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デミテルは今日もダメだった【67】

第六十七復讐教訓「今同じ星の上で色んな目に遭ってる人がいる」


「なんじゃお前は。わしは今悟りを開いとるんじゃ。邪魔をするな」

川辺で、焼き魚を焼く一人の老人に、仲間達の目を避けて、アーチェ=クラインは話しかけた。

「なんじゃ。もしかしてこの奥義書が欲しいのか?」
「んー。違う違う。奥義書じゃなくてぇ…」

アーチェは物欲しげに、ウマそうな油をしたらせる川魚を見た。老人は欝陶しそうに睨みつける。

「貴様にやる魚は無い」
「え~。ケチ~。そう言わずにさ…」
「と、言いたいところじゃが、一本やってもいいぞ」
「え!ホントに?」

アーチェは歓喜の声を上げた。それを聞きながら老人は、川魚に

練乳をドボドボぶっかけた。アーチェの顔がピシリと硬直した。老人は先程までの、世界全てを敵に回しているかのようなしかめっつらを、少しばかり緩めた。

「最近知った食い方でな。この前立ち寄っていった若造がやっとった。食えるわけがないと思っとったが、試しに食ってみると案外旨いんじゃこれが。さあ………ん?おーいどこ行くんじゃー?」

老人は、ピューと去っていく少女に向かって叫んだが、無視された。

「あーびっくりしたぁ。ねぇみんなぁ。魚に練乳っておいし…」
「どこ行っていたんだアーチェ!早く逃げるぞ!!」

後ろから追い付いて来たアーチェに、クラースは身構えながら叫んだ。

「ふぇ?なんで?なにから?」
「コヨーテだ!!」
「コヨーテ?そんなザコ、あたしがチョチョーンと……」

余裕しゃくしゃくで向こうを見る。サンダーブレードでまとめて消し飛ばしてやろう。

平野の向こうから、クレスとミントが死に物狂いでこちらに逃げてくるのが見えた。
三十匹程のコヨーテに追われて。アーチェはびっくりしてひっくり返りかけた。

「うえええっ!?なんであんなにいんの!?いすぎでしょ!?戦闘画面入りきらないよ!?ぎゅうぎゅう詰めなっちゃうよ!?」
「以前、十二星座の塔に行く途中で出くわした群れだ!!見ろ!!群れの先頭を!見覚えがある!」

クラースの指差す先を見る。頭にタンコブを作った、白目のコヨーテが、牙を剥き、ヨダレだらだらでクレス達を追っている。

「ウゴギャアア!!」


コヨーテってあんなおっかない鳴き方だったっけ………

「クラースさんっ!こいつら強いです!強いっていうか、恐い!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいホントにごめんなさい」
「ミントォ!?謝りながら逃げても許してくれないよ!!」

涙目で、無我夢中で謝りながら走るミントに、クレスは叫んだ。どうやらアーチェが知らないうちに、相当恐い目に遭ったらしい。

「こいつら、完全に人間に何か憎しみ抱いてますよ!?でなきゃこんなに執拗に追ってきませんて!!」
「憎しみだと!?一体どんな恨みだ!?」
「頭に石ぶつけられたとかじゃないの?タンコブあるし」

アーチェが意見を述べた。言ってる間に、クレス達はクラース達の元に滑り込んで来た。

「アーチェ!ふざけてる場合か!?」
「じゃあ、気が狂う毒が入った肉を食べさせられたとか。白目剥いてるし」
「いい加減にしろ!それよりどう逃げるか……」
「クラースさん!!戦いましょう!!」

なんだか色々酷いことになっているミントを抱えながら、クレスが叫んだ。ミントは依然「ごめんなさい」を連呼しながら泣いていた。どんだけの恐怖をあのコヨーテ達に植え付けられたのであろう。

「クラースさん!ルナです!最強の精霊にやっつけてもらいましょう!!それがダメならイフリートを呼んで、この前僕とイフリートがひそかに開発した最強奥義、『ダブル・ダジャレ・ジャッジメント』で奴らを爆笑の渦に」
「いでよー。ルナー」

後半を完全に聞き流して、クラースはルナは召喚した。ルナは、黒く美しい髪を輝かせて、三日月に腰掛け、その姿を現した。

「ルナ!奴らを打ち払ってくれ!!」

迫りくるコヨーテを指差しクラースは叫んだ。ルナはそれを聞いて、こう答えた。

『あの。今日は足が痛むので、休ませてくださいませんか?』
「………。」

予想外にも程がある。最強の月の精霊が、学校を休みたい小学生的ノリで仕事を拒否してきた。ルナは足首を撫でながら、困った顔で言った。

『実は待機している間、この三日月に頼らずに、一人で歩く練習をしていたものでして。きょ、今日は三百歩も歩いたんですよ!一度も休まずに!凄いと思いませんか!?もうクララの馬鹿なんて言わせません!!』
「一体誰がお前のことをクララなんて呼んだんだ?」
「クラースさんっ!!コヨーテ来てます!!迫ってます!!僕はいいけどミントがぁ?!」

いよいよ軽く泡を噴き始めたミントを抱え、クレスは懇願した。

だが、時既に遅し。群れはクレス達を取り囲んだ。

「フギオエオアア!?」
「ムゴロロロロッ」
「ブルアアアア」
「どんだけおっかない鳴き方!?」
「クソッ!ルナがダメなら…」
『待ってください』

別の精霊を呼び出そうとするクラースを、ルナが制止した。三日月からスルリと降りて、前に出る。

『私が………説得してみます。彼らを』
「説得だと?こいつらはモンスターだぞ!!」
『精霊に言葉の壁はありません。大丈夫です』

ルナは両腕を広げた。コヨーテ達はザッと身構える。そしてルナは大きく息を吸って

『ブゴギャアア!!』

鳴いた。クレス達は呆気にとられながら、血管が切れそうな形相で鳴くルナとコヨーテ達のコミュニケーションを見ていた。

『フゴァ!?』
「フギァ!?」
『フギャフゥッ!?』
「フゲフギャアアア!?」
『フギュウンッ!?』
「ヒギョアアア!?」

「す………」

「素晴らしい。精霊はこのようにして他の生物とコミュニケーションをはかるのか。論文のテーマの一つにしよう…」

この異様な光景を感嘆と驚嘆の眼差しで眺めるクラースから、仲間達は一歩分距離を引いた。

やがて、対話が終わった。ルナはコヨーテ達に頭を下げ、クラース達の方を振り向いた。クラースは恐る恐る尋ねた。「どうだった?」

『彼等の言葉を人間の言葉に訳しますと』

『「なりきりダンジョンX、俺ら出番あるかな?」だそうです。』
「あの絶叫の中なんの話をしてるんだ!?」
『あと「俺様の頭に石をぶつけ、なおかつ、気を狂う肉を食わせた人間ども。必ずや地獄のどん底に叩き落とし皮を剥いでくれる」と言ってましたね』
「あ!あたし大正解じゃん!!どうよ!?」
「いや言ってる場合かぁ!!どちらの件も我々は関係な………」

理屈をこねても無駄な話だった。コヨーテ達は咆哮を上げて飛び掛かってきた。ミントは死んだ。「ミントぉおおっ!!」

『ちなみに今のは『やっちまいなァ!!』と言ってました』

―――――――。

「酷い…」

一体何度、その若いシスターは同じ事を呟いたであろうか。ベッドの上で、息を荒くして眠る、見知らぬ暗殺者は、確かに酷い姿だった。時折、何か呻いている。

そのうなされ声を、デミテルとジャミルは部屋の外で聞いていた。

「まったく。我が上司はたいした奴だな。月の精霊を仕留めようとするような肝の奴を、無傷であんな姿に出来るとは。我がダオス軍は安泰だ」
「素っ気ない奴ね」
「素っ気ない?」

デミテルはフンと鼻を鳴らした。

「それはいつものお前だろう。なのに今回はえらく素っ気があるようだ。何故あのニンジャが殺されるのを止めた?私みたいに顔を集中して攻撃していたわけじゃないだろう、ジェストーナ様は?」
「目の前で若い女の子が骨へし折られて、断末魔上げてたら、制止するでしょうよ…そんなに酷い女だと思ってたアタシのこと?」
「ああ。昔のジャミンコならな。お前も丸くなったものだな」
「お互い様な気がするけど」
「何を言うか。昔も今も私は常に尖ってるぞ。超刺さるぞ。取り扱い注意だぞ」

目線を横に流すジャミルに、デミテルは言った。
廊下を歩き、居間へと続く階段を降りる。

「しかし尋問しようにも、あの様子じゃどうしようもない」
「ちょっとアンタ、ホントに尋問する気?」
「何もしなかったらしなかったで、我々が殺されるだろうが。ジェストーナ様に」

デミテルは手の平で首を切られる仕種をした。ジャミルは顔をしかめる。

「なんかさ、アンタがダオス様以外を様付けしてるのって…」
「自分でもわかる。気分が悪いったらないわ。だが…」

力無く、デミテルは笑った。

「殺されるよりは、マシだろう?」

奴に頭を握り潰されるのはご遠慮願いたい。そうデミテルは思った。

「……正直、怖くてたまらんのだ私は。ここまで誰かにビビるのは初めてだよ、まったく」

一階に着いて、居間に来た。だが昨日と比べると、空気が大人しい。静かだ。騒音の元である子供の姿が無い

「なんだ?ガキどもはどこに行った」
「知らないけど、どうでもいいじゃない。もう昨晩みたいに子供のオモチャにされてブンブン振り回されるの嫌よアタシは。大体なんでアンタは孤児院なんかと縁があるのよ」
「ピーナッツ以外の食事貰えたり、ちゃんとしたとこで寝させて貰ったりしとるんだから文句を言うな」
「ちゃんとしたとこって、鳥籠なんだけど。ピーナッツじゃないつったって、市販の鳥の餌なんだけど」

ブツブツ言い続けるジャミルを無視して、デミテルは居間の奥で腹筋をしていたシスター・レサに歩み寄った。

「…というかなんで筋トレしとるんだ。いや別にいいが」

デミテルは若干丸みを帯びたシスターのお腹を見下ろした。それに気付いたシスターは、腹筋をやめて立ち上がった

「ふふ…そんな目で見てはダメよ…」
「いやどんな目で見たと思ったんだ?ゴミを見る目で見てたつもりだったんですが」
「無駄よオバサン。こいつロリコン」
「誰がロリータコンプレックスだ誰が。静かにしていろ」

ロリコンは不機嫌な肩のインコのくちばしを指でピンと弾いた。あまり流暢に話されては怪しまれるとロリコンは思ったからだ

「子供達はどこ行った」
「ロリコンが子供の居場所を捜してるー。早く子供達を逃がしてシスター」
「オイいい加減にせんとそのくちばし引き抜いて、なんかよくわからん生き物に
するぞ。モンスター図鑑に載れる姿にするぞ」
「子供達は公園に行きましたよ」

「またか?何しに?」
「なんだかみんなものすごくサッカーにはまったみたいで、みんなで南アフリカ行くんだって……」
「…。」

え?本気で?

「あの子達があんなに顔を輝かせているのは久しぶり。男の子だけじゃなくて、女の子もよ。観戦するのが好きって子もいて、普段家から出ない子まで一緒に行きました」

シスターはふくよかな顔を、たいそう嬉しそうな顔にした。デミテルはどうリアクションすればよいのかよくわからなかった。

なんだか照れ臭い。


「ふ、ふんっ。まあ私があれだけ汗みず流して熱心に指導してやったんだ。はまらない方がおかしい。まさに私の悪のカリスマがなせる洗脳だな。うん」
「汗みず流して熱心にやる洗脳ってどんな洗脳?」

デミテル達は孤児院から外に出て、孤児院の前の道に立った。

「なんでもいいが、ガキどもがいないのは好都合だ。今の内にフトソンを助けてくれてやる策を…」
「アタシら下々の者がどんな作戦考えたって、ジェストーナ様が聞くわけないでしょう。アタシらは時が来たらあの人の言う通り動けばいいのよ」
「ジェストーナ様だって一人のモンスターだろうが。突然便秘におなりになって作戦が中断になってしまわれるとか、なんかそんなん起きるかもしれないだろうが」
「今の聞かれてたらアンタ殺されるわよ」

「あと、ジェストーナ様をモンスターと呼ばない事。魔族と呼ばないと切れるわよ」
「マゾ?」
「アンタ前もおんなじような事言ってなかった?魔族。モンスターの中でランクの高い種族をそう呼ぶのよ」

もしもまたジェストーナとデミテルが顔を合わせる時が来たら、今度こそコイツは殺されるかもしれないとジャミルは思った。コイツが終始、真面目に人にへつらう姿が想像できない。

「モンスターの中でも、知能がずいぶん高く、また特殊な能力を持った奴は魔族っつーのよ。アタシみたいに変身する能力があったりとか…」
「じゃあバンシーも魔族なのか?泣くだけで人を眠らすが」
「アレはモンスター。線引き難しいけど。基本的に知能や能力あってもただ飯食って平和に生きてる種族は魔族とは呼ばない。ぶっちゃけて言うと」

「性根の悪くて意味無く他人に迷惑かけんのが大好きな奴は魔族だわ」
「…ならバンシーは入らんな」

なるほど、そういう奴らのせいで『モンスター=全て悪』という思想が人間の頭に刷り込まれたわけだと、デミテルは思った。

「で、性根が悪くて意味無く他人に迷惑かけんのが大好きなジェストーナ様は、どんな作戦で城に忍び込むんだろうな」
「性根が悪くて意味無く他人に迷惑かけんのが大好きなジェストーナ様のことだから、ただ『戦争しましょう』の返事だけ聞いて帰るとは思えないけど」
「つーか、性根が悪くて意味無く他人に迷惑かけんのが大好きなジェストーナのハゲは今何しとるんだ。プライベートが想像できんぞ」
「どーせ性根が悪くて意味無く他人に迷惑かけんのが大好きなジェストーナのセクハラスケベ野郎ならきっと…」

サッとジャミルの顔が青ざめた。どうして、こんなことを今の今まで予期できなかったのであろうかアタシは。あのハゲを何年見てきたんだアタシは。

「性根が悪くて意味無く他人に迷惑かけんのが大好きなジェストーナの〇〇〇野郎が…」
「いや。さすがにそれは引くぞ」
「あの野郎がこんなとこ来て、大人しく何もしないで潜伏なんてしてるわけないじゃない!」
「いや、無いじゃないとか言われても…」

一体どれだけ周りに信用されとらんのだあのハゲは。どれだけあくどいんだ。いや、私も悪人だからそういう風に思われる人間にならんといかんか。

「いくらなんでも、ダオス様の命令でここに来てる以上は馬鹿な真似は…」

デミテルの考えは、突然の地響き、次に耳をつんざく悲鳴の渦に巻き込まれ、崩れさった。並木から鳥が慌ただしく飛び散り、犬がけたたましく喚いた。声がしたのは、孤児院から出て右方向。その甲高い声は子供の声だ。

――――――

「まったく。酷い目に遭ったぜ………」

ジリジリと暑い砂漠を、三人の色黒の男達が列をなして、柔らかい砂に足を取られつつも歩いていた。体中ボロボロで、中には服が黒く焦げている者もいる。

「あの野郎、人の事散々鞭でひっぱたきやがって……俺達を誰だと思っていやがる!天下のイーブルロードだぞ!ダオスガードだぞ!」
「天下のイーブルロードがあんな序盤ですぐやられそうなボスみたいな奴に負けるなんてな。ヤンボウ」
「黙れェマンボウ!!」

イーブルロードのマンボウはヤンボウの頬を叩いた。弱々しかった。

「ぜってぇ許さねぇぞ!デミテルの奴!チクってやる!ダオス様にチクって、目にもの見せてやる!」
「チクんのか?直接復讐すんじゃ…」
「うっせえぞテンキヨホウ!ダオス様に直接しばいてもらった方がいいだろが!言っとくが断じてアイツとまたやり合うのがおっかないなんてそんな理由じゃな…ごほごほっ!」

マンボウは力無く咳き込んだ。傷とこの猛暑で、体力は少なく、あまり景気良く体を動かす事は出来なかった。今何かに襲われれば、どんなザコが相手でも、命が危ない。

「だから、今はあんまり騒ぐなよマンボウ。今何かに来られたら、いくら俺達でも…」
「俺達でも!?だと!?」

忠告も聞かず、マンボウは大声で喚き散らした。彼にとってもっとも傷を受けたのは、体のどこでもない。その高いプライドなのだ。

「俺達ダオスガードが一体何におびえるというんだコンニャロウ!上等だよ!何か来たら、腹いせに叩き伏せて…」
「おい。何か来たぞ」
「なに!?何かって何が!?」

いきり立ちながら、テンキヨホウが指差す背後をマンボウは振り向き、顔を少しばかり見上げた。

クレス=アルベインが『襲爪雷斬』の構えで飛来してきていた。三人の痛快な悲鳴が、雷鳴と共に砂漠に響き渡った。


―――――――


デミテルが公園に到着した時、公園は土煙が立ち込めていた。子供達の声はしない。不気味に静かだ。煙の中に入ろうとすると、何かが飛び出してきてデミテルに衝突した。子供だった。

「………。」
「いや、あのさぁ。確かに飛び出してきた子供の頭が股間に直撃したらそら痛いだろうけど、そんな無言でうずくまる程痛いの?」
「………。」
「あ。ガチで痛いんだ」

顔を上げることもなく道にうずくまるデミテルを見下ろしながら、ジャミルは他人事のように言った。子供は息を切らして、デミテルの後ろに座り込んでいる。次にワッと泣き出した。

「ほらほら。泣いてたらわかんねーでしょうが。何があったの。ほら。お姉さんに言ってみなさい」
「う……お姉さん?お姉さんってどこ?」
「アタシに決まってんでしょ」
「うえええんっ!」
「なんでそこで泣くんだよ!?そんなに嫌だったか!!」

少年の頭をつつこうとした時、土煙の中から何かがぬっと出て来たのを、ジャミルは見た。しかもとても高い視点で。

インコの甲高い悲鳴がして、デミテルは死人のような顔を上げた。

巨大な銀色の鱗をしたドラゴンが、こちらを見下ろしている。琥珀色の小さい瞳が睨む。大きさは六メートルはあろうか。恐ろしく大きい口からボタボタと唾液が垂れて、デミテルの眼前に落ちた。
シルバードラゴンの地を轟かす咆哮が、デミテル達を吹き飛ばした。頭を擦りつけながら、デミテルは街路樹に背中をぶつけた。クラクラしながら顔を上げる。

「またお前か……何故こんな街中にあんなモノが……」
「退屈だったんだよ」

ドラゴンが太い尾っぽで公園の柵を引き抜いてぶん投げているのを見ていると(市長の家の窓がパーンと割れた)、不快な声の主が足の無い体をズルズルと引きずって現れた。ニヤニヤと笑いながら。

「待ってんの退屈でよぉ。一応俺も人間に変身とかできるから、隠れて窮屈にしてる、ってわけでもないんだがよ」

「あれ、俺が乗ってきたドラゴン。森ん中隠してたんだが、暇だから呼んで暴れさせてんの」
「何故…!」
「暇だからっつてんだろ」

ケラケラ笑いながら、ジェストーナは答えた。デミテルは目を見開いた。手がワナワナと震える。

「どーしたぁ。お前は楽しくねーのか?え?」
「…お言葉ですがジェストーナ様」

言葉を慎重に選びつつ、デミテルは言う。何かが砕ける音、そして悲鳴が聞こえた。

「戦争が正式に始まる前にこのような行為は…」
「知るかよ」

「俺が見てて楽しいんだ。お前は楽しく無いのかよ?俺はさっき楽しかったぜぇ?」

ニンマリとジェストーナは笑って見せて、満足気にこう続けた。

「公園でボール遊びしてるガキどもが、代わる代わるドラゴンに蹴り飛ばされていくさまっ。腹がよじれたぜっ!」

「デミテル!!ダメッ!!」


ジャミルの喚く声がデミテルの耳に入るわけもなかった。次にジャミルの目に写ったのは、全身振りかぶり、渾身の力でジェストーナの顔面を殴り飛ばすハーフエルフの姿だった。
そのあとジェストーナがどうなったか、デミテルは見なかった。殴ったのち、反対方向を向いたからだ。後方で何かが砕けたり割れたり爆発したりしたような騒音が色々した気がしたが、聞かなかったことにした。
というか聞く余裕などなかった。少なくともジャミルにはそう見える。何故かと言えば、こちらを振り向いたデミテルの表情は、先程の股間直撃をした時と全く同じ顔だったからである。

「……やっちゃった」
「……アンタさ。もうちょい我慢できない?せめてもうちょ~っと我慢してからやりなさいよ?」
「だって」
「だって?」

「腹立ったんだもん」
「その言い方キモいやめろ」

今にも「てへっ」とか言いそうなデミテルの仕種に苛立ちを包み隠さず示したあとに、ジャミルは言った。「ま、スカッとしたけど」


あとで殺されるだろけど。


先程のドラゴンの咆哮でひっくり返っていた少年を背中にしょい込んで、デミテルは土煙のほとんど引いた公園に入った。また少し離れたところで咆哮、何か硬いモノが砕けて崩れていく音が聞こえた。

十五人程の小さい子供がバラバラと不規則な距離間で倒れていた。泣いている子供など、一人もいない。されど、生気を感じる子供もまた一人もいない。デミテルは腹の底から湧き立つ怒りを感じ、それを自分の中で否定もしなかった。自分が悪人だとかどうとか自問自答している余裕が無い。

「大丈夫かっ!?おい!」

一人一人の体を起こし呼び掛けた。奇跡的なことに、誰も死んではいない。ただ、しばらくはサッカーなどとても出来ないようなレベルの怪我をしている子ばかりだった。

「ジャミル。お前は孤児院行って人を呼んでこい」
「アンタは?」
「知れたことだ」

足首が悲惨なことになっている男の子をそっと寝かせて、デミテルは呟いた

「あのドラゴンを止めてくる。奴はジェストーナの指示が無いとおそらく止まらん。そうなると倒すしかあるまい。あのハゲタレが止めてくれるわけないからな」

「ふざけおって……何が退屈だっただ……」

退屈だった。それだけで人を殺す。そんなものは私の信ずる悪では無い。ただの馬鹿だ。
ダオス様の悪には理由があり筋がある。だからこそ私はあの方につき、悪人でありたいと思うのだ。あの赤い彗星のハゲは……ただの腐れハゲだ。ああはなりたくない。禿げたくない。頭皮を洗って出直して来い。

公園入口前の柵の残骸を蹴り飛ばして飛び出すと、道を右に曲がって走り出した。どっちに行ったかを判断するのは簡単だ。めちゃくちゃになっている道を曲がればよい。

尋ね竜はすぐに見つかった。ドラゴンは牛小屋に頭を突っ込んでいた。中から牛の断末魔が聞こえてくる。同時に人間の悲鳴も。
デミテルは走り寄ろうとしたが、太い尾が危なっかしく振り回されてきて、近寄れなかった。考えを巡らしている間に悲鳴がさらに上がる。

「ええい!これでどうだ!!」

ドラゴンの尻にライトニングを連続で叩き付けた。初め無反応だったが、やがて

「あふぅん」
「なんか気持ち良さげな鳴き声出した!?中に人入ってる!?」

しめた。このままやり続けて快楽に溺れさせ、快感地獄に気を狂わし、私専用の奴隷としてって何の話だァアっ!?

一人漫才している間に、シルバードラゴンが頭を小屋から出して、こちらを見つめていた。仲間になりたそうにこちらを見ている。「え?マジで?」

シルバードラゴンの はかいこうせん!!「いやゲームが違っぶはあああ!?」

大きな口から放たれた野太い光線が、デミテルの手前の地面をぶっ飛ばした。デミテルは大きく宙を舞い、頭から地面へ落下した。

誰かが、ガッチリとデミテルの体をキャッチした。キャッチした男はドッカリと尻餅をついた。

「こいつは驚いたな。まさかアレに一人で立ち向かうとは。どうも君は怪物に相当縁があるようだ……砂漠でもここでも」

エドワード=D=モリスンが親しげに語りかけた。


つづく

おもいのままにあとがき
三ヶ月は空きすぎです。ホントごめんなさい。じゃあ書かずに何してたかって……知ってる方は知ってるよねorz
自分は創作活動を小説と絵両方やってます(小説始めた方が先)。なるべく両立したいけれど……自分のレベルでは難しいです。どっちも両立したいです。いつかデミテルの漫画を…(誰が読むんだ)
次はもっと早く書こうと思います。それでは!

コメント

待ってました!
あちらもこちらも、いつも楽しみにしてます~。
どちらも書けて、どちらも持続性があって、しかもどちらもハラハラする展開で、毎回憧れます。

デミダメ漫画…是非読みたいですね。
量があるので、読み応えありそうですね!
もし描かれるのでしたら、可能ならお手伝いしたいです(^^*

コメント欄ストーカーですみません(要自重)
それでは、次回もお待ちしておりますっ

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