メルディの歌の夜
メルディの歌の夜
作者 春乃
「おやすみなさい」
明かりに手を伸ばしながら、ファラは隣のベッドのメルディに言いました。いつもはアップにしているライトパープルの髪に、くしをとおして
いたメルディは、「おやすみな~」と挨拶を返すと横になりました。パチッと音がして部屋が真っ暗になると、海上に停泊したバンエルティア号
内はしーんと静まり返りました。波のざわめきさえ聞こえるほどでした。
やがて、ファラの規則正しい寝息が聞こえてくる頃、隣のベッドから一つの人影がむくりと起き上がりました。あまりに静かでなかなか寝つけ
ないらしいメルディです。
彼女は足元で丸くなって寝ているクィッキーを起こさないように、物音一つ立てぬよう細心の注意を払って部屋を出ました。いつもの赤々とし
た光は灯っておらず、メルディはエラーラの光だけを頼りに廊下を進みました。目指す場所はデッキです。
頑丈そうなハッチを開けると、ひんやりと冷たい風が流れ込んできました。デッキへ出て深呼吸すると、なんとも新鮮な空気を味わうことがで
きました。ふいに、メルディは空を見上げました。深い闇の中に、美しい輝きを放つ星がちらちらと瞬いています。セレスティアではまれにしか
目にすることのできない、綺麗な夜空でした。メルディは大きく息を吸い込むと、静かに歌いだしました。
「オカーサンと二人で見上げた~・・・星の綺麗な夜空~・・・・♪
『寒いね』って微笑んで~・・・・・肩を寄せ合った~・・・・。
今じゃトテモ懐かしい~あの日の思い出~♪
・・・・・幸せだった頃を、メルディは忘れないよ~・・・・・」
一度そこで区切り、もう一度歌いだそうとして、メルディはハッと言葉を呑み込みました。デッキへと近づいてくる足音が聞こえたのです。背
後でハッチが開く音がして素早く振り返ると、意外な客人に思わずメルディはにっこり微笑みました。そこに立っていたのはキールでした。メル
ディの微笑みをどういう意味で受け取ったのか、キールは赤くなると一気にまくし立てました。
「い、言っておくが、ボクは決してお前の歌声に誘われてここへ来たわけじゃないからな。ボクはセレスティアに現れるのは珍しいこの星たちを
じっくり観察しようとわざわざ起きてきたんだ。別におまえの歌声がボクの部屋まで聞こえてきたから、少し見に行ってみようかな、なんて好奇
心がわいたからとか、遠くてよく聞こえなかったから近くでじっくり聞いてみたいなんて思ったわけでは・・・・・」
「―――キール」
「なんだよ」
言い訳をするために必死に考えをめぐらせていたキールは、言葉をさえぎられてムッとしながらも訊ねました。メルディは嬉しそうな微笑みを
浮かべてキールの手を取ると、デッキの真ん中へと走り出しました。予想もしていなかったことに、キールはつんのめって転びそうになりまし
た。
「う、うわっ!なにをするんだ、メルディ・・・・・」
「なぁ、キール!ルンティス スウムグ エ スイムグ ティイグンアンディ!」
「はぁ?ボクは歌をうたって楽しむ趣味は無いんだっ!離せよ!」
真っ赤になりつつ抵抗するキールを引っ張りながら、やっとのことでデッキの中心に立つと、メルディはもう一度息を大きく吸い込みました。
嫌そうな顔でメルディの隣に突っ立っていたキールでしたが、渋々彼女の真似をして息を吸い込みました。
「優しかった、オカーサン~・・・・いつだって暖かく包んでくれた~・・・・。ほら、キール。もっと大きな声出す!」
「だから、僕は歌をうたったことなど無いと・・・・・」
「いいから歌うよぅ!」
「・・・・・全く。い、いつだって暖かく包み込んでくれた~・・・・こうか?」
初めて聞いたキールの音痴ぶりに笑いをこらえながら、メルディはぶんぶんと首を縦に振りました。
「そ、そだよぅ~。きっとすごく上手いな、キール」
「そ・・・・・そうか?・・・・あ、ありが・・・・・とう」
目をそむけながら、キールは言いました。一瞬の間、メルディはキールの横顔を見て呆然としていました。ですが、「ありがとう」といっても
らえた嬉しさににっこりと微笑みました。
「・・・・キール。もう少し近くに行ってもいいか・・・・?」
「え・・・?べ、別に構わないが・・・・・」
キールが頷いたのを確認して、メルディはゆっくりとキールとの距離を縮めました。キールとメルディの服が触れそうになるところまで近づく
と、彼女は海を眺めました。水平線の彼方に、徐々に昇りゆく朝日が見えます。紅い唇から、僅かしか記憶に残っていない歌詞が流れ出ました。
「・・・・君の横顔が・・・・・海を見つめてる・・・・・・
・・・ずっと大人の未来のために・・・・・手に入れたり投げ出したりして・・・・・・
・・・何処へ進む? 行方目指して・・・・・・」
「ねぇ二人ともっ!私たちも歌っていい?」
メルディは歌をやめ、キールは歌を聴きながら朝日を眺めるのをやめて、振り返りました。ハッチの前に、リッド、ファラ、チャット、フォッ
グが揃って立っていました。メルディはすぐに頷いて微笑みましたが、キールは、最初から覗き見されていたことに気づいてさっと顔を赤らめま
した。
「はいな、もちろんよぉ~。みんなで一緒に歌おうな!」
「ほんとに?良かった!私、歌には自信があるの」
「これでも、ボクには歌の才能があるんですよ」
ファラとチャットは、覗き見していたばつの悪さも感じていないといった様子で、メルディのそばに駆け寄りました。再び静かに歌が流れ出し
ましたが、もうキールは落ち着いて耳を傾ける所ではありませんでした。呆然としているキールの肩にポンと手を置いて、溜息をつきながらリッ
ドは幼馴染を慰めるような口調で言いました。
「・・・・・まぁ、元気出せよ、キール。俺は止めたんだぜ?一応」
「・・・・・慰めにもならないじゃないか、そんなのっ!ぼっ、僕はだなぁ!・・・・・・・・はぁ・・・・」
文句をいう気にもなれなくて、キールはただうなだれました。そんな幼馴染の肩を優しくたたきながら、リッドの頭の中では、キールがこんな
に落ち込んでいる理由が何なのかを探していました。リッドに肩をたたかれながら彼は、ファラやチャットと肩を並べて楽しそうに歌うメルディ
の後ろ姿を眺めました。きっと彼女にとって、キールと歌おうがファラ達と歌おうが、さほど変わりがないのかもしれません。
(・・・・たまには二人きりにさせてくれ・・・・・)
キールのささやかな願いは、少なくとも今日は、叶えられる事はありませんでした。二人が落ち着いて話が出来るのは、まだまだ先――――
きっと旅が終わってからのことになりそうです。
ふいに、明るい声がデッキに響きました。
「キィールっ!」
自分を呼ぶその声に、キールは顔を上げました。いつの間にか、メルディがこちらを振り返って微笑んでいます。その微笑みが何を意味してい
るのか、今度こそキールには分かりました。
「・・・・・分かったよ。歌えばいいんだろ?」
「はいなっ!」
キールはリッドから離れると、メルディの隣に立ちました。それから同時に息を吸い込み、意気を合わせて歌いだしました。
朝日が昇り、夜が終わりを告げていました―――――。
☆あとがき☆
初めまして、『春加』改め『春乃』と申しますっ!
実はコレ、二作目なんですけど、一作目の方で自己紹介をしてなかったので、初めましてということにしておきますネ;;
今回は、とにかく良い雰囲気(?)が似合う二人を出したかったので、メルディとキールを主人公にしました。リッドとファラも好きなんです
けど。次はこの二人を出したいと思っております!
『メルディの歌の夜』、どうだったでしょうか?お楽しみ頂けたら幸いと思います。
また機会があったら、(いや無くても)色々な話を書いてみたいと思いますっ!
それでは、失礼します☆