を知っている。」
「………。」
「貴様………」

デミテルはクワッと瞳を見開いた。答えは、真実はいつも一つしか無い。

「貴様……懐にどんだけマシュマロを詰め込んでいるんだァァァァ!?私も大好きだがなマシュマ」
「ちがうわぁこのスカポンタンがッ!!」
「ぶべら!?」

ニンジャは渾身の膝蹴りをデミテルの顔面に叩き込んで、頭を床にめり込ませた。ニンジャは今まででに無い程息を荒げて、焦躁仕切っていた。
ニンジャは涙目になりながら両腕を組んで、グッと胸を締めた。

「よ、よくも……あたいのむ、む、胸を……鷲掴みに……」
「いだだ……き、貴様なんかキャラがさっきまでとてんで違っ」
「当たり前だァこの変態ッ!!こちとらお硬い男忍者キャラ演じる為に毎日鍛練積んどんだァ!」
「あばだばだっ!?あばらを踏むなあばらをォ!!というか貴様、マシュマロじ
ゃないならまさかおん…」
「女だからなんだってんだぁ!?」

ニンジャは音速でデミテルのあばらをガシガシ踏み荒らしながら涙声で叫んだ。デミテルは白目で声にならない悲鳴をあげていた。

「女だから何?!どいつもこいつも女女やかましいんだ!!『くのいち』なんて、女の忍者なんて腐る程いるってのに!!我が家の中で過去の代に女が大昔に一人しかいなかったからってなァ!だから何!?ええそうよ!このままいったらあたいが次期に家の当主よ!そして里の頭領よ!過去大昔に一度しか例の無い女頭領誕生よ!!それがそんなに気に食わないってのかあのジジイどもがぁ!?」
「と、途中から私関係無くな……」
「うらぁっ!!」

とどめにニンジャはデミテルの顎を思い切り蹴り飛ばした。デミテルは蛙と共に落ちて来ていた瓦礫に背中をぶつけた。

横でちょっと困った顔をした児来也をよそに、ニンジャは鼻息荒くデミテルを睨んだ。

「ゼェゼェ…おまいと…そしてルナを抹殺してやるんだ……このあたいが……」
「…ん……」
「そして証明してやる……クノイチでも頭領としての器はあるって……ジジイど
も待ってろよ……」
「…ゃん……」
「この、藤林つ…」
「…ちゃん……!」
「いざ参…」
「つっちゃん!!」
「うっさいなぁもぉ!喋んなボケ蛙!!揚げるぞ!?」

ニンジャは児来也の顔面に蹴りを入れた。児来也は痛くは無いようだったが、困り顔でニンジャを見ていた。

「揚げるって…僕はショクヨウガエルじゃないたい。シノビガエルですたい。」
「じゃあ一生忍んで生きてろっ!アンタが喋ると緊張感がなくなるのよ!?何!?」
「つっちゃん、長く僕出し過ぎたい。もうTP切れ……」

と言った矢先、ドロンという煙と共にガマ蛙は消えてしまった。ニンジャは目をパチクリさせた。

「………。」


「ま、まぁよい。児来也がおらずとも、拙者の実力だけで……」
「いや……もういい。」
「え?」


「気が失せた。まったく…」
「な、なによそれ!?女だから戦意が失せただとでござるだと?!ふざけんなおまい!?」
「『おまい』ってなんだ。というか話し方がぐちゃっぐちゃになっとるぞ。」

「私は悪人だ。女だろうがなんだろうが、そんなことを気にすることはせん。だが……」

デミテルはポリポリと頬を掻いて、目を反らした。

「覆面越しとはいえ、女の顔に鞭を叩き込んでしまったことぐらいは、さすがの私も罪悪感があるんだ…知らなかったとはいえ、悪かったな。」
「…!」

ニンジャは拍子抜けした。あの大口を叩き、常に強きだった男が謝ってきたのである。人徳的な理由で。ニンジャは身構えながらも、少し力が抜けた。


な、なによ……意外とスジの通った奴じゃな「なんて言うと思うたかこのスカポンタン女がァア!!」「あばァ!?」

デミテルの鞭の衝撃波が、またしてもニンジャを真っ二つにするように直撃した。顔面にも完璧に。風を切るようにニンジャは壁に叩きつけられた。そのニンジャに、デミテルは鞭を次々と嵐のように当て続けた。勝ち誇った顔で。

「くはーっはっはっはぁ!!この馬鹿ニンジャめが!!まんまと油断しおって!!」
「だっ…痛っ」
「女だからって知ったことか!!命狙われた上、あれだけ胸ガシガシ踏まれたら神も仏もマーテル様もぶちキレるわァ!!」
「いっ……つっ……」
「泣け!喚け!命請いをしろ!!ふはーはっはっはぁ!!」

デミテルは苦しむニンジャに一片の余情もなく、間髪入れず鞭を入れ続ける。しかも、顔中心である。

「あぐ……こ、このサイテー男……悪魔……」
「最高の褒め言葉だ!だから言ったろうが!!私は悪人だとな!忍者の貴様に認めて貰えたならば満足だ!」

デミテルは高笑いを続けながら、調子に乗ってさらに攻撃の手を激しくしていった。自分の余りの非道っぷりに酔いまくっていた。その為、背後のたくさんの気配に全く気付いちゃいなかった。

デミテルは人間として最低の笑顔でさらに叫んだ。

「さあさあさあ!このまま一生人様に向けられん顔にしてやろうか!?」
「………」
「とうとう声も出んか!?いいぞ!!その苦痛に満ちた顔をそろそろ見せ」

ガシッ

デミテルの最低な攻撃が止まった。鞭を持ったデミテルの右腕が、上に高く上がったまま動かなくなったからだ。デミテルは少しの間の後、スッと後ろを向いた。

ジャミルが、真顔で、デミテルの右腕をガシッと掴んでいた。ひどく真顔で。デミテルはしばらくジャミルの目を見ていたが、やがて口を開いた。

「なんだ美人局。私は今この女に悪の……」
「…………」
「鉄槌……」
「…………」
「を………」

ジャミルの物言わぬ真顔に、デミテルは段々不安になり始めた。不安は、次に恐怖へと変わる。やがて、デミテルは気付く。冷たい殺意に。しかも
「……おい。後ろのモンスターども。なんだその目は?なんだその顔は?」

ジャミルの後ろには、この塔の住人のモンスター達が、同じような真顔でこちらを見ていた。人型やらなんやら、種類は様々だが、共通するものがあるとすれば

全員もれなくメスだった。デミテルはここで初めて、己の身の危険について色々悟った。
後ろで、「うぇ~ん」と小さく泣く声が聞こえた。ニンジャだった。デミテルは冷や汗をダラダラダラダラダラダラかき始めた。そして半笑いになりながら言い訳を始めた。

「オイちょっと待て?なんだその目は?お前らアレだぞ!?おま………み、みなさんの住居を無差別に破壊していた輩に制裁を加えていたのですよ私は?なのに、その目はなんなんですか皆様?ねぇ、私何か悪いことし………」

…………………………。


「……おい。石像。」
「なにかな。青年。」

遠くで、破壊された塔を修復する音が聞こえる。デミテルはそれを、ベッドに一人横たわり聞いていた。すぐ横に、自称MDプレイヤーの石像が、かめはめ波の構えで立っていた。

「………私は命を狙われていたんだよな?私はそれを迎撃したんだよな?自己防
衛だよな?」
「ふむ。」
「そのうえ、そいつは器物損害しまくっていたし、住人のモンスターを蛙に踏み潰させたりしていたんだぞ?」
「ふむ。」

「なのに何故だ?なんでそいつを制裁した私が女どもに集団リンチでボコボコにされ、全身包帯巻きして横たわっていないといけないんだ?なぁ、冷静に考えてみろ?世の中のゲームの主人公どもを見てみろ。あいつらバリバリ女の敵ぶったっぎとるじゃないか。女の敵だろうが容赦無く秘奥義キメたりしとるじゃないか。経験値の為に無意味に倒されたりしとるじゃないか。なのになんであいつら批難されないんだ?関係無いけど男女共同参画社会ってなんだっけ。」
「むつかしい事は、私にもわからないがね。一つ言えることがあるよ。」

石像は頭の中から『Fighting Of The Split』を流しながら、こう言った。

「完全に、君が、悪い。」
「……………。」

デミテルは泣き始めた。


つづく

おもうがままにあとがき

大学なんとかなったんで帰ってきました。次回でルナの話は終わりです。どうか生温かい目で見守って下さい。

コメント

この時を待ってましたよ!

初めまして。
一話からずっと読んで、カッコよくて面白いデミテルさんに一目惚れしました。
それで、その…ぴく●ぶにて、タグつけてこの小説の絵を描いてみちゃったりしてもよろしいでしょうか?
場面場面が目に浮かんで妄想が止まりません(笑)
これからも頑張って下さい。応援しております。

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