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キール・リターン



 今日は満月だ。
 以前は空を見上げると、セレスティアと呼ばれる土地が有った。
 二つの惑星が互いの重力場を影響しあって互いに一定の距離を保ちながら回転していた。
 球体であるこの星のどこに立っても見上げればセレスティアという、何とも不思議なこの世界の構造に、一体どれだけの天文学者達が挑み、その強大な謎に平伏してきたのだろうか。
 そこまで考えて、やめた。
 どうも一人になると不毛な思考に陥ってしまう。
 結局謎の終点にはオルバース界面に突き当たる。もうオルバース界面は存在しないのだ。過去の文献のみで謎を解明するには少々、謎が大きすぎた。

 今、セレスティアとこのインフェリアを結ぶのは、かつて共に旅をしたチャットの駆るバンエルティア号のみだ。
 宇宙空間でさえ自在に飛び回るチャットの操縦の腕もさることながら、過去の文明が残したという巨大な船艦の、創造を絶するスペックにも驚かされた。

 いけない、思考が暗くなってきている。
 以前はリッドが居て、ファラが居て、メルディが居て、フォッグが居てチャットが居た。
 随分大勢で世界中を駆け回ったモノだ。

 今でも、あれは夢で、朝起きてミンツ大学へ行って、講義を聴いて・・・と考えてしまう事がある。
 決して今までの出来事が嫌だったワケでは無いが、そこそこ発展した学問の町ミンツに来る前、インフェリアの中でも指折りの田舎に住んでいた頃を思うと、今まで経験してきた事はスケールが大きすた。
 まだ非現実感がする。

 ふと、自分の服に目を落としてため息を付いた。
 本来純白である筈のミンツ大学の制服。それが今では薄汚れてしまっている。
 胸を張って、「ここまで汚れたミンツ大学の制服はこれ一着です」と言えそうだ。
 その、数々の苦難を共に越えてきた服と、大晶霊達の名残が残っているクレーメルケイジ。

 それにきらめきの塔という天空の守護者ワルキューレが守っていた神殿で手に入れたBCロッド。
 BCロッドより晶霊と相性の良い杖など世界中の何処を探しても存在しまい。
 この三つの存在が、今までの旅が決して夢などでは無いことを告げていた。

 リッドとファラは自分達の故郷ラシュアンで以前の様に平和に暮らしているだろう。
 メルディはガレノスの元で新米晶霊技師として修行に励んでいるだろう。
 チャットも国際的に重要な役職のトップに付いたし、フォッグはセレスティアの領主として日々翻弄しているだろう。
 ・・・・・翻弄しているのは、フォッグではなく彼の優秀な部下達かもしれないが。

 みんなそれぞれ頑張ってるんだ。

 軽く頬を叩いて自分に気合いを入れると、机の上に投げ出されていたしおりの挟んであった本を開く。
 とっくに太陽は沈み、現在の時刻は午前二時。

 目に掛かったダーク・ブルーの艶やかな長髪を鬱陶しげに振り払うと、彼、キール・ツァイベルは、今日中に読破しようと一世代前の博士が書いた光晶霊学の本にとりかかった。












キール・リターン










 ここは学問の町ミンツ。
 王立天文台のある王都インフェリアに勝るとも劣らない程、学問に発達した町である。

 町の中央に位置するミンツ大学は、このインフェリアという世界で、学問の最高峰といえる。
 季節は三月。
 今朝早くからミンツ大学の門付近では、受験者の姿が見られる。
 今日は合格発表の日なのだ。

「・・・・・やったぁ!!!」

 合格した受験者の受験番号の張られた板の近く、ざわめく集団の中から一際大きな喜びの声が上がった。
 声色からして不合格という事はあるまい。

「うぅっ・・・この瞬間を何度夢見たことか!!」

 失意のどん底に居る隣の受験者・・・・おそらく落ちたのであろう・・・には目もくれず、喜びに浸っている彼女の名はリア・ランページ。
 大陸の果てにあるラシュアンという小さな田舎町からやってきた者である。



 猟師、農家などが多い町の小さな道具屋の娘として生まれ、彼女自身親の後を継ごうかな、等と考えていたが、知り合いに貰った晶霊術の本が彼女を変えた。

 今年十八になる彼女より、三歳程年上の、猟師と農民の新婚夫婦から十六の誕生日プレゼントに貰った一冊の本。
 何でも、夫婦の知り合いが買った本なのだそうだが、購入した人物に言わせると余りにも幼稚な内容だったらしく、「キミも剣ばかり振り回していないで少しは晶霊術でも学んだらどうだ」と言われ押しつけられたらしい。
 押しつけられたと騒いでいた直情型の男性の方はともかく、何かとしっかりした正確の女性の方も生まれてから畑仕事しかしたことが無かった様で、全く意味が分からなかったらしい。

 そこで、最も歳の近い彼女にその本が回ってきたのである。

 ラシュアンは基本的に田舎であるため、日々の退屈を潤すような話題もなかなか無い。
 人口も少ない為に同年代など居ない。
 唯一の例外がその新婚夫婦の二人であったが、自分自身追いかけっこ、かくれんぼなどで日が暮れるまで遊ぶ歳ではない。
 殆ど客の来ない店の退屈な店番の暇つぶしにと、その本を開いたのが始まりだった。

 元々本を読むという事が嫌いでは無かった彼女にとって、『誰でも出来る晶霊術超初級編』と書かれたその本の内容を理解する事はさほど難しい事では無かった。
 一日一日と読んでいく内に晶霊術の世界に引き込まれ、二年間猛勉強した。
 初めて初級晶霊術、『アクアエッジ』が決まった時は喜びのあまり店を閉じて朝から飲んだことのない酒を飲んだ程だった。

 はれて初受験で40人の狭き門を通れたのは、一重に彼女の努力の成果だろう。


「やっぱりこのペンダントのお陰かなぁ」

 一通り騒いだ後首もとから取り出したのは一つのペンダント。
 乳白色の石を埋め込んで作られたそのペンダントは、チェーンで首にぶら下げている。
 仕入れの帰り、偶々ラシュアンの町の入り口で拾った物だ。
 これがあると不思議とどうにかなるという気持ちになるのだ。

 プレッシャーに押しつぶされそうになって受験を失敗する者も少なからず居るこの現状では、あながち間違っているとも言えないだろう。



 受付で簡単に学校内を説明してもらい、入学式会場であるグラウンドに出る。
 何だか偉そうな人の、要するに「日々精進して頑張れ」という意味の歓迎の言葉を聞き流し、自分が専攻した光学士部の部屋を探す。
 あれこれと興味のそそられる学部を覗いている内に、何やら人気の無い場所に出てしまった。

「えっと・・・・あー・・・ソコの人ぉ!」

 廊下の角を曲がろうとしていた学生を呼び止める。恐らく先輩であろう青年の所まで走る。

「すみません。今日入学してきた者ですが・・
 光晶霊第二の講義を受ける場所ってドコですかぁ?」

 学生は尋ねられた内容に少々驚いた表情をすると、にっと、さも面白そうに笑った。

「光晶霊第二は、ここを真っ直ぐ行った所にある階段を上がって右手にあるよ。
 因みに、そこの講師は今年講師になったばっかだからな。
 学生時代も偏屈で名が知られてた男だから、気を付けろよ」

 まるで友人を面白可笑しく紹介しているような学生の態度に戸惑ったが、一言礼を言って指示通り階段を上った。










 講義開始の鐘の音と共に一本の杖と分厚い本を抱えた長身の青年が入ってきたのを、リアは最前列で頬杖をつきながら眺めていた。
 切れ目の瞳、後ろで一本に結わえられたダークブルーの髪。
 顔は、そんなに格好いいのは望まないケドオジサンはイヤだなぁ・・などと考えていたリアの予想を良い意味でもの凄く裏切っていた。
 彼が講壇に立たなければ、自分と同じ学士だと思っただろう。

「初めまして、光晶霊術第二担当の、キール・ツァイベルだ。
 二年前まで君たちと同じくここ、ミンツ大学の学生だった。
 講師をするのは今回が初めてであるため至らないところも有ると思うが、宜しく頼む」

 彼はそう言って一礼した。すると、私の右、席を二つ開けて隣の学士が手を挙げた。
 どうやら質問らしい。キール講師が「どうぞ」と言うと、手を挙げた学士が立ち上がって質問した。

「キール講師は今何歳ですか?」

 とても普通な質問内容だった。リアにとっても興味がある。恐らくこの講義を聴きに来た学士の殆どが興味あるだろう。
 彼はとても若かったのだ。このミンツ大学はとてもレベルが高い事でも知られている。学問の最高峰はそう甘くは無いのだ。
 受験を受けるのは大抵十八歳からだが、受かるまで三年、五年かかるのはザラだ。根気強い人は十年受験する事もある。
 その点、初受験で合格したリアは幸運と言えるだろう。
 さらに、六年制であるため、卒業まで最低四年かかる。
 難しい授業に少しでも遅れを取ると留年なのだ。
 大概優秀な生徒でも一、二年は留年する。
 リアはそこまで詳しいわけではないが、当然六年制は知っている。
 キールの年齢は当然の疑問と言えた。

「二十だ。
 十八歳までこの大学に居たため知っている人も居るかも知れないな」

 殆ど全員が驚愕した。驚かなかった一部はキールを知っている者達だ。
 それでもごく一部の彼らも、一時は停学処分まで食らったキールがそれからたったの三年で講師と言う役職に就いた事に驚いていた。

 キールは、そんな学士達の態度などまるで関係ないかのように進める。

「講義、と言っても光晶霊術第二は皆が知っての通り実技だ。
 まず水、炎、風の三大晶霊の晶霊術からやっていくので、光晶霊術第一の方の講義を受けていない人も大丈夫だと思う。
 早速演習に移りたいと思うので、全員五分後までに校庭に出てくれ。」

 最後に「今日入学してきた人達も校庭は先程入学式で使ったので解りますね」と言い残してさっさと出ていってしまった。






 グラウンドへ通ずる廊下で、キールは少々物思いに耽っていた。
 このミンツ大学に入学したのが十三歳。
 家庭教師を頼んでいた大学の学生が、キールの常人を大きく上回る記憶力に驚き、ミンツ大学の校長に紹介したのが始まりだった。
 特例の入学と言う事で当時は結構な話題になったものだ。

 一時は退学処分をくらったにも関わらず、こうしてまた大学の中を歩けるのはメルニクス語の権威であるマゼット博士や、世界で最も優秀であろう晶霊技師ガレノスらの口添えのお陰だろうか?
 いずれにせよ、キールに講師を努める程の実力があるのは学園長も認めるところだった。






 すっと学士達を見回す。
 1、2・・5、6・・・20。
 殆ど全員来ている様だ。
 新米講師としてナメられやしないかと少々心配していたが、流石にミンツ大学にそんな素行の悪い連中は居なかったようだ。

「では早速、晶霊術を使ってみるワケだが、この中で今クレーメルケイジを持っていない者は居るか?」

 クレーメルケイジとは、契約した晶霊を入れておく事の出来る特殊な石だ。
 晶霊術の実技とあっては、流石に持ってきていない者は居なかった。

「よし、全員持ってきているな。
 この中で中級晶霊術を使える者は?」

 半数ほどが手を挙げる。
 キールはふむ、と満足そうに頷くと、手を下げる様に指示した。
 リアも手を上げた者の一人だ。

「では、上級晶霊術を使える者は居るか?」

 今度は三人だけだった。
 リアは辛うじて一つ使える。
 他の二人も少々自信なさげなところを見ると、彼らも余り使えるというワケではないのだろう。

「成る程。
 勘違いされると困るが、今聞いたのは特別授業の進行とは関係ない。
 まず全員初級晶霊術からやる」

 そう言ってキールは購買で売っている杖を持った右手を高く頭上に掲げた。
 そして、メルニクス語で何か唱えると、クルクルと杖を回す。
 そのまま杖を持った右手を勢い良く振り下ろすと、杖の先端から炎、風、水が一丸となって飛び出した!!

 飛んでいった晶霊術は、驚くべき事に途中でUターンして戻ってきて、キールの手前で消滅してしまった。

 晶霊術とは、発動後の軌道が決まっていて、戻ってくる事など無いはずである。
 見ていた者は皆、唖然としてしまった。

「この中に、何故この様な現象が起こるか解る者はいるか?」

 誰も手を上げない。
 激しく常識を逸した現象に、頭が現状の把握で精一杯なのだ。

「では、晶霊術とは何の力で炎、水、風といった超常現象を起こすか答えられる者は居るか?」

 この質問にはほぼ全員が手を上げる。
 キールが手前に居た者を指すと、

「晶霊術とは、私達晶霊術士がこのインフェリアに存在する晶霊達の力を借りておこす物です」

「そうだな。
 では、クレーメルケイジに晶霊を入れる時はどうする?」

「水の晶霊をケイジに入れたい時は川などにメルニクス語を唱えます」

 少し得意げに話す青年だが、この中でこれを知らない者は居まい。

「そのメルニクス語の内容を理解している者は?」

 誰も手を上げない。
 リアも呪文か何かだと思っていた。

「・・・・・私のケイジに入って力を貸して下さい、だ。
 誰も知らなかったのか・・・ん?」

 キールは話の途中で突然虚空を見つめると、メルニクス語と思われる言葉で一言二言何か話した。
 勿論学士達の中にその言葉を理解できる者は居ない。

「・・・はぁ・・・
 おい、名前は何と言った?」

 先程答えた青年に突然名前を尋ねる。

「ガル・フォードですが・・?」

「そうか、フォード。
 お前のケイジに入っている晶霊が怒っていたぞ。
 僕が何とか引き留めておいたが、今すぐにでも出ていきそうな勢いだった」

 まるでその晶霊と話でもしたかのような口調だった。
 リアは、疑問を素直にぶつける事にした。

「キール講師、あなたは晶霊と話が出きるのですか?」

 取りあえず挙手してから尋ねる。

「ああ、この二年何度かセレスティアに足を運んでいるからな。
 オージェのピアスを使っても良かったのだが、晶霊と話を出来た方が何かと便利だろう?」

「セレスティアって・・・バンエルティアに乗ったことがあるんですか!?」

 バンエルティア号は現在、関係復興の為にセレスティアとインフェリアを繋ぐ唯一の船だ。
 巨大な容量を誇るが、若干15歳の船長、チャットが気まぐれで知られている為、王直々の使者もしくは、彼女と親しい人しか乗ることが出来ない。

「十七歳の・・・大学から停学処分を受けていた頃、それに乗って世界を回った事がある」

 その言葉に全員が先程の比ではない程の驚愕の表情を浮かべた。
 三年前・・・バンエルティア号で世界を回ったと言えば、世界崩壊の危機を邪神ネレイドから救った英雄として有名だ。
 現在国家間を結ぶバンエルティア号の船長、チャット。
 豪快で知られる、セレスティアの領主を努めるフォッグ。
 全部で六名で、残りの四名が最も重要な働きをしたと言われて居るが、特別重要な役職に就いているワケでは無いので名が知られていない。

 唯一解っているのは、それぞれの役職だけで、猟師、農民、晶霊技師、王都展望台の研究員だ。

「もしかして・・・・王都の展望台の研究員だったんですか?」

 王都の展望台の研究員と言えば、学問に憧れる者の最終目標と言われている。

「ああ、だが展望台の最高責任者と、グランドフォールについて意見の食い違いがあってね。
 僕は連鎖的世界崩壊説と言う物を唱えたのだが、セイファート教の教えと完全に逆の事を唱えたんだ。
 展望台のデータを持って仲間の元に戻ったんだ」

 皆興味津々、といった様子で聞いていたが、キールがパンパン、と手を叩いた。

「この話はここで終わりだ。
 全員取りあえずアクアエッジを出して見ろ。
 業務的に唱えるのではなく、自分に力を貸してくれている晶霊達に話しかけるようにな」






「アクアエッジ!!」

 リアは何時もよりも晶霊達に話しかけるように唱えた。
 余り威力が何時もと変わらない様子に首を捻る。

「・・・アクアエッジ!!!」

「・・・・アクアエッジ!!!!」

 隣を見てみると自分の二倍は威力が有りそうな気がする。
 自分には才能が無いのかも、などと思ってみる。

キーンコーンカーンコーン

「良し、全員やめろ。
 今日の講義はこれで終わりだ。
 少しでも晶霊と心が通じた、と思った者はその感じを忘れないように」

 そう言ってキールはさっさと帰ってしまった。
 それに続いて皆校内に入っていく。

 リアは、慌ててそれに続いた。
 晶霊の事は後で考える事にした。










キーンコーンカーンコーン

 今日の講義は全て終了した。
 リアは隣に置いていたバックを持って立ち上がる。
 真っ白なミンツ大学のローブを右手で弄りながら廊下にでると、見覚えのあるダークブルーの髪が階段を下りていく所だった。

「あっ!・・・キール講師!!、待って下さい!!!」

 慌てて追いかける。
 隣に並ぶと、キールが不思議そうな顔で見つめていた。

「えっと・・・君は・・確か・・・
 一時間目に僕の講義を受けた生徒か?」

 キールが自分を知っていた事に少々驚きながらも、

「リア・ランページです。
 今日の講義で少し聞きたい事が・・」

「ああ、何でも聞いてくれ」

 キールの頼もしいセリフに、リアは心の中で、彼の事を「偏屈だ」と言った学士にファックサインを送る。

「晶霊と会話って言うか・・・実技で、何時もよりも心を込めて晶霊に頼んでみたんですが・・・全くいつもと変わらなくて」

 リアは不安そうに言う。
 初日から講義に解らないところが有ったのだ。
 不安になるのも当然だろう。

「じゃあ、今から校庭にでて何か撃ってみてくれ。
 僕が見ていよう」

 そう言って自分だけ歩き出したキールを、リアは慌てて追いかけた。






「じゃあ、行きます」

 周囲に人影は無い。
 リアがちらっとキールを見ると、キールは黙って頷いた。

 目を瞑ってメルニクス語を唱える。
 リアは、何時も以上に集中して杖を振った。

「アクアエッジ!!」

 杖から勢い良く水が飛び出す。
 やはり威力は何時もと変わらずで、一時間目に見た他の学士の晶霊術と比べると見劣りする。
 リアは、自分が酷く落ちこぼれの様な気がして肩を落とした。

「ちょっと待て。
 もう一度やってみてくれないか?」

 リアは何か見つけた様なキールの視線に促され、もう一度メルニクス語の詠唱に入る。

「アクアエッジ!!」

 振り下ろされる杖。
 勢い良く飛び出す水。
 一瞬黒光りしたリアの胸のペンダント。

 キールは、自身の恐ろしい想像と驚愕に目を見開いた。

「・・・まさか!!
 『バァエティ!?』
 (なぜだ!?)
 『バァヤ ドィンスム ミティ ヤィオ アンルプ サン!?』」
 (どうして彼女に力を貸さない!?)

 突然メルニクス語で怒鳴りだした。
 リアには何の事だか全く解らない。
 すると、虚空から返事が返ってきた。

『ブンワィオスン ティアウス プンヂムティ ウス ネレイド!!』
(そのペンダントがネレイドだからです)

「ネレイドだって!?」

 キールはそう叫んで、頭を抱える。
 リアは辛うじて「ネレイド」の単語が解ったが、どうも話の前後が見えなくて困惑している。

「リア!!
 今すぐ岩山の観測所に行く!!
 お前もそのペンダントを持ってついてこい!!!」

 リアは、ペンダントが突然話に上がった事に戸惑いながらも、見かけに寄らず結構足の速いキールに置いて行かれないように慌てて追いかけた。










 途中何回かモンスターと遭遇したが、キールが杖を一振りすると直ぐに逃げていった。
 通常モンスターとは遭遇したら必ず戦闘に成るものだが。
 キールは観測所を大学から個人研究室として三年前から使わせて貰っているので、この山道も何度も通った。
 以前近寄ってくるモンスターが思いの外煩わしくて、グランドダッシャーで山の岩肌を直径20mほど多くしてしまったのが原因だろうか。

 リアが心配していたモンスターとの戦闘は一度も起こらず、観測所まで一気に来てしまった。

「リア、ちょっとペンダントを貸してくれないか?」

 キールは殆ど息をきらした様子は無いが、リアは息絶え絶えだ。
 実は「田舎の猟師をしている幼なじみにバカにされて悔しくて密かにトレーニングをした成果」という、恥ずかしい動機からなのだが、リアは純粋に「キール講師って見かけに寄らず体力あるんだ」とキールを尊敬の眼差しで見つめながらもペンダントを差し出した。

「ハァ・・ハァ・・・どうぞ・・」

 キールはリアから乳白色の石を埋め込んだペンダントを受け取ると、机の上に山積みになっていた本を床に下ろして、空いたスペースにそのペンダントを置いた。
 机の引き出しから大慌てでルーペを取り出すと、暫く眺める。

 そして、唖然とした表情に成った後、本棚からレオノア百科全書を取り出した。
 本来キールはそれを完全に暗記しているのだが、今一度確認すべくページを開いた。
 パラパラと捲っていたが、途中で手を止め弾かれたかのように本を覗き込む。

~リバヴィウス鉱【鉱物】
 乳白色の結晶で、表面の粒子が銀色の波紋状の文様に輝く、珍しい鉱石。
 その文様から星雲石と呼ばれる。
 リバヴィウス鉱には晶霊の力を増減させるだけでなく、結晶には邪悪な物を封ずる力がある~

 その横に描かれた挿し絵は、色、切り口、光の反射。
 どれをとってもリアのペンダントに埋め込まれた石と酷似していた。

「やはりリバヴィウス鉱か・・・」

 そう呟いて、再びキールは机の引き出しを開いた。
 今度は大事そうに片手に乗る程の小箱を出す。
 ポケットを探り鍵を取り出すと、それを使って箱を開ける。

 カチリ、と音がして蓋が開いたかと思うと、中から中央に金色の飾りのついた指輪が出てきた。
 リアは知らないが、かつてキールが冒険中に光を司る、統括晶霊レムから授かった物だ。
 キールはそのソーサラーリングをペンダントに向けた。

グォォォォォ!!!

 突如指輪とペンダントの間で大きな空間のうねりが出来る。
 力と力が拮抗して空間その物にまで影響が出ているのだ。

「いけないっ!!」

 キールは急いでペンダントを窓から外へ放り出した。
 そして慌てて壁に立てかけてあったBCロッドを持って外へ飛び出す。

 何だか良く解らなかったリアだったが、取りあえずキールに習って観測所から飛び出した。






「『レム』!!!」

 キールが突如虚空に向かって叫ぶ。
 すると、驚くべき事にキールが見つめていた場所に光が収束しだし、一際大きく光を放つ。
 リアは余りの眩しさに、思わず目を瞑った。

パァァァァッ

 瞼越しに光が収まるのを確認すると、ゆっくりと目を開く。
 光の発生源と思わしき場所には、一人の女性が浮いていた。

 少し赤色の混じった茶髪、すっきりと整った顔立ち。
 何よりも目を引くのが、彼女の背中で存在を誇示している二対四枚の光り輝く翼だ。

「統括晶霊レム、突然の呼び出しをお許し下さい」

 キールが膝をついた。
 リアも慌てて膝をつく。
 まさか老衰するどころか二十に成る前に大晶霊、しかも統括晶霊に会えるとはリアも思っていなかっただろう。

「うむ、そのネレイドの力の断片が閉じこめられた星雲石の事だな?
 封印を私が解くので即座にネレイドを破壊しろ」

 邪神としてインフェリア中に名を知られるネレイドは、過去、この世界が出来る前から存在した神と言われている。
 その力の断片に、欠片とはいえ単独で挑むというのか!?
 リアは驚きの余り目を見開いて固まってしまった。

 キールはそんなリアの様子など眼中に無いかの様にBCロッドを持ち直した。
 くるりと一回転させると、ペンダントに杖の切っ先を向ける。

「レム、封印の解除・・・お願いします」

 レムは、一度頷いてキールを一瞥すると、右手を一度大きく振り下ろす。
 そしてペンダントの中心に埋め込まれたリバヴィウス鉱が粉々に砕け散るのを確認すると、光と共に消えていった。

「リア、下がっていろ。
 これからネレイドの力の断片を処分する。
 お前は少し離れた場所で見ていろ」

 そう言ってキールは杖を高々と掲げた。
 何かの召喚術に入る動作に、リアは慌てて離れる。

「スプレッド!!エアスラスト!!イラプション!!」

 詠唱無しで中級晶霊術を連発する。
 王宮晶霊術士でもなかなか出来る物ではないが、キールは出来て当然と言った表情だ。

「クッ・・・思いの外早いな」

 キールの視線の先には、黒い霧が溢れだしてきたペンダントが有る。
 
「少々TPを使うがしょうがないな・・・」

 口の中で一言二言メルニクス語で何か唱えると、勢い良く杖を回しだした。

「ハァァァァッ!!・・・・レイレイレイレイレイレイレイィッ!!!!!!」

 リアは唖然とした。
 次々と杖の先端から生み出される光の玉が黒い霧を押しつぶしてゆく。
 レイは光晶霊術の中級晶霊術だが、威力、詠唱の難しさなどは上級並だ。
 ・・・・こうも連発出来るものなのだろうか?

「よし・・・次で決めるッ」

 今度はしっかりと詠唱するキール。
 そして、心なしか先程よりも高く杖を掲げた。

「シューティングスター!!」

 天空から流星群が降ってくる。
 高速で上空から無慈悲に降り落ちてくるそれは、ペンダントなどと言わず周囲一帯に降り注ぐ。

「『マクスウェル』!!!!」

 更に降り注ぐ流星。
 キールが勢い良く振り下ろした杖に連動するように、流星よりも一回りも二周りも大きい隕石が落ちてきた。
 これ以上無いほどに加速されたそれは、圧倒的質量を持って、ペンダントもろともネレイドの力の残留を消し去った。

 キールが大きく息を吐く。
 リアは、目の前で起こったおよそ信じられない程の現象に、唯目を見開くだけだった。










 キールは観測所備え置きの愛用の椅子の背もたれに深くもたれ掛かった。
 目の前ではリアが酷く落ち込んだ様子で立っている。
 キールは、そんな彼女の姿が、子供の頃リッドやファラに連れられて走り回り、服を泥だらけにして家に帰って母さんに見つかった時の自分に似ていると思った。
 自然と笑みがこぼれる。

「気にするな。
 今回のことは君が悪くないとは一概には言えないが、知らなかったからしょうがないと言ってしまえば終わりだろう?」

 それでもリアの表情は明るくならない。

「ですが・・・・」

 なおも言い募るリアだがキールは手を振って喋るのをやめさせる。

「この話はもう終わりだ。
 被害は一つもでなかったんだ。
 ・・・・あるといえば観測所の裏の岩が粉砕したくらいだ」

 因みに、その岩のあった場所には隕石、流星が我が物顔で居座っている。

「今日からだったが、君は僕の教え子なんだ。
 何か困った事があったら何でも僕に言ってくれ。
 出来るだけなんとかしよう」

 それに、とキールは付け加える。

「今日の実技が良く解らなかったから僕の所に来たのだろう?
 今日丸一日かかってしまったが問題は解決した。
 明日晶霊に呼びかけてみれば喜んで答えてくれるだろう」

 キールは少し意地悪く笑った。

「ネレイドの事は付加的な物でしかないのさ。
 今日重要だったのは僕の教え子が僕の話を良く理解できなかったということだ」

 キールは、リアをミンツの宿所に帰してやろうと立ち上がる。
 彼はまだこの観測所に居るつもりだが、リアは宿所に戻らなければなるまい。
 この岩山の下り道、遭遇するモンスターを撃退する事はキールにとって造作もないが、リアにはまだ辛いだろう。
 冒険中に手に入れたレアアイテムを一つ二つ持たせてやろう。

「ここにある指輪とローブを身につけていればモンスターに襲われて負けるなんて事は無いだろう。
 遅くまで帰ってこないと心配する者もいるだろうから、早く帰って安心させて・・・ッうわぁっ!!!」

びたんっ!

 足がもつれた。
 何も無い所で転ぶキール。
 彼は、運動に関しては以前からあまり進歩していないのかもしれない。

 一拍置いて、観測所から一人の女性の笑い声が上がった。
 それから男性の怒鳴り声。

 月は、満月だ。







~fin~

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