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青空は今日も眩しい

 わがままなくらい優しくて、哀しくて、悪戯な目をしてる。
 そんなあいつが好きだった。
 その瞳がひどく欲しかった。

 陰険で、嫌味で、とがったことばかり吐き出す唇。
 そこから、あたしのために甘い台詞が囁かれるのはいつだろう。
 あたしを優しさで包んでくれるのはいつだろう。


 大切な想いを伝えられずに、あたしは今日も大空へ。


 壊れてしまいそうな自分の心は完全に乱れていた。
 手に入らないことは分かってる。だけどどうしようもない。
 そんな想いが唇を震わせる。
世界を救った英雄も、そのせいで消え去ったあの人も、あたしの想いを止めることなんかできやしない。 止められない。止められない。止められない。
 あの言葉が言えたなら、あの一言が言えたなら、あたしの隣には今誰が居る?
 たった2文字の言葉なのに、それを口にできないあたしはなんなの?


     *


「じゃあ……これでお別れだね」

 時空の剣を掲げた青年と、傍に寄り添う儚げな少女。そしてあいつ。

「アーチェさんもお元気で」
「だいじょぶだいじょぶっ。それより、あんたっちも頑張ってねっ」

 儚げな少女は顔を真っ赤にして、青年は照れ臭そうに頭を掻いた。
 ……ああ、この2人は。
 同じ世界で、同じ時間を過ごし、同じ思い出を共有するのだ。
 羨ましくて、同じくらい憎くて。
 それでも微笑んで囁く。
 ……幸せにね。

「それにしても、早いですね」

 青年は悲しげに微笑んだ。刺青を描いた男性が答える。

「確かにそうだな。まさかあのダオスを倒しただなんて信じられない」

 胸が痛い。ちくちく刺さる感じがする。

「……そう、ですね……」

 言わないで。

「僕も、もっと旅を続けていたいよ」

 それは痛いほどよく知ってるよ。

「まったくだな。人の別れほど悲しいものはない」

 言わないで、言わないで。
 それは痛いほどよく知ってるよ。

「ま、それでいいんだぜ。それに従わなきゃいけねぇんだよ、俺たちは」

 あいつが軽く言い放った。あいつはこの場を茶化すつもりだったんだろうけど、その言葉はあたしの心を突いた。

「チェスターにしてはいいことを言うじゃないか」
「でも、もう会えなくなるんですよ。それでもいいんですか?」
「やっとアミィのために祈ることができるんだ。これ以上嬉しいことはねぇよ」

 あいつの思いが見えた気がした。あたしよりもアミィちゃんを取るその行動に、いつもならなんとも思わないのに、何故かひどく傷付いた。
 あいつの心をそんなにも惹く彼女が憎くなった。

「もちろん、今までのことを考えたら少しは寂しくなるけどな」
「でもチェスター、」

 青年が言おうとする先を、儚げな少女はそっと遮った。

「そんなこと、言っちゃ駄目ですよ」
「ミント?」
「チェスターさんがたとえ平気だとしても、必ず悲しむ人が居るんですから。きっとどこかに、もしかしたらすぐ近くに。でも、チェスターさんも平気なんかじゃ、ないでしょう?」

 あいつは少女の言葉に揺らいだようだった。
 沈黙が流れる。

「……チェスター」

 陰鬱な気持ちがぐるぐると回り、思わず口から名前が飛び出ていた。全員の目がこちらに向く。
 なにを言おう? どうしよう?
 また笑い飛ばそうか?
 それとも一世一代のチャンスとして、素直に言葉を紡ごうか?

「んだよ、アーチェ」
「…………」

 言葉が出てこない。大きなふたがされているように、なにも言うことができない。
 度胸だけは人一倍と思っていたのに実際はなんだ。なにも言えないじゃないか。こんなあたしが恥ずかしくなった。

「…………」
「……そろそろ時間だ」

 刺青の男性は呟いた。青年は申し訳なさそうに剣を掲げた。

「じゃあ、うまく戻れることを祈っているよ」
「ありがとうございます。そちらもお元気で」
「ああ」

 行ってしまう。
 これでさよならになってしまう。
 そんなの悲しすぎる、嫌だよ……。

「チェスター!」

 あいつはあの瞳でこちらを見た。あの唇で物を言った。

「さっきからなんだよ?」

 今度こそちゃんと言おう。
 あの2文字は怖くて言えないけれど、せめてお別れでも言わなければ、末代までの恥だ。

「じゃあね、またいつかっ、またいつか会お……」

 その瞬間、視界が遮られた。

「きゃっ」

 強風が吹き、あたしとあいつの間に大きな壁を作る。
 紡いだ言葉があいつに聞こえたか分からない。
 聞こえただろうか、あたしの勇気がたっぷり詰まったあの言葉が。
 目を凝らすと、向こうに彼らは居なかった。

「……あれ?」
「どういうことだ?」
「居なくなっちゃった……」

 刺青の男性は「今の風の衝撃か……?」と呟いていた。
 せめて素直にさよならだけは言いたかったのに、それすらも叶わなかったのか。

「……そんなの、」

 涙がこぼれた。
 もう会えない。もう会えない。時を経なければならない。

「……そんなの嫌……嫌だよ、嫌だよっ……」

 風のせいでぐしゃぐしゃになった髪の毛と、悲しみのせいでぐしゃぐしゃになった顔がひどく惨めだった。
 刺青の男性は、黙って傍に立ってくれていた。


     *


 時代(とき)を超えて紡いだ想いを、弾けさせることはできるのか。
 まるで覚醒のように目覚めたこの想いを、伝えることはできるのか。

 いつもあいつのことを考える。いつでもいつも、どんな時でも。
 やっぱりあいつのことが忘れられない。ううん、忘れてしまってはならない気がする。
 たとえ時空の剣があたしたちを引き裂いても、いつまでも繋がっていることを信じたいから。
 未来を見つめた時、あいつの隣にあたしが居ることを信じたいから。


 ――だけど分かってる。
 結ばれない星の下に生まれたあたしとあいつは、神様がよそ見したって結ばれることはない。
 運命に逆らうことはできない。
 分かってる、分かってるんだ。
 いくら魔法が使えたって、いくら想いを馳せたって。
 あいつの傍に居られないことは分かってる。
 こんなに苦しくて痛くって、辛くって悲しい思いをするくらいなら、こんな想いは嫌だよ。
 悲しいのは嫌。助けて助けてたすけてタスケテタスケテ……
 あたしをこの闇から救ってくれるのは誰?

 あいつのことを考えて考えて、苦しくなって涙を流して、別のことを考えようとしてもなにも浮かばなくって、砂に指で文字を書いた。
 エルフ文字で、あいつの名前を。
 普通の文字よりもなんだか神秘的な感じがして、もしかしたら、あいつがあたしの前に現れてくれるんじゃないかと期待した。
 分かってる。そんなことあり得ないって。
 でも、もし、これが現実じゃないなら、奇跡が起こるはずだった。あたしの描いたストーリーで物事が進むなら。
 夢でもいいから会いたいよ。
 現実という呪縛からは逃れられない。
 それを実感した瞬間……あたしは、ほろりと涙を流した。


     *


 すぐ近くに転がる「正解」を、あたしは見つめることなんかできやしなかった。ううん……むしろしなかっただけなのかもしれない。
 思い出と現実は違うもの。
 それを見つめていれば、こんなに苦しくて辛くてどうしようもない想いを抱くこともなかったのだろうか。
 あいつの居ない現実を受け入れるのが怖くて怖くて、だから思い出の中に逃げこんでいたのだろう。
 思い出は思い出だけど、現実は現実。その一線を踏み越えてしまった者には、自滅とかいう結末が待っているのだと思う。

 時が長い。
 時は長い。
 あいつに会うまでの時は長い。
 だけど、その時間によってあたしが成長したなら、あの想いを言える気がする。
 あの時言えなかった想いを。
 伝えたくて伝えたくてしょうがない想いを。
 その時あいつは……どんな顔するだろう?


 ――もしも願いが叶うなら、もう一度、あの冒険劇の渦に飛びこませて。
    それが叶わないなら、この心の痛さに耐える力をください――


 その指先は過去の思いをたどり、それでも必死に未来を見据える。
 事実を受け入れては悲しみに打たれ、それでも明るい夢を信じる。
 あたしは未来を担う者。
 過去に囚われてばかりではいけない。

*あとがき*

 こんにちは。ひじり、と申します。
 以前「おもいでうります。」という短編小説を投稿させて頂きました。
 また、この作品は小説投稿掲示板に投稿させてもらったものです。

 若干文字が詰まっていて、少々読みづらいかもしれません。
 それでも、読んでくださったあなたに最大の感謝を。

 これを読んでくださったあなたが、彼と彼女の運命に想いを馳せてくださったなら幸い。
 切ない彼らに、最大の祝福を――

 気まぐれにまた新しいお話を投稿するかもしれません。
 長文失礼しました。

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