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デミテルは今日もダメだった【61】

第六十一復讐教訓「人生の戦場は人の数だけある」

「ホントに腹立つなぁ!あの虫!!」

アーチェ=クラインは、生い茂る背の高い草を掻き分けながら喚いた。

「なーにが『返して欲しかったら十二星座の塔まで来い』よ!上等じゃない!盗られたアルヴァニスタのエンブレムごと、アイツの羽根もむしり取って晩御飯にしてあげるわ!!」
「え?それ食べるのもしかして僕?」
「もちろん!クレスが一番酷い目に遭ったんだもん!クレスが食べなくてどーすんのさ!?」
「………。」

確かに自分は、あの虫に突き飛ばされたあげく、エンブレムを盗られた。しかしだからと言って、羽根をむしることは無いんじゃなかろうか。さらに、それを食べる事は無いんじゃなかろーか。というか、僕が食べること無いんじゃなかろーか。クラースさんでいいんじゃなかろーか。

昨日、クレス達一行はミッドガルズへと辿り着いた。途中に十二星座の塔があることなど気付かずに。当然といえば当然だ。マップで上から見ない限り、たいていの人間はミッドガルズの前にあんな塔が建っていることに気付くはずが無い。

人影淋しい城下町を通り抜け、途中立ち寄った孤児院で、子供二人に、部屋の隅に取り囲まれて完全に身動きが取れなくなり、リセットせざる得ない状況に追いやられながらも、なんとか一行は城に辿り着けた。

だが、いざ入ろうとした途端、一匹の虫が現れ、クレスの顔面に蹴りを入れたあげく、アルヴァニスタエンブレムを盗んでいった。十二星座の塔に来い、と言い残して。
余談だが、そのあと立ち寄った道具屋の主人がこう言っていた。『このまえ小さな虫が、棚の包帯セットを盗んでいった。』と。

この犯人も奴に違いない。と、アーチェは確信していた。

アーチェは後ろから歩いてくるクレス達に振り向きもせず言った。

「包帯なんて一体何に使う気なんだろ?」
「包帯ですから……誰か怪我でもしたんじゃないですか?」

クレスに手を取って貰って歩きながら、ミントが意見を述べた。足元が草で見えず、歩きづらかった。続いて、クラースは言う。

「しかし、盗られた包帯はかなりの量だったらしい。一体どれほどの怪我をした奴がいるんだ?」
「全く顔もわかりませんが、少し心配ですね。」

ミントは本気でそう言った。ホントに優しい人だと、クレスは改めて思った。

「……おいクレス。」
「どうしましたかクラースさん?」
「あれ……あそこの木を見てみろ。」
「!」

クラースが指差した先を見て、クレスは目を見開いた。

太い丈夫そうな木の枝が、砕けるように折れていた。しかも妙なことに、折れているのはそれだけでなく、何本もの木の枝が、直線のラインを通すように折れている。
まるで、巨大な砲弾が森を突き抜けていったかのようだ。

「モンスターの仕業ですかね?」
「わからんな……しかし、自然現象であんなことはまず起きない。普通ではない。」
「普通じゃない、と言えば……」

クレスはチラリと、後方を見た。

「さっき遭遇したコヨーテの群れ。あれも異常でしたよね。白目剥いてて…凄く凶暴だった。」
「ああ。コヨーテであの戦闘意欲は異常だ。」
「一匹だけ、頭にコブがあるのがいましたけど、アレはどうしたんでしょう?」
「誰かに石でもぶつけられたんじゃないのか?」
「見てっ!」

アーチェが声を上げた。見ると、背の高い建物が木々の隙間から見えた。

「塔発見!よしっ!殴り込むわよ!!」
「あ!待てアーチェ!一人じゃ危な…」

草を踏み倒し走り出したアーチェに、クレスが声をかけた。と思った矢先、

アーチェが消えた。三人は目を丸くした。

「……え?ア、アーチェさん?」
「アーチェ!?どこ行ったんだアーチェ?!」

クレスは草を蹴り分けながら走り出した。

走り出してすぐ、クレスは背の高い草の茂みから出た。が、次の瞬間、

足が地面に対して空振りした。下を見れば、底の無い、巨大な穴が空いていた。落ちる。

「ふぅ。危なかった~。だいじょぶ?クレス?」
「う、うん……」

間一髪。もう少しで地獄の底に落ちかけたクレスの手を、箒に乗ったアーチェがガッチリと掴んでいた。

「し、死ぬかと思った……」
「あたしも……走馬灯が巡っちゃった。」
「僕もだ……下着泥棒の思い出が頭を……」
「え?何の思い出って?」
「え!?な、なんでもない!これ、どうなってるんだ。」

まるで隕石が落ちたように、塔周辺は焼け焦げた穴だらけだった。塔に入る為の道はかろうじて残ってはいたが、足を踏み外せば危ないことには違いない。
「…どうしてこんなことになったんだろ?ホントに?」

――――――――――。

「朝起きたらインコになってた。」

何を言っているのか。世の中の九割の人間は皆目見当がつかないだろう。しかし、事実なのだ。

ジャミルは、鏡に映ったチンケな姿を呆然と見ていた。その時、部屋にアルテミスが入ってきた。

「おい。あの信号頭、全快したみたいだぞ。手始めにお前をなぶり倒してやるって喚いて………」

ほぼ同じ背丈の二人の目が合った。しばし沈黙のあと、やがて、アルテミスはあっけらかんと言った。

「よく三日ももったな。」
「おいちょっと待て。」

ジャミルは羽根でガッチリとアルテミスの首を掴んで、その子供らしい、憎たらしい顔を睨みつけた。

「アンタさ、何?最初からわかってた?三日しか戻れないって?」
「いいや。30分ぐらいしか戻れないと思ってたよ。予想を遥かに越えてて逆にびっくりした!」
「そりゃそうよね!アンタルーンボトル適当に飲ましただけだものねぇ!!ホント無責任にも程があるわ!もしアタシがアレ飲んで死んじゃったとしてもおかしかなかったわけだものねぇ!?」
「その時はちゃんと責任とったよ。埋めたげたさ。」
「そういう時は『焼いて食っとく』とか言いなさい!」
「インコなんて食わないよそんなの!何言ってんだ!?」
「アタシもわけわかんないわよ!」

ジャミルは羽根をアルテミスから離すと、ハアと溜め息をついた。

「ああ…あの馬鹿が体治って、アタシんとこに来たら正体を言ってやろうかな~みたいなことちょ~とだけ思ってたんだけど……予定が狂った……」
「予定が狂ったのはこっちさ。僕とルナ姉ちゃんのパーティーうやむやになっちゃったじゃないか!どうしてくれんだよ!」
「ルーンボトルでやけ酒したら?」
「ルーンボトルは飲み物じゃないよ?馬鹿じゃないの?」
「ねえ。本気で喉かっ裂いていい?」

ジャミルが真面目に尋ねた時、ドタドタと足音が迫って来た。デミテルが部屋に飛び込んで来た。

「美人局女ァアア!?よくもあの時は人を無表情でボコボコにしてくれたなぁ!?人間がもっとも怖い顔とは無表情なん………って?」

部屋に誰もいなかった。ようにデミテルには見えた。靴のかかとでインコを一匹踏み潰していることになど、微塵も気がついていない。

「あいつなら、もうどっか行ったよ。」

アルテミスはあっけらかんと言った。ジャミルはアルテミスに感謝したいんだかなんだかよくわからなかった。デミテルは噴怒した。

「おのれぇ……最後までわけわからん奴だ…………次会ったら焼いて食ってやる……自分で何言ってるかわけわからんくなってきた…」
「あ、そうだ。お前のこと呼んでたぞ。」
「ん?誰がだ?」

「ルナ姉ちゃん。」


――――――――。

「イフリート!!」

橙色の熱い炎の玉が、両開きの石の扉に直撃した。だが、多少焦げただけで、なんともない。

クラースは顎を親指で撫でた。

「やはり、力押しでは無理か…何か仕掛けがあるようだな………」
「この石版の文章が、関係あるんでしょうか……?」

ミントは、自分の背丈程の石版を見た。クレスが横に並んだ。

「他の部屋を探索した方が良さそうだ。」
『おい。』
「ん?どうしたんだイフリート?」

クレスは自分を見下ろす炎の男を見上げた。イフリートはカッと目を見開き、毅然とした声で叫んだ。空中で正座をして。

『十二星座の塔で…』

『自由に正座っ!!』
「…。」
『…。』
「…。」
『…。』
「85点!!」
『いよっしゃあ!!』
「相変わらず仲良いな、お前達。」

互いに腕をぶつけ合い、友情を再確認する二人の駄洒落戦士を見ながら、クラースは慣れたように言った。アーチェも隣で見ていたが、やがてクラースに尋ねた。

「ねぇ。今の面白かったの?」
「炎の洞窟で駄洒落による死闘をした人間にはわかる面白さなんだろう。」
「そんなん他にいるの?」
「イフリートが言うにはいるらしいがな。本当か知らないが。」


――――――――。


デミテルは塔の最上階に向かいつつ、表情には出さないが、期待していた。


色々と四苦八苦大変だったが、なんやかんやで私の野望は果たせそうだ……

ルナを私のモノとする。いや、今回は変な意味では無い。当初の予定通り、奴を我が手駒として迎え入れ、そして、クレスどもを慌てさせる………

私と奴には既に、他に無い、『繋がり』が出来ている。もはや他人の間柄ではあるまい…その絆は、契約の指輪で作る即席の『繋がり』より確かなもの……

そう!全ては最初から私の計画通りに事が運んでいたのだよ!はっはっは!

…おい何だその目は?違うぞ。成り行きなんかじゃないぞ。ホントだぞ!ホントに全て私の計画通りであって……まあいい。

とにもかくにも、あの女が私の部下になるのは時間の問題。そうなればアレだな。もうフトソンなんぞいらんな。ルナさえいれば私は最強なのだ。フトソンはどこか適当にマグロ漁船にでも乗っけて稼がせよう。しかし……そうか…ルナと旅か……

洗脳は解けたとはいえ、あれほどの美女をこの私が従える……従えるっつーかはべらす……はべらすっつーか、服従させる?

ぐふ……ぐふひひひ……は!?い、いかん……まだ完全に洗脳が………ぐふひひひ
(気持ち悪っ!やっぱし絶対こんなのが義理の兄ちゃんとかヤダ!!)

どん引きするぐらい幸せそうな、ニヤニヤ笑みを浮かべるデミテルを連れて飛びながら、アルテミスは心の中で断固拒否した。

「お前、結局何者なんだ。」
「今更そんなことを聞くのかハエ餓鬼?」
「誰がハエ餓鬼だ。」
「まぁいい。教えてやろう……」

どうせ今日にはここからルナと一緒におさらばだ。何を言っても良いだろう。

「私は大道芸に……じゃなかった、魔術師デミテル!あのダオス様の最強にして最悪の部下だっ!!どうだ!?恐ろしいか!?」
「恐ろしいよ。こんな頭悪そうな奴部下にしてるダオスが。」

荒ぶる鷹のキメポーズをするデミテルに向かって、アルテミスは率直な意見を述べた。

「まぁ、なんでもいいけどさ。ダオスは人間達の敵で、モンスターや精霊に害は無いし。けど……」

アルテミスは言った。

「ルナ姉ちゃんはあんましダオスは好きじゃない。どんな理由であれ…」

「例え、人間達のせいで自分達精霊が消えてしまうとしても。ダオスの戦争が結果的にそれを防ぐとしても。」

「戦争しようとする奴は、ルナ姉ちゃんは嫌いだ。」
「…………!」
「着いた。入れよ。僕は外にいる。」

二人は、最上階の部屋の前にいた。アルテミスは階段を降りていった。

デミテルは、唇を噛んだ。アルテミスの言葉が、頭に引っ掛かった。


戦争しようとする奴は、ルナ姉ちゃんは嫌いだ。


もしそうならば……戦争をしようとしているダオス様が嫌いならば……

その部下である私は…

…あの女は私がダオス様の部下だとしっている………


ルナは、ネオンを光らした月の上にたたずみ、座っていた。デミテルはルナと目が合った。

ルナははにかむように笑った。その笑顔はとても輝いて見えて、デミテルは苦い顔をした。気を抜いたらまた洗脳されそうだ。

「お怪我、治ってなによりです。」
「……ああ。貴様んとこのモンスターにボコボコにされた怪我が治って良かったわ。」
「ふふっ……」

くそ……そういうかわいらしい笑い方はやめろ……欝陶しい……気が散る……

デミテルは嫌そうに、自分の頬をかいた。本当に、妙な拍子にまた洗脳されたらたまらない。

「で、何の用だ。手短に頼みたいものだ。」
「もうですか?もっと色々……」
「無駄話はいい。なんなら、私から話を始めようか?私も貴様に話があるからな。」

無駄話なら、この先いくらでも出来るんだ。とりあえず、重要な話を済ましてしまえばいいと、デミテルは思った。

「いえ……」

ルナは、少し俯くと、三日月からタンッと石の床に降りた。白い、綺麗な服と、美しい黒い髪がなびいた。相変わらず、腹ただしいくらい美人だと、デミテルは苛立った。これなら、誰だって、本人にそのつもりがなくとも誘惑されるに決まっている。

ルナは、デミテルにゆっくりと歩み寄っていく。とてもゆっくりと、だ。やがて、デミテルのすぐ前に立ち止まって、彼の顔を少し見上げた。デミテルはフンと鼻を鳴らした。

「よく八歩も歩けたな。クララ。」
「わ、私でも八歩ぐらいはきつくはないですよ!」
「どうだかな、これからはそこのクリスマスイルミネーションもどきに頼らず、ちゃんと歩くことだ。人間、幸せは歩いては来ないのだから、自分で走り、追い詰め、疲弊させ、自ら仕留めねばならん。精霊にも幸せの概念はあるだろう?」
「幸せ、ですか?」

どうやら、無いらしかった。ルナはキョトンとしていた。デミテルはハァと溜め息をついた。同時に、そのキョトンとした顔を可愛く見た自分に腹を立てた。おのれ。月の光め。まだ私を誘惑するか。

「幸せって、なんでしょうか?」
「何だその人類の永遠のテーマのような問いは。そうだな……自分が好きなこと、やりたいことを無我夢中にやってる時、とか?」
「ハァ…」
「あまり分かっとらん顔だな……まったく……他には………好きな奴と一緒にいる時とか…」
「じゃあ、私今幸せということなんでしょうか。」
「お前、やっぱりいまいち意味が分かってないな。」

デミテルは悟った。精霊と価値観を共有しようとしてどうする。無駄だ。

「ええい!何で私が貴様と『幸せ』について議論せねばならんのだ!早く用件を言え!」
「私としては、もう少しこの件についてお話を…」
「どうせあとでいくらでも無駄話は出来るんだ!早く本題に入れ!」
「では、」

「お別れ、を言いに来ました。」

妙に静かだった。ここにはたくさんのモンスター達が共同生活をしている。騒がしく無いはずが無いのだが。何故か最上階は、水を打ったようだった。

「……え?おかわり?」
「お別れ、です。さようならです。」
「何を言うとるんだ。」

貴様は本当に何を言うとるんだ?貴様はこれから私の部下として共に行くのだというのに。

無駄話は、その時にするというのに。

「今、この塔に三人の人間とハーフエルフが一人登って来ています。」

ルナは俯いて、言葉をひとつひとつ拾うように話した。

「一人は、私と古代の精霊魔法の契約に必要な指輪を持っています。私にはわかります。きっと、あのダオスガード達が言っていた者達でしょう。」

「私は、彼らと共に行こうと思います。ダオスを止めるのに、協力しようと思います。」

「戦おう、と思います。」
「ちょっと待て。」

待て。色々と待て。頭が混乱してきた。

デミテルは、頭をクシャクシャとかいた。

「貴様は…貴様は私と……」
「あなたは、ダオスの部下です。」

「私は、ダオスを止めるのに戦おうと思っています。だから……」

ルナは、ぐっと息を詰まらせて、そのあとの言葉を辛そうに続けた。

「貴方は私の敵です。」

予期しなかったわけでは無い。想定の範囲に無かったわけじゃない。

『戦争しようとする奴は、ルナ姉ちゃんは嫌いだ。』

だがそれでも、デミテルは心が揺れた。

「貴様は……」

「貴様は争いが嫌い……そうだな。そりゃ、それは貴様、そうだろう。ダオス様を好きになれんだろう……そしてその部下の私も………」

「いや……しかし……」

そうだ……冷静に考えれば………
コイツが私の味方をする理由など……これっぽっちも無いでは無いか……そんなことはわかっていたはずではないのか………なのに、私は何を………

「デミテルさん。」

優しい声だった。もう、ずいぶんと聞き慣れた、綺麗な声だった。

「以前の私なら、争いが嫌い。ただそれだけだったでしょう。その争いを止める為に戦おうなんて、考えようともしなかった……争いをしない自分への可愛さで………」

「貴方が、戦うことを、教えてくれた。」

「ありがとう。」
「待てっ!!」

ルナは別に、どこかに去ろうとしたわけでは無い。まだデミテルの前にいた。だが、彼は『待て』と言った。
デミテルは腹が立った。とにかく腹が立った。拳を握り締めていないと、手を出してしまいそうだった。これで終わりだというのか?

「それが…貴様の答えだと……」
なんだ……これは…………

「それが貴様の幸せだとでも……言うのか……」
私のおかげで、私のせいで、コイツは私の敵となるのか?おかしいだろう?何故数日一緒にいた私とでなく、まだ会ってもいないクレスどもと行く?

それがコイツの、ルナの望む道。コイツが望む、戦いの道。

当たり前では無いか。私と共に行く戦いの道は、復讐の道。しかしクレスどもと行く道は、表向き、人間どもを救う道……コイツが、平和主義者のこの女が、後者を選ばぬわけが無い。そのことを私は知っている。数日コイツといたのだから…知らぬわけが無い……

「……そろそろ来ます、か。」

ルナは目を閉じ、スゥと息を吸うと、笑顔でデミテルを見上げた。デミテルは胸が痛かった。


いい笑顔をしおって……最初に会った頃は、石の彫刻のような、「綺麗なだけの顔」だったくせに………

ダメだ。と、デミテルはふっと悟った。彼はこの瞬間、全てを誘った。
別れを言おうとしたルナの両肩を、突然デミテルはがっしりと掴んだ。そして、クククと気味悪く笑った。

「……ふざけるな。貴様は私と来るんだ。」

「私と共に行き、戦う!そういうことになっとるんだ!私と共に行き、無駄な雑談をするんだよ!!」

「まだ『幸せ』についての議論も終わっとらん!逃がさんぞ!まだ貴様とは腐る程話をせねばならんのだ!貴様は私ともっと一緒にいるんだ!」
「………。」
「つまり……つまり………私が言いたいのは……だからつまり……」

「すっ」
「デミテルさん。」

美しかった。本当に、まるで闇夜に忽然と輝く、月のように。流れる黒髪。金色の目。輝く美しい頬。

それが、最後だった。

「ありがとう。」

―――――――――――。


風が頬を撫でていた。デミテルはそのひやりとした感覚で、目を開いた。
だが、目を開いても視界は真っ暗だった。体は横に倒れていた。床は硬い石だ。


この匂い……私と美人局女が、あのアルテミスとかいうガキに連れられて通った、最上階へと続く狭い抜け道か……石灰のような匂いがする。

どうして寝て…確か、ルナの体からとても強力な光が起きて………その光で気絶した………

………あっ!!


デミテルは弾けるように立ち上がろうとしたが、狭い天井にすぐに頭をガツンとぶつけた。涙目になりながら、デミテルはほふく前進で狭い抜け道を這った。

「くそ……どれだけ寝ていた……妙なフラッシュを………」

暗かったが、やがて突き当たりについたのがわかった。壁から木漏れ日が微かにはえていた。デミテルは壁を押し開いた。

最上階の部屋は、なんだか先程に比べて暗かった。まだ午前中なのにだ。デミテルはすぐに訳がわかった。光源が去っていったからだ。

いたのは、体操座りをした虫が一匹。

「……アイツは?」

デミテルは小さい背中に尋ねた。鼻を啜る音が聞こえた。

「……行っちゃったよ。」
「…どこにだ。」
「お前んとこの大将と戦いに。」
「……。」
「お前のせいだぞ!!」

アルテミスは振り向き、怒鳴った。眉間にシワを寄せて、泣きそうな顔だった。

「姉ちゃんは、ルナ姉ちゃんは自分から戦いになんて行かない人だったのに!なのにお前が…」
「ああ。そうだ。」

デミテルはアルテミスの横に立った。目を細めて、素っ気の無い顔をしていた。

「どうやら私のせいらしい。私があの女に会わねば、おそらく奴はクレスどもについていかなかっただろう。なんてことだ。私のせいでダオス様の敵が増えてしまった……」

「……ふっ。」

デミテルは首をもたげると、鼻で笑った。そしていつものように、調子に乗った口調で高らかと言った。

「全くバカバカしい!あんな精霊、こっちから願い下げだ!何が最強の精霊だ!実態は、歩くのキライでエセ平和主義者でおまけに天然の魔性の女!!こんなタチの悪い、甘ったれた奴、私の部下にいらぬわ!!」

本当に…本当に甘ったれた奴だ………

私をわざわざあんなところに隠しおって……私を敵と認識するというなら、私をレーザーで焼くなり、クレスどもに差し出せばよかったのだ………それをわざわざ……

「あーあー!!全く無駄な時間だった!あんな女の為にどんだけ話数を…」
「……おい。」
「んぅ!?なんだぁガキィ!?」
「台詞と顔が全然合って無いぞ。」

「なんだァ!?今私がどんな顔しとると言うんだ!?台詞から連想する通りの顔だろうが!?」
「いや全然。」
「か、仮にそうだとしても、それはアレだ!あの女の洗脳の名残のせいに違い無い!さっき話してた時も妙な感情に襲われたからな!!私の目見てみろ!!金色だろ!?」
「ううん全然。」

「綺麗な青だ。」


――――。

「しかしまったく。ろくなことが無かったわ。」

デミテルは塔をあとにして森を、大股で歩いていた。塔を出る時、塔中のモンスターに『疫病神!』『最低男!』『本編じゃ地味キャラ!』など様々な罵倒を喰らった。デミテルは目が合った順に蹴りを入れていった為、ひどく時間がかかってしまった。

今日はいやに陽射ししが強くて、蒸し暑かった。


とにかくアレか。オアシスに戻るか。クレスどもを追いたいところだが、書き置き置いていったし。あの馬鹿ども、ちゃんと待っとるだろうな?

「………。」

デミテルはチラリと、右手の茂みを見た。少し向こうに、赤黒い人影が見えた。目が合った途端、ガサリという音と共に、姿が隠れた。


まだいたのか。お前は。


「おい!信号頭っ!!」
「ん?」

後ろから小うるさい声が聞こえて、デミテルは振り向いた。見れば、アルテミスがこちらに向かって必死に飛んできていた。

パーンッ

デミテルは反射的に蝿叩きで叩き潰した。アルテミスは頭から血をドロドロ垂らしながら、はい出た。

「いったいなおい!?何すんだよ!?つーかどっから出てきたその蝿叩き!?」
「悪かった。蝿が飛んできたから。つい反射的に。」
「だから蝿じゃない!アルテミスだ!」
「そうか。悪かったウィル・ス…」
「ウィルスミスでも無い!流行ってんのかその間違い方?!」

人生において二度もウィルスミスに間違えられた妖精など、この世に二人といないにちがいないと、アルテミスは思った。

「で、なんか用なのか。私は先を急ぐんだ。」
「……お前、ルナ姉ちゃん連れてった奴を追うって言ってたよな?」
「ああ。奴らもあの女も八つ裂きにしてやるとも。」
「……よし。」

アルテミスは、服の背中に手を突っ込んだ。よく見れば、何か入っていて、モコ
ッとしていた。これのおかげで完全に潰されなかったらしい。

それは銀色で、輪を描いていた。中心に、黄色い小さな石がはめ込まれている。

「なんだこれは?」
「契約の指輪だ。いいか、よく聞けよ。」
「は?」

「人間の召喚術っていうのは、何も精霊とだけ契約出来るわけじゃない。魔界の魔物とかとも出来るんだよ。噂じゃ、大昔に冥王と契約した奴もいたらしい。そのための指輪もどこかにある、ってルナ姉ちゃんが前に言っていた。もちろん、妖精とも。」
「何が言いたい。」
「僕と契約しろ!!」

デミテルは目をパチクリさせた。だが、アルテミスの目は真剣だ。

「僕は……僕はルナ姉ちゃんから離れたくない!甘ったれって言われたって、シスコンと言われたってかまやしないんだ!後のことは任せたって言われたけど…でも……」

「姉ちゃんは僕のたった一人の友達で……」

「たった一人の家族で…そんでもって」
「おい。指輪はめたぞ。次どうすんだ。」
「え」

指輪をはめた左の薬指をプラプラさせながら、デミテルはサラっと言った。アルテミスは拍子抜けした。

「あれ…なんか意外とあっさりだな……」
「貴様を味方に入れれば、いざクレスどもと対峙した時、奴らルナをうまく使えんだろう。そういう扱いでいいなら、契約してやろう。」
「い、いいとも!最終的に姉ちゃん取り戻せれば!!」

アルテミスはうんうんとうなづいた。デミテルはフンッと鼻を鳴らした。


家族で……友達か…

…しかもコイツにとってたった一人の……

嫌い、では無いな。まあいい、ちっとは役に立つだろう。妖精だし。


「で、このあとどーすんだ。」
「えーとっ。人間だったら、体中に変な入れ墨入れたり、カチャカチャうるさい
もの装備したり、他いろいろやらないといけないんだけど…」
「そうだろうな。クレスどものとこの何かだっさい帽子かぶった召喚士はそうしていた。」

アルテミスはデミテルから少し離れた。

「ハーフエルフやエルフなら、そういうのは自分の体の魔力で補えるんだって。誰も知らないけど。」
「おい。一つ聞くが、ハーフエルフでこれやった奴いるのか?」

デミテルは不安になって尋ねた。失敗して体がバラバラとかになられたら困る。アルテミスは頭をポリポリした。

「さあ。いないんじゃないの。エルフは召喚術なんてなくたって魔術でやってけるし。やる必要が無いもん。だから『ハーフエルフでも出来る』って事実は古文書にもどこにも載っちゃいない。」
「おい!適当過ぎるだろ!?ホントに大丈夫なのか!?」
「ルーンボトル飲むよりは安全性高いさ。多分。」
「んな頭悪いことやる奴が世の中にいたら、拝んでみたいわ。」

デミテルは吐き捨てるように言った。アルテミスはフーと深呼吸した。

「それじゃ行く……その前にいい?」
「なんだ?」
「あそこにいる奴、ほっぽいていいのか?」
「ああ…」

デミテルはまたチラリと、隠れている人影を見た。

「ほうっとけ。前々回、前回の襲撃といい、あのニンジャ、どうも正面から襲うのが好きなようだ。ニンジャの癖に。寝込みを襲うとかはしないだろう。」

そう言うと、デミテルは声を張り上げた。

「私にあんな目に遭わされたのだからー!卑怯な殺し方なんぞしないだろうなー!あのニンジャー!!正々堂々と私を殺すんだろうなー!!」

「………おのれ。」

ニンジャは、にやけ顔で叫ぶデミテルの顔を睨んだ。

「よくも拙者にあんな恥辱を……必ずや八つ裂きにしてくれる……もう仕事もへったくれもあるか…必ずや復讐を……」
「乳揉まれたからって怒り過ぎったい。」

背後にいた巨大蛙がポツリといった。ニンジャは蛙の顎に蹴りを入れた。

「何よォォォ!?アンタが消えなければこんなことならんかったのよ!?揚げて食われたい!?このあたいがあんな序盤でやられそうなボスキャラみたいな奴に負ける訳が無いのよ!この藤林つ……」


「………なんかうるさいな。まったく。」

デミテルは体を白く光らせながら、迷惑そうに言った。やがて光は少しずつ消えていった。

アルテミスの姿はどこにも無い。

デミテルはグゥッと背を伸ばした。空が青くて暑くて、腹ただしい。

「ニンジャに妖精………色々カオスになってきおったなぁ……やれやれだ…」

デミテルはまた、歩き出した。やがて、深い溜め息をついた。

「どんなオチが待っとるんだ。私の復讐。」


恐ろしいことに、まだまだつづく


……………。


「ちょっとォォォ!?デミテルどこ行ったァ!?このジャミル様を踏んだあげく
置いてけぼりって………待てやぁああ!?」


つづくったら、つづく


おもうがままにあとがき

ルナの話でほぼ一年ぐらいかかってしまった。ごめんなさい。
なんかだんだんオリジナル要素が増えてきたぜよ…だいじょうーぶか?

大学はね、第一希望は落ちました。でも第二希望が受かりました。
学科は…文学系みたいな。恥ずかしながら、この小説書いてたことが十分影響してます。

もう61話です。こんなに書いてる人他にもいるのかな?一体何話で終わるんだこれ。こんな小説でよければどうかお付き合いください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
>テイルズさん  リド=キャスパールは何をしていますか?
ちょ、ちょっと待って!会ってくる!!(考えてくる!)覚えてててくれてありがとうございます!

>匿名希望さん  この時を待ってましたよ!
ありがとうございます!その言葉で生きていけるよ!

>ぴく●ぶにて、タグつけてこの小説の絵を描いてみちゃったりしてもよろしいでしょうか?場面場面が目に浮かんで妄想が止まりません(笑)
うん…

嬉しくてまじめに泣きそうになった(泣)
こんな小説で良ければ、タグ付けて描いてOKです!ホントありがとうございます!!
他にもそんな方がいてくれてましたら、描いて下さっても構いません

蛇足ですが、自分もぴく●ぶのどこかで下手な絵描いてます…あなたがぴく●ぶで数少ないデミテルの絵を見かけたら、その中には…ふふふ(何
ちなみに、全然テイルズ関係無いですが、『ファンタジア』は『ファンタジア』でも、「テイルズのファンタジア」じゃなく「ぴく●ぶのファンタジア」にもいたりして…カレー食いてぇ…(何

次回 第六十二復讐教訓「道徳の教科書読んで道徳が身に付いたら人類は苦労しない」

コメント

こんばんは。
ルナの回お疲れ様でした。
初期の話などもちらほら出てきて、素敵ですね。忍者の名前が気になります。

レスありがとうございます!
その…早速描かせて頂き、小説タイトルをタグにお借りしました。とても楽しかったです。
小心者なのでヒヤヒヤしておりますが、機会があればまた是非…!と思っております。(自重)

また、ぴく●ぶにて複数のデミーさんを発見しました。文も素敵なら絵も素敵とは…!
ぴ●ふぁんの忍者君も可愛いです。

小説も絵も両方応援しております!
長文失礼致しました。

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