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デミテルは今日もダメだった【70】

前回からの(三年十々月前!!)のあらすじ
デミテルとジャミルはクレス達に追い付く為、ミッドガルズに入った。カンカン帽を被った子供と出会った事がきっかけで、戦争孤児達が集まる教会兼孤児院の世話になる。そんな折、宣戦布告の為にやってきたジェストーナが「暇潰し」の為にシルバードラゴンを暴れさせ、子供たちに重症を負わす。ジャミルの制止も聞かずにデミテルはジェストーナを殴り飛ばし、居合わせたモリスンと共にドラゴンを止めようとする。デミテルはドラゴンの背中に乗ってその場から飛び上がらせるが、そのままミッドガルズ城に墜落。変質者の容疑で捕まっていた部下のビックフット族・フトソンを偶然助け、城から脱出しようとするが、兵士に変装したデミテルの前にワンズ、ツーサム、スリーソンの三人が立ちはだかる。適当な作り話でその場を乗り切ろうとしたその時、足元から真っ赤の腕が現れ、デミテル達を投げ飛ばした!!

第七十復讐教訓「似た者同士は殴り合う」

 真っ黒の影の中から現れた真っ赤な二本の腕が、デミテルとフトソンの足を掴んで投げ飛ばした。二人は石造りの壁に叩きつけられた。壁にヒビが入る程の衝撃だ。ワンズ、ツーサム、スリーソンは驚いて身構えた。床のドロドロとした黒の中から、四本腕の男が這い出てきた。
「貴様ダオスの!?」
 スリーソンが飛び出し、サーベルを振り下ろした。だが、ジェストーナは自分の腕を突き出し防御した。剣は腕に刺さったが、その硬い筋肉に阻まれて、刃が全く通っていない。少し血がにじむだけだ。ジェストーナが力むと、刄は砕けるように折れた。
「手を出すなスリーソン君! 相手が悪い!」
「利口だな。そうだ。オレはお前らに用はねぇ。あるのはそこの馬鹿な野郎よ」

 スリーソンを邪険そうに腕で突き飛ばすと、ジェストーナは頭を回していたデミテルの首を掴み上げ、再び石壁に押し付けた。「あのアマの剣より、お前のあの拳の方がずいぶん痛かったぜ。なぁおい」
軽々と持ち上げられたデミテルの顔に、黒々とした目を寄せる。
「このオレに拳振り上げる奴なんて何年ぶりだ。正直びっくりしたぜ? 一体オレの何が気に食わなかった? いってぇ何がお前にそうさせた?」
 楽しそうにニッカリとした笑顔でジェストーナは尋ねた。まるで道に転がった糞を見るような目。そんな言葉が相応しい男の目を、デミテルが睨んだ

「スジが通らん事した貴様を粛正しただけだ。このウスラトンカチ。ハゲ」
 ジェストーナの意地悪い笑顔に対抗するように、デミテルもまたニッカリ笑った。
「我々は戦争をするのだ。貴様がやったアレは、ただの虐殺だ。命令も無い事を勝手にやった。ダオス様とて黙っていまい。我々が潰すべきは魔科が…」
「スゲーなお前」
デミテルの声が詰まった。足がジタバタと揺れた。ジェストーナは素直に感心したようだ
「オレに殺される事がわかっててここまでどうして喧嘩が売れる。驚いたな。じゃあ俺も一つ反論させてもらうがよ。お前がハーメルでやったことと、一体何が違うってんだ?」
鬼の首を取ったような顔だった。どう言い返してくるか、ジェストーナは見物のようだった。デミテルの喉の締め付けが少し緩んだ。途端、デミテルは
「その時の『私』と『お前』は、同レベルの、『悪』でもなんでもない、思想も何もないケダモノ思考のバカだったってことだ! 言わせんな恥ずかしい!!」
 そう絶叫した。この場所において、ジェストーナに刃向かう意思を持つ者は、デミテル一人だった。ミッドカルズの三人は、ジェストーナがダオス軍の中でもっとも悍ましい奴と知っていて、緊張で心の臓が高鳴っていたし、フトソンも、顔が着ぐるみの布地の上から真っ青だった。ジェストーナは言葉を出さなかった。言葉を捻り出そうにも出せなかったように見えた。痙攣を起こしたように身が震えていた。空気が震えていた。何かブツブツと言っているのがデミテルの耳に聞こえて来た。「こんな奴は初めてだ」とか「殺してやる」とか聞こえた。
すぐ横で大砲をぶっ放したような衝撃が、デミテルの左耳を貫通した。デミテルの頭の一寸横を、ジェストーナのまがまがしい腕が、壁に突き刺さっていた。こんなもの顔面に食らったら、鼻から顔面が陥没するに違いない。

「おれがこわくないのか」
「怖いな。ションベンぶちまけそうだ」
「おれにくちごたえしたやつが、どうなるか、おまえ、しっている、だろう。」
「ああ。ジャミルから聞いた」
「なら、なぜ、まっすぐ、おれをにらんでいる」
「昔の自分を見ているみたいで、ぶん殴りたくなるからだ。ナメクジやろう」
 ジェストーナが拳を振り上げた。思わず目をつむった。自分の首が吹っ飛ぶことを覚悟した。が、何事も起きない。次の瞬間、自分の体が浮いたのを感じた。フトソンが背後からジェストーナを殴り飛ばしたのだ。デミテルの体は衝撃で奴の手を離れたのだ。ぶっ飛ばされたジェストーナの体は窓を突き破り、城の中庭に墜落した。フトソンは泣きそうになりながらデミテルに駆け寄った。足はガタガタ震え、涙目で、それでいて怒っていた。

「なんであんたは人の知らん間に、あんなおっそろしい人に喧嘩売ってんだな!? 何があったんだな!?」
「いったた……貴様助けるならも少し丁寧に助けろ。なぁに。ちょっと気に食わなかったから顔面殴り飛ばしただけだ。少年漫画ならよくあることだ。つまり全年齢向けゲームでもよくあることだ」
「子供がやる作品だとしてもそれに登場するいい年した大人がやる事ではねーんだな」
ろくに悪びれもせず言うデミテルに、フトソンはうなだれた。そして後悔の念に襲われた。ダオス軍のジェストーナがいかに恐ろしい存在かは、故郷でも聞いていたのに、何故反射的にあんなことをしてしまったのか。
「よし、デミテルさん逃げるんだな。速攻で逃げるんだな。もはやメタルスライムもびっくりのスピードで足早に立ち去るんだな」
「待てフトソン」
ジェストーナが落下し割れた窓から城の中庭をデミテルは見下ろしていた。石のタイルが張り巡らされた庭園で、中心には荘厳な噴水、そこに武器を構えた戦神達をかたどった石像がポーズを取って佇む。手入れされた木々や花が左右対称に美しく配置されている。厳格な要塞のような造りの城にもこんな場所があったのだ。この、設計者がなんとも気合いを入れてデザインしたであろう庭園に、ジェストーナは頭からタイルに叩きつけられて震えていた。
「こんな高い所から落ちて生きてるとか、やっぱり噂通りの怪物なんだな」
「奴と戦う」
デミテルは静かに断言した。フトソンは顔面蒼白になった。
「奴からは逃げることなど出来んよ。ずっと追ってくるだろう。そういう能力もあるし、何より性格が悪い。私も悪いが、アイツは陰湿でキモい悪さだ」
「女性の顔面を楽しそうにボコボコにして、女モンスターにボコボコにされたデミテルさんより?」
「今は反省している。だから二度と掘り返すなぶっ飛ばすぞ。つーか何で知ってんだ」

デミテルは変装している鎧の隙間に手を入れ、鞭を取りだし、両手でピンと横に張った。冷や汗が背中を伝う。苦い笑みが彼の顔を包んだ。この私が、ダオス様と同等と噂される奴と戦うはめになろうとは。なんでこんなことになった。フトソンのせいかな。いや、今回はそうじゃないな珍しく。

「ダオス様は魔科学を消そうとしている。魔科学がいずれ世界を滅ぼす事を知っていらっしゃるからだ。その為ならあの方は世界最強の軍事国家を相手にしようが、どれほど非人道的な手だろうがやるのだ。世界を敵に回してでも己の信念を貫く。それがあの方の貫く『悪』。私はそんな生き方に共感したのだ」
「それなのにあのクソッタレは、ただの快楽の為にドラゴンを暴れさせて孤児どもを半殺しにした。ああそうとも。私もハーメルで同じ事をした。何故自分がそうしたのか。奴を見ていて、やっと思い出したよ。アイツと一緒。『退屈だったから』だ」
「私も奴も、ダオス様の意思とは関係無い事をして、あの方の崇高な志を汚してしまった最低野郎だ。私に出来る事は、ダオス様の横にいるにはあまりにも似合わないあのゆでダコ野郎を制裁する事。それによってダオス様への贖罪としよう」
かつての私と奴は同じ。その答えに言葉を続ける中で気付いた。奴をぶん殴ってしまったのは、喧嘩を売ってしまったのはそう、同族嫌悪。デミテルは呪文を呟いた。足の裏が光り、体が少しだけ浮き上がる。左手にいるフトソンに顔を向ける。

「貴様もやるならトラクタービームで降ろしてやるが、どうする」
「……はー。んなもん、決まってるんだな」
うんざりしながら、されど笑いながら、フトソンは肩をすくめた。撫で肩過ぎてどこが肩かちっともわからなかったが。
「あのダオス軍の高官たるジェストーナ様をぶん殴った以上、ここで逃げても狙われ続けて死ぬだけなんだな。実家の家族にも迷惑かかるし。こうなればもうあのジェストーナ本人を抹殺して証拠隠滅を図るしか道は無いんだな」
「貴様もなかなか悪人らしくなってきたじゃないか」
デミテルはニヤリと笑った。着ぐるみ男の大きな白い足が光りだし、ふわりと浮く。二人の体が城の外に出る中、フトソンは頭を抱えた。
「あーあ。もっとちゃんとした人のとこに派遣されたかったんだな」
「ふん」
鼻を鳴らして、体が中庭に降りていく中、デミテルは言った。
「私は貴様のような使いやすいバカが部下で、よかったよ」
「うわ!デミテルさんがなんかちょっとデレてる! デミテルさんがデレテルさんになってる! キモっ!」
「OK! 全部終わったら貴様の苦情を派遣センターに送るからなぁ!? あること無いこと書いてクビになるように仕向けてやるからなぁあ!?」
 デミテルは称号『デレテルさん』を手に入れた。「いらんわぁあ!!」

侵入者たちが互いに掴み合いながら庭に向かうのをワンズ達は唖然として眺めていたが、すぐに我に帰った。「我々も庭に向かいます」三人組は急いで階段に向かって駆け出した。デミテル達二人は中庭に降り立った。ジェストーナは既に体を持ち直している。額から血が出ているが、どこか骨折しているとか、そんなことは全く無さそうだ。デミテルは恐怖しながらも、膝が震えたりしないように拳で抑える。
ビッとジェストーナに指を指し、形だけの余裕の笑みを浮かべた。
「よく聞けハゲ! 貴様はダオス様の命令が無いにも関わらず、己の我が儘の為に攻撃をした! 軍の統率を乱す者はこのダオス様最高の部下、世紀の悪人デミテルが許さん! ここで貴様を罰してくれよう!!」
「できれば城の外でやりたかったんだな」
「そういう事言うな白饅頭」
デミテルとて、こんなところでやりたいわけではなかった。が、個人的怨恨の為にこんな敵の本拠地にまで乗り込んでくる奴に、一旦外に出てからやりましょうと言った所で通じるわけはないだろう。改めて見ても、こちらを穴が開くほど睨んでいるジェストーナの目は気が違っているかのようだった。ジェストーナはおぞましい、下劣かつガサツな声で大笑いした。

「罰するぅ? ダオスサマの部下としてぇ? バッカバカしい! そんな言葉を並べ立てて、俺を騙せると思ってんのかぁデミテルぅ? 俺ぁわかってるんだぜ」
「お前はあのガキどもに同情したんだ。可哀想だと思ったんだ。正義の心が疼いたんだろ。そうなんだろう。俺をぶん殴った時のてめえの目を、俺は今まで何人も見てきたんだ。己の正義感に燃えて、そして酔っている、痛い奴の目さ。善人ぶった人間族がよくやる目さ」
「成る程、確かに俺様は命令に無いことをやった。ダオスサマに知られりゃ罰を受けるかも知れねえ。だが、他のモンスター連中はどうだ? 知ってるだろ。ダオス軍のモンスターは一部を除いて、北東の城の廃墟に住み着いていた連中だ。だが、人間どもの狩りによって何匹も無害なモンスターを殺された。悲しみと憎しみに燃えるモンスター達をダオスサマはまとめあげ、組織化し、強力な軍隊に仕立てあげた。それがダオス軍だ!」
「俺様が人間のガキを襲った事を、奴等は称賛こそするだろうが非難などしねえ。むしろ人間のガキのために俺様を倒そうとしている貴様こそ、奴等の敵だ。『ダオス軍』の敵は、裏切り者は、オメーだよぉ!善人デミテル!!」

ジェストーナはナメクジのような足の無い下半身を石のタイルに叩き付けた。体は宙に跳ね上がり、デミテル達の元へ飛ぶ。四本の筋肉隆々の腕を高く振り上げて、思い切り二人の足元にぶち込んだ。足場は爆発したかのように砕け散り四散し、デミテル達はその場から後ろに吹っ飛んだ。
なんちゅう馬鹿力だ。デミテルはおののきながらも、膝を曲げて花壇のある場所に着地した。同時に、ジェストーナの言った言葉について瞬間的に考える。善人。善人ぶった目をしていた?昔、言われた言葉を思い出す。
『あなたは本当にいい人だ……あなたの後ろにいる彼らも……あなたたちの“目”がそう言ってるんです。だから……何も考える必要なんてないんです』

「サイクロン!!」
巨大な竜巻がジェストーナを飲み込んだ。だが、竜巻の砂煙の中を、ふとましい腕が風を掻き分けて突き出してきた。奴は肌に傷を負いながらも、全く怯んでいない。なんというタフさだ。デミテルは距離を取ろうと後ろに飛び、詠唱しようとした。だが、ジェストーナが投げた石板の欠片が恐ろしい速さでデミテルの腹に突き刺さった。変装に着ている鎧は城の見張り兵のもので大した装備ではない。息が詰まり、逆に怯んでしまったハーフエルフに、四つ腕の化け物がにじり寄ろうとする。
その時、消えゆく竜巻の中を真っ白い腕が伸びた。フトソンが横から隙を突いて殴ろうとしていた。だが、ジェストーナは視線をデミテルに向けたまま、右側の下にある腕でその拳を握り、受け止めた。フトソンはもう片方の拳を急いで振るったが、それもまた、今度は左側の下腕で掴み取られてしまった。
互いの腕を押し合って、膠着状態になった。フトソンは全力を掛けていたが、全くびくともしない。彼の必死な表情に対し、ジェストーナは薄ら笑いを浮かべて余裕だ。おまけに、四つ腕のこの生き物はまだ腕が二本残しており、ぷらぷらと遊ばせていた。
「流石はビッグフット族。ガキとはいえここまで力が出るかぁ」そう言ってニヤニヤしていた。「じゃあ、パワーを上げるか。50%だ」
筋骨隆々の腕の筋肉が、更に盛り上がった。フトソンはジワジワと押し合いに負け始めた。息が切れ始める。しかし、ジェストーナは汗一つ垂れていない。口角を鋭く突き上げた、吐き気がするような素敵な笑顔をフトソンの眼前に見せつけてきた。
「大人のビッグフット族ならもう少し遊べたろうが、てめえごときなら相手になりゃしねえよ。アイツの下僕のようだが、飛んだ馬鹿野郎に付いちまったようだなぁ」
次は、握力を強め始めた。フトソンは自分の拳の骨が軋むのを感じた。このままでは握り潰されそうだ。

「だが、この俺様に殴りかかった無謀さは買ってやる。奴を裏切るなら、俺の下僕にしてやってもいいぜ?ビッグフット族は珍しいからな。俺様が鍛えてやりゃ……」
「へへっ……」
明らかに追い詰められていながら小さく笑ったフトソンに、ジェストーナは眉を細める。「何がおかしい?」
「僕をオッサン扱いしないでくれて、凄く凄く嬉しいんだなジェストーナさん……だけど」
フトソンは舌をペロッとやって、あっかんべーをした。ジェストーナは真顔になった。
「子供を叩いて楽しむような奴は脳みそがウンコだから付き合うなって! 昔じいちゃんが言ってたんだな!!」
そう叫んで、ジェストーナの額に思い切りヘッドバットを撃ち込んだ。窓から落ち、頭を石のタイルにぶつけて出血していたジェストーナにこれは有効だった。顔をしかめ、頭部を抑えて後退りする。
「このガキ……」「離れろフトソン!!」
 デミテルが叫んだ。人差し指をジェストーナに突き付けて唱えた。「サンダーブレードッ!!」
 強烈な落雷がジェストーナの長い頭部に直撃した。時間を掛け、魔力を限界まで込めた雷撃だ。体から白い煙が立ち上ぼり、動きが止まる。しかし、目は死んでいない。次の瞬間、フトソンが一気に距離を積めて全力でボディーに拳を叩き込んだ。怯んだ隙に、デミテルは早口で詠唱を完了した。「ロックマウンテンッ!!」
十数個の人間大の岩石がジェストーナの頭上に現れ、一気に落下した。岩に潰れていく姿が一瞬見えたが、すぐに埋もれて見えなくなった。これで終わりか?いや、まだだ!
予想通り、すぐに積み重なった岩が震え始めた。デミテルは詠唱を急いだ。岩の山が崩れ始めた刹那、絶叫した。「イラプションッ!!」岩山の真下の石板が赤く染まり、巨大な炎が吹き上がった。岩が真っ赤に熱くなっていくのが見えた。デミテルは息を切らしながら、その場で尻餅をついた。フトソンが急いで駆け寄る。やがて炎が消え去り、煙を吐き出す岩石の山だけが静かに残っていた。ぴくりとも動かない。デミテルは思い切り息を吸い込み深呼吸した。その時だった。岩石の山が吹き飛んだのは。

息を途切れさせながら、ジェストーナはそこに立っていた。火傷があちこちに出来て青痣だらけだったものの、骨一つ折れてはいないようだった。ただただ狂ったような笑顔を向けて、こう言い放った「これで終わりか? つまらねえ」
デミテルは理解した。この怪物がダオス様と互角と言われる意味が。さっきの連続攻撃をあと十回繰り返しても、コイツが倒れるとは思えない。ダオス様には魔術以外は効かないと言われるが、コイツは別の意味であらゆる攻撃が効いていない。ただタフである。それだけなのが、実に恐ろしい。フトソンは恐ろしさでがたがた震えていた。その震える体を掴んで、デミテルは立ち上がる。
「これは……勝てる気が全くしないな」
「やっぱし逃げるべきだったんだな。僕は最初からそう言っていたんだな」
「貴様だって途中からノリノリだっただろうが!? 何自分は被害者みたいな事言って責任を押し付けとるんだ!? 貴様も同罪だぞ!?」
「すいませーんジェストーナさーん! 僕今からそっち側ついていいですかー?」
「貴様ぁ!? 卑怯だぞ!? すいませんジェストーナさん! 私もそっちついていいですかー!」
「いやアンタがつけるわけねーんだな!?」
言い合っている間にジェストーナは噴水の中に飛び込んでいた。水で体を冷やし、そして、十メートルはあろう戦神の彫刻の一つに手を掛けた。デミテルは嫌な予感がした。ジェストーナは力んだ。石像の彫刻の足元にヒビが入り、やがて石像は噴水から足を放した。石像を横倒しにして、四つの腕で高々と持ち上げる。フトソンはヒーと変な声を漏らした。自分もぎりぎり持ち上げる事は出来そうだが、落ちてくるのを受け止められるかは別だ。
「死ね」
そう小さく呟くと、ジェストーナは思い切り石像を、デミテル達に向かって放り投げた。デミテルは思わず目をつむった。

地響きがする中、ワンズ、ツーサム、スリーソンが階段を降りて中庭に現れた。中庭は土埃で誰の姿も見えなかった。
「くっ! ジェストーナは何処だ!?」
「落ち着きなさいスリーソン君。息を整えなさい」
ワンズは冷静に興奮するスリーソンを諌めた。今日までのダオスとの小さい戦いの中で、いかにジェストーナがおぞましい存在だったが彼は身を持って経験していた。早まって行動すればそれは死を意味する。ツーサムも続けて言う。「リーダーの言う通りだ。こういう時程冷静にならなきゃいけねえ」
しかし、一番隊隊長ワンズは思う。では、奴と対峙しているあの男は何者なのか。ジェストーナと敵対しているなら、ダオス軍の敵なのか?何故ミッドガルズに、変装してまで入り込んだ?
土埃がたち消えた。デミテルとフトソンは身構えた姿で無事に立っていた。二人の前には小さく輝く何かが浮かんでいた。投げ込まれた石像は、その光る何かを中心にして細かく砕かれていた。
「デミ、デミテルさん。これは一体なんなんだな?」
「ああ。貴様は会ってなかったな。私もすっかり存在を忘れていた」
デミテルの左の薬指が小さく光っていた。まるで一粒の星のように。

「妖精……アクエリアスだ」
『ア・ル・テ・ミ・スだよっ!! 誰がスポーツドリンクだ!!』
羽虫の羽根のようなものを背中で羽ばたかせる小さい少年が喚いた。体はうっすらと輝いていた。妖精アルテミスは両手を腰に当てて、腹立だしげにデミテルを睨んでいた。
「急に出てきて五月蝿いハエだな。またハエ叩きで潰されたいか。アクエリアスだって元々『水瓶座』の意味だから近いだろ。めんどうな奴だな」
『人が助けてやったのになんちゅう言い草だよ。もう帰ってやろうか』
「すんません。僕が代わりに謝るからもう少し助けて欲しいんだな。妖精のアルテイシアさん」
『それ赤い彗星の妹だろうが!? どれもこれも『星』『月』関連だけど微妙に違うんだよ!!』
水が滴る音がした。アルテミスが振り向くと、ジェストーナが噴水から降りていた。右肩には、長さ十五メートルはあろう巨大なハルバード。戦神の石像の一つが抱えていた物だ。それを四本の腕で掴んでゆっくり振り上げ始めた。
「いかん! フトソン白刃取りしろ!!」
「無茶言うななんだな!! 力勝負じゃ勝てないんだな!!」
『下がってろ!!』
アルテミスは両手を前に突き出し、詠唱を始めた。戦斧の先が天高くあがった所で彼は叫んだ。『レイッ!!』

無数の光線が次々に降り注いだ。ハルバードが砕け散り、ジェストーナの体が連続的に爆発した。ジェストーナは初めて、苦痛の悲鳴を上げた。肉が焼ける痛々しい音がする。デミテルは驚いた。
「効いたのか?」
「デミテルさんがあれだけやってびくともしなかったのに!? やっぱりデミテルさんがしょぼかったから?」
「やっぱりってなんだコラ」
『頭悪いなぁ。アイツは魔界の魔族で、闇属性だ。光属性の術なら効果は抜群さ』
「デミテルゥ……」
ジェストーナが苦々しげに呟くのが聞こえた。「上等だよこの野郎……五体をバラバラにしてやる……」
ダメージがあったとはいえ、未だジェストーナが倒れそうには見えなかった。逆に、デミテルへの憎しみは一層深まったようだ。デミテルは自分を勇気づけるつもりで歯を食いしばって笑ってみた。ひきつった笑顔だった。
『情けない顔するなよ。こんなとこで死なれたら、ルナお姉ちゃんを連れ戻す僕の目的が果たせないんだからな!!』
「ふん」
「デミテルさん! こんなとこで死なれたら、あとで僕がリミィにしばかれそうだから頑張るんだな!!」
「いや、それは知ったこっちゃないがな。リリス・エルロンにでも助けて貰え」
 フトソンの言葉を適当にあしらいながら、またあの思考がよぎる。こんなことをしている自分は善人か悪人か。自分の本質はなんなのか、答えは、この戦いの中で見つけてやろう。

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「よし。これで崩れた家にいた人間は全員出せたな」
「はい! ありがとうございました!」
 シルバードラゴンが吐いた光線で崩れた家々の前で、エドワード・D・モリスンは、最後の怪我人を横に寝かした。瓦礫に挟まった子供を助けられた母親は何度も頭を下げていた。モリスンは対応しつつも、急いで立ち上がった。
「悪いが、城に急がねばならない。ドラゴンは城に落ちたようだ。あのドラゴンを、身を持ってここから離れさせた男の安否を確かめねば」
あの男が善人か悪人か。という事もな。

続く

おもうがままにあとがき
三年十々月ぶりに投稿しました。果たして読む方がいるのか否か。読者の方々は今何をしているのか。どうぞみなさん元気でありますように。また、サイト管理人様、ずっと投稿小説のページ残してくださって、本当にありがとうございます。
読み返すと、正直言って穴があったら入りたいくらい恥ずかしいところがいっぱいあります。『これって元ネタあの漫画じゃん。パクリやん』みたいなとこもあります。良い意味でも悪い意味でも、これは私の黒歴史なのかもしれない。でも、消して欲しいとかは思いません。どれほど恥ずかしくても、これが私の創作活動の大事な記録なのだから。今まで読んでくれた人たちの為にもね。数年ぶりに読みなおしてくれる方がいるかもしれないですし。いや、恥ずかしいけどね!!それではまた次回お会いしましょう(一体いつになるのか)。

コメント

久しぶりに投稿したら、文章を詰め過ぎて読みづらい気がしますね。もう少し多めに改行するべきでした。ごめんなさい

この小説に出会って7年くらいでしょうか?今ではすっかり歳をとって24歳です。時の流れを感じます。

最近は諦めてすっかり忘れていたのでずっと待ってたといえば嘘になりますが、今日ふとここを覗いたら5日前に更新されていて感動しました。また読めると思ってなかったので本当に嬉しいです。
次がいつ読めるかわかりませんが楽しみにしています!前回のコメントにも書きましたが最後まで見届ける気でいます。また気が向いたら更新してください!いつも更新ありがとうございます!
また読みたくなったのでぼちぼち最初から読んでみようと思います!
それではまた次回で…テンション上がって長文失礼します(・・;)

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