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それはある夜のこと


それはある夜のこと   
             作:悠風ゆう

それは、ある夜のこと。

「あ~あ、なんで野宿なんかしなきゃなんないんだよ」
 カイルが露骨に不満げな顔で呟いた。
「誰かさんが後先考えずに使い込んだのが原因だろうが。まーったく、いくら珍し
いものが置いてあったからって、宿代まで無くすこたぁないだろうよ」
「いや、まあ・・・それは、悪かったけど」
間髪入れず原因を的確に指摘してきたロニに、とりあえず謝るカイル。誤魔化しの作
り笑いが月明かりに照らされてやけにブキミに見える。
 と、その時。横手から声が響いてきた。
「はいはい二人とも。もうすぐ晩ご飯だから、ケンカしないで大人しく待っときな」

 カイルが振り向いた先には、食器を用意しているナナリーと大きな鍋をかき混ぜて
いるリアラの姿があった。クリームシチューのいい匂いが漂ってくる。
 ちなみに声の主はナナリーだ。
「は~い」
「へいへい」
 やる気の無い返事をする二人。
「でも、そうは言っても何かヒマなんだよなあ」
 カイルはばさっ、とその場で背中を後ろに倒す。草の香りが気持ちいい。
「・・・そんなに暇か?」
 ぽつり、と。
 それまでのやり取りを黙って見ていたジューダスが、突如として口を開いた。
「それなら、僕が一つ話をしてやろう」
「ジューダスの、話?」
「めずらしいじゃねえか。お前が何か話してくれるなんてよ」
 カイルはすぐさま身を起こし、興味津々と言った顔でジューダスのほうを見つめ
た。ロニも興味と驚きの入り混じった表情で振り向く。
「ふーむ・・・面白そうなデータが採取できそうね♪」
 それまで虫探しに没頭していたハロルドまで乗ってきた。
「僕にだって話したいときが無い訳じゃない。まあ、大したものではないがな」
「それでもいいよ!ジューダスの話しかぁ、俺、すごく興味あるな!」
 カイルは期待に目を輝かせる。
「そうか・・・。ならよく聞け」

―――ジューダスの話―――

 そう・・・それはある村、ある家の、ある武器の話だ。その武器は――――

「ちょっと待て。ある村ある家ある武器、って、せめて武器の種類くらい教えてくれ
よ」
 話の途中、いきなりロニが口を挟んだ。
「黙って聞いてろ。それにそれは重要なポイントだ。後でちゃんと教えてやる」
 言って、ジューダスは話を続けた。

――――その武器は、その家にとって・・・いや、その村にとって少しだけ特別なも
のだった。
 特別な、といっても、普通のものより少し高級な材質で、見た目に少し高級そうな
装飾が施されてある程度のものだがな。
 だがそれでも特別なものに変わりはない。紛失や損傷を避けるため、その武器を使
うのは室内だけに限定され、使わない時はきちんとしまっておく様にしていた。
 ところが、だ。
 その家には、いつか世界へ飛び出すことを夢見てやまない少女がいた。
 まあ、英雄を目指して家を出たお前と似たようなものか。
 ともあれその少女は、とにかく村を出たいと考えていた。そして、あるとき本当に
村を飛び出してしまったんだ。
 あろうことか、その『特別なもの』を持ち出してな。
 その村は平和で、武器と呼べるようなものも無かった。加えて、少女はその武器を
よく握っていて、手に馴染んでいたというのもあったんだろう。一番身近なそれを選
んだんだ。
 村の外は未知の世界。少女にとっては全てが新鮮なものだった。――――魔物との
戦闘もな。
 少女は武術の心得が全く無いわけではなかったが、それでも実戦は初めてだ。とに
かく気後れだけはしないよう立ち向かった。
 するとどうだろう。群がる魔物どもを、あっさりと倒してしまったではないか。
 少女はその武器の使いやすさに驚愕した。
 いつもの使い方では気付かなかったが、これほどまでに私の手に馴染む武器は他に
は無いのではないか、とな。
 襲い来る魔物を薙ぎ倒しては進み薙ぎ倒しては進みするうち、少女が抱いていた不
安は影を潜め、自信に満ち溢れた顔になっていた。闘技場の凶暴な魔物さえ敵ではな
かった。
 そしてある時、少女がいつものように魔物を蹴散らしていたときだ。
 ふと、いつもは無い感覚がするのに気がついた。心なしか調子が上がってきている
ように思えたのだ。雑魚どもが相手とはいえ、数を相手にしているその内に必ず疲れ
が溜まってくる。だが、何故かその日はそう疲れた気がしない。
 一通り敵を片付けた後、少女は心を落ち着け、冷静になってその場で集中を始め
た。
 すると、どこからか力が自分の体に流れ込んでくるのがはっきりと感じられた。
――――そうだ。その武器が、使い手である少女に活力を与えていたんだ。
 だがわからない。一体何故突然こんなことになったのか?
 少女は自分の右手が握り締めているそれを見つめ、考えていた。と、そのうち、あ
ることに気付いた。
 血の跡が無い。
 おかしな話だ。その日は調子が良かった事もあり、前の日より多くの魔物を倒して
いるはずなのに。
 拭き取った覚えも勿論無い。
 このことから、少女はある結論を導き出した。
 この武器が、魔物の血を吸って私の力に換えているのだ!
 その武器は、何度も何度も戦いを繰り返し数多くの魔物の血を浴びている内に、い
つしか相手の血を吸う魔性のものへと変貌を遂げていたのだ。
 血吸いの武器、というと、もしや呪われているのではないかと疑ったりもしたが、
それ以外に妙なところは特に無く、寧ろ常に万全に近い状態を維持できるという事
で、少女は気にしないことにした。
 だが、少女は村に帰った後、そのことは誰にも話さなかった。
 それはそうだろう。自分の家にそんなものがあると知れたら不気味がられるに決
まっているからな。
 ということで、そのことは少女の中だけの秘密として、武器は元の場所に還り、そ
れまでと同じ時を過ごしてた・・・。

 ジューダスが沈黙する。ひととおり話し終えたのだろう。
 と、思いきや。
「はず、だったのだがな・・・。」
 少し間を置き、気になる一言を呟いた。
「お・・・おい、『はずだった』ってのはどういう事だよジューダス」
 ロニが真剣な表情で訊ねる。
「持ち主によると・・・何者かに持ち出され、現在行方不明だそうだ」
 事も無げに答えるジューダス。仮面と夜の闇の所為で表情の変化まではわからな
い。
「じゃあさ、ひょっとしたらその武器、俺たちが拾えるかもしれないね!」
「馬ッ・・・馬鹿言うなカイル!そんな気持ちの悪いモン、持って歩けるか!!」
 嬉々とした口調のカイル。ロニはそれとは対照的に、心底そんなことにならないで
ほしいと願っているように見える。
「・・・。甘いな、ロニ」
 再び、ジューダスが気になる一言を呟く。
「僕たちは既にそれを手に入れ、使ってもいる」
 ジューダスはロニの方に向き直り、更にそう続けた。やはり、事も無げに。
「何だと・・・!?まさか、お前のレーヴァンテインがそうだ、なんて言うんじゃない
だろうな」
「違うさ」
 ジューダスはロニの言葉をあっさり否定し、今度は夕食の支度をしている二人の方
に首を向ける。
 丁度料理が出来上がったようで、リアラとナナリーが配膳している様子が見て取れ
た。
「何だよ・・・?あの二人に何かあるのか?」
 ロニが訝しげに問う。
「ロニ。今リアラが持っているものは何だと思う」
 ジューダスはロニの問いをひとまず無視し、逆に自分が問いかけた。
「何、って、シチューを注ぐ為の皿に、銀のお玉・・・」
「そう。さっきの話の武器、あれは――――」
 ジューダスは再びロニの方へ向く。そして。
「銀のお玉、だ」

 ぴしっ。

 そう言った瞬間、ロニとカイルが凍りついた。
 

「・・・ちょっと待て!!ありゃ武器じゃなくて料理道具だろうが!!!」
 暫くの間をおき、硬直から抜け出したロニがジューダスに食って掛かる。
「何を言う。ちゃんとリアラ専用武器として使えるぞ」
「そ、そりゃそうだが・・・じゃあ血を吸うってのは何なんだよ!!」
「銀のお玉には『ブラッディ3:攻撃時にHP吸収』のスロットがついている」
「じゃあ、ある村の、ある家の、ある武器っていうのは・・・!」
「無論、リーネの村の、リリスの家の、銀のお玉の話だ」
「でもさっきお前、村にとっても特別なものだったって言ってなかったか!?」
「『死者の目覚め』は村全体の目覚ましのようなものだったらしいからな。あるのと
無いのとでは一日の始まり方も違うだろう」
「なら・・・行方不明、なんていつ聞いたんだよ」
「このあいだ種の様子を見に行った時に知らないかと聞かれた」
「く・・・」
 全ての問いに即答され、ロニは言葉を失う。
「みんな~、ごはん出来たわよ~!」
 そこにリアラの声が響いた。
 見ると、ハロルドは既に席についている。
「さて・・・僕らも行くか。カイル、いつまでも固まるな」
「・・・・・・・・・はい・・・・・・・・・」
ジューダスはカイルを引っ張り起こすと、皆の方へ向かった。

 その日の夕食は、心なしかいつもより静かだった。

 オワリ。

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