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デミテルは今日もダメだった【65】

第六十五復讐教訓「大人になっても子供と本気で喧嘩出来る若さを持て」

「ねぇお兄さん?80000ガルドで、どう?」
「…………。」

「それは仮に、85000ガルド払ったらよりレベルの高いサービスをしてくれるん」
「何上乗せしようとしてんだぁあ!?」
「ぐほぶっ!!」

ミッドガルズ王国の空は、どんよりと濁っていて、日の光は雲の中に滲んでいた。その雰囲気は、ミッドガルズ王国の中も同じだった。広大な城下街はどこかさびれて、人の気配は少なかった。時たまくたびれた老人が荷車を押しているのを見るくらいだ。

デミテルはジャミルを肩に乗せて、広い大通りを歩いていた。が、ここも人はまばらだった。道に立ち並ぶたくさんの商店はどこも閉まり、活気など皆無。デミテルは頭をボリボリ掻いて、周りを見渡した。

「私が前に来た時とは、まさに月とスッポン。ルナとジャミルだな」
「それ、アタシじゃなくてよくね?スッポンをジャミルにする必要なくね?」
「黙れスッポンポン」
「せめてスッポンにしろ!!確かに服着てないけど!」
「戦争一つで、こうも変わるものか…」
「兄ちゃん兄ちゃん!」

どこからか声が聞こえて、見れば、糸のように目が細い男が、手でゴマスリをしながら近づいてきた。

「何か用か?胡麻 擦利夫(ゴマスリオ)?」
「そんなあからさまな名前やあらへんよ!?なぁ兄ちゃん?奥義書買わへん?」
「私がそんなもの使う人間だと思うか?」
「ちっちっ。甘いな兄ちゃん。奥義書いうても色々あるんやで?剣士が使う以外にも」
「ほう。じゃあ出して見るがいい。この私の購買意欲を掻き立てるようなものを」

鼻で笑いながら挑発する。ゴマスリ男は懐をゴソゴソ漁ると、デミテルの前に一冊の書物を突き付けた。

「なんとこれは!!」
「これは?」
「様々な種類のケーキをいかに安価な材料で美味しく作る事が出来るかが記された奥義書やぁああ!!これを買うただけでケーキ系統の料理の熟練度が一気に☆五つ!!」
「買った!!いくらだその奥義し」
「買うなぁ!!奥義書じゃなくてただのレシピ本だろそれ?」

ジャミルは今にも支払いをしようと財布に手を伸ばすデミテルの腕に鉤爪を突き刺した。大体、お前は6ガルドしか持ってないだろうがと、指摘しようとしたが、

「他に、インコを人の姿に変えられる魔術の奥義書とかあるで?」

という言葉を聞いて、状況は一変した。

「デミテルぅうう!!魔術の奥義書買え!!早く買え!今すぐに買え!!」
「誰が買うかぁ!そんなもん!!百歩譲ってお前に奥義書買うとしたら、こっちの『美味しい焼鳥の焼き方の奥義』を買うわぁ!!」
「だからそれ奥義書じゃなくてレシピ本だろうがぁ!?」
「他にも『人気投票で30位以内に入る奥義』『なりきりダンジョンXに乱入できる気がしてくる奥義』が書かれた書もあるでぇ!!」


――――――。

「……何をしていたんだ私達は…」
「あたしも聞きたいわ……なんか異様にくたびれたわ…………」

デミテル達は、昼間だというのに子供の姿なんて一つも無い、寂れた公園のベンチに腰掛け、肩を落としていた。なんだか死ぬ程時間を無駄に浪費していた気がした。
俯いていたデミテルは顔を上げた。うねるように立ち並ぶ家々の向こうの高地に、雄大にそびえる城が見えた。

「フトソンの奴は、あそこの地下牢にでも閉じ込められて………カツ丼とか食っとるんだろうか。」
「腹立ってくるわねそれ。もうほっとく?」
「ほっといたらアイツは地下牢で永遠にカツ丼を食い続けるだろう。それもそれで腹が立つ。あいつは私の元で食器食ってればいいんだよ。」


フトソンもリミィもリリスも行方が知れない。どいつもこいつも人との約束を守れん奴ばっかりだと、デミテルは苛立った。我々には時間が無いというのに。


おそらくクレス達は既にこの国のどこかにいるだろうと、デミテルは察していた。もっとも強力な精霊、ルナを手篭めにしたのだ。そうなれば、次の目的はダオス様の討伐だろう。

そして、次期に始まると言われる、ミッドガルズとダオス様率いるモンスター達との戦争。普通に考えれば、彼らが目的を達するのにもっとも楽な道筋は一つ。ミッドガルズに協力すること……

安直な考えだ。と、デミテルは腹が立って、歯軋りした。

きっとあいつらは、何の疑問も懸念も無く、ミッドガルズに協力するだろう。何の疑問も、懸念も無く、だ。裏に、どれだけのどす黒いものが渦巻いているかも知らないで。

「フトソンの奴を救出してやらんとな……リミィとリリスの行方がわからない以上、せめて場所がわかるフトソンを取り戻すのが無難だろう。リミィとリリスの探索はハーピィのユーナに任せたし…」
「あんたも意外と仲間意識ってのがあるのね」
「五十万ガルドの穴埋めもせんで、勝手に死なれては困るわ。それに、戦力であることは事実。だがしかし…」

あの城にどう忍び込めたものだろうか。直接引き取りに行ったアルヴァニスタの時とはわけが違う。私の手配書が回ってるかどうかわからん。

「お前、偵察してこい」

デミテルはおもむろにジャミルの足を引っつかんで、宙に投げた。ジャミルは公園の木にぶつかりかけて、急いで空中でブレーキをかけた。

「はぁ!?なんでアタシが!?」
「お前だったらいくら見られようが怪しまれないだろうが。一時間ぐらいで帰ってこい。遅れたら煮込むぞ。行かなかったら今煮込むぞ。ダシを取るぞ。」
「……。」

ジャミルは歯軋りしながらも、翼を広げて、空に上がって羽ばたいていった。デミテルは思い切り背伸びをすると、ベンチに横になった。


案外素直だったな。やっとあのバカ鳥も私の威厳がわかっ「おらー!!」「ギャース!?」

ジャミルは、Uターンしてきた勢いでクチバシをデミテルの脳天に突き刺すと、満足に高笑いしながらまた天高く上がって行った。デミテルは、涙目で額を抑えながら悪態を突いていた。「帰ってきたら手羽先にして食ってやるからなこのクソ女ぁああ!!」

踏ん反り返りながらベンチに座り直す。


フトソンの奴を救出したあとは……どうにかしてクレスどもに近付き、復讐の機会を……待てよ。

戦争が始まる。当然奴らは戦場に立つ。その、敵味方乱れた戦場の最中で……

死んだ筈の私が華麗に再登場!『何故お前がここに!?』みたいな!?何この熱い展開!?素晴らしい!!やはり私は天才だ!!


デミテルはベンチに仁王立ちすると、腰に手を当てて、天を望んだ。

「ふはーはっはっはぁ!!待っているがいいクレスども!!この悪の生きる化身、ダオス様随一の部下、魔術士デミテルが、今度という今度こそ、貴様らを地獄のどん底のどん底のどこどこに叩き落として……」

視線を感じた。にやけ顔のまま視線を落とすと、ベンチの前に一人の少女が立って、デミテルを見上げていた。頭にカンカン帽、片手にくるくるキャンディを持って。

二人はしばらく見つめあっていたが、やがてデミテルはいそいそとベンチから降りて、チョコンと座り直した。座っても、少女の頭はデミテルの頭より下だった。

背はリミィよりも小さかった。麦藁のカンカン帽の下の髪は暗い紫色で、着ているシャツはとても丈が長く、足元まである。
半開きの生気の無い紫色の目が、ジトリとデミテルを観察していた。時折片手のくるくるキャンディを思い出すように舐めている。デミテルはしばらくにらめっこをしていたが、やがてウーンと唸りながら眉間をつねると、苦々しく口を開いた。

「あー……あれだ。あれだぞお前?今のは冗談だ。ダオスさ……ダ、ダオスの部下が、こんなしけた公園のベンチで、仁王立ちしながら高笑いなんぞしとるわけがないだろう?」

少女は何も言わない。ジト目でデミテルをジットリ見つめるばかりだった。デミテルは汗をだくだく垂らしながら、半笑いで話を続けた。

「あー…おま……お嬢さん?お兄さんのお願いなんだが、ここで私と出会った事、聞いた事は、ノウミソから廃棄処分しといて下さい。あれだぞ?お兄さんの事なんて覚えてても、何にもいいことないからな?腐るぞ頭が。私のことなんて覚えてても腐るだけだぞ?なんでかってお前、私が腐ってるからな。うん。はっはっはっ」

どこかで、鐘の音が鳴るのが聞こえた。今何時になったのだろうか?などと考えている余裕も無かった。少女は無言である。ピクリとも動かない。ただ、キャンディを舐めるばかりである。目は半開きモードのままである。デミテルは眉をピクピクとさせた。

「……お嬢さん、名前は。」
「…。」
「……何歳だ。」
「…。」
「……好きな食べ物は。」
「…。」
「……こんにちは。」
「…………。」

「なんか言えぇええっ!?なんだその無愛想なツラはぁ?!生きた屍かぁ!?」

デミテルはベンチから弾けるように立ち上がった。少女に同様する様子は微塵も無い。

「死んだサンマみたいな目をしおって!?なんでもいいから何かしらリアクションをしろ!!屍扱いしてライフボトルを無理矢理一気飲みさせるぞ!?」
「………。」
「ガン無視か……このデミテルをおちょくっているな?どうせ私がいなくなったあとで『公園にキモいのがいたW』とか友達に言い触らすんだろう?そんな陰口、誹謗中傷に私が負けると思っているのか?今この瞬間に世界中の子供達が負けずに頑張ってるんだから私が負けるわけがない!!だから君もつらくとも頑張るんだっ!!」

途中から誰かにエールの言葉を送りながらデミテルは不意に、少女からキャンディは奪い取った。だが少女は目をパチクリもしない。デミテルはニヤリとほくそ笑んだ。

「さぁどうだ!?『返して下さい』と素直に言えば返してやるぞ?あとさっき聞いた、名前と歳と好きな食べ物を言え。言わないならいますぐ私が舐ーめちゃーおーかーなー?ふはーはっはっは…」

デミテルはざまぁ見ろという目で少女を見下ろした。だが少女は、何事も無かったようにカンカン帽に手を突っ込んで、新しいキャンディを取り出した。デミテルは硬直した。

「き……貴様ぁ!?それでいいのか!?いくらスペアがあるからといって、見ず知らずの私に舐めかけの飴舐められて………貴様それでいいのかぁ!?」

デミテルは身構えながら叫んだ。少女は気にもせず新しい飴を舐める。公園の外で「ママー。大人と子供が喧嘩してるよー?」「しっ!見ちゃいけません!」という声がしたが、デミテルは気にも止めない。

「おのれ………………ならばその帽子を奪い取っ!?」

デミテルは不意打ちで少女の帽子を掴み取ろうとしたのだが、帽子は根を生やしたように動かなかった。見れば、少女が両手で帽子のツバを掴み、ガッチリ抑えている。大人のデミテルが体重も使って引っ張っているのに、びくともしない。だが、デミテルは臆さない。むしろ、勝機ありと睨んだ。

「くくく……ようやくリアクションをしたな。だが、この程度で終わると思うなよ?どうやら貴様にとってこの帽子、相当大事なモノと見た。奪い取って泣かしてやる!!そして鳴咽を吐かせながら名前と歳と好きな食べ物を言わせてやる!!ガキはガキらしく名前と歳と好きな食べ物を自己紹介で突拍子も無く言えばいいんだよ!子供はそういうものなんだよ!!」

デミテルは全体重と全精力をかけ帽子を剥ぎ取りに掛かったが、少女は負けじと帽子を抑え続ける。


こんの…全く動かん……ふざけおって……この私がこんなクソガキに嘗められてたまるか……燃えよ私の全テクニカルポイントォオオオ!!数字の色が真っ赤になるまでェエエ!!オーバードライブだぁあ!!


スポンッと軽快な音が鳴った。デミテルが頭上を見上げると、少女のカンカン帽子が己が手に収まっているのが見えた。デミテルは帽子を引っこ抜いた勢いで後ろに転倒しながら、大笑いした。

「ハッハァッ!!どうだクソガキ!?この世紀末の悪の申し子デミテルに掛かれば貴様なんぞ……」

ゴーンッ


後頭部をベンチに盛大に強打したデミテルは、白目を剥いてそのまま息を引き取った。

――――――――。
懐かしい匂いだ。ずいぶん昔に嗅いだことのある匂い。
藁臭い、鈍く鼻をツンとさせる匂い。いつ嗅いだんだったか。

デミテルは瞼をしょばつかせながら、目を開いた。天井の張りが見えた。
ベッドの上に、デミテルは横になっていた。体を起こして、横の開いた窓から外を眺める。藁の匂いは、やはり外からしていた。見るに、ここは二階の部屋らしい。
窓から見える景色に見覚えがあった。部屋にも覚えがあった。そして匂いにも覚えがあった。ベッドから立ち上がると、服のあちこちが白く擦れていることに気付いた。誰かが自分を引きずって運んだのだ。大人を持ち上げる力も無いような奴が、生意気にも。

窓から身を乗り出し、すぐ隣の建物を見た。真っ白、には遠い、だが灰色というわけでもない色をした建物が、自分のいる家の横にあった。下を見ると、家と建物が繋がっていた。デミテルはその教会の入口に目をやった。入口の脇に、小さいカンカン帽が小さく揺れていた。

デミテルはポリポリと顎を掻くと、不意に窓からヒョイと飛び降りた。膝を曲げながら鮮やかに着地。ボキリと鳴り響く、膝。手でさすっている姿はかなり恥ずかしかった。

「わざわざ引きずってきてくれたのか」

デミテルは涙目になりながら足を引きずって、少女の後ろ姿に歩み寄った。少女はしゃがみ込んで何かやっている。痛がっているのを感づかれないように、平静を装いながら、デミテルは少女の後ろから覗き込んだ。小さい鉢植えが、少女の手にあった。
芽は出ていない。フカフカとした土だけがつまっている。しばらく見ていたが、ふと「すまなかったな」と出し抜けに呟いた。少女はデミテルの顔を見上げた。相変わらず石のような顔だった。
デミテルは決まり悪そうに咳ばらいをした。

「さっきはアレだ…なんかよくわからんが興奮していた。子供相手に何をしとったんだ私は……」

少女は何も言わず、鉢植えに顔を戻した。デミテルはふぅと溜め息をついて、宙を仰いだ。いつぞや、誰かが言っていた言葉を思い出す。

『ここの子供は、戦争や内紛の孤児ばっかり。元気に振る舞ってる子供が多いけど、全然喋んない子とかもいるの………』

ここにいるということは…この子供に親は……


突然、右手に小さい力が掛かった。少女が、卵も持てなさそうな小さい手でデミテルの手を握っていた。グイグイと引っ張るわけではなく、ただ握ったまま歩き出した。デミテルはキョトンとしながらついて歩いた。


―――――――。

「ウルトラ!スペシャル!!マグナム!!!ソニック!!デスペラード!!ジャッジメント!!極光……」
「技名長すぎ無いか。メニュー画面からはみ出るぞ」
「パーンチ!!」
「ぶるぁああぁああっお!?」

男の子の小さい拳がデミテルの鳩尾に、思った以上に深く入った。「ま、待てクソガキども…」
「怯んだぞっ!!今のうちに全員で顔面を蹴りまくれ!!」
「うわーっ!!」
「いだだだ!?痛い!!マジで痛っぼふ!!くちびる切れた!!」

少女に連れられて、再び孤児院に入ったデミテルを待っていたのは、数十人の子供達を相手にしたリンチだった。既に小一時間、殴る蹴るの暴行を受け続けていた。
おそらく一番広い場所と思われる居間は、散らかりきって、あちこちにオモチャやら何かの食いさしが散乱していた。壁にはズッポリ穴が開き、落書きが踊り、なんか黄色く黄ばんでいた箇所もあったりした。
デミテルはリーダー格と思われるニット帽を被った少年の両足を引っつかんだ。そのまま怒りのジャイアントスイング。

「いい加減にしろぉ!!貴様ら悪役相手だったら何してもいいと思うなよ!?ライダーに蹴られて瀕死状態のショッカーの怪人に殴る蹴るの暴行して罪に問われないと思っとるのかぁ!?」
「うっははっーい!!」

少年は全く恐がる様子も無くはしゃいだ。それを見て周りの子供達も「次あたしやってー」「次僕ー」と言い出し始めてしまった。「しまったぁ!?余計にHP消費する状況にしてしまったぁ!?」

結局、全員にジャイアントスイングをしてあげる羽目になってしまった。出来れば特技欄に「ジャイアントスイング」というニュー・スペルを追加して欲しいとデミテルは吐きそうになりながら願ったが、全員回し終えても経験値は1EXPも入っていなかった。エンカウント扱いにはしてもらえなかったらしい。


というか、なんでこんなことしてるんだ。私。


ようやく子供達も飽き始め、やっと解放されたデミテルは思った。子供達はまた各々で遊び始めている。くたびれながら、デミテルは部屋の隅の椅子に座って、部屋を眺める。
全員が全員、はしゃいでいるわけではなかった。部屋の隅で、無表情でオモチャを動かす子供も、何もしていない子供もいた。動き回る子供達に紛れて目立たなかったが、決して数が少ないわけじゃない。

「ここの部屋以外にも、ああいう子はいます。共同寝室に一人でいる子や、庭で一人、延々土いじりをしている子……」

初老のシスターが、冷たいお茶の入ったガラスのコップを渡してきた。手に取ると、露結した水滴が指の腹に吸い付いた。

「この物騒なご時世に、見ず知らずの男にお茶なんて出していいのか」
「ここは神の家ですから。何者でも受け入れますよ。まして、頭をぶつけた怪我人なら。しかも」

「以前にも来たことのある者なら、なおさらでしょう。」
「…マリオとルイジとやらは元気か?」
「ミッドガルズ湾に沈みました」
「えぇっ!?」
「嘘です。二人とも独り立ちしました」

何者でも受け入れる。それは、私が指名手配犯だと知っていての言葉だろうか。デミテルは感くぐったが、シスターの穏やかな顔からは何も読み取れなかった。デミテルは麦茶を飲みながら、部屋の隅に目をやった。室内だというのに、その少女はカンカン帽子を被ったままで、窓から外を眺めている。それに気付いたシスターが微笑む。

「あの子が怪我した人を運んでくるなんて…」
「それは、自分の眼前で男が笑いながらベンチに後頭部強打していたら、無視するわけにはいかんだろ…」

と思ったが、本当にそう言い切れるか?あれだけ私のことを道に落ちてる小石同様に見ていたのに。

「それにしても、そうなるとあの子はどこ行ったのかしら…」
「誰のこ……」

デミテルが尋ねかけた時、遠くで爆発音のような音が響いて言葉が遮られた。次に、死に物狂いで廊下を駆ける音と、情けない悲鳴。「しぃすたぁあぁあぁあ………」
部屋の騒がしい子供達が一瞬静かになった。誰かがかわいらしい声で呟く。「姉ちゃん帰って来た」
爆発音と共に、部屋の扉がパーンと開いた。大泣きした若いシスターが、たどたどしい足取りでデミテル達に歩み寄ってきた。

「シスタァアア!!ハナちゃんがァアア!!ハナちゃんが少し目を離した間にいなくなっ……うわぁあああどうしよぉおぉお」
「落ち着きなさいおバカ。シスターって、あなたも最近シスターになったでしょうが。どっちがどっちだかわかんなくなるよ。ちゃんとシスター=レサと呼びなさい」
「どうしようシスター=レッサーパンダァア!?」
「誰がレッサーパンダだっ!?いい加減落ち着かないと八つ裂きにするよ!?」

シスター=レサは、なだめてるのか脅してるのかわからない言葉をかけた。「よく見な。ハナちゃんなら一人で帰ってきたよ。お土産持ってね」

若いシスターは鳴咽を吐きながら、レサが顎をしゃくる方を振り向いた。途端、弾けるように飛び上がり、カンカン帽子の少女の首にしがみついた。相も変わらず、少女の表情に変化は無い。石のようであるのに対して、若いシスターの表情は水っぽい泥を潰したようなグシャグシャだった。

「よがっだぁあああ!生ぎででよがっだよぉおお!生きってるってずばらじぃぃいっ!!」
「おや。どこ行くんですか」

そろりそろりと部屋を出ようとしていたデミテルをシスター=レサが呼び止めた。デミテルは小さく「便所」と適当に答えて出ようとした。
だが逃亡は失敗した。さっきまで遊んでいた子供達が、若いシスターを取り囲んで、口速に言った。

「ねぇね!昔、姉ちゃんが言ってたデミテルっていうカッコイイ人!あのお兄ちゃんそれじゃね!?前髪赤くね!?」
「え?え~。そんなわけな…」

若いシスターの黒々とした瞳が、自分を捉えたのが見えた。刻々、時間が過ぎる。沈黙。溜め。そして容赦無いの襲来。

「うおおおおおおおおおおお!!」
「どんな歓声だぁあ!?ほとんど咆哮だろうが!?」

――――――――。

ミッドガルズ城を囲むくすんだ城壁の上で、兵隊達が目を凝らす。鼠一匹入れるものかという刺々しい空気が出ているのを、ジャミルは空から眺めていた。

ありゃあ、とても侵入なんざできたもんじゃないわ。本気でそう思った。宙をくるりと旋回し、Uターンする。公園に戻ろうと風に乗った。遠くで子供がこっちを指差すのが見えた。

…しかし、なんやかんやでミッドガルズまで来たわけか。もうダオス城は目と鼻の先じゃん。もう帰るか。戦場と化すヴァルハラを眺めながら優雅に。ダオス城に帰りさえすれば、今度こそ完璧に戻る手立てはいくらでもあるわ。戻ったら戦いにアタシも加勢して……
つーか、ピーナッツ以外のもの、食いたい。

道を左に曲がる。


デミテルの奴も、戦争には参加するを得ないでしょう。いかなる理由があろうと……

あいつって…「あの事」は知ってたっけ…いや知らないか

ていうかあいつはおそらくダオス城に戻ったら……


ジャラジャラジャラと。金属が軽く弾き合う音がした。ジャミルは自分の足を見返した。鎖が、自分の両足を巻き取っている。宙から引っこ抜かれるように、体が引っ張りあげられて、そのままどこかの家の庭に持ってかれてしまった。

ジャミルは芝に思い切り頭をぶつけたが、気絶したりすることもなく飛び上がって、鎖の持ち主を睨み付けた。赤黒い布を頭に巻き、背中に刀を携えた、忍んだ姿。

「あんた…」

「デミテルに乳を揉まれてたかわいそうなニンジャ!!」
「嫌な覚え方!!」

ヤな覚え方をされてショックを受けるニンジャに、ジャミルは慰めるように言った。

「嫌な覚え方なもんですか。あたしなんて『非常食』って覚えられ方されてんだから。『非常食』と『乳揉まれニンジャ』なら後者の方がマシだわ」
「同じ天秤にかかるのか?その二つの言葉?」
「少なくとも人として見られてるだけマシだわ」
「ならば『乳揉まれインコ』にすれば若干拙者に近付けるのではないか?」
「インコの乳揉むって物理的に可能なのそれ!?つーか何の話だこれ!?」

ジャミルは鎖を振り払おうとしたが、鎖はジャミルのか細い足に上手い具合に掛かり、取れない。

「んで、これはどういうわけ?」
「ふん。知れたこと…」
「アタシは焼いても美味しくないわよ!!」
「インコなんぞ食べるわけないでしょが!?じゃなかった、無いでござろうが!」

ニンジャは口調が素に戻りかけたのを急いで修正した。ジャミルは改めて言い直すニンジャの姿を憐れに思いながら眺める。

「おぬしが、ただのインコでないことはわかっておる。あの時拙者のデミテル抹殺を邪魔し、かつ、拙者の顔面崩壊を防いでくれた……」

「ありがとう」
「どういたしまして」
「だが!それと拙者の仕事は関係ござらん!!」

ニンジャのクナイが自分の眼前に突き付けられた。

「拙者はアルヴァニスタの某氏より、デミテル抹殺の依頼を受けておるのだ!もちろん名前を言うことは出来ぬが…」
「それってさぁ」

勿体振って語るニンジャに、ジャミルは呆れたように口を挟んだ。「どーせ、ザグラッド卿じゃないのー。王の弟の息子のぉ」

「大正解!よくわかったな!!ってしまったぁ!?何故わかったぁ!?」
「あいついっつも偉そうなくせにビクビクしてんのよねー。つーか王の弟の息子って偉いんだかなんだかよくわからんわ!って思ったことあるでしょぶっちゃけ?」

かつてアルヴァニスタ王国王子の寝室にいた女は、馴れ馴れしく尋ねた。ニンジャはそんなことを言われたら無視すればいいのに、見事に話に話に乗っかってきた。

「そうそう!あいついっつもアレ殺して、そいつ殺してってさぁ。微妙な立ち位置の癖にどんだけビクビクしてんだか。つーかヅラじゃない?アレ?まだ若いのにヅラじゃない?」
「アタシ、あのヅラが外れた瞬間見たことある」

いつの間にか、ニンジャはジャミルと同じ目線で、談笑に興じていた

「レアードが一回さぁ、あいつの頭パーンっ!ってやってぇ!!ヅラがポーンッ!!」
「マジで!?」
「もうさぁ、あいつの慌て方っつったらもう!『あへぁ』とか変な声出してぇ!!」

ニンジャは涙目になりながら大笑いした。ジャミルも光景が頭に蘇ったらしく、声を突っ掛かえながら笑った。

「アタシあん時笑い止まんなくなっちゃってぇ!!おまけにレアードが夜通しその時の物真似するもんだからぁ!!腹筋がぁああ」
「ヤァバァイィィィって何の話じゃああ!?」

腹をよじるだけよじらして笑っている己の姿に気付けたらしかった。

「何で拙者が人質と修学旅行の夜みたいなテンションでこんな話をしておるんだぁ!?」
「あ。人質だったんだ。アタシ」
「貴様を使ってデミテルを誘い出すという拙者の計画が崩壊するところだっ…」
「まぁそんなことより、王の妹の姪のハマッド夫人の秘密知ってる?」
「え?マジで?あのオバサンどうかした?」
「これもさぁ、レアードがさぁ、夜中に『あのババアうぜぇ』とか言い出したのが発端で………」

庭に俯せになり、インコの話に耳を傾ける姿は、なんとも滑稽だった。だが、その姿を微塵も微笑まず眺める影があることに、二人は気付きもしない。黒いフードの下の、赤い肌を垣間見せながら、近づく影に。

つづく


思うがままにあとがき

通りすがりの臆病者さん
>連載(?)が始まった頃からずっと読ませて頂いてます
3年間も読んでくださってありがとうございます。これからも途切れずに頑張りたい!!

いやぁ…人気投票、全然ダメだったね!!デミテルにいったい何票入ったんだか…


ナムコの人「あれ?なんでこんなキャラに票入ってんだ?ってか、誰こいつ?」

とか言ってたらいいなー、みたいなひどい妄想

というか、TOPのキャラがクレスしか入ってないっていうのは、ちょっと悲しいかもしれない…

コメント

おお!またまた早い更新スピード!
無理せずこれからも頑張って下さい!

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